不穏なこんご
書く気はあったのに、
どうしてこんなに投稿期間があいたのか…
広くも狭くもなく、四人掛け用のテーブルやキッチンがある一般的なリビング。そこにある少し大きなテレビは、朝のニュース番組を映していた。
『あの事件から今日で二か月を迎えました。
今日からちょうど二か月前、世間を騒がせた池袋の大規模同時行方不明事件。
手掛かりとなる証拠や痕跡が一切なく、事件の解決が不可能と言われたこの事件に対し、警察は、進展がないことを認めたうえで、今日で大規模な捜査を打ち切り、今後は規模を減らしての捜査になると発表しました。
「ご家族の方や関係者には、心よりお見舞い申し上げるとともに、我々の捜査に至らぬところがあったとして大変深くお詫び申し上げます。また全ての皆様におきましても、事件が解決していない以上、不用意な外出はなるべく控え、なるべく屋内へ入らないなど、対策をし自分の身を守ってほしい。」
とのことです。
次のニュースです……』
ピッ! 行方不明事件に関するニュースが終わったところでテレビの電源が落とされた。
リビングで食器を並べていた女性がリモコンで操作しテレビを消したのだった。
女性がつぶやく。
「あの子…。大丈夫かしら……」
数か月前に池袋の商業施設で起こった、大規模同時行方不明事件。その事件は当時、日本中、いや世界中で最も大きな事件として取り上げられ、テロや天罰といった推測が立った。数千人規模の行方不明事件の影響はすさまじく、日本への旅行客が一時期途絶えるほどだった。
テレビをリモコンで消した女性の息子。小村 紫砂斗はこの事件で唯一生還した人間ではあったが、まだ中学一年生だったこともあり、警察は世間からその存在を隠す方針をとった。
しかしそれでもなお紫砂斗への重圧は重く、連日の取り調べや一度に多すぎる友人を失ったことにより、疲弊しきった紫砂斗は軽い鬱状態となってしまった。それが原因で紫砂斗はあの事件前から学校へ一回も行っていない。
警察に進められ精神科やカウンセリングには何度も通ったが、紫砂斗の記憶は間違いなく実際に体験したことで、鬱が治ることも経験していない記憶が戻ることもなかった。
こうした紆余曲折があり、事件の捜査が一区切りついた今、気が付けば事件から二か月が経過していたのだ。紫砂斗の母が先ほどした発言は、こうした背景があって、紫砂斗が引きこもりに近い状態へと陥っている現状に対してのものだった。
リビングで夕食の準備を終わらせた紫砂斗の母は、リビングのドアを開き、大声で紫砂斗を呼ぶ。
「ご飯できたわよ!」
呼ばれた後、ドタドタという音を響かせ、すぐにリビングに入ってきた紫砂斗は若干顔色が悪いような気はすれども、事件当日とはほとんど容姿は変わっていなかった。あの事件以降、家から取り調べ時を除いてほとんど出ていなかったが、昼夜が逆転しているという訳でもなく、学校から送られてくる宿題はこなし、いたって健康的で普通な生活を続けていたのだ。
その後食卓に着き、いただきますをして食事を始める二人。食事好きで少し膨よかな母の、満足そうな顔を見届けたところで、紫砂斗は口を開いた。
「俺。明日から学校へ登校するよ。」
紫砂斗も事件以降勉強が周りの人々から遅れのを恐れ、学校へ行こうと決心したのだった。そろそろ立ち直らなければ一生分の幸せを逃すことになってしまう。
その言葉を聞いた、紫砂斗の母は、深くは聞かなかった。たった一言 そうか と告げると、嬉しさからくる微笑みを何とか抑えながら、頑張ってね。と紫砂斗にエールを送った。
翌朝。紫砂斗は母に送ってもらい、車で学校へ登校することになった。一度失いかけた我が子を、もう危険な目に合わせたくないということと、できる限り好奇の目に触れさせたくないという心情によるものだろう。
車内で紫砂斗の心情は、恐怖という感情に支配されていた。まだ一年間すら通っていないと言ってもここまで学校に対して強い感情を抱くのは、受験をしに来た時すらなかった。
クラスメイトから邪険にされたらどうしよう。行方不明事件の時、俺が生存者だということがばれたらどうしよう。
そんな不安は、学校に近づくにつれ、だんだんと強まっていく。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。」
紫砂斗の不安そうな表情を見て、紫砂斗のお母さんは励ましの言葉を口にするが、それでも紫砂斗は落ち着かなかった。
気持ちと葛藤しては、励まされるを繰り返しているうちに、車は校門の前に到着し停止する。
「じゃあ頑張ってきなさい!」
そんなエールと共に車を出た紫砂斗に、一斉に視線が刺さる。紫砂斗が休んでいるときに、全校集会で風里たちが行方不明になっているという話がされたらしく、紫砂斗のクラスメイト経由で紫砂斗が行方不明になった全員と仲が良かったことが広まったようだ。
紫砂斗は周囲から感じるプレッシャーに、胃をキリキリ痛ませながらなんとか教室へたどり着く
第一声はどんな言葉だろう。
マイナスな声であることを予想した紫砂斗を出迎えたのは、
「お! 今日は来たの? 平気だった?」
「つらかったな… 俺らも風里とか佐藤とかが行方不明って言うのは不安だし悲しかったが、お前はもっとつらいもんな…」
などと言った暖かい声だった。そんなクラスメイトの優しさに、思わず笑みを浮かべてしまう紫砂斗。
その日の午前中は、校長先生を始めとした様々な人物に話しかけられたが、みんな深く聞くようなことはしなかった。ただただ、ねぎらいや励ましの言葉を言ってくれ、紫砂斗の緊張も徐々に溶けて行った。
そして紫砂斗の学校生活は暖かい人々により、無事再開されるかと思われた……。昼休みがくるまでは……。
「小村 紫砂斗はいるか?」
そう言いながら、昼休みに紫砂斗のクラスを訪ねてきたのは、紫砂斗も何度か校内で見かけたことがある男子だった。その男子が探しているのが紫砂斗だと知り、クラスの視線が紫砂斗に向く。その様子を見た男子は紫砂斗の前まで歩いてくると口を開いた。
「お前が紫砂斗だよな?」
黙ってうなずく紫砂斗。
「単刀直入に聞きたいんだが、お前も事件の日ラウン○ワンにいたよな?」
その問いに紫砂斗は固まってしまう。あの日一緒に遊んだことを知っているのは、あの日、あの場所にいたメンバーだけのはずなのだ。わざわざ色々な人に言う必要がないし、確かあの日は本当に仲がいい人だけで遊ぼう。という名目だったはずだ。ただ自分が友人と思われていない。などと周りの人間が勘違いをしないように、口外しないようにしよう。と話し合い、みんな周りの人間に言っているはずがない。
だが今は、何か答えないと怪しまれてしまう。そう思った紫砂斗は、警察の人と事前に打ち合わせしていた言い訳を使うことにした。
「確かに遊ぶ予定だったんだが、俺は寝坊して、合流できなかったんだ。だから慌ててラウン○ワンに向かっている途中で、騒ぎを知ったんだよ。」
「……周りの人間に口止めされているのかもしれないが、俺はお前たちが合流したことを知っているんだよ。答えてくれ。あの時あの場所で何があった?」
なぜが男子は紫砂斗も事件に巻き込まれたことに確信を持っているようだ。紫砂斗の嘘に一瞬の沈黙をしたあと、優しい口調で紫砂斗を問いただす。
クラスの視線が、二人の問答に集まる。
「じつ…」
『キ~ン コ~ン カ~ン コ~ン!』
紫砂斗が男子の押しに負け、口を開いたとき、丁度教室に授業開始のチャイムが鳴り響いた。その音を聞き、残念そうにしながらも、男子は帰っていった。
その後授業が始まったが、教室中の生徒は授業にではなく、紫砂斗に注目していた。もしも先程の会話が本当ならば、紫砂斗はあの事件で唯一生還した人間ということになるからだ。
クラス中の生徒が紫砂斗が事件の日、風里たちと同行しているのを知ってしまった。無理もないと多いながらもやりにくさを感じながら紫砂斗は授業を乗り切った。
この日は五時間授業で、授業後に休み時間を挟むことなくHRに移行する。帰りの挨拶が終わり、クラスメイトが話しかけてくる前に紫砂斗は席を離れた。
一刻も早く教室から離れ、誤解を生まないようにしないと! そんな考えで頭がいっぱいだった。
「紫砂斗って子、事件以降気が狂っちゃったんだって…」
「私は友達が行方不明になったのに、捜査に協力せずに、嘘ばかりついたって聞いたけど?」
「なにそれ! 最低じゃん!」
廊下に出た生徒たちの噂話が、紫砂斗の耳に入る。すでに事件と紫砂斗の関係性は多くの人物に広まっているのだろう。
あの風里の友人が広めたのか? もし残されたのが風里なら絶対にそんなことはしないだろう。
そう考えると無性に悲しくなってきた。視界がゆがみ目頭が熱くなる。
紫砂斗は明日から学校へ来ない決意をし、涙を流しながら学校を後にした。家に帰りすぐに自室にこもる。笑顔でお帰りといった紫砂斗の母の顔は、一瞬で悲しみに染まったのだった。