第弐部
格納庫にはF15イーグル二機とF2一機、合計三機が並んでいた。その三機が並んだ姿には高雅さがあった。
家長は機体の側面を見回り異常が無いか確認をしていた。時にはノックに似た仕草で、機体の調子を確認している。
一方、長友は整備員と話をし機体の状況を確認をしている。
坂本と勇は、F2の操縦席に乗り込み、発進前の機器チェックを行っていた。
刻々と発進時間が近づく。
機体の外で確認していた家長と長友も、自分愛用のヘルメットを持ち、F15イーグルの操縦席に乗り込んだ。
四人ともシートベルトを締め、ヘルメットを被り、酸素マスクを装着する。
三機のエンジン音が始まり、機体が鼓動が感じられる。整備員が脚立によじ登る。そして、パイロット達と会話を交わし、精一杯の力で風防ガラスを閉じた。
『イーグルワン。イーグルツー。F2。それぞれ、第一滑走路へ移動せよ』
それぞれの通信機より、管制塔に居る管制官の声が響いた。
「イーグルワン了解」
「イーグルツー了解」
「F2了解」
管制塔からの指令に家長、長友、坂本の順で返答が返した。
機体を支えている車輪が、徐々に前に、少しずつ、少しずつ前に動き始めた。
高音が響き渡るなか、周囲の整備員達が大口を開き言葉を交わしている。
エンジンノズルから排出される炎に空気が歪む。それぞれの機体が前に前にと進み、着実に第一滑走路へと動いていく。
晴天で青一色の空が三機の風防ガラスを染めている。同時にそれぞれの機体の側面を太陽光が指でなぞるかの如く光っていた。
家長は、操縦舵を握りながら筋肉が強張っているのを感じていた。
緊張ならフライトの直前に毎回とも感じている。しかし、いつも感じている緊張に上乗せして、嫌な感覚が混じっているの気づいていた。それはまるで虫の知らせといったものに近いものだった。
それでも、そんな曖昧な感覚では中止にできるものではなく、家長自身その感覚が発生する正体を掴むことがどうしてもできなかった。
そんなことを考えている間に家長自身が乗っていたイーグルワンを先頭に、長友のイーグルツー、そして坂本と勇が乗ったF2の順番で、格納庫から第一滑走路へと向かっていた。
「それにしても今日はフライト日和だな」
イーグルツーの操縦席から、快晴の空を見ながら声を発したのは長友だ。
「ああ。本当だ」
「坂本さんたちもそう思うだろ?」
「ああ。このまま何事もなくフライトが終わってくれたらいいがな。なあ勇?」
「え? あっ、そうですね」
「お前、いま話を聞いていたか?」
「え! いやっ! あの……」
「自分の世界に入り込むよりも、周囲のことを気にしろ。フライト中にはどんな事象がまっているかわからないなんだからな」
「あっ。はい。すみません」
二人の会話が、無線を通じて家長と長友の耳に入ってくる。二人ともその会話に、『またか』という全く同じ感情が沸きあがっていた。
その間にも戦闘機は、決して早いペースではないが車輪は回転を重ね、航空管制塔より指示された第一滑走路へと向かっていた。
三機の戦闘機は第一滑走路に家長のF15を先頭に、次に長友のF15、そして坂本と勇のF2が並んでいる。
第一滑走路の傍では、マーシャラーがライトスティックを両手に持ち、忙しなく動いている。
先ほどまで雑談を交わしていた家長であったが、急に視線が鋭くなり、表情が緊張する。
「イーグルワン。オールチェックグリーン」
F15の機器を見回しながら、管制塔に言葉を投げた。
『OK。イーグルワンスタンバイ』
「イーグルワンスタンバイ」
徐々にアフターバーナーが濃く、そして熱く変化していく。
『イーグルワン。テイクオフ』
「イーグルワン。テイクオフ」
管制塔の指示を復唱した家長は、片手にしっかりと握られたスロットルレバーを徐々に前に動かした。同時にF15も前に前にと機体は動き出した。
ターボエンジンが全力で動き、機体を前に前に、そして速く速くと動く力へと変わる。
家長にもその身体に伝わる。
第一滑走路を徐々にスピードを上げて走る家長のF15。その風防ガラスが微動している。
周囲には、F15が奏でる聞き慣れた高音が、順調にことがすすんでいる証明していた。
家長の左手に握られていたスロットルレバーは、値がエンジン全開の値まであとわずか手前の位置まで動いていた。
F15の下部にせり出し、地面と接地している車輪が激しく回転している。
操縦舵を徐々に操縦席側にゆっくりと倒していく。すると、徐々に機体に浮力が加わり始め、先ほどまで激しく回転していた車輪が、徐々に接地していた部分に空間が生まれ、その空間は徐々に大きくなっていく。それは、先端の車輪だけでなく、後方に設置されていた二つの車輪にも同様のことが起きていた。
F15機体全体が、その機体自体の重さをなくし、徐々に鉄の塊が、鉄であったことを忘れさせる。
その離陸姿は、水面を飛翔する白鳥のように滑らかに空を突き進み、独特な優雅、高貴な姿がそこにあった。
家長は、まだ操縦席側に操縦舵を倒し続けた。機体も家長の指示に従順に高度を高めていった。
家長が操縦舵を一度動かすとF15内部の機械が忙しく動く。F15は高度をどんどんと伸ばしていく。
第一滑走路には、既にスタート地点に長友のF15イーグルはスタンバイをしている。
家長と同じく計器をみまわした長友は、管制塔に向けて言葉を投げる。
「イーグルツー。オールチェックグリーン」
『OK。イーグルツースタンバイ』
「イーグルツー了解」
徐々にタービンの回転数が増えていく。
『イーグルツー。テイクオフ』
「イーグルツー。テイクオフ」
長友も操縦舵を操縦席側を倒す。徐々にスピード、車輪の回転数、アフターバーナーの温度共に数値を上げていく。そして、徐々に地上と離れ、高度を高めていく。
「今日も順調だな」
マスクの内部でニタッと笑う。
次に離陸に備えていたのは、坂本と勇の二人が乗っているF2であった。
「勇。そろそろ行くぞ。いいか?」
「あっ、はい大丈夫です。坂本さん」
坂本の少し首を後ろへと傾けながら投げかけた質問に、勇はマスクで少し曇りぎみの声で投げかけた。
「わかった。F2。オールチェックグリーン」
『OK。F2スタンバイ』
「F2スタンバイ」
徐々にタービンの回転数が増えていく。
『F2。テイクオフ』
「F2。テイクオフ」
坂本はその言葉と共にスロットルレバーを前にへと倒していく。坂本の操作に合わせるかのように機体は前に前にへと動き始めた。
速度はぐんぐんとスピードが高まっていく。
アスファルトの荒さか、それともスピードが出るが故の衝撃か、機体全体が激しく振動していた。
坂本は片手で掴んでいる操縦舵をぐっと倒した。その様子を勇はじっと見ている。
徐々に地面と機体が離陸を始める。
離陸を始めて数十秒。先ほどまでいた第一滑走路いや基地全体が、まるでミニチュアのように見える高さまで到達している。
飛び立つ時点では外部にせり出し機体を支えていた車輪は、パイロットの操作により期待の中に格納されていた。
「うぐっ」
勇は鈍い声をあげる。そして、苦悶の表情を浮かべ、眉間には皺、皮膚には油汗を浮かべていた。いくら戦闘機のパイロットになったとはいえ、やはり実機での経験はまだまだで戦闘機が生み出す独特の揺れにはまだまだ慣れてはいなかった。
「大丈夫か勇。これでへこたれてると音速の壁に潰されるぞ」
坂本の言葉にすぐ返すことができず、いまだ苦悶の表情に変化していなかった。
「すっ、すいません」
「早く慣れろよ」
経験を重ねたベテランの坂本は、酸素マスクの下、ふっとニヒルな表情を浮かべる。そして、家長のイーグルワン、次に長友のイーグルツーが視線の先にあった。
徐々に高度を高めていく三機。綺麗に三機の順に並び雲海を切り抜いていた。
背後には、それぞれの飛行機雲が空のスケッチブックに描かれていた。
徐々に先頭を行く家長機のメーターが音速の値まで徐々に近づいていく。他の2機も家長の操作に釣られて、徐々に各機のメーターも音速へと近づきつつあった。
飛行機操縦士とういう職種は、地上の人間がいつも眺めている日常とは違う雲海を自分の風景として当たり前のようにそこに存在し、そして見ることが出来る変わった特権があり、中でも、戦闘機乗りはその風景の中を音速の壁で突っ走ることができる一種の快楽を感じさせる最上位の特典だと周囲の雲海がそう感じさせた。
太陽と距離が近づいたために、太陽光の輝きは地上よりももっと輝きを増していた。
その効果か、戦闘機の側面もより輝きを強めていた。F15は、銀色の機体を渋く光らせ、F2は青く煌びやかに光っていた。
「こちらイーグルワン。現在順調に飛行中。計器共に異常なし。周囲も問題なし」
家長は、管制塔に向け連絡を入れた。
『こちら管制塔。了解した』
スピーカー越しに、管制塔からの返事が伝わってきた。
順調だ。実に順調だ。いつもと変わらぬ慣れたこの光景。何も問題ない。
離陸する前、家長の心に少し除いた不安は非常に薄いものになっていた。
その後も順調に進んでいた。三機もある程度の間隔を保ちながら、冷たい空気を突っ切っり進んでいた。
「あっ、そういえば」
「急になんだよ。長友」
「お前、知っているか?」
「何が?」
「だから今年の補強だよ」
「サッカーの話か」
「ああ」
この二人の出身が同県で、そこにはJリーグに参加しているチームがある。二人とも学生時代はホームで試合が開催される時は、時間を必ずつくり、毎回足を運んでいた。
そして、二人が話すきっかけの話題になり、未だ会話の中心ネタにもなっている。
無論、坂本にもこの話の筒抜けで、またかという感情が沸いていた。
「今年の補強は凄いぞ! 日本代表経験のMFを獲得できたんだぞ! それだけじゃないぞ! DFには強豪クラブのレギュラーだぞ!どうだ! どうだ! そして今回の目玉。ブラジル代表のエースストライカーを獲得!」
「へぇ。凄いな」
「もっと驚けよぉ」
「いやいや、こっちも情報抑えているし」
「ちぇっ。でも、今年は優勝狙えるんじゃないか」
「かもしれないな」
二人の会話が、快晴の空に響く。ありふれた会話をこの空の中ですることができるのは、パイロットだからこその場面だ。
そんな和やかな空気が、突如一変する。