第一二話「食い切れるのか、これ」
「こ、これは……見事ですね……」
「だな……。まさかここまで凄い効果があるとは思っても見なかった」
家に戻ってみたところまだうだうだと転がっていたレーネを叩き起こし、俺たちはその瑞々しい野菜たちを前に唸っていた。埋めた所は家の手前だったというのに、遙か遠くまで効果があったらしい。何処まで効果があったんだ、これは?
一晩で芽の状態から収穫まで育ってしまうとか凄まじいにも程がある。だが周りの森に生えている草は昨日と変わりなかったようなので、恐らく人が耕している場所にしか効果は無いのだろう。
「……ん?」
左右両方からぽんぽんと腰を叩かれたかと思ったら、姉妹だった。
「……リュージさん、これ、食べて良いんですか!? 夢じゃないですよね!?」
「いいの?」
「あ、あ~……」
助けを求めてレーネを見たが、「駄目って言えないでしょう」とでも言うように溜息を吐いている。本当ならばレーネに身体に悪い成分が無いか確認して欲しい所なのだが、お腹を空かせている少女たちにお預けするのは心が痛くなる。
まぁ、致命的な成分などを優先しつつ確認は並行で進めて、今は思い切り食べて貰うとするか。
「お腹いっぱい……幸せです……」
「しやわせ……」
簡単に干し肉を使った野菜炒めを作ってあげて、はち切れんばかりにそれを腹へと詰め込んだ姉妹が、俺たちの家の床に揃って転がっている。一応何か異常があったらすぐに反応出来るように、手元で見てあげているのだ。
「確認終わりました。確実とは言えませんけど、たぶん大丈夫です。普通の野菜ですね」
「早いな!?」
「この手のリスクアセスメントには慣れていますので」
……自信ありげになんだかよく分からない単語を出されたが、俺もレーネを信じてたぶん大丈夫としか言えない。しかし何時の間に器材を準備していたのか。研究者の鑑だ。
その後、三時間ほど姉妹の様子を見ていたが特に変わった状況は起きなかった。だとすればあの〈ペウレの魔石〉はとんでもない効果を秘めていると言える。
だが、しかし……。
「リュージさん、もしかして私たち、あの石が埋まっている限りは毎日種を蒔けば、もう私たちがお腹を空かせることは無くなるんでしょうか?」
ラナは聡い子で、〈ペウレの魔石〉の有効的な使い方を理解したようだ。確かに今日起きた現象だけ見ればそう考えるのは正解だろう。
但し、それは土の栄養を度外視した場合だ。
「残念だけど、ラナ、それは無理だ。あの石は土に含まれる水と栄養を根こそぎ吸い上げてしまうようで、いつかは何も育たない土になってしまう」
先程レーネに土を確認して貰ったところ、昨日よりも状態が悪くなっており、このまま種を蒔いても育たないだろうと言われた。そこから推測するに、あの魔石は土の水分と栄養を無駄なく作物に与える効果があると見て良い。
「……えいよう?」
「ラナたちも大きくなるにはたくさん食べないといけないだろう? 野菜を育てるためには、土にも色々と食べさせないといけないんだ」
栄養の意味を理解していない姉妹へ、分かりやすいだろうと思った例えを用いて説明してあげると「土もおっきくなるのかな?」と見当違いの答えに辿り着いていた。……ま、まぁ、いずれちゃんと分かるように説明してあげるか。
ちなみに土の栄養云々は畑を手伝っていた時に教えて貰った。確か葉肥、実肥、根肥があるのだったな。
「となれば、リュージさん。私の出番ですか?」
レーネは錬金術師なので当たり前に理解したようだった。そして俺が言わずともきちんとその先まで見据えてくれたらしい。
「その通り。土へ栄養を与える薬とか、作れるか?」
「はい、土壌改良薬なら森に行けば当たり前に見つかる材料で作れますね」
「話が早くて助かる」
俺には〈ペウレの魔石〉の効果で作物の生育を早めることは出来ても、畑自体に栄養を与えることは出来ないからな。適材適所だ。あとは水だが、まあこれは地道に井戸から運んでやるしか無いだろう。
「そうだ、ラナ、レナ。あの石は二人にあげよう」
「えっ、本当ですか!?」
ラナは俺の提案に嬉しさの余り飛び上がった。銀色のおさげがぴょこぴょこ跳ねて可愛らしい。
「ああ、その代わりに頼みがある」
「頼み、ですか?」
「たのみ?」
二人は仲良く首を左に倒している。あまりの可愛らしさに横でレーネが変な声を出しているが、聞かなかったことにしておこう。
次回は一〇分後の22:37に投稿いたします!