7話 パスポートの発行は数日かかる
「ついていくったらついて行きますからね!色々と怪しすぎて一人にはできませんから!」
ふんす、と胸を張る彼女。まぁ、怪しいから監視しておきたいという気持ちはわからないでもないが、触らぬ神に祟りなしという言葉を知らないのだろうか。怪しいから一緒にいるなんて危険だから行きたいみたいな論理だろうに。なにより、俺が困る。ずっと一緒なんて照れちゃう。
「待ってくれ、俺は町に出れさえすればそれでいいんだよ。」
「そういいますけど、身元不明の男性なんて町に入れてもらえませんよ。最低でも異国の民は入村許可がないと。」
許可がいるのか……。国が違う、と考えると当然と言えば当然なんだろうか。日本にずっといると国境が海の外だから実感がわかない。案外、この世界の治安は良くないのかもしれないな。俺の困った顔をみた彼女はニコリと笑顔でこちらを見てきた。
「私が、とって上げましょう。森の民といえば許可は取れるはずです!」
「な、なんでそこまで……。」
「そのかわり、と言ってはなんですがお兄さんには冒険者ギルドに所属してもらいます!」
冒険者ギルド、なんだかそれっぽい響きだ。ワクワクするね。しかし、なんでそんなものに所属させようとするんだろう。親切の代わりになるんだろうか。それとも俺の想像するものと、まったく違う冒険者ギルドかもしれない。どうしよう、めちゃくちゃ殺伐としてたりブラック企業みたいに過酷な労働だったら。肉体労働系のバイトは長続きした試しがないんだ。
「お兄さんがいうように、そのかれぇと言うものを探したいのであれば国の境をいくつか超える必要があると思います。冒険者ギルドに所属していて、一定期間にノルマ分の報酬さえ納めれば異国の民でもかなり簡単に入国許可がでるんです。」
てことは、会社のように一か所に留まるわけではなさそうだ。ノルマがどのくらいかは気になるところだが、カレーを0から作るとなればスパイスやら野菜やら肉やら探し回ることになるのは確かだろう。簡単に色々なところに探しに行けるとなれば断る必要はない。むしろ、所属は必須と言ってもいいだろう。ただ、改めて俺にしかメリットがないように思える。一応、聞いておくか。
「それは確かに嬉しいけど、それが君にとってなんの恩返しになるんだ?」
「そ、それはいいじゃないですか!とにかく、お兄さんは冒険者になって私と行動してくれればいんです。」
教えてくれなかった。
そんなことより、だ。…………。ふむ、町までですらなく。ずっと行動を共にすると。何を言っているんだろう。プロポーズだろうか。良くない、頭がフリーズしている。
「……これで久々に異国の薬草を買いに行けるっ。」
彼女が小声でなにかを言ってるが、頭に入ってこない。ついこの前まで一人で黙々とカレーを作り、二日目のカレーを糧に生きてきた俺にとって女の子と二人きりで生きていくなんて、なんて。心臓君が壊れちゃうね、まったく。
「では、まずは私が手紙で許可をお願いするのでお兄さんは数日……。」
おっと、そろそろ現実に戻ろう。でも数日なんだろう。ゆっくり休んでください、ということだろうか。彼女のことだ、きっとそうに違いない。俺としては何もしないのは心苦しすぎるので、手伝いでもしたかったんだけどな。そんな甘いことを考えていた。
「数日の間、冒険者ギルドに所属できるよう死ぬ気でトレーニングしましょう!!」
「……え?」
「流石に、その体だと試験に受からないと思うので……。頑張りましょうね!」
いやいやいや、待ってほしい。運動はからっきしなんだ。動くのは嫌いじゃないし、楽しいとも思う。でも、筋トレなんて全然できない。俺には運動神経がなくて感覚神経しかないんじゃないかと思うくらいには。ど、どうにかしないと。
「す、数日じゃそんなに変わらないんじゃないかな!?」
そう諭してみる。そう、数日でこの体が変わるわけがない。筋トレの効果は三ヶ月後と聞いた。何日の猶予があるかわからないが、三ヶ月もかからないだろう。それより、伝え忘れた俺のスキルのことを理解してもらって食事回数増やした方がいいに決まってる。
「安心してください。このリル=リンバース。並みの薬師じゃないんです。必ず強くして差し上げますよ!」
棚から怪しい色の薬品を嬉々として用意しながら、今更ながらの自己紹介をする彼女こと「リル」に、俺は苦笑いをすることしか出来なかった。