1 プロローグ
平林家の朝は非常に慌ただしい。
その原因の9割はこの私、平林優里である。
だが、反省はしない。
してる時間も無いからね!
「じゃあお母さん、行ってきまーす!」
「気をつけるのよん!」
バターとジャムをたっぷり塗ったトーストを咥え、玄関から飛び出す。
「いっけなーい☆ちこくちこく〜!」
少女漫画のようなセリフを言ってみた。
曲がり角からイケメンが飛び出して来るのを狙ってるなんて、そんな事は断じて無いのだ。
(いつもはこんな事考えてる暇も無いんだけどな〜)
今日は普段より1分早く出たので、少し余裕がある。
まあ、どちらにせよ遅刻なんだけどね!
(いや、1分早ければ間に合うかも!)
朝会開始は8時20分。
今の時間は……8時17分。
うん!間に合わないね!
でも、時間通りに到着しようっていう意志は大切だと思うんだ!
ーそこで前を見ていなかったのが、命取りとなった。
交差点ではいつも立ち止まっているのだが、時間に気を取られてそのまま飛び出してしまった。
再び走り出そうと前を見たときには、もう遅かった。
ドゴッ
衝撃を受け、私の身体は空中に放り出された。
遅れて痛みを感じ、視界が赤く染まる。
「ーですか!大丈夫ですか!?」
遠くから聞こえてきた声が、更に遠くなっていく。
(なるほど……これは、死ぬ……)
赤かった視界が段々と黒ずんでいく。
(来世では……イケメンに会えますように……)
ーーーーーー
目が覚めると、ベッドの中にいた。
ここは……どこだ?
(私は……死んだはずでは……?)
奇跡的に助かって、病院にいるのか?
しかし、病院のベッドに天蓋などある訳がない。
とすると、夢か?
頬をつねる。痛い。
リアリティのある夢かも知れないが……そうだとすると判定は不可能に近いので一旦保留しておこう。
まあ、恐らく違うだろうな。
しばらくボーッとしていたら、突然、ある考えが思い浮かんだ。
まさか、異世界転生か?
(何を言っているんだ、私は。そんなことがあるか?)
ありえないとは思うが、その解釈が一番しっくり来る。
何故か髪色がピンクになってるのも、手が小さくなってるのも……異世界転生であれば納得が行く。
その考えが確信に変わるのに、時間は掛からなかった。
「うん。異世界転生だな、これは」
理由は分からないが、それ以外ありえない気がする。
確信出来た事だし、もう良いか。
(さて、異世界転生しちゃったものはもう仕方ないとして……流石に正直に話すのはまずいよなあ……)
異世界から転生してきましたとか言い出したら流石におかしいもんね。
気が狂ったとか言われて監禁されるかも知れないし、やっぱりカミングアウトはやめておこう。
つまり、この体の持ち主に成り切らなきゃいけない訳だ。
ただ、私はおぜうさま言葉もマナーも知らない。
何なら名前も知らない。
(上手いこと記憶喪失設定で通せないかな……)
目覚める前にどっかから落ちて頭ぶつけてたりしないかなー。
そうすれば記憶喪失で通せるんだけど。
そんなことを考えていると突然扉が開き、オッサンが入ってきた。
「おお、ユーリ!目覚めたか!」
どうやら私はユーリと言うらしい。
元の名前と似てるから覚えやすいね。
「ど、どちら様で……?」
「まさか……記憶が!?こうしちゃ居られん!すぐ医者を呼んで来るからな!」
オッサンが慌ただしく走り去って行く。
何だったんだあのオッサン。
まあ、記憶喪失で通せそうだから良しとしよう。
……良いのか?