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2話

 「___様、この娘は一体何者です?……は?拾った?い、いやいや、ちょっと!私に任せないでください!あ、あぁもう!!__フランネル!フランネルはおらんか!」


 バタバタと、忙しない音が覚醒しない脳に響いている。


 「ちょっと、そんなに大声で一体何?アタシ今お風呂に入ろうとしてたのに」


 「あ、あぁフランネル。すまんがこの娘を見てやってくれないか。まるで氷のように冷たいのだ」


 「……凍傷ね。肺も凍りかけてるわ。リリス!今すぐに暖炉に火を!最大火力よ。モックはこの子を病室へ。落っことしたら承知しないわよ、ガラス細工より慎重に運びなさい!ソータ!材料集めとやらに行っていないなら今すぐにアイリスに言って湯をたくさん沸かしてもらって、そして病室まで運びなさい!……何をぼーっとしてるの、あんたはさっさとリネン室へ行って毛布をありったけ持ってきなさい!」


 覚醒しない意識の底の外側で、喧噪が私の身体を包んでいた。



♢ ♢ ♢



目を開いた時、最初に飛び込んできたのは石造りの天井だった。


 私はどうやら寝かされているらしい。背中にあるのは少し固い感触で、頭には枕の感触があった。身体には毛布と布団が掛かっている。天井は今まで一度も見たことがないもので、所々水がしたたっていた。首だけ動かして見回すと、左側は壁になっていて、窓が一つついていた。窓には氷が張っていて、雪がそれを叩いている。右側には木で出来た簡素なサイドテーブルが一つあって、その上には陶器で出来た水差しとコップが置いてあった。その奥には赤々と火をともしている暖炉と毛足の長い絨毯が見える。その側には木で出来た扉が一つついていて、そしその扉はガチャリと音を立てて開いた。


扉の向こうから出てきたのは一人の綺麗な女性だった。綺麗な青色の丈の長いワンピースに真っ白なエプロンとモブキャップを身につけている。ブロンドの長い髪を一本の三つ編みにして、たたまれたタオルを手に持ったその女性は、どうやら私の視線に気づいたらしい。キラキラと輝く青い瞳を私へと向け、「あっ!」と叫んでそして安堵したように息を吐いた。


 「気がつかれたのですね!よかった。どこか違和感を感じるところはありませんか?痛いところは?辛いところは?」


 矢継ぎ早に聞かれて、特にそういったことはなかったのでふるふると首を振る。女性は再び安堵したように微笑んだ。優しそうなその笑顔に、「あの、」というと、「何でしょう?」と矢張り優しい返事が返ってくる。


 「私は__死んだのでしょうか。ここは、天の国__?」


 「天の国?どうしてそう思うんですか?」


 「だって__あなたは天使様でしょう?」


 そう言うと、彼女はきょとんとした顔をして目をぱちくり、と瞬かせた。かと思うと、次の瞬間盛大に吹き出して、そして「あははは!」と明るく笑い始めた。


 「い、いえ、その、ごめんなさい!まさか私を天使だなんて!あははは、おっかしい!__いえいえ、すみませんお嬢さん。残念ながらここは天の国ではありませんよ。そして、あなたは死んでもいません。ほっぺたをつねって見ればわかりますよ」


 涙を流さんばかりの天使__ではなく、天使のように愛らしい少女がそう言って頬をつまむ仕草をする。言われたままに頬をつまむと、確かに痛みが走った。どうやらこれは現実であるらしい。


 「あーあ、笑った!しばらくぶりにこんなに笑ったかもしれません。__さて、ここが現実であることはご理解いただけたかと思うので、お嬢さん。まずはあなたの名前を教えてくださいませ」


 そう言われて、咄嗟に「ステラ」と答える。


 「ステラさんですね。お星様ですか、素敵な名前です。__私はリリスと申します。しばらくあなたの面倒を見るようにとフランさん__お医者様から言われていますので、是非お見知りおきを。何か必要なものなどございましたら私に言いつけてくださいませ。ささ、何はともあれ腹が減っては戦は出来ぬ!コックが腕によりをかけて作った朝食があるので、まずはそれを食べてください。その後、お医者様に今一度症状を見てもらいましょう。ここはどこなのか、私達は何者なのか__色々とわからないことはあるでしょうが、それは後でまとめて説明させていただきます」


♢ ♢ ♢


 リリスと名乗った彼女が目の前においたのは、暖かく湯気を立てるポタージュスープとふわふわのバターロールだった。鼻腔をくすぐる優しい香りに、すっかり忘れていた食欲が顔を出す。ぐきゅう、とお腹が鳴ってしまえば、またコロコロと笑いながら召し上がってください、とリリスさんがスプーンを手渡してくれた。天の国じゃなければここは一体何なのか、とか、そういったことは食欲の前に吹き飛んで、私は素直に「……いただきます」と手を合わせた。


 まずは湯気を立てるポタージュスープにスプーンを差し入れる。とろみのあるスープは微かにクリーム色がかっていて、よく見るとクルトンと粉チーズが少しだけかけられていた。掬ったスープを飲み込むと、暖かい感触が喉を滑り落ちて身体にしみこんでいく。


 「……おいしい」


 思わず漏れた言葉に「そうでしょうそうでしょう!!アイリスさんの腕前は天下一品なんですよ!」とまるで我がことのようにリリスさんが腕を組んで満足そうに頷く。お世辞でもなんでもなく、そのポタージュは本当においしかった。一見するとただのジャガイモのポタージュなのだが、何かが違う。何が違うのだろうか。考えながらもスプーンを動かす手は止まらない。夢中になっている私を見て「たくさん召し上がってくださいね」とリリスさんが微笑んだ。


 スープとバターロールを全て食べ終わると、


 「紅茶とホットミルクとコーヒー、お好みはありますか?」


 「え、あ、」


 「遠慮なさらずに」


 「ええと……それじゃあ、紅茶を……」


 そう言うと、かしこまりました、と言っていつの間にか用意されていたティ-ポットから紅茶を注ぎ、カップをおいた。礼を言って一口すすると、紅茶の優しい香りが口いっぱいに広がる。「おいしい」と再びつぶやくと、「あら!」とリリスさんが声を上げた。


 「ステラさん、ストレートの紅茶を飲むんですか!?」


 「え?え、えぇ」


 勢いに押されてうなずく。王宮で食べられたのはほとんど余ったものばかりだったから、好き嫌いをしている余裕などなかった。だからなのだけれど、リリスさんはやけにキラキラとした嬉しそうな表情で私の手を取り、ぶんぶんと上下に振った。


 「ストレート、おいしいですよね!私もストレートの紅茶が一番好きなのですけど、このお城の皆さんは紅茶に必ず何かを入れないと気が済まない方ばかりなんですよ!あのお方はこれでもか!って紅茶にジャムを入れますし、他の方も砂糖やら蜂蜜やら、少量入れるなら良いですけど、大さじ5杯分は入れちゃうんです、まったく、信じられません!」


 ぷくっと頬を膨らませながらそういうリリスさんが、でもでも!と輝いた瞳で私を見る。


 「ステラさんとは好みがとっても合いそうです!」


 そう言いながらぶんぶんと手を振るリリスさん。その背後に突然、ぬっと黒い影が落ちた。黒い影は、よく見ると人の形をしていて、そしてその影からぬっと手が伸びてくる。その手がやたらと大きくて、思わずひっと息を吞むと、ん?とリリスさんが首をかしげて「ステラさん?どうしたんですか、お化けでも見たような顔をして」と言う。「あ、あの、後ろ」というと、「後ろ?」と言って、そして振り返る、その前に、


 「こら、リリス!」という野太い声と共にこんっと彼女の頭にチョップが落ちた。「あうっ!」と情けない声で頭を押さえたリリスさんが「フランさん、痛いです……」と背後の影__いや、背後に立っている筋骨隆々の男性に声をあげた。


 「目覚めたばかりの患者ちゃんの手を掴んで振り回すなんて、非常識にもほどがあるわよ。語りたい気持ちはわからなくもないけれど、今は安静にしなくちゃ」


 「はぁい、すみません。ごめんなさい、ステラさん。久しぶりの同士でつい盛り上がっちゃいました」


 「い、いえ!……あの、とってもおいしかったです、紅茶」


 そう言って頭を下げればぱああ、とリリスさんの顔が輝いて「ほらフランさん!この子やっぱりとても良い子です!!私の目に狂いはないんです!」と言う。その言葉にフランさん?と呼ばれた男性ははいはい、と呆れたように笑って、「じゃあ、その良い子の診察をするからリリスは食器を片付けてくれるかしら?」と言った。


 「はい!もちろんです、それが私の仕事ですから!__それじゃあステラさん、また後で!」


 そう言って、食べ終えたご飯の食器をカートに乗せるとぺこりと頭を下げて部屋から出て行った。残されたのは私と、フランと呼ばれた筋骨隆々の男性が一人。改めてその姿を見ると、その男性は不思議な姿をしていて、白衣の下にぴったりとしたワンピースのような衣装を着ている。頭はスキンヘッド?のようになっていて、片目に黒い眼帯をつけていた。フランさんはさて、と言って私に向き直ると、にこりと微笑んで口を開く。


 「改めて挨拶をするわね。アタシの名前はフランネル。医者を仕事にしているわ。この城の専属医。フランと呼んでもらって構わないわ。あなたの名前は?」


 「ステラ、です」


 「ステラちゃんね。色々と気になることがあるでしょうけど、まずは診察をしても良いかしら?あなた、昨日は凍り付く寸前だったのよ」


 そう言いながらもフランさんはテキパキと私の診察をしていく。首にかけた聴診器で音を聞き、凍り付いている箇所や放り投げられた時についた擦り傷の手当をし、最後に口を開けさせてうん、と頷いた。


 「体のほうは問題がなさそうね。よかったわ。ただ、数時間前までこわばっていた体だから無理は禁物!激しい運動や急な動きは厳禁よ。経過も見たいからしばらくはここにいてもらうのが良いのだけれど……」


 そこで一度言葉を切ると、フランさんは意味ありげな目で私を見つめた。


「まずは、状況確認と説明から始めましょうか少し長くなるかもしれないから、紅茶でも飲みながらゆっくりしましょう。___紅茶にレモンは?」


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