異形のねずみ
前回の「恐怖のどうが」の内容は初回投稿時と若干変更があります。
内容は基本変わりませんが細かなところで表現が異なるため、初回投稿時の内容のままだと今話以降で表現に違和感を持たれる方がいるかもしれません。
誤字脱字はチェック済みですが、漏れがある可能性も高いので引き続き発見次第ご報告をお願いします。
「「…………」」
動画視聴後、何もしゃべることが出来なくなった紫砂斗と佐藤。
その沈黙は数分経ってもなお、破られることは無かった。二人にとって、先ほどまではうるさいとすら感じていたゲームセンター特有の騒音は聞こえなくなり、キンキンに冷やされた店内にいながら、二人の全身から噴き出す汗は留まることを知らない。
冷静でない二人にとって唯一明快だったのは、今見終えた動画の内容が本当であればこの場にいたら殺されるということであった。 そして動画の最後に収録されていた自分たちの話声。これはドッキリなどで用意した映像では再現不可能な部分である。すなわち動画で起こったことはすべて事実。
二人が動画を視聴していた場所は、先ほど風里のスマホを見つけた場所にほど近い。つまり風里が殺された場所に近いということである。そしてそれは怪物がこの近くにいることの暗示でもあった。
「と、とりあえず動くしかないんじゃないか?」
沈黙を破ったのは佐藤だ。
「この映像がフェイクだったらそれでいいじゃないか。殺されるよりみんなに笑われる方がずっとましだ!」
その提案に紫砂斗は頷くが、下手に動くと怪物と鉢合わせする可能性もある。ここは真剣に脱出ルートを練らないといけない。
「ここから脱出するためのルートは二つで、エレベーターか、エスカレーター。
それぞれ長所と短所があって、エレベーターは直接施設の外に繋がっているから、一度乗ってしまえば、ほぼ脱出完了だけど、たった今エレベーターがこの階に止まっていなかった場合待ち時間が発生するし、エレベーターの乗り場は入り込んだ場所にあるから、怪物が近くにいた場合は逃れられない。」
紫砂斗の言葉を佐藤が引き継ぐ。
「エスカレーターは待ち時間が発生しないし、行動が制限されないが、その分逃げなきゃいけない距離が増える。ってことか……」
その通りだと頷く紫砂斗に佐藤は続ける。
「俺はエスカレーターを使った方がいいと思うぜ。 エレベーターは怪物と対峙した時の危険度が高すぎる。待ち時間の間に匂いでも嗅ぎ付けられたら死亡だ。 それに……」
「それに?」
佐藤は少し言葉に詰まったが、紫砂斗の催促で言葉を繋いだ。
「エスカレーターなら、片方が捕まってもその片方を食している時間でもう片方が逃げらる可能性が上がる。」
「……………………」
それを聞き紫砂斗は反応に困った。確かに佐藤の言っていることは正しいが、実際にそうなった場合自分に友人を見捨てて逃げることが出来るか分からなかったからである。
だがこうしている間にも自分たちの死は近づいている。それを考えたら返答に悩んでいる時間なんてない。
そう考えたら紫砂斗に友人の考えの良し悪しを考える余裕などなくなった。
「分かった。エスカレーターにしよう!」
「OK! もう怪物が俺らに近づいているかもしれないし時間はない! 行くぞ!」
声を強めた佐藤は紫砂斗に来いと合図しエスカレーターに向かって走り出した。紫砂斗もそれに続き全力ダッシュを始める。
「ヂュゥゥゥ!」
その途端どこかからあの鳴き声が聞こえてきた。二人の背筋は凍ったが、もう止まることなどしない。
「「うぉぉぉ!」」
二人は咆哮し足の付け根が痛くなるほど足の回転を速めた。エスカレーターの入り口を視界に捉える二人。同時に左から巨大な黒い影が高速で近づいてきたのが分かった。
「うわぁぁぁ!」
想定をはるかに凌ぐその速さに佐藤は悲鳴を上げるが、その影が追い付いてくるよりも先に二人は何とかエスカレーターに乗ることが出来た。
ガンッ!ガンッ!と大きな音を立てながら、ほとんど飛び降りるようにして一階分を降る二人。
初めに動画を見ていた階はコインゲームが主な三階であったため、ここは二階ということになる。
佐藤は二階に到着するとそのまま一階まで降りず、エスカレーターを降り再び走り出した。
紫砂斗は佐藤を意識しながら逃げていた為、佐藤ついていくようにして二階に飛び出す。その直後、紫砂斗のすぐ背後から固いもの同士がぶつかる音が強く鳴った。紫砂斗は直感的にこれは怪物が紫砂斗を嚙みそこなった音だと理解する。あのまま一階に続くエスカレーターに乗ろうとターンをし、減速していたら確実に殺られていた。紫砂斗は改めて死への恐怖心と、これが現実だという実感をさせられた。
「ジュゥゥゥ!」
悔しいとばかりに怪物は叫ぶ。
その時紫砂斗は、UFOキャッチャーのガラスに反射した怪物の姿を見た。種類は分からないが何らかのネズミが巨大化したような姿を持ち、エスカレーターの両幅に体を押し付けながらなんとか乗っているほど大きく、叫んだ時に覗かせた歯は何かの血がべっとりと付いていた。その巨体が持つ口の大きさは有名なサメ映画のごとく、大人の人間も軽く一飲みにしてしまいそうだ。
「わぁぁぁぁぁぁ!」
紫砂斗はそのおぞましい姿を見て、体の芯からの悲鳴を上げる。
紫砂斗はその時、動画で木村がこの怪物の姿を見て絶望を感じていた理由が心からわかった。
紫砂斗は夢中でUFOキャッチャーの間を縫うように走る。紫砂斗が通り過ぎたUFOキャッチャーが数秒後に連続して、警報が鳴りだしていることから、怪物が追いかけてくる際に当たった機械の振動センサーにより警報が鳴っているのだと分かり、紫砂斗は怪物の位置をあらかた把握することが出来た。
紫砂斗が決死の思いで逃げているとき、ふと佐藤の声が聞こえた。
「紫砂斗! 悪いが俺はこの隙に脱出する!」
「なっ⁉」
紫砂斗にはこの言葉が、実際に佐藤が放ったものだと信じられなかった。
「佐藤!」
走りつつも佐藤の名を呼ぶが返事はない。紫砂斗が辺りを見渡すと、紫砂斗が走っている通路の一つ横の通路をエスカレーター入口方向に走る佐藤の姿が、UFOキャッチャーのガラス越しに見ることが出来た。
その途端紫砂斗に押し押せたのは絶望だった。紫砂斗の顔から血の気は消え、みるみる青くなる。
多くの友達を同時に失い、唯一共に生き残った友達には囮にされ、現在自分は怪物に追いかけられている。これ以上に絶望を感じる機会がいつあるのだろう。
走るペースを落としながら紫砂斗は考える。
(動画で聞いた感じ食われるのは一瞬だった。苦しむこともあまりないだろう……
このまま喰われちゃおうかな……)
もはや走っているとは言えない速度までスピードを落とした紫砂斗。諦めて死を迎え入れよう。そう考えた時、紫砂斗はあることに気が付いた。
(あれ? 警報がしてない?)
そう。ついさっきまで背後をピタリと付くように纏わりついていたUFOキャッチャー機械が鳴らす、振動警報の音が、背後からしないのだ。
驚いて振り返ると、そこに広がっていたのは、怪物から叫びつつ逃げ惑う佐藤の姿だった。
(今だったら脱出できる?)
そう考えた時には紫砂斗の体はもう動いていた。先ほどまで感じていた疲労感は消え失せ、ただただ脱出することだけが紫砂斗の頭を支配した。エスカレーターの入り口はもうすぐそこだった。
怪物の意識が佐藤に向いている今、紫砂斗の脱出はほぼ成功したと言っても過言ではない。紫砂斗は走りつつふと横の通路。先ほど佐藤がいた通路を見る。
たまたま視界に入った怪物と佐藤の鬼ごっこは終焉を迎えようとしていた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
「ジュゥ」
片足のみをもがれるように喰われた佐藤が転倒し声にならない悲鳴を上げ、それを見て嬉しそうに鳴く怪物。一思いに食べるのではなく佐藤が苦しんでいるのを楽しんでいた。
その時紫砂斗は、涙でぐちょぐちょになった顔の佐藤と目が合う。その途端、佐藤との様々な思い出が紫砂斗の脳裏にフラッシュバックする。初めて会った時のこと。初めて喧嘩した時のこと。お弁当を一緒に食べた時や数えきれないくらい一緒に遊んだこと。
紫砂斗の目から一粒の涙が落ち、足を止める。
(佐藤を何とか助けないと!)
そう考えた時だった。目が合ったままの佐藤の手が動いた。握りこぶしををこちらに突き出すように上げ、手の甲が見えるように手を返す。そして中指を立てた。
「しね。卑怯者。」
佐藤の口がゆっくりと、でも確実に動いたのを確認した。紫砂斗の顔が真っ赤になり、踵を返しエスカレーターへと走り出す。無我夢中で走る紫砂斗は憤りに支配されていた。
(あいつはもう友達でも何でもない!)
そんな思いだけが紫砂斗の中で渦巻く。
余裕をもってエスカレーターへと乗り込んだ紫砂斗が、我に返り若干の後悔と共に最後に目にしたのは、涙をこぼしながらも満面の笑みで手の形をグッドへと変化させた佐藤の姿だった。
その後大粒の涙を流しながら、無事施設から脱出することが出来た紫砂斗は、施設前の人が多い通りでパトロール中の警察官に保護された。
紫砂斗の話を聞き緊急で捜査が行われたが、施設内からは誰一人、遺体すらも発見できなかったという。
今回は二話セットで投稿します。
番外編となりますが、次話は佐藤君視点ですのでご興味がありましたらどうぞ。