第一〇〇話「俺と彼女の関係は、少しだけ変わった」
本章のエピローグです。
そして第一〇〇話です!
スタンピードを退けてから一〇日と少し後、晩秋の木枯らし吹き荒ぶ中、俺たちは冬支度を始めていた。
だが、始めているのは冬支度だけではない。例えば、目の前で積み上がっていく大量のレンガは、職人たちが急ピッチで進めている登り窯の設置によるものである。
「なんか、自分の家を持ったなんてまだ実感が湧かないな」
「まだ言ってるんですか、リュージさん」
すっかり冬の装いでモコモコとした服に身を包んだレーネが、自宅前で家屋を眺める俺の隣に並んで苦笑する。どうやらレーネは寒さに弱いらしく、「〈常温の魔石〉を貸してください」と訴えてきたが惰弱すぎるので却下した。暑さ、寒さには慣れておかねば身体が変調を来すしな。
「いやぁ、半年前まで普通に冒険者してたんだぜ? そりゃ職人とは言え、まさか自分の家を持つなんて思わないさ」
「とは言っても、職人なのですから何時かは自分の工房を持つものでしょう?」
「借家なら兎も角なぁ。遠い未来、奇跡的に生きてたらこんなことも有るかとは思ったが」
なにせこの間もレーネに怒られたばかりだが、俺は死に急ぎすぎている。長生きなど出来ないと思っていたし、こんな高い買い物をするとも思っていなかった。まあ、金を出したのはホフマン公爵閣下だが。
スタンピードの後始末に追われる中、閣下には速やかに生き残った者たち、遺族たちへの報奨を用意して頂けた。こういうのを後々にすると時間が経つにつれ印象が悪くなるから、だと言うことだ。流石に長年国の中枢に勤めていらっしゃるだけあるな。
かくして俺とレーネはこの家を正式に買い上げ、早速登り窯の設置を始めたという訳である。窯があれば木炭も作れるし嬉しいことばかりだ。
「あ、リュージ兄たちがサボってる」
「ホントだ、サボってるー」
と感慨に耽っていたら、背後から妹たちの茶々が飛んで来た。二人も決して少なくない報奨が手に入った為、最近は冒険者を休業して家の手伝いをしてくれているのだ。
「少しくらい休憩させろ。重い物を運んできたんだから」
俺はぶー垂れる妹たちへ口を曲げてそう反論した。何しろさっきまで市場から大量の荷物をベルと一緒に運んで来たのである。そのベルはどうしているかと言うとそこで伸びているが。まだ弟子作成の〈豪腕の魔石〉は十分な力を出してくれていないらしい。
「あたしたちだって屋根の修理で疲れてるしぃ。ねーベル、お腹空いたよー。そろそろお昼にしよう?」
「ま、待ってくださいッス……。疲れて…………」
ミノリがぶっ倒れているベルをツンツン突いているが、弟子は猫の耳をピクピクと動かしながら死にそうな声を上げているだけで起き上がりそうに無い。まるで晩夏を迎えた蝉のようだ。
「仕方無い、今日のお昼は俺が作るか」
「えー、リュージ兄の味付け、濃すぎるんだよねぇ」
「ん、辛いのヤダ」
……と、俺の作る食事は妹たちに不評である。とは言え妹たちは料理に不向きだし、レーネはレーネで自作の怪しい調味料だかを入れたがるのでみんなが止める。自動的にベルが炊事担当になる訳である。
『リュージ、私もお腹空いた』
「……居たのか、フランメ」
最近増えた家族の声に振り返って見ると、どういう魔術を使ったのか子供が抱えられるサイズにまで小さくなったフランメが――いや、実際レナに抱えられながら、俺を見上げて訴えていた。
フランメはこうして小型の竜に変化出来る為、普段はお隣のダークエルフのラナ、エルフのレナ姉妹に構われていることが多い。〈カシュナートの魔石〉は俺が持っている為に言葉は通じていないものの、畑仕事の合間に三人とも仲良く遊んでいるようだった。
「ベルさんお疲れなんですか? 良かったら、私がお昼ご飯作りましょうか?」
と、申し出てくれたのはこの間一一歳の誕生日を迎えたラナ。それにしてもこの姉妹、出会った当初は痩せこけていたものの、懐事情が変わった為にだいぶ肉が付いてきた。良いことである。
「え、悪いよラナ」
「良いんです! 畑のことも、スタンピードのこともリュージさんたちにはお世話になりっぱなしですので! たまにはお世話をさせてください!」
俺が言うが早いか、ラナはレナとフランメを連れて自分たちの家に戻って行ってしまった。なんとも強引な子である。嫌いじゃないが。
俺たちは顔を見合わせ、小さく笑ったのだった。……ちなみにベルはまだ潰れている。
「これとこの素材は……こっちの棚だな。ベル、ちゃんと覚えておけよ」
「はい、了解ッス!」
ベルと一緒に買ってきた物を仕分けながら、収納へとそれぞれ突っ込んで行く。錬金術で使う物はレーネしか触らないので、大雑把に仕分けてから彼女へと渡す。
一時期は市場から物が消えたが、再び流通が戻って良かったと思う。ザルツシュタット港の新造船も正式に初出港を迎えたらしい。脅威となっていた邪術師が死亡した為である。その為海外取引がこれまで以上に活発になるだろう、とライヒナー候は仰っていた。
「ん、これは…………」
俺は仕分け中に小さな箱を見つけ、レーネとベルに聞こえないような声を上げた。これはベルに買い物を押し付けている間に、こっそり受け取りに行ったものである。
箱を開け、中を確かめる。成程、よく出来ている。これなら嵌まるだろう。
「ベル、ちょっとこれを窯職人の皆に差し入れてきてくれ」
「え? あ、分かりましたッス!」
俺があらかじめ背後に用意していた大袋をベルに渡すと、弟子は何の疑いも無くそれを抱えて工房を出て行ってしまった。
……さて、部屋には俺とレーネだけとなった訳だが。
「……あれ? リュージさん、何をしているんですか?」
「まだ秘密」
背を向けて作業を始めた俺へレーネが興味深そうに尋ねたが、俺は素っ気なく返す。「むー」という不満そうな声が背後から聞こえ、口を尖らせた彼女の顔が思い浮かび思わず噴き出しそうになったが、緻密な作業なので堪える。
「……ふぅ、出来た」
「……もう聞きませんよーだ。どうせリュージさんは、何でも私に黙ってばかりの人ですもんね」
……これはアレか。まだ空の戦いでダイブしたことを根に持っているのか。
暫く言われそうな気もするが、コレ次第かもな。
「……あー、何をしていたか教えるので、手を出してくれ」
「はい? ……えーと、こうですか?」
俺の頼みに訳も分からぬレーネは、首を傾げながら右掌を上にして差し出してきた。
そして、右手に隠していたそれを、俺はその上に置いた。
「えっ」
掌の物を見つめたままに、目を点にして固まるレーネ。俺は大きく深呼吸し、その言葉を告げる準備をした。
…………よし!
「……こういうのは、その、苦手だと分かっているだろう? だから、単刀直入に言う」
未だに固まって動かないレーネに、続けざまに言葉を叩きつける。
「好きだ、結婚してくれ、以上」
「………………」
俺の言葉にも応えず、レーネは俺が密かにカッティングしておいた、彼女の瞳と同じ色のエメラルドの指輪を前にぱくぱくと口を開け閉めしていた。買い物の時に取りに行ったのは台座とリング部分で、宝石は今し方俺が嵌めた訳である。
そして永遠とも思える時間が経った後、指輪を握り締めたレーネは、耳まで真っ赤にしながらそのまま俺へと突き返してきた。や、やり方を間違ったか!?
「……こ、こういうのは、男性から、嵌めて、貰う物、です」
やっとという感じで、レーネはそう言葉を絞り出した。俺はと言うと、「あ、ああ」としか言えなかった訳だが。
改めて、彼女の左手を取り甲を上に向け、その薬指へと指輪をゆっくりと嵌めてゆく。お、よしよし、ピッタリだ。
「……なんで、ぴったり?」
「この間手を握る機会があったから、その時にサイズを確認した。普段精密作業をしているから、こういうのは得意なんだよ」
たどたどしい言葉で尋ねてきたレーネへ種明かしをする。日常生活で使い所の無い技能ではあるが、まさか指のサイズを確認出来るとは思わなかった。
「……で、答えは?」
「……承ります」
「事務的だなおい」
どうもまだ混乱しているようで、俺に突っ込みを入れられてしまうレーネである。
俺はその後もぼうっと左手の指輪を見つめ続けていたレーネを抱き締めた。小さいな、いや、俺がデカすぎるんだが。
「……私、こうして人並みの幸せを得られるなんて思ってなかったんです。今でも、あの日のことは夢に見ますから」
「…………そうか」
かつて生まれ育った村で地獄を見たレーネである。人並みの幸せを願うことに躊躇いを感じるのも仕方の無い事だろう。
そんな彼女だからこそ、俺は惹かれたのかも知れない。何故ならば――
「俺だってそうだ。俺も、無茶をすることに慣れきっていて、嫁を貰っても早死にして不幸にさせちまうだけだと思ってたからな」
俺が無茶を始めたのは何時からだろう。故郷を離れ、妹たちを食わす為必死になっていた頃からだろうか。『先生』にも、「リュージはそれを改めないと早死にするよ」と言われていたので、覚悟はしていたつもりだったんだが――
「……もう、無茶は出来ませんね」
「肝に銘じとく」
腕の中で小さく笑ったレーネに、俺も笑い返す。
アデリナは退けたが、まだレーネの姉という邪術師が残っている。一つの村を容易く滅ぼすような力を持った敵だ。
だが、不思議と負ける気はしない。
「これが所帯を持った力って奴かぁ」
「……何を言ってるんです?」
そう言って、レーネは少々呆れ混じりの苦笑を見せたのだった。
まずはここまでお付き合いを頂きありがとうございます!
リュージたちの物語はまだまだ続きます!
宜しければブクマや評価を頂けますと幸いです!
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次回は明日の21:37に投稿いたします!