Order2 常闇の狂犬
「お久しぶりです。ラキアさん」
扉の先に立っているのは、スリムな体型をした好青年の男性。
暗い赤色と白色のかっちりとした制服を身にまとい、頭には制服と同色の四面体の帽子を乗せ、その帽子から明るい茶色の前髪を見せていた。
そして、彼の胸元についているのは、鳥の羽の形をした【冒険者ギルド】を表すバッチ。
ラキアは彼を一目見ただけで、彼が誰だかわかっていた。
彼の名は、『エルキド』。冒険者ギルドの会長補佐をしている。
普段は、馬車でも三日間はかかる場所にあるギルド本部で仕事をしているはずなのに、なぜこんな辺境に来ているのか、ラキアには見当もつかなかった。
「少し、お話しいいですか?」
「……あぁ」
エルキドは店内へと入り、俺の正面のカウンター席に座った。
「お店、どうですか?」
「ぼちぼち、かな」
「そうですか……ラキアさん、変わりないようでよかったです」
そこで、一旦会話が途切れる。
ラキアはここで少し察しはじめた。何か俺に用があるんじゃないか? と……。
でなければ、こんな時間にギルドの会長補佐がふらっと来るわけがない。何をしにきたのだろうか。相手の様子を探るため、とりあえず注文を聞くことにした。
「……な、何か飲むか?」
「いえ。お気遣いなく」
「そ、そっか……」
つたない会話から始まり、一瞬にして話が終結した。
ここにきたなら、コーヒーぐらいに飲めよ。っとラキアは頭の中で不満をこぼす。
すると、エルキドは不自然に店内を見渡しだした。
「それにしても、綺麗な内装ですね。ここなら、書類作業もはかどりそうだ」
「ど、どうも……」
これもまた、すぐ会話が途切れる。本当に何をしに来たんだ、この人は……?
この落ち着かない雰囲気に、しびれを切らしたラキアは一旦作業を止めて、口を開いた。
「……で、なんの用なんだ? 用がないなら、帰ってもらうけど」
「あ、待ってください! ちゃんと話があってここにきてますから!」
エルキドはそういうと、忽ち真剣な顔つきになり、本題を語りだした。
「実は最近、ある報告が相次いでいて……これを見てください」
エルキドは自分の手提げ鞄から複数の記事を取りだし、机上に置いた。
記事を一見すると、若年女性の失踪や輸送馬車の襲撃など恐ろしい事件ばかりが記載されている。
記事が書かれた日付は、直近一週間ととても最近だ。
「この事件、すべて【セミドルサンド王国】で起きた事件です」
「ん? それって、うちの村の近くじゃないか」
「そうですよ。逆に、なんでラキアさんが知らないんですか?」
「あー、最近店のことばっかりして、記事に目を通すことすらしてないんだよな」
「はぁ……変わってませんね。あなたは……。何か夢中なことがあれば、ほかの周りことが見えなくなる」
エルキドは、頭に手を当てて呆れていた。
──【セミドルサンド王国】。
世界平和の柱と言われる【世界主要五国】の一つであり、海が近くて諸外国からもアクセスしやすいことから【世界主要五国】の中で最も流通が盛んな国と言われている。
この国は円形都市で、中心に向かってバツ印の壁で区切られ、その中央に国王が住む城が屹立している。
区切られた地区を東地区、西地区、南地区、北地区と呼び、その地区によって力を入れている事業が違っている。
武力の東、知識の西、癒しの南、そして商業の北。
それぞれの地区によって景観や住民の様子が全く違うところもまた、この国の特徴である。
ラキアの住むボタン村はこの王国の南部に位置し、形式上王国の領地であるが、あちらからの干渉はあまりないため、村はほぼ独立していると言ってもいい。
だからといって、ラキアは関係ないわけじゃない。
ラキアの店の要と言えるコーヒーは、北地区の商人から仕入れている。
三週間前に訪れて以降、一回も訪れず、記事を一切読んでいなかったラキアは、こんなことが起きているとは全く知らなかった。
──あの人、何かに巻き込まれたりしてないよな……。まぁ、明日の昼にコーヒー豆買いに行くし、その時にでも話を聞こうか。
ラキアはふと北地区に住む商人の身を案じ、呆けているところをエルキドが、目の前で手を振る。
「ラキアさん。聞いてます?」
「……あぁ、悪い。それで?」
エルキドは頬杖をついて、少し不機嫌そうに話を続けた。
「だからこの国で、こういった事件が多発し始めたから、僕ら冒険者ギルドにたくさんの依頼が送られていたんですよ。『犯人を捜してくれー』だの『消えた夫を探してくれー』だの。僕ら、警備兵じゃないんですけどね……」
「確かにな。てか、国の警備兵はどうしたんだ? こんな事件があったら動いてるだろ?」
「それが、なんの足取りも掴めてないらしいです。何のための警備兵だよ、って話ですよね」
「そ、そうだな……」
エルキドの口からひたすら零れる不満を聞いて、ラキアは失笑した。
次の瞬間。エルキドが目の色を変えた。
「それで、僕らギルドはこの街に訪れて事件の究明のための調査を行うという方針になって、調査をしてある仮説が濃厚じゃないかという結論に至ったんです」
「ある仮説……?」
「はい。これらの事件、おそらく【常闇の番犬】の仕業だと僕たちギルドは考えています」
「【常闇の番犬】……⁉」
【常闇の番犬】は、戦後定められた『人界人による世界統制』の反対派が集められた世界最大級のマフィア集団だ。
彼らは【常闇の番犬】を母体とし、三次団体、四次団体と規模を広めていて、すべて含めると一つの国家ができるほど大きな組織になっている。
彼らは昔、『打倒冒険者ギルド』を掲げ、冒険者ギルドを襲撃してきたことがあり、冒険者ギルドは苦戦を強いられたことがあった。
当時冒険者をしていたラキアは、彼らの襲撃から防衛に参加していたが、並大抵の相手ではなかったことは覚えている。
「あいつらはあの戦い以降、大きな争いとかしてこなかったはずだろ? なのに、なんでこのタイミングで……?」
「わかりません。ですが、ギルドの調査員から【常闇の番犬】の構成員が王国内を歩いている報告を受けていますし、僕も数名目撃しました。あんなに構成員がいれば、疑わざるおえないと思います」
ラキアの中で不満が募る。
常闇の番犬が本気をだせば、例え【セミドルサンド王国】相手でも、潰すことは可能だ。
それに【セミドルサンド王国】は世界平和の柱の一つ。攻め落とされることがあれば、世界情勢がひっくり返ることだって、ありえなくもない。
さらに悪い方向にことが進めば、これを引き金に戦争が始まることも……。
ラキアが悪い方へと考えこんでいるところで、エルキドがある話を持ちかけた。
「ラキアさんもお分かりだと思いますが、この仮説が真実なら深刻な問題です。そこで、この仮説をもとにギルド上層部で話し合いをしたところ、【対・常闇の番犬チーム】をギルド内で募り、王国内の構成員を追放、及び殲滅することが決定しました。今そのチームを構成しているところです……そこでラキアさんにお願いがあります」
「そのチームに参加しろってことか?」
ラキアがエルキドの言葉を奪うように言うと、エルキドは固唾を飲んで、「はい」と答えた。
途端。ラキアは塞ぎこむように顔を俯かせ、首を横に振った。
「……悪い。もう、俺はもう戦いたくないんだ。ギルド長にもそう伝えていると思うけど……」
「……はい。ギルド長にこのことを相談したとき、きつく叱られてしまいました。『ラキアだけはダメだ』と……けど僕は、あなたがいないとダメだと思っているんです! どうか、お願いできませんか?」
エルキドの熱い言葉を聞いても、ラキアの表情は変わらず、それどころか更に顔を曇らせていた。
「そう言われても、俺には無理だよ。俺の冒険者ランクはAだから、俺を頼るのはわかる。でも魔術師ランクは、『下級魔術師』なんだ。『中級魔術師』以上の人もいるだろう……?」
「確かにそうですが、前回の戦いでラキアさんの活躍は大きかった。あなた一人で、何人もの構成員を退けたではないですか⁉」
「あのときのはまぐれだよ。それに、あのときはこの店を立てる費用を稼ぐのに必死だったし、どんな依頼でも受けてた。けどもう今は違う。俺は戦いたくない。もう誰も傷つけたくないんだよ……」
「まぐれなんてそんな、なんで……」
エルキドは、何度も食い下がった。ラキアにはそこまで彼が自分に執着する意味が分からなかった。
冒険者ギルドには、ランク制があり、一番下のEから一番上のAまである。
一番目に順位が高いAランクのラキアに依頼がくるのは腑に落ちるが、ラキアが問題視しているのは魔術師ランクの問題だ。
魔法は火、水、風、土の四大元素に加え、極まれに存在する光、闇の合計六種類で構成され、そこから多くの魔法が派生している。この六種類のなかで一種類の能力が秀でている者を『下級魔術師』。二つ以上を『中級魔術師』。そして、光、闇を除いた全属性の能力に秀でている者を『上級魔術師』とランク付けされている。
世界人口において、一番多いと言われるのが、『中級魔術師』。次に『下級魔術師』だ。『上級魔術師』の人は極めて少ない。
その三つの中で、ラキアは『下級魔術師』。
能力値、人口ともに比べても『中級魔術師』の方が絶対にいいはず。
確かにラキアは前回の戦いでかなり貢献していたが、だからといって、現役を離れたラキアが今回も貢献できるとは思えない。
ラキアはエルキドから目をそらした。
そんなラキアをエルキドは、目を細めて窺う。
「……もしかして、ラキアさん。彼女さんのことまだ引きずっておられませんか」
「っ……⁉」
ラキアは表情を一変させ、エルキドを睨みつけた。
「やっぱりそうなのですね。ギルド長から聞いたことがあります。確か、何らかの事故でお亡くなりになられたとか……」
「…………」
「こんなこと言える立場ではないですが、そろそろ前を向いてもいいんじゃないですか?」
「一度は前を向こうとしたさ。けど、ダメなんだよ。俺にはもう、何も守れない……」
ラキアは不機嫌そうに、そっぽを向く。
「なぜです? あなたには、【撃滅者】と呼ばれるほどの実力があるではないですか?」
「あんなの、周りが勝手に言ってることだよ。もういいだろ?」
「ですが──」
「しつこいな……もう放っといてくれよっ‼」
ラキアの怒鳴り声にエルキドは体を跳ね上げる。ラキアはハッとして、額に手を添えて再び顔を俯かせた。
「……悪い。……とにかく、協力はできない」
「……いえ。僕も頭に血が上ってしまって。申し訳ありません……ですが、私はあなた以上の適任者を知らない。だから、諦めろと言われても、諦めきれないんです」
「……そう言われても……もう、帰ってくれないか?」
エルキドは何か言おうとした言葉を飲み、短く息を吐いた。
「……わかりました。もし気が変わるようなことがあれば、ご連絡ください」
エルキドは静かに席を立ち、扉の方へと向かった。彼はドアノブに手をかけると、体をこちらに向けた。
「……そうだ。ラキアさん、王国にはよく出入りされますか?」
「あ、まぁ。たまにだけどな」
「でしたら、王国の情勢について情報があれば、私に教えていただけませんか? 正直、ここに住んでいるラキアさんの方が情報集めやすいと思っているので」
「……多分大して情報はないだろうけど、それぐらいなら教えるよ」
ラキアはこの会話の間、エルキドに顔を向けず、ずっと俯いていた。
「ありがとうございます……夜遅くまで失礼しました」
その言葉を残して、エルキドは店を後にした。扉が閉まり、カランカラン、とベルの音だけが店中に鳴り響いた。
ラキアは、自分の中からあふれる感情を抑えようと歯を食いしばり、強く拳を握りしめていた。
「わからないだろうな。あの人には……俺のことなんて……」
ラキアは、強く握りしめていた拳を開けて、ゆっくりと目の前にかざした。
「──《記憶解放》……」
小さな声でそう唱えるが、何も起きない。
「……やっぱり、使えないか……」
ラキアは嘆息を漏らしてすっと手を降ろした後、かざした手のひらを見つめた。
「……ダメなんだよ。俺はもう、何も守れない……」
見つめていた手のひらを一瞬握りしめると、全身を脱力させながら、大きく息を吐いた。
「……仕事にもどるか」
ラキアは再び洗い物に手をつけ始めた。
その時、キッチンの後ろにある倉庫に繋がる扉から、ノエルがひっそりとのぞき見していた。ノエルは扉をゆっくりと閉めると、その扉に背を向けてもたれかかった。
「……お兄ちゃん。もしかして、二年半前の私のこと……」