第一六話「魔術も駄目、薬も駄目、そんな俺たちの取り得る手段は」
俺の専門は付与術師ではあるが、武器を持って戦うこともきちんと『先生』から教えられているし、元々故郷で体術はやっていたので、こうして短剣を使いホブゴブリン共の急所を的確に突いて駆逐することなど造作も無いことである。
だが、ゴブリンヒーローはそう甘くは無いらしい。〈鋭利〉の一時付与を施している短剣でも、その身体には僅かな傷しか与えられない。困ったもんだ。
「ああもう! 数が多いです!」
「ぼやくなぼやくな、俺なんてその上デカブツまで相手にしてるんだぞ!」
レーネはと言うと、防御結界魔術で周りからの攻撃を阻みつつ、複数魔術展開で下級魔術を展開して反撃している。〈金剛〉は効いているものの、それを超える攻撃を食らってしまったら死んでしまうので一応結界を張っているんだろうな。しかしこちらも見事な戦いぶりだ。
「……おっと」
ゴブリンヒーローの振り回した斧をすれすれで躱す。その斧は残念なことに奴の味方である筈だったホブゴブリンの頭をかち割っていた。なんだなんだ、俺たちは仲間の仇じゃ無かったのか? とか思ったが、その辺の理屈をゴブリン程度に求めても恐らく理解はしてくれない。
そうこうしている内にホブゴブリンの数も減っていく。どうも勝てないと踏んで逃げ出した奴等が多いようだ。この目の前に居るゴブリンヒーローのボスとしての人望が知れるというものだな。
「魔素よ! 私の元へ集いあの者を貫きなさい! 〈ライトニング〉!」
そしてすべてのホブゴブリンが死ぬか逃げ出すかしたところで、レーネの杖の先から延びた一筋の電撃がゴブリンヒーローを貫いた。流石にこれは効いただろう……と思ったのだが。
「そんな! 抵抗された!?」
レーネが信じられないとばかりに叫ぶ。電撃を受けた筈のゴブリンヒーローは、まるで効いていないかのように当たった部分をぽりぽりと掻き、彼女を嘲笑っている。
「……何やら首に着けてるな。アレか」
ゴブリンには似つかわしくない煌びやかな首飾りが、その首に掛かっていた。〈鑑定〉を使っている余裕など無いので推測だが、〈アンチ・マジック〉を施した首飾りか何かだろう。
となれば、魔術による直接攻撃は無駄という訳か。レーネの魔術は効かない、俺の短剣では攻撃が通らない。傍から見たら詰んでいるように見えなくも無い。
「ちっ! せめてミノリが居てくれれば、こんな奴はなます切りにしてくれるんだが!」
ミノリの二振りの魔剣、〈ペイル〉と〈ヤーダ〉ならば、俺の付与をプラスすればおおよそ切り裂けない魔物は存在しないとまで言っても良い。しかし居ないものはどうしようもない。
……あの魔石を使ってもいいんだが、坑内で打撃系の攻撃は行いたくない。万が一此奴が吹っ飛んで壁に激突でもしたら、落盤だって有り得る。
「レーネ、何か使えそうな薬とか無いか!?」
「今持っているものだと、爆薬や毒薬なので坑内で使うには危険があります! こんなことならば、氷漬けに出来るような薬でも持ってくるんでした……」
そんな薬まで作れるのか。氷漬けに出来るって凄いな。どういう成分が含まれているのやら。
「……ん? 待てよ? 氷漬け?」
俺は一つの攻撃手段を思いつき、斧を躱しながらそのプランを練ることにした。
ちらりと奥の道を見る。……うん、風が吹いている。さっき覗いた時には鉱脈の先に道が続いていたし光も見えた、一か八かだが、行けそうだ。
「ならレーネ、ゴブリンを対象とせずに足止め出来る魔術か何かあるか! この奥へ進む!」
「え、えぇっ!? あることはありますが、奥が行き止まりだったらどうするんですか!?」
「大丈夫だ、俺を信じろ! お前と俺は一蓮托生なんだ!」
斧を躱しながら、泣きそうなレーネに向かって自信満々にそう返答する俺。何も策が無い訳じゃ無いので安心して欲しい。
「も、もうっ! 知りませんよ!」
また誤解しているのか頬を赤らめて、俺の知らない魔術の詠唱に入るレーネ。……おっと、ゴブリンヒーローが彼女の方へ向こうとしたので、俺はすかさず渾身の突きをソイツの脇腹に突き立ててやった。
流石にそれは効いたらしく、絶叫を上げるゴブリンヒーロー。とは言え致命傷にはほど遠いのですぐに短剣を生やしたままに怒りに任せて斧を振り回したため、俺はバックステップでそれを躱す。危ない危ない。腕を持って行かれる所だった。
「地の精霊よ、あのゴブリンの足元を緩めて! 〈マッド・スネア〉!」
レーネの魔術が展開された直後、ゴブリンヒーローの足元の土がぬかるみ、足首まで沈み込んで奴のバランスを崩した。なるほど、これは魔術といっても精霊魔術だ。土に干渉するものなので抵抗出来なかったという訳か。
それを確認した俺は、マジックバッグから一つの魔石を取り出し魔力を籠め、足を取られて動けない間抜けに向けて放り投げた。
「よし今だ、行くぞ!」
杖を回収し、レーネの手を引っ張って奥の道へと突っ込む。背後でゴブリンヒーローが何やら吠えているが、構わずに走る。
直後。
背後から強い光が俺たちを追い越し、背中には強い冷気が襲ってくるのが分かった。
「わっ!? な、なんですかーーーーっ!?」
「いいから走れ! 凍死するぞ!」
背中から襲い来る冷気から逃げるように、俺はレーネの手を千切らんばかりに引っ張りながら奥の道を登って行った。
次回は一〇分後の23:17に投稿いたします!




