第一三話「エルフはそういう生き物なのか」
「リュージさん、頼みって何でしょう?」
横で何やら悶えているレーネを放っておいて、俺は畑の一角を指さした。
「ああ。二人の畑の一部をレーネに貸して欲しい。彼女は錬金術師と言うお薬を作るお仕事をしているので、色んな植物を育てる必要があるんだ」
「そんな事でしたら、はい! もちろん構いません!」
あっさり快諾してくれた。一日で野菜を育てられることに比べれば十分すぎるほどお釣りの来る取引だろうしな。
「あっ、でも……」
「……ん? 何か困ったことでもあるのか?」
ついさっきまで喜んでいたラナが顔を曇らせたので、俺はしゃがんで目線を合わせてから尋ねてみる。スズが小さい時もこうしていたので慣れている。
「はい……。実は去年の秋頃から、森から猪たちが来るようになったんです。また被害があったら……」
「……なるほど」
それは確かに由々しき事態だ。作物の被害もそうだが、ラナたちが猪と鉢合わせでもしたら大怪我、最悪死ぬかも知れない。
ならば、採る手段は一つだ。
俺は一旦外に出て辺りを見回した。後ろからレーネたちも付いてくる。
「ちょっとみんな、俺から離れていてくれ。えーっと……この辺なら良さそうか」
「リュージさん、何をするんですか?」
「まあ、見てのお楽しみだ」
興味津々なレーネにそう答えつつ、俺は腰のマジックバッグから親指大の魔石を取り出し魔力を籠めてから、堆く積んである土の上へ静かに置いた。
すると、すぐに反応はあった。魔石を中心として周りの土がベタベタとくっついていき、段々と人の形を取り始める。
そして最終的には、図体のデカい俺よりも更に頭二つ分はデカいマッドゴーレムが出来上がっていた。
「えっ……ゴ、ゴーレム!?」
何やらレーネが驚いていた。あれ? 錬金術師ならゴーレムの創造は珍しくないと思うのだが。何か驚くことがあっただろうか?
「ああ、〈泥核の魔石〉を使ったマッドゴーレムだ。……我、リュージが命名する。お前の名前は〈スプリガン〉だ。スプリガンに命ずる、植物を踏み荒らさぬよう、目の前に広がる畑に立ち入り、人と植物を害する獣を追い払え」
『まっ』
目も鼻も口も無いスプリガンは何処から出しているのか分からない声を出して、畑の真ん前まで歩いていき、そこで仁王立ちした。これで大丈夫だろう。
「……ん?」
見れば、ラナとレナがあんぐりと可愛い口を開けてスプリガンの方を見ている。……だけでなく、レーネまでもが呆けている様子だが、はて?
「……リュージさんの付与術は、ゴーレムまで創れるのですね……」
「……錬金術師だってゴーレムとかホムンクルスとか創るだろ?」
「いえ……あんな簡単に創られると、錬金術師の立つ瀬が無いと言いますか……」
何やら肩を落としてぶつくさ言っている。媒介の魔石だって決して簡単には作れないのだが。まあ、まだ〈泥核の魔石〉のストックはあるのだけれども。
「ん? どうした?」
ちょいちょい、とレナが俺の腰を突いたので、再びしゃがんで目線を合わせる。こてん、と首を傾けて、レナがスプリガンを指さした。
「……まもの?」
「ああ、違う違う。アレはゴーレムと言って、魔術による創造物……って言っても分からないよな。まあ、簡単に言えばレナたちの味方だ。猪などの獣以外は襲ったりしないから安心してくれ」
「おー」
分かってるのか分かってないのか良く分からない答えを返したレナだが、取り敢えず自分へ危害を加えないということについては理解したらしく、ぺたぺたと物珍しそうにスプリガンへ手を触れていた。
「でも……畑の一部を使わせて貰えるのは嬉しいですけど、あまりにもリュージさんに利が無いような気がします……」
「いやいや、俺とレーネは最早一蓮托生なんだし、そこは気にする所じゃないと思うぞ」
錬金術師らしく個と個の等価交換に拘るようだが、俺の利益はレーネの利益、レーネの利益は俺の利益になるのだ。
しかしレーネはと言うと、俺の返答を聞いた直後、何故か耳まで真っ赤になって俯き、両手の指をちょんちょんと合わせ始めた。
「え……え? 一蓮托生って……、まさか、プ、プロポーズ……?」
「……何を誤解しているのか知らんが、一緒に商売をする相棒、って事だぞ?」
呆れて思わず半目になってしまう俺。どうもこのエルフは早とちりし易い。それともエルフの特徴なんだろうか?
「やっぱり仲良し夫婦だよねえ」
「ねー」
ラナとレナの言葉も最早聞こえていないようで、レーネは瞳にぐるぐると渦を作り、頭から湯気を出しているのだった。
その後、採りきれない野菜が勿体ないので商工ギルドに行ってトールさんに事情を話して来て貰ったところ、目の前の状況に驚き腰を抜かしてしまっていた。
応援を呼んで貰って夕方までかけて野菜を収穫し、必要な分以外は買い取って貰うことで、まだ春だというのにラナたちは一年分の収入を手に入れることが出来たのだった。
次回は一〇分後の22:47に投稿いたします!