Order 0 記憶
──ここは、地獄そのものだ。
空は黒く分厚い雲に全面覆われ、太陽の光が地上に降り注ぐことはない。
鼓膜を響かせるのは、剣を打ちつける鋭い音。至る所で聞こえる爆発音。自分を鼓舞するために叫び散らす声や体の肉が切り裂かれて思わず漏れる悲鳴ばかり。
爆発によって吹き荒れる風は、血生臭くて気分が悪くなる。
大陸東部に位置する大戦争の最前線【ベルメゾ】の地にて、人界人と魔界人は命を削りあっていた。
激闘を繰り広げるこの地の真ん中で、一人の黒髪の少年が何かを抱えて膝をついていた。
彼は黒いコートに身を包み、右肩についた小さな赤いマントを大きくなびかせていた。
その少年が両手に抱えていたのは、ある白髪の少女の体だった。
彼女は防具の上から腹部を貫かれ、患部と共に口の端から血を垂れ流していた。
少女を抱えた少年は、大粒の涙を流しながら彼女に呼びかける。少年の流した涙は女性の頬に落ちると、彼女は少しだけ瞼を開けた。だが彼女の瞼にある空色の瞳からは、全く生気を感じられなかった。そんな彼女が、少しだけ笑みを浮かべて少年の涙を拭った。
「――泣かないで。私は君にそんな顔してほしくないよ……」
「……ごめん。けど、俺は……お前を……!」
奥歯をかみしめながら少年は嘆いた。
彼の表情を見ても、少女は顔色を全く変えず微笑んでいた。
「違う。君のせいじゃない……君のせいじゃないよ……」
そういって、少女は少年の手を掴んだ。
「ねぇ……君がこの戦争を終わらせて……そして、私たちの夢を……実現させてね……」
そして彼女は、掴んだ手を握りしめ、絞り出すように言葉を発した。
「──大好きだよ」
その言葉を最期に、少女の瞳から完全に光が消えた。
少年は彼女に額を当てて、泣き叫んだ。
自分の無力さ、怒り、悲しみ。それらの感情が彼の中で入り乱れていた。
頭の整理が追い付かない。頭が痛い。めまいや動悸がする。それでも、少年は泣き叫んだ。
ふと顔をあげた瞬間。彼の視界に黒い靄に覆われた人影が現れた。
その人影は彼のことを気遣いもせず、残酷にもこう告げた。
「忠告したはずだ。『言うとおりにしないとお前は大切なものを失うことになる』と。さぁ、そろそろ吐いたらどうだ? あの女はどこにいる?」
少年は黒い人影の質問に答えなかった。だが、聞いていなかったわけではない。ちゃんとその言葉は届いていた。
ただ、まだ十年と少ししか生きていない彼には、状況整理をする力がまだ身についていなかった。
精神面において脆弱な彼は、もう絶望の底まで落ち切っていた。
そんな中、彼はこう考える。
──彼女が死んだこの世界。無くなってしまえばいい。
少年の脳裏にその言葉がよぎると、若い男性の囁きが彼の頭の奥に鳴り響いた。
『──お前はこの世界が、憎いのかァ?』
少年は言う。
「……あぁ、憎い。憎いさ。彼女がいない世界なんて、存在する価値もない。消えてなくなればいいんだ」
すると、頭の奥から、また語りかける
『──お前が本当にそれを望むなら、その願い、叶えてやる』
少年はその囁きに、二つ返事でこう返した。
「そうだな。こんな世界なんか壊れて消えてしまえ」
その言葉を最後に、少年の意識は暗闇の奥底へと沈んでいった。