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コメット•フォレスト~ある喫茶店主の英雄譚~  作者: 夏川そら丸
1章 伝説の帰還
2/7

Order1 ある村の喫茶店

「ぉ……ゃ……お兄ちゃん。起きて」


 女性の呼び声と体を揺すられる感覚で、男は重たい瞼をゆっくりと開ける。

 男の前に広がるのは、焦げ茶色の木の丸太に囲まれた内装。同色の木材で作られたテーブル席がいくつか綺麗に設置されていて、窓からは朝日が差しこんでいた。

 ここは男が経営する喫茶店の中。男はそのキッチンで顔をっ伏して、眠っていた。


「……ん? 今何時?」

 男は壁に掛けられた振り子時計を見る。時計の針は七時半を指していた。


「あぁ……もう準備しないとな……」

「……んもう。またコーヒーの研究してたの?」


 男はその声の方を向くと、肩の長さまである黄金こがね色の髪をした女性が腰に手を置いて、眉をひそめていた。

 彼女は張りのある白い肌で、綺麗なシルエットが際立つ白いスリップを身にまとっていた。

 彼女はノエル。男の妹である。そして、男の名はラキア。この喫茶店、【コメット・フォレスト】の店主をしている。


 ラキアは目をこすり、大きな伸びをあいだに挟んで、会話を続けた。

「あぁ、まだメニューの種類が少ないからな」

「研究するのは良いけど、程ほどにしてって言ったでしょ? 前にそれで体調崩してるんだから」

「あぁ、悪い。気をつけるよ」

「ほんとに? 次また無理してるとこみたら、一週間働かせないから!」

「なんで、店主じゃないお前がそんなこと言えるんだよ……」

「なんか言った?」

「いや、何も言ってないです」

「よろしい。じゃあ準備しよ。私、先二階で準備してくる」

「あぁ、わかった」


 ラキアは大きく欠伸あくびし、椅子からゆっくりと立ち上がり、ふらっと窓際の方へ向かい、外の様子を眺めた。

 澄んだ川の水。そよ風で揺れる木々。木でできた小さな家屋の数々。自然に囲まれたこの地はとても長閑のどかなものだった。ラキアはその様子を見て、平和になったと実感する。

 今から九年半前まで、この世界では人界人と魔界人の覇権戦争が行われていた。四十五年続いたこの戦争は、『四十五年戦争』として歴史に刻まれ、今もなお語り継がれている。

 この戦争を終戦へと導いたのは、人界軍が選りすぐりの精鋭のみで構成した小隊『ソティラス』。彼らの登場により拮抗し続けていた状況が一変し、人界軍を勝利へと導いたのだ。

 その後、『ソティラス』の隊員たちは行方が分からなくなり、彼らの正体を知らされることもなく、伝説の人となった。

 終戦後。劇的な復興速度で、僅か五年足らずで人々が平和に暮らせる環境へと戻った。

 その復興の最中、ある施設が誕生した。


──【冒険者ギルド】である。


 これを機に、新たに『冒険者』という職業が生まれた。冒険者は所謂いわゆるなんでも屋。素材の採取や人の手伝いから魔物討伐まで。報酬さえあれば、なんでも請け負う職業だ。

 ギルド設立以降、冒険者になる人が急増し、今となっては五人に一人が冒険者であると言われるようになり、『冒険者社会』とまで呼ばれるようになった。

 そんな中、ラキアは夢だった喫茶店をする道を選び、今この店を経営している。


「……平和になったなぁ……」


 ラキアは何か物思いにふけながら、ボソッと呟いた。


「お兄ちゃん、何してんの! ぼぉっとしてたら、間に合わないよ!」

「あぁ。悪い。今行く」


 二階から大声でノエルに催促されたラキアは、窓を離れて店の裏へと向かった。



 ◇◇◇



 時刻は午前九時五分。店を開け、三十分が過ぎた頃。店内はガヤガヤと騒がしい。店の席は客人でほとんど埋まっていた。


「おねぇさん。注文いいですか?」

「は~い。今行きまーす!」

「ねぇちゃん、こっちも頼むよ!」

「はーい。少しお待ちくださーい!」


 接客をするノエルは、せこせこと呼んだ客人の方へと向かう。

 午前のこの時間帯はいつも忙しい。その理由は、この周辺でも希少なコーヒーを提供している店だからだ。

 村の近くにある王国内を含めても、コーヒーを提供しているのは、この店を含めて数件しかない。そのため、物珍しさで集まる客人がとても多いのだ。


 この店の仕事分担はラキアが調理、ノエルが給仕となっている。この二人以外店員はおらず、いつも二人で店を回している。

 その割に、店内はほぼ満席。

 これでわかる通り、この店の一番の問題は人手不足だ。

 注文を聞くことから商品の配膳、食器の片づけまでノエルにすべて任せている。このままでは、いつかノエルが倒れてしまうだろう。

 かくいうラキアも全注文の調理を一人で捌いているので、ラキアとノエルどちらも倒れてもおかしくない。


「……やっぱり、人手集めないとかな……」


 嘆息をついてそう呟くラキアは、注文にあった特製ブレンド『コメットコーヒー』を作る。

 三種類の焙煎豆を自身で導き出した黄金比に従って調合し、中細サイズで挽いたものを、お湯を注いでコーヒーを抽出する。

 したたる液は一気にコクのある香りを放出し、ラキアの鼻腔をくすぐる。

 彼にとって、このときがコーヒーを作る中で一番心地が良い瞬間なのだ。


「お兄ちゃん。七番の席の注文置いとくね」


 急いでこちらにやってきたノエルは、注文票をキッチンの後ろに置かれた注文棚の上に置く。

 彼女の身なりは普段とは違い、この店で共通の白いワイシャツにこげ茶色のエプロン。ラキアは黒色のズボンに対して、彼女は黒色の膝上のスカート。そこから伸びた足を黒いニーソックスで覆っている。さらに彼女は、一括りにした長い髪をなびかせ、普段よりもすっきりとした印象を与えていた。


「わかった。あと、ノエル。今、十番の席の注文できたから、持って行ってくれないか?」

「はいはーい!」


 軽やかに返事したノエルに、カップに注ぎ終えたコーヒーを皿の上に乗せて渡した。

 ラキアは短く息を吐いて、次の注文に取りかかる。

 今のを除いて三つのオーダーがあるのだ。休んでいる暇はない。

 そんなとき、ラキアは店のすみから、二人の男の声が聞こえる。


「おい。あの人が噂の『撃滅者アンヒニレイター』さんだぞ」

「アレがか? 普通の店主にしか見えないぞ?」

「いや、間違いねぇ。黄金色の短髪。細身の体型。青い瞳の男。全部当てはまってる」

「じゃああいつが、Sランク級のモンスター『災竜ガルドバロス』を倒したっていうのか?」

「あぁ。間違いねぇ」

「おいおい、ふざけんなよ。あんなの、俺でもへし折れそうだぜ?」

「バカやめとけ! 返り討ちにされるだけだぞ」

「うるせぇな。黙ってみとけよ」


 隅に座っていた片方の男がへらへらと笑いながら立ち上がり、ラキアの方へと向かう途中、ノエルがその男の前に立ち塞いだ。


「お客さん。申し訳ないけど、荒事なら他所よそでやってくれない? ここは、食事を楽しむ場所だからさ」

「はぁ⁉ 女は黙って引っ込んで……」


 男は強い言葉を放つが途中でその言葉を飲み、顔を青ざめて額に汗をにじませた。

 ノエルは男を冷笑を浮かべたまま見つめ、さっきよりも低い声で話しだす。


「は? 黙るのはあんたの方でしょ? ほかの人に迷惑かけてるのわからないかな?」


 男が周囲を見渡すと、ほかの客人が彼を横目に見ていた。


「……チッ」


 男は舌打ちし、踵を返して席に戻った。

 ラキアは作業の手が止まり、一点を見つめたまま顔を曇らせていた。

 

 今の男たちの会話の通り、ラキアは昔、冒険者をしていた。この店を始めるための資金集めとして始めたのがきっかけだった。

 その時についた二つ名が『撃滅者アンヒニレイター』。

 しかし、ラキアはその二つ名を酷く嫌っていた。


「……お兄ちゃん、大丈夫? あのお客さん、気になるなら、出てってもらおうか?」


 ラキアの嫌そうな顔を窺いながら、ノエルが優しく問いかける。


「……いや、いいよ。そこまでしなくて。ありがとな、ノエル」

「いいの? ……ホントに嫌なら言ってよ」

「あぁ。悪いな、気遣わせて」

「別にいいけどさ……」


 ノエルは一瞬不機嫌そうな顔で男たちを睨んでから、再び注文票を手にとり、客席へと向かった。



 ──あんな二つ名、なんで俺なんかにつけたんだ。『撃滅者アンヒニレイター』。

 撃滅する者……か。

 よくよく考えれば、その通りだな。

 俺みたいな、()()()()には──。


 ラキアは嘆いた顔のまま、再び作業に取り掛かった。





◇◇◇





 日はすっかり沈んで、月明りが東側の窓から(ほの)かに差しこむ。部屋は『魔力結晶』によって作られた灯りによって、暖色の光に包まれていた。

 店は終業時間を迎え、ラキアは仕事中に溜まった洗い物を片付けていた。そんな時に、カランカラン、と店の扉のベルが鳴った。


「あ、すみません。もう閉店しまして……あんたは……」

「お久しぶりです。ラキアさん」



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