第一〇話「そんな偽善に救われた俺にとっては、是非も無い話だった」
※リュージの一人称視点に戻ります。
ザルツシュタットに到着したその日、俺たちが冒険者ギルドでの手続きを終えたところで夕方を迎えてしまったので、諸々の手続きの続きは翌日行うことにして宿に泊まることにした。
街の港は壊れているものの幾らか漁船を出すことは出来るらしく、酒場では獲れ立ての海の幸を堪能することが出来た。
そして翌日、商工ギルドでの手続きも終えた俺たちは、ついでに工房として利用することに適した空き家を探すことにして、今こうして役人のトールさんと一緒に郊外へと足を運んでいるのだった。
「やっぱり、結構歩くんですね」
「ご条件に合った広い家となると、街の中心部ではどうしても賃料が高くなってしまいますからね。利便性と賃料は相反する条件なのですよ」
「なるほど……、ところで、その背中の物は何なんですか?」
俺は話の流れをぶった切って、トールさんが背負っているものについて思い切って聞いてみることにした。
何故ならば、トールさんが背負っているリュックの端からは、明らかに野菜がはみ出ているからだ。何故に物件の紹介で野菜を背負う必要があるのか、甚だ疑問である。
「あ~……、これはですね、その……偽善です」
「……偽善?」
困ったように歯切れの悪い答えを返したトールさんに、俺とレーネは頭に疑問符を浮かべて顔を見合わせた。賃貸物件と野菜と偽善。全くもって結びつかないのであるが。
そうこうしている内に、道は畑を突っ切る広めの畦道へと変わっていく。そして正面には二軒の家屋。左は小さめ、右は大きめの平屋だ。恐らく俺たちの条件に合った家となると、右の方だろう。
「着きました。右の方がご条件に則した空き家となります。この家の持ち主は商人だったのですが、その……、この街に見切りを付けて、商工ギルドへ売却してしまったのですよ」
……ああ、そういうことか。商人としては儲からない場所に根を下ろしている理由も無いだろうしな。損切りしたという訳か。
しかしこの家、幅は二五メートルはあるだろうか? なるほど、これは広い。いや、広すぎる感はある。少し条件を厳しめに指定してしまっただろうか。維持が大変そうだ。
「トールさん、中、確認しても良いですか?」
「はい、勿論です」
トールさんから鍵を渡されたレーネが、玄関を開けて中へと入る。俺もその後から続くことにした。おお、一九八センチある俺の身長でも天井まで余裕がある。これだけで好印象だ。
中は少し埃っぽいものの、部屋の広さも数も十分だ。これならば二人と言わず、ミノリとスズが泊まりに来たとしても問題無いだろう。
「レーネ、どう思う?」
「はい、良い物件だと思います。森も近いですし」
……そうか、そう言えば俺にしてもレーネにしてみても、森へ材料を採りに行けるのは魅力的なんだな。
家の中を確認した後、俺たちは外を確認することにした。まあ、もっとも安全面で言えば付与術やゴーレムを使えば確保出来る訳なのだが。
「……ん?」
視線を感じ、隣の家の方を見る。
見れば隣の庭には、痩せ細った幼いダークエルフとエルフの女の子たちが、俺たちの方へ視線を送っていた。ダークエルフの方が一〇歳ちょっと、エルフの方が八歳くらいだろうか?
「わ、可愛らしい子!」
レーネも気付いたらしく、彼女の言う通り可愛らしいお隣さんへと手を振って見せた。二人の女の子も、おずおずとレーネに向かって手を振り返して見せる。
何とも微笑ましい光景ではあるものの……あまりにも痩せこけた二人の姿が、非常に気になってしまった。
「ああ、ラナちゃん、レナちゃん、居たんだね。ほら、お待たせ。今日も持ってきたよ」
家の鍵を閉めたトールさんが二人の存在に気付くと、小走りで二人の方へと近づき背負っていたリュックを下ろした。そして予想通り中に格納されていた野菜を取り出して二人に渡す。
「トールお兄ちゃん、ありがとうございます! ほら、レナもお礼!」
「ありがとー!」
ラナというダークエルフの子が礼儀正しくお礼をすると、レナというエルフの子も元気良く頭を下げた。
……なるほど、トールさんが偽善と言った意味が分かった気がする。
でも、俺はそういうの、嫌いじゃない。
「あの子たちの父親はエルフ、母親がダークエルフなのですが、母親が事故で亡くなってしまった後、父親がすぐに蒸発してしまったのです」
「……そうだったんですか」
トールさんから詳しい話を聞いたレーネは、複雑な表情を浮かべていた。
エルフというのは閉鎖的な所があり、レーネのように故郷を離れて暮らすエルフは珍しくもそれなりに居るが、逆にエルフの村で暮らしている他種族の話は聞いたことが無い。
差詰め、種族の壁を越えて愛し合ってしまった二人が故郷を追われて暮らしていたが、妻の死を機に夫が冷めてしまい、子供を捨ててしまったという事なのだろうな。
「それで事情を知っているトールさんは、定期的に食糧を運んであげているんですね」
「……偽善、とは分かっているんです。他にも飢えている子は大勢居る。でも、知ってしまったら――」
トールさんはばつが悪そうにしているけれども、俺と妹たちはそれで救われた人間だ。彼の行いはとても立派だと思う。
それなら、俺だって偽善をしていいよな。難しい事ではあるが、偽善が広がって飢える子が居なくなれば、それは果たして偽善ではなくなるのだから。
「トールさん。契約の話に戻りたいのですが」
「え!? あ、す、すみません! そうですね!」
トールさんとしては隣に飢えている姉妹が居る状況を見せたことは、物件を紹介している身としてマイナスの行動と言えるだろう。
ただ、それでも彼は姉妹を放ってはおかなかった。
「いいよな、レーネ」
「はい、もちろん!」
「……え?」
俺の言葉に、当然とばかりにレーネは鼻息荒く答えた。予想外の展開に、トールさんは呆けている。
こうして他人の痛みに敏感になれる所も、レーネの魅力的な所だ。恥ずかしいので本人には言えないけれども。
次回は一〇分後の22:17に投稿いたします!