第一一話「取り敢えずどの程度効果があるかは分からないが、悪いことにはなるまい」
サインした契約書を抱えてトールさんが嬉しそうに去って行った後、俺たちはお隣さんへの挨拶をすることにした。
「と言う訳で、お隣に引っ越してきたリュージだ、よろしく」
「私はレーネ。よろしくね、ラナちゃん、レナちゃん」
ラナとレナの二人は、ぽかんと俺たちを見上げている。……いや、正確には俺の方を見上げている。
「でっかぁい……」
「でっかいねぇ……」
「ぷっ!」
姉妹の反応に、耐えきれないとばかりにレーネが噴き出した。おい、見世物じゃないぞ。
しかし、それにしても……。
「なあ、この畑、もしかしてラナとレナの二人で耕してるのか?」
俺はさっきから気になったことを聞いてみることにした。幅は五〇メートル程度。奥行きは……五分位は畦道を歩いてきた気がするのだが。
「はい!」
俺の嫌な予感は当たっていたらしい。姉のラナが無邪気に頷いた。あまりに無謀すぎて、俺は思わず顔を覆った。よく見れば確かに二人とも、潰れたマメで掌がボロボロになっていて痛々しい。
「うーん、土があんまり良くないですね」
「そお?」
流石は森の民。レーネは畑の土を弄って生育に適しているかどうかを一目で見抜いたようだ。一緒にしゃがんで観察している妹のレナだが、絶対意味が分かっていないだろうアレは。
「なら、応急処置をしてみよう。……なあ、二人とも。この畑の野菜がもっと元気になるように、俺がおまじないをして良いか?」
「おまじない、ですか? よく分からないけど、野菜が元気になるのは良いことだと思います!」
うん、この姉も姉で、他人に疑いを持たないところは後で教育してあげる必要があるな。……まあ、それは今の所は置いておいて。
俺はマジックバッグから一つの魔石を取り出すと、取り敢えず手近な区画の中心にそれを埋めてみた。
「これでよし」
「何をしたんですか?」
パンパンと手を叩いて泥を払う俺へ、レーネが興味深そうに尋ねてきた。
「作物の成長を促す〈ペウレの魔石〉というものを埋めた。まあ、俺もコイツを使ったことが無いのでどの程度効果があるのかは分からない」
「ペウレって、豊穣の神様ですよね。その魔石、使ったことないんですか?」
「冒険者は基本根無し草だしなぁ」
そも、今日に至るまで自分の土地を持ったことが無い。『先生』のお知り合いのところで畑の手伝いこそしたことはあるけれど、その時はまだこの魔石は存在していなかったし確かめようが無かったのだ。
「でも、効果が分からないって……大丈夫なんでしょうか?」
「悪いようにはならんだろ。さ、掃除するぞレーネ」
「あ、待ってください!」
不安に思うのは分かるが、分からないのだから気にしても仕方ない。大通りで買った雑巾を取り出して新居に向かう俺の後ろを、慌ててレーネが追い掛けてきた。
「仲の良い夫婦だねぇ」
「ねー」
「違いますからね!?」
後ろから投げかけられた聞き捨てならない姉妹の言葉を、レーネが慌てて訂正していた。
翌朝。
掃除しきれず綺麗になった一部屋で雑魚寝をしていた俺とレーネは、玄関を激しく叩く音で目覚めさせられた。
「ふぁ……、ああ、ここは新居だっけか」
「んぅ~……、何ですかぁ? 五月蠅いです……」
鳴り止まない玄関の音に、俺は急いで応対することにした。朝に弱いレーネは長い耳を押さえて転がっているので、取り敢えずそちらは放っておくことにする。
誰が向こうに居るか分からないので、念の為に魔力感知をしてみる。ドアの向こうには……これはお隣さんの姉、ラナか? 一体何の用だ。
「リュージさん! レーネさん! 大変なんです! 起きてくださ……わっ!?」
「ああ、悪い。なんだこんな朝早くか……」
いきなり開いた玄関に危うく殴られそうになったラナに詫びを入れつつも、文句を言おうとした俺の言葉がそこで止まる。
それもそうだろう。
昨日まで弱々しい芽が並んでいた目の前の畑には、遠くまで立派な野菜たちが実っていたのだから。
次回は一〇分後の22:27に投稿いたします!