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コメット•フォレスト~ある喫茶店主の英雄譚~  作者: 夏川そら丸
1章 伝説の帰還
4/7

Order3 メアリ

 エルキドが訪れた翌日。

 まだ朝日が地平線から少し顔を出し始めたばかりで、辺りはまだ薄暗い。日中とは違って気温も低く、少し肌寒い。


 【コメットフォレスト】の二階は、ラキア達の生活スペースになっている。

 一階と同じ木の壁に覆われたこの部屋は、木のテーブルとそれを囲う四つの椅子がポツリ寂しくと設置されている。一階の喫茶店の様子とは裏腹に殺風景な部屋だ。


 そのテーブルの椅子に白くて薄い生地のスリップを着たノエルが、長い髪をおろして何かを飲みながら座って、物思いにふけていた。

 

 ──今日は、お兄ちゃんにとって大切な日。そして、お兄ちゃんの歯車が狂い始めた日。


 ノエルは年に一度来るこの日は、いつも憂鬱な気分になる。


 そんな中、部屋の奥にある二つの扉の左側の扉がゆっくりと開き、そこからラキアが出てくる。

 彼は、白っぽい長袖シャツと藍色の長ズボンに身を包み、外出するための準備を終わらせていた。


「それじゃあ、行ってくる」


 ラキアは微笑みながらそう言う。


「もう行くの? ()()()のところ……」


 テーブルに座るノエルが真剣な声色で尋ねた。


「あぁ」

「……たしか今日で九年だっけ?」

「大体、それぐらいになるな」

「だよね……」


 ノエルは手に持ったカップを机の上に置いて、椅子から立ち上がった。


「……今日、私もついて行っていい?」

「……いいけど、どうしたんだ? いきなり……もう何年も行ってないだろお前」


 ノエルは、何かを誤魔化すような笑みを浮かべる。


「なんか言い方やだな~。昔お兄ちゃんがお世話になった人なんだし、私もたまには顔出さないとじゃない?」

「……まぁ、そうだな。きっとあいつも喜ぶよ」


 そう答えたラキアは、まだ微笑んでいた。

 その表情を見ていたノエルは、無理に笑うこともできなかった。

 ノエルは、ラキアの目の奥は笑っていないことに最初から気づいていた。それを隠そうとする兄の姿を、ノエルは見ていて辛くなっていた。


「……それじゃあ、ちょっと準備してくるから待っててね」


 ノエルはその場から逃げるように、自分の部屋へと向かった。

 ノエルが部屋に入っていったことを確認したラキアは、微笑むのをやめて下を俯く。

 ラキア自身気づいていた。ノエルがラキアに日常的に気を使ってくれていること。それにラキアは後ろめたさを感じていたのだ。


「……俺、このままでいいのかわからないよ……()()()


 ラキアの口から、ポロっとその言葉がこぼれた。


 ◇◇◇



 ノエルの準備が終わり二人で家を出て、馬車に揺られて約一時間。

 二人は家から北上し、【セミドルサンド王国】を通過したその先ある霊園へとたどり着く。

 眼前に広がるのは、広い芝生に置かれた数十()の墓石。それらの前には、点々と白い花が供えられている。

 早朝の時間帯でも墓参りにきた人達は数人いて、墓の前で祈りを捧げていた。


 二人はこの霊園にたどり着くと、静かな足取りである墓の前までやってくる。

 墓に刻まれた名前は『メアリ=メイジス』。


 ラキアは、ここに来る前に買った白い花を持ったまま、墓石に語りだした。


「なぁ、メアリ。俺、喫茶店初めてもうすぐ一年経つよ。日に日に客足が増えてきてて、今すごくいい感じなんだ。この世界は平和になったんだ。もう、戦う必要なんてないんだよ」


 と、語っていくうちに、彼の中にあった昔の記憶が頭の中に浮かんだ。

彼女と楽しく談笑した日のことや変なことで言い合いになったこと。そして、お互い愛しあったこと──

 ラキアは、自然と手に持つ白い花を握りしめた。


「……ごめんメアリ。俺は、お前と一緒にこんな平和な世界を見ようって約束したのに……それなのに……俺は、お前をこの手で……」


 ラキアは強く奥歯を噛みしめていたが、耐えられず涙があふれてくる。

 ラキアは涙を隠すように何度も手で拭うが、それをすべて拭いきることはできなかった。

 

 ──やっぱり、来ない方がよかったかな。お兄ちゃんのこんな辛そうなところ、見たくなかったから……。

 

 ノエルは彼の涙の理由も何もかもがわかっているからこそ、どんな声をかけるべきかわからなかった。

 ノエルは、何もしてあげられないもどかしさを抱えながら、ラキアのそばに寄り添うことしかできなかった。



 ◇◇◇



 メアリの墓参りを終えて、ラキアとノエルは馬車に乗って帰っていた。

 ノエルは少し疲れたようで、壁にもたれかかって眠っている。情けなくも号泣していたラキアを落ち着くまで優しくなぐさめ続けていたのだ。無理もないだろう。

 一方ラキアは、窓の外の景色を眺めていた。動いているはずなのに、景色が一切変わらない草原を窓から見ていると、自然と考えることをやめて、心を落ち着かせられた。

 そんなとき──


「ヒヒィィィンッ!」

「っ⁉」


 二頭の馬の大きな鳴き声と共に、馬車が急停止した。

ラキアはその反動に対応して、向かい側の壁に手を伸ばして耐えていたが、眠っていたノエルは、そんなものに対応できるわけもなく、慣性に従って向かいの木製の座席にガーンッ、と勢いよく額をぶつけた。

 ノエルは額に手を当て、ゆっくり体を戻す。


「痛った~。何、急に?」

「ノエル、大丈夫か?」

「うん、全然大丈夫ー」

「良かった……ちょっと外見てくるから、ここで待ってろ」

「え? あぁ、うん」


 ラキアはそう言葉を残して、馬車のドアを開けて飛び出し、馬車の運転席の方へ目を向けた。

 するとそこには、御者に絡んでいる三人の男が馬車の行く手を阻んでいた。


 全員無地の半袖の服に、七分丈のズボンを履いていて、腰には小さなサーベルを携えている。


「おいおっさん! 誰の許可得て、ここの道通ろうとしてんだぁ?」

「ここを通るには、まず十万(ワルド)出してもらわないとな~」

「十万(ワルド)って、私そんな大金持ってませんよっ!」

 筋肉質の男とトサカ頭の男に絡まれている御者は、声を震わせながら必死に対抗する。


「あ~あ、ダメだね~。それじゃあここから先は、通れないよ~」


 前髪の長い男が、両手を掲げて首を横に振ってそう言った。


「そんな……困りますっ! ここを通らないと目的地まで一日以上かかってしまいます」

「あの、大丈夫ですか?」


 御者の近くに駆け寄ったラキアは、心配そうに御者に現状を訊ねた。すると、ラキアを見た筋肉質の男が口を開く。


「おっと。馬車には人が乗ってたか。御者さんよ。ここに乗ってる奴と馬車を置いていってくれたら、通ってもいいぜ」


 調子いい口調で話す筋肉質の男は、ニヤリと嫌な笑みを浮かべる。


「そ、そんなこと……」

「つべこべ言ってないで、早く決めろよ。あんたが通るには、十万W(ワルド)払うか、馬車とか全部置いていくかの二択。どうすんの?」

「えぇっと……」

 トサカ男の一言で、御者は口ごもり、目をキョロキョロと動かしながら、顔を青ざめていた。


「……ちなみに聞くけど」


 凍てついた空気の中、ラキアは話を切りだした。


「この御者さんが、何もせずにそのまま王国へと向かったらどうするんだ?」


 すると、筋肉質の男が眉間にしわを寄せた。


「バカか? そんなことさせるわけねぇだろ……!」


 交渉の余地はなさそうか、とラキアは呆れた顔でため息をついて、御者に話しかける。


「御者さん。ここを通らずに俺の家に行くには、どれぐらいかかります?」

「そうですね。ここ一帯は整備された道が少ないので、ここを通らないことには南地区側にはいけません」


 ラキアは頭を悩ませた。

ここを通るには十万W(ワルド)かラキアとノエルを含めたすべてを置いていくかの二択。

 ラキアはこの後用事があるので、正直ここで足止めを食らうわけにはいかない。

 だからといって、十万W(ワルド)なんて大金、今持っているわけがない。この男三人衆を納得させる方法は、可能性として皆無。

 

──くそっ。他の、他の方法は……

 ラキアは頭をフル回転させて、考えていたときだった。


「……御者さん。北地区の入り口で待っててくれない? 私たちもすぐ行くからさ」


 御者にそう告げたのは、馬車からいつの間にか降りてきていたノエルだった。


「ノエル! お前、馬車の中で待ってろって……」

「だって、遅いんだもん! こんなのにかまってないで、さっさと行けばいいのにさ」

「できるわけないだろ! そんなことしたら、この三人に襲われるだけだ」

「だから、ボコればいいじゃん」


 ラキアは頭を抱えた。

 ラキアが求めていたのは、平和的解決。相手と争うことは絶対にしたくなかったのだ。

 なのに、ノエルはその最悪な策に乗り出してきた。ここまでくると……もう……


「おい女! 何舐めたこと言ってんだ!」


 案の定、筋肉質の男がノエルに突っかかってきた。ノエルは手首につけていた髪留めの紐を使って、おろしていた髪を一つに括った。


「早く御者さん、行って! 私たちは後で追いつくから!」

「私たちって、お前……」


 もう取り返しのつかない事態になり、ラキアは辟易へきえきする。


「わ、わかりましたっ!」

 

 と、慌てた声を上げた御者は二頭に馬に鞭を打ち付け、猛スピードで走り出した。

 男三人衆は馬車に目もくれず、ラキアとノエルを睨みつけた。そして、筋肉質の男が動き出す。


「……馬車はどうでもいい。この舐め腐ったやつらを叩き止めすぞ!」

「「へい。兄貴」」


 筋肉質の男の指示に返事をしたと同時に、三人は腰に携えたサーベルを取り出した。

 一方、ノエルは深呼吸をし、静かに戦う構えをとった。

そのところに、ラキアがノエルの肩を持って、勢いよく後ろに引っ張った。

 ノエルは一瞬キョトンっとしたのち、顔をムスっとさせて地団駄を踏む。


「なんでよ、お兄ちゃん! そんな強く引っ張らなくたって……」


 ノエルの言葉は途中で出なくなった。

 そのとき彼女が見たラキアの表情は、鋭い目つきをし、威圧的なオーラをまとっていた。

 ノエルはこんなラキアを見るのは、久しぶりだった。

 だからだろうか。ノエルはこれ以上、口ごたえすることは出来なかった。


「……ノエル。お前、そこから一歩も動くな。それと、あとで説教するから覚悟しとけ」

「……うん。ごめん」


 ノエルは肩をすくめて、か細い声で返事をした。

 ラキアは鋭い目つきを三人に向けたまま、三人の前に立つ。


「ハッ。あんた一人だけで、俺たち三人と相手するのか? どこまで俺たちを舐めれば気が済むんだぁ! あ゛ぁ?」


 筋肉質の男に怒鳴られるが、ラキアは表情を一切変えなかった。


「正直、俺はあんたらと戦いたくない。それに妹がまいた種だし、こっちに非がある。謝罪して、話し合って解決できるなら、そうしたい。けど、君たちはそうはいかないんだろう? だから、俺を気がすむまで殴ってくれ。その代わり……俺の妹にだけは手を出さないでくれ。頼む」


 ラキアは三人に頭を下げた。その時間は数十秒続き、しばらくして筋肉質の男が回答した。

「……無理だな」

「……な、なんで?」


「からかってきたのは、あの女だろ? 俺たちは、あの女を痛めつけないと気が済まないんだよ」

「それでも、何とか……」

「安心しろよ、兄ちゃん。あの女痛めつけたら、あんたも同じ目に合わせるからよ!」


 そう言った筋肉質の男は、残りの二人を連れて一斉にノエルのもとへと向かっていった。


「くそっ……ノエルっ‼」

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