2話 こんにちは、アリさん
「うぅ……。くらくらする……。」
カレーを広めてこい。そんな一言のせいで俺の意識はまたサヨナラしていた。
気がつくと、地べた。ズキリと痛む頭を抱えながら、ゆっくりと目を開けるとそこには鬱蒼とした森が広がっていた。見渡す限り木、木、木。
植物に詳しくない俺にわかることは、すっごい自然だ。ということと、自然しかない。ということだった。
「えぇ、俺にどうしろと……。」
カレーを広めてこい。の一言で何をすればいいんだろう。森の中でカレーを作ればいいんだろうか。最初に言っておくが、市販のルー無しで美味しいカレーをつくる自信はない。
「ふざけるな」と思いながら立ち上がろうとしたとき、足元に手紙が落ちていた。
<女神様からのご報告>
これを読んでいるということは無事に目覚めたんだろうね。
なんとなく気づいていると思うけど、そこは君のいた世界とは違う世界になる。
ただ、カレーがないんだ。だから、君が布教してくれ。
君がどこで目覚めるのかは、私にもわからない。
ということで、詫びの代わりにプレゼントを用意した。
快く受けとってね。
その1 同封されている指輪をつけること。
これで言葉には困らないね。
その2 いわゆるスキルって奴を上げよう。
《導物同血》
食べれば、食べるほど強くなるよ。
お腹もちょっぴり頑丈になるよ。
余程のことがないと、お腹は壊さないよ!やったね!
以上。美味しいカレーの普及をめざして頑張ってね!!
……。本日二度目の「ふざけるな」だ。何がやったね、だ。これだけでどうしろと言うんだ。俺はカレー屋でも、経営者でもなければ勇者でもない。
異世界まで来て強くなってやることがカレーを作ることって、泣いちゃいそう。とりあえず、指輪はつけるけど。
「ただ、お腹が頑丈になるってのは有難いかもな……。」
正直この森を抜けるのが現状の最難関である。異世界だとしても、人の形のままってことは生きる仕組みも大して変わらないだろう。本当にお腹を壊さないのであれば食糧には困らなさそうだ。
美味しいかは知らんが、草はたくさんある。きっと食えるはずだ。食料問題が解決したと考えるなら次は……。
「火か、武器かな……。」
衣食住のうち、衣は最初か着ているし食もきっと大丈夫だろう。住の最低条件は屋根と光、だと思う。光と言えば火。文明は火から起こるって誰かが言ってた気がする。
実際、火があれば明かりも温度も、何より調理する手立てになる。ただの葉っぱも焼けば多少美味しく食える、はず。
「とはいえ、火かぁ。枝をコスったら付けられるのかな……。」
いわゆる「きりもみ式」とかいうやつだったと思う。ただ、あれは慣れてないとほぼ無理とか、なんとか。ディスカバリーチャンネル大好きな俺としても不安しかない。……ディスカバリーチャンネル?
「そうだ、あれがあった!!」
食ったものが力になる、のであれば火よりも先に食すべきだ。こんな森の中であれば、きっといるはず。獣みたいに捕えるのが難しくなく、栄養があり、多彩な才能をもつアイツらが……!
「……いたっ!」
目の前には、点々と歩いている小さく黒い物体。そう、アリさんだ。いや、この世界でこの子達をアリというのかは知らないのだけれど。一匹を慎重に手で摘まむ。アリを意図して触るのは小学生以来だ。なんとなく、俺の知ってるアリと違う気がする。が、今は観察より先にすることがある。
「い、いただきます。」
ままよ、と口に入れる。予想よりも少し硬い触感のあと、苦いような酸っぱいような、ふざけて食べたクローバーを思い出す懐かしい風味が口に広がる。
「……ま、美味しくはないよな。」
コクリと飲み込んだ矢先、先ほど付けた指輪がキラリとひかりホログラムを映し出す。
《追跡》:数刻以内に同種が移動した形跡を追うことが出来る。
来た、と思った。虫特有の力持ちとか、そういうものが手に入ると思ったので予想道理というわけではなかったが有難い。運にはなるだろうが、人が通ったところがわかるのは心強い。
ありがとう、アリさん。ということで、さっそく。
「《追跡》」
……これであってるのだろうか。技は声に出す、というのが自分の中の常識として備わっていたんだけど。とりあえず、それらしい効果は見えない。
期待はしてなかった、というと嘘になる。正直、上手いこと人がいるんじゃないかと思っていた。困った、マジで人いないかな……と心から思ったとき指輪が輝いた。その瞬間、なんとなく右のほうに、本当になんとなく進んだ方がいい気がしたのだ。
「これは、効果……?」
直観と大して差のない程度の「なんとなく」にしたがって歩くことにした。あのアホ女神とはいえ、俺が生きていることも、今目の前に異世界が広がっていることも確かである。指輪も光ったしスキルの恩恵があると信じたい。
……信じたい。
そんなこんなで、俺は同種を求めて右に進んだ。
方角くらい知りたいものである。