1話 二日目のカレー
すってーん
あぁ、なんということだろう。
まさか、齢21歳でバナナに滑ろうとは。
安い賃貸で借りている学生寮を出た真ん前に、バナナが置いてあるなんて誰が考えようか。
意気揚々と目が覚めた時には、一限に間に合うギリギリ。昨日作った、二日目のカレーを諦めてまで玄関の外に蹴りだした大いなる一歩目は、「ぐにゅり」という感触と共に大きく空に舞い上がった。
舞い上がる足、そしてそれを見つめながら落ちていく頭。とてもゆっくりと流れる時間に、バナナへの恨みと「本当に滑るんだ」という思いを抱えたまま
俺の頭は、思いっきり地面に叩きつけられた。
講義中の眠気よりも、深いところに意識が落ちていく感覚。
サぁっと体の熱が下がっていく。
こんなことなら、遅刻してカレー食べとくべきだったな……。
そう思いながら、俺は、意識を手放した。
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「……なさい。」
待ってください。今日は日曜日のはずです。
「……きなさい!」
え、火曜日? 火曜日は自主休講でお休みです……。
「起きなさいっていってるでしょ!」
はて、そういえば一人暮らしを始めてから俺のことを起こしてくれる存在はいなかったはずだ。
愛しの目覚まし時計君は、何度も寝起きパンチされて低音しかでなかったはずだし。と、すると考えられる可能性は……。
「……泥棒?」
「なんで目覚めの一言がそれなのよ!」
やけに澄んだ声だった。耳心地が良い。そのせいで内容は入ってこなかった。
その声というより音に耳を傾け目を向けると、そこには、褐色に綺麗な黒髪。綺麗な布を巻きつけた少女がいた。
つまるところ、インド人がいた。
「誰がインド人だ!」
心の声につっこまれるとは。俺、そんなに顔に出やすかったっけ?
「……あなた、何も覚えてないの?まぁ、頭を強く打ったから仕方ないのかもしれないけど。」
「あぁ、そういえば!!」
一気にさっきのことを思い出す。俺は確かに頭を打って気を失った。でも、なんでインド人?インド人用の病院に来てしまったのだろうか。そのご時世だ、さもありなん。
「だから、インド人じゃないっての。」
「じゃあ、誰なんですか!」
「神様よ。」
あぁ、なんということだろう。俺は精神科に入院してしまったらしい。
「ねぇ、もう一度死にたいの……?」
「そ、そんな顔しないで……って、もう一度?」
「そう、もう一度。」
「てことは、俺……。」
「死んだわよ。」
「バナナで!?」
「バナナで。」
そんな、死因バナナだなんて……。
死んだ、と言われて納得しない訳ではない。あの時感じた感覚は、なんとなく自分の糸が途切れる感じだった。こうやって思考がある以上、納得はすれど実感はないのだけれど。ただ、まぁ死因バナナは両親に顔向けができない。
「いや、死んでるんだって。」
「なら、ここは?」
改めて周りを見てみると、確かにおかしい。真っ白な空間に、俺と少女が一人。死後の世界にしては殺風景すぎるし、面白みもない。
ちなみに私は年上のお姉さんが好き。
「お前の趣味など知らん!」
「ちょっと心の中、読まないでくださいよ!」
「明らかに余計な一言だっただろう!?」
そんな話をしていると、コホンと一息入れた後に改まったように少女が口を開いた。
「そんなことより、だ。お前、名前は戸間 遠矢で間違いないな。」
「えぇ、はい。」
ちなみにあだ名はトマト君でした。俺は割と気に入っている。トマト美味しいし、何よりカレーに絶妙な酸味をもたらしてくれる。ソースかトマトか、酸味を加えるときに悩むポイントである。
「……そして、死ぬとき一つ願っただろう。」
「え……?」
願った……?何を願っただろう。自分の意識が消えゆくなかで、俺が後悔したこと……。
「二日目のカレー……?」
「そうだ。お前は死を自覚するなかで『カレー』を選んだんだ。間違いないな?」
いや、間違えはないけども。ないですけれども。それじゃあ、カレーのことしか考えてないカレー人間みたいじゃないですか。
「カレーを思って死ぬ奴は、そうそういない。よって、そのカレー愛に免じて死ぬはずだったお前に役割を与えてやろう。」
「いや、俺はそんなにカレー魔人みたいな人じゃないんで!」
「その役割とは……。」
こいつ、話を聞いていない!?
「異世界でカレーを広めてこい。」
その一言と共に、まるでデジャブのように俺の意識はまた遠くへ旅立つのだった。
人生初の小説、およびなろう投稿です。
生暖かい目で見てください。地の文って難しいね。