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1話

 『ステラ・リラ・キルシュはバケモノの生け贄になるために生まれてきたのだ』


 それがキルシュ王家の物達の共通認識であり、暗黙のルールだった。


♢ ♢ ♢


 「ステラお姉様!早く!あっちにとても素敵なピンク色の花が咲いているのよ!」


 そう言って、黄金の髪と瞳を持つ妹が私の手を引く。桃色の可愛らしいドレスを纏った彼女ははじけるような笑顔を私へ向けていた。


 「こらこら、そんなに引っ張るんじゃないよ、ソレイユ。ステラが転んでしまうかもしれないだろう」


 凜としていて力強く、けれど真に優しい声が小さくその行動をたしなめる。妹のそれと同じ黄金の髪と瞳を持つ男性はそう言いながら、隣に寄り添う美しい女性に困ったように笑んでみせる。女性は黄金のフルートのような声でクスクスと女神のように微笑みながらその光景を見つめていた。


 幸せそうな金の家族。愛らしい妹に、威厳のある父、優しい母。まるで絵に描いたかのような幸せそうな家族を見て、これは夢だ、ということがすぐにわかった。妹は私の手を触ろうとはしないし、父は私の名前を呼ばない。母は私と目すら合わせてくれないのだ。だから、これは夢。優しい家族に囲まれて幸せそうに笑う金色の髪と瞳の私は本当は存在していない。


 これは夢だ。私がちゃんとした子だったらあったのかもしれない、素敵で幸せな、涙が出そうになるくらい優しい夢。涙が出そうなくらい残酷な夢。私が私である限り、決して叶うことのない夢。


 私はこの夢から覚めなければいけない。私が見なければいけないのは幸せな夢ではなくて、辛い現実だ。だから、起きなくては。起きて、目を覚まして、そして、役目を果たさなくてはいけないのだ。

 


♢ ♢ ♢



 『お前の役割は、戻らずの城に今なお巣くうバケモノの力を押さえるための贄となることだ』


 そう言って私を見下ろした父の顔と声は、多分一生忘れることは出来ないだろう。それを後ろから見ていた母の無機質な目と、妹の嘲笑も。あれは確か、私の5歳の誕生日の時のことだった。物心ついた時から北の塔に軟禁されていた私はあの時、始めて家族という人たちと出会った。そして、己の役割を聞かされた。



 私の役割は、死ぬこと。



 キルシュ王国に春をもたらすために、死ぬこと。



 『今から10年後だ』と父は言った。母は何も言わずにその場から去った。双子の妹は愛らしく歪な笑顔で『お姉様、バケモノに野ウサギ家族のお父さんみたいにパイにされちゃうんだって!』と嗤った。


 家族が去った後も、5歳の私は泣かなかった。ただ、呆然としていた。そうするしかなかった。


 そこからの10年間は最悪だった。私は、それまで軟禁されていた北の塔から出させられ、そして、王族として生活することになった。ぼろ切れは豪華なドレスに、寒い部屋は暖かい部屋に。傍目から見れば何不自由なく見えるであろうその生活は私にとって地獄以外の何者でもなかった。平時は両親は私を無視し、妹や使用人からは“躾”と表して毎日殴られた。ご丁寧に、目につかないところばかり。そのくせ、パーティー等の特別な日にはさも仲の良い家族であるかのように振る舞うのだ。自分たちの面子を良く見せようとして。


 5歳の私は呆然とした。6歳になった私は、家族が自分に冷たいのは自分が悪い子だからだと思い込んだ。7歳になった私は、だから必死に良いことをした。けれど、私の努力は全て妹の名誉になった。8歳になった私は気づき始めた。9歳になって確信に変わった。10歳の時、全てを諦めた。



 私は、私が私である限り、決して幸せになれることはないのだと。誰かに愛されることはないのだと。



 その理由はとても単純だった。私が生まれた瞬間から、未来は既に決定されていた。


 春をこよなく愛し、冬を憎むキルシュの民は、私の姿を許容しなかった。


 老人のような真っ白い髪に、それよりも幾分か濃い汚いグレーの瞳。


 キルシュの誰しもがその見た目を持っていた者を知っている。それは、聖女シエルと対をなす者。キルシュ史上最悪の悪女。聖女シエルの双子の姉。私は、テーレというその人と同じ色彩を纏ってこの世に生を受けた。



 冬を纏う忌み子。悪魔の子。聖女の血を引く王家に在ってはならない呪われた子。




 キルシュ王国第一王女、ステラ・リラ・キルシュ。



 

 つまり、私だ。



♢ ♢ ♢



 幸せな夢は終わり、代わりに私を貫いたのは凍てつくような寒さだった。薄いドレスは直接的に寒さを送り込んでくる。肺が痛い。内臓さえ凍り付きそうだ。もはや息をすることもままならず、浅い呼吸だけを繰り返す。しかしすぐに限界が来て、急激な睡魔が襲ってきた。ひとたび眠ってしまえば人は死ぬ。ましてや、ここには起こしに来る人間などいないのだ。ゆっくり、しかし確実に寒さは私の生気を奪っていく。


 今日は私の誕生日だ。15歳の誕生日。本来であれば、成人する記念すべき日。そんな日の朝、枷をつけられ荷馬車の荷台に積まれ、そして長い間馬車に揺られて、夕暮れに投げ捨てられた。皮肉にも、今まで身につけたどれよりも上等な供物用のドレスや宝飾品を身に纏って。


 生け贄などというのは体のいい追い出しの言葉だ。父も母も、この城にバケモノなどいないことを知っている。この城はただの誰も住んでいない廃墟でしかない。バケモノを鎮めるための尊い犠牲と吹聴し涙をこぼせば忌み子に対してすら慈悲深い王家だと民は感激し、そして内心私がいなくなることを喜ぶのだろう。そして、王家の人間は安心して厄介払いをすることが出来るのだ。『忌み子であろうとも大切な家族だった我が子は、国を救うために自らその役割を申し出たのだ』とでも言うんだろう。事実、それまでの様子から王族はとても仲が良いものと印象づけられているのだから。



 段々と遠のく意識の中で、疲れたな、と思った。



 沸いて出てきたのはそれだけだった。当たり前だ。私は10歳の時、全てを諦めたのだから。


 疲れてしまったから、もう眠ろう。そう思って目を閉じる。せめて、最期くらいは綺麗な景色が見たかった。どんよりと曇った灰色の空は、まるで自分の瞳のようで好きではなかった。真っ白な雪もだ。大嫌いな色に囲まれて眠りにつく私はなんて滑稽なのだろう。



♢ ♢ ♢



 閉じかけた視界の端に夕闇を見たのはそのときだった。オレンジとピンク、紫が混ざったような、不思議で複雑で、そしてとてもとても美しい色。迫り来る眠気の中で、それが夢か現かもわからない。けど、私はその綺麗な夕焼けに手を伸ばした。そうしなければならない、ではなく。“そうしたい”と思った。最期の最期で、私の意思で出来る行動を残してくれたことに感謝しながら、最期の最期に綺麗なものが見られたことに感謝しながら、目を閉じる。











 「________」











 最後に聞いた音が意味を形作る前に、私の意識は闇へと沈んだ


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