第参部
「二人とも、どうやらそんな場合じゃないみたいだぞ」
無線機から坂本の声が響く。
突如、レーダーに未確認飛行物体の影が映りこむ。その影に気づいた
「アンノウン?」
レーダーの影に気が付いた長友が声をあげる。
「それにしても唐突じゃないか? あまりにも急すぎる」
「確かに。管制塔からは何もないのか」
「こっちには何もないな」
少し間を空けて坂本が口を開いた。
「俺達が最初か」
「そ、それは一体どういうことなんです! 坂本さん!」
坂本に勇は、怯えた目を投げかけた。
パイロットになって日が浅い勇にとって、こういったケースは初めてだった。故に突発的な気持ちの切り替えは出来てはいなかった。
「一番に気付いたのが、他の誰でもなく俺達だということだ」
「えっ?」
「勇。とり合えず管制塔に連絡だ」
「あっ、はい!」
勇は急いで周囲にある装置を弄り始める。
「こちらF2田井中。こちらF2田井中」
ノイズが先にスピーカーから流れた後、管制塔の声が流れた。
『こちら管制塔。どうぞ』
「現在、こちらのレーダーにアンノウンを補足。至急、そちらでも確認されたし」
『えっ! り、了解』
その後、ノイズが流れ通信が切れた。
「勇。連絡したか?」
「はい。現在、管制塔の方でも確認してもらっている最中です」
「了解」
すると家長の声がスピーカーから流れる。
「坂本さん、この状況どう思います?」
「そうだな。考えられるのは前後左右から接近したんじゃないんだろうな」
「上下ということですね?」
割り込んできたのは長友だ。
「ああ。恐らくな」
「それも多分、成層圏とかそちらの方ですよね。もしアンノウンが下から上昇してきたのであれば、各拠点のレーダーサイトに引っ掛かっているはずですし」
「俺も家長の言うとおりだと思う。ということはミサイルか何かか?」
「にしてもそうであれば、米軍が何らかの動きをしているはずです。しかし、このアンノウンの話は一切の関連情報がなかった」
「あまりにも不自然だな」
「ということはステルス戦闘機の可能性も?」
「何にせよ目で確認しないとわからんな」
無線を介して交わされる三人の言葉に勇は置いてけぼりをくらっていた。
こんな緊急事態でも焦らず、いや焦ってはいるのだろうが表情にださず冷静を維持したまま状況整理を行っている三人の凄さに気持ちが二歩三歩も遅れている気がした。
これが熟練したベテランパイロットなのかもしれないと張り詰める空気が勇に教える。
『こちら管制塔。こちら管制塔』
管制塔からの通信が、三人の無線に割り込んできた。
「こちらF2」
『アンノウンの存在をこちらでも確認した。そちらでは視認することはできるか?』
その言葉に反応し、視線を前の空間に向けるが、そこにはアンノウンに相当するものはなかった。
「こちらイーグルワン。視界にはアンノウンは発見はできない」
『管制塔了解した。三機は引き続き周囲に警戒し、飛行してくれ。何かあれば随時連絡するように』
「イーグルワン了解」
「イーグルツー了解」
「F2了解」
三機は、一定の距離間を維持したまま飛行を続け、アンノウンへと近づいていく。
勇は額に油汗がしたたり、坂本は操縦桿を握る手の力が微力ながら強張る。
長友は操縦桿を持つ手を握りなおし、家長の視線がより一層厳しいものとなった。
空を切り裂き突き進む三機の戦闘機。
各機のレーダーが捉えたアンノウンとの距離が徐々に徐々にと詰まっていく。
家長の脳内にある電子掲示板は、何度と無く”来るか!”という文字が、繰り返し、激しく点滅表示されている。
三機の戦闘機目前に大きな雲がまるで、山脈のように待ち構えていた。
レーダーに映されたアンノウンと三機の位置関係は目と鼻の先だ。
この雲の向こう側にアンノウンは居る。
三機のパイロット達は、緊張した状態維持したまま、雲に突っ込んでいった。
三機の表面を水滴が濡らす。
周囲の雲が視界を通り過ぎていく。
レーダーに表示された距離は縮まる。
接触は後少し。
「見えた!」
長友が、いの一番に叫んだ。
そこには、半透明で向こう側の雲も透けて映る。太陽の陽を浴び、黄色もしくは白色に近い色の光を輝かせ、まるでガラス玉や水晶玉といったものが空中を浮遊していた。
「なんだこれ?」
目前に忽然と出現したその物体に、誰しもが呆然とするしかなかった。
少しの間、時間が膠着する。
我に戻った坂本は通信機に叫ぶ。
「こちらF2。アンノウン発見!」
こちらの報告を待ち構えていたかのように、即座に反応が返ってきた。
『こちら管制塔。アンノウンの正体はどこの所属だ?』
「所属? そんなものあるとは思えません。奴はまるでUFOのようですよ!」
『UFO? SF映画とかに出てくるあのUFOか?』
「ええ! ピンクレディが空を飛んでいると思います?」
『アンノウンの詳細は?』
管制塔の言葉に坂本はアンノウンを睨む。
「サイズは戦闘機と大体同じ。形状はほぼ球状を維持している。また、状態は半透明。アンノウン越しに雲が見える。表面は常に流動的に動いている」
『わかった。三機はこのままアンノウンの周囲を飛行し、警戒を継続。同時に通告を行ってくれ』
「通じるとおもうか?」
『こちらの意思が通じるか分からない以上、やるしかないだろ。もし、言葉が通じ去ってくれれば万々歳だ。管制塔でも次の対処は検討する』
「了解」
坂本は言葉に荒さを含みながら通信を終了させる。
「だとさ。お前ら聞いていた通りだ」
「こちらも内容は了解しました」
「同じく」
それぞれの返答が家長と長友から届く。
忙しく事が変転していく状況下で、勇は言葉を投げかける。
「あいつにどの言語を使用するんです?
英語ですか? それとも日本語?」
「とりあえず日本語でいいんじゃないか。どの言語を利用したところで、相手に届くとも思えない」
「はっ、はい」
真っ直ぐに飛び続け、アンノウンとの距離をぐっと縮める三機の戦闘機。
三機はコースを変更し、右に湾曲するようなコースを辿っていた。
アンノウンは完全に移動を止め、そのままその場を浮遊し続けていた。
先頭を行く家長の乗ったイーグルは、アンノウンに対し、無線での交信を始める。
「こちらは日本国所属、航空自衛隊。貴機は日本国領空を侵犯している。進路を変更し、日本国領空から即時に退去されたし」
一回目の通告がその場に流れた。その間にもアンノウンの周囲を三機は既に半周している。
「どうだぁ?」
長友は視線をアンノウンに釘付けのまま呟いた。
しかし、アンノウンの表面がうねうねと動くのみで大きな変化をみることはできない。
「こちらF2」
勇は無線機に緊張の色を織り交ぜながら言葉をむけた。
『こちら管制塔』
「一回目の警告を実施。しかし、警告に対しアンノウンは、領空外へと移動しようとする行動は見えません」
『了解。引き続き警告を実施せよ』
「了解」
すでに三機はアンノウンの周囲を一周終えようとしている。
「次は俺がやる」
「わかった長友」
家長の言葉を聴き終えた後、長門はアンノウンに視線を向けて、眉間に皺を寄せる。
「あー。あー。こちらは日本国所属、航空自衛隊。貴機は日本国領空を侵犯している。進路を変更し、日本国領空から即時に退去されたし」
様子は一向に変わらず、アンノウンは浮遊し続ける。なにも変わらない。
「変化なし」
「ああ。変化なし」
坂本は、変わらずそのまま状況を睨む。
再び勇は無線機に呼びかけた。
「こちらF2。管制塔応答願います」
『こちら管制塔。F2どうした』
「再度、アンノウンに対し、警告を実施するも以前として様子に変化を見ることができません」
『こちら管制塔。了解した。引き続き警告及び、警戒行動を続けてくれ』
「F2了解」
勇の言葉を最後に管制塔の会話を終える。
既に三機の戦闘機は、アンノウンの周囲を三周を終えていた。
「腑に落ちんな」
坂本は奴を睨み続けたまま呟いた。
「え?」
そんな発言をした坂本に対して、勇は視線を移した。そして、間を置かずに家長の声が届いた。
「坂本さんもそう思います?」
「ああ。ここまでこちらの警告に対して、何一つ反応を見せないというのは、あまりに不自然過ぎる」
「確かに、逃げるとか、俺達を追うという行動があってもおかしくはないですからね」
会話に加わった長友も同様の疑問を抱いていたようだ。
「反応がない。いや、なさ過ぎる。ただ、浮遊しているだけ。まるで、こっちを観察しているようだ。本当に薄気味悪い」
その言葉に重さがあった。誰もが返事がなかったが、坂本の言葉に同調し、アンノウンから視線を外れることがなく緊張の眼差しをおくっていた。
周回は、すでに四周を経過していた。
その時だった。
突如として、アンノウンが全体を発光させ始めた。
その場に居た皆の眉間が厳しくなる。
「なんだ?」
「勇。連絡」
「あっ、はい」
発光し続けるアンノウンを横目に勇は、無線を手にし声を投げる。
「こちらF2。こちらF2。アンノウンが突如発光を始めました」
『発光? どういうことだ?』
「こちらが数回警告行動を実施後、アンノウンが蛍光緑の光を全体から発光をし始めだしました」
徐々にアンノウンから発せられる光が強く変化していく。
「段々と光が強くなっています」
『何?』
その時だった。アンノウンが蛍光緑の四個連続した光輪を放った。