第一部
常に監視の目で、空の侵入者を睨み続けている場所、航空自衛隊百里基地。
午後二時。その日も自衛官たちは、空の情勢をいつもと同じように睨み続ける。
基地内にある数社のメーカーが提供している自販機が並ぶ休憩室。
そこに身長は170前後で、緑の背もたれにどっかりと腰を預け、手には缶コーヒーを握る男と、自販機の前に立ち、今にもお気に入りのジュースを購入しようとしている二人の男がいた。
蓋の開いた微糖の缶コーヒーを好んで飲んでいる男の名が家長修作である。
身長は175センチメートルくらいで、髪型は黒髪で、頭頂部にボリュームはあるものの両サイドは、刈り上げられている。年齢は28歳になったばかりで、この世界でも中堅の域に入ってきた。
その隣で、渋い光を放つ百円玉を自販機に投入しようとしている男が、長友光一だ。年齢は家長と同じ28歳。身長は180センチメートルで、髪型は丸刈り。外見で言えば、まさに万人が万人共に想像する自衛官といった感じだった。
長友は、家長と同じ時期に入隊した人物で、家長とはどこか馬があい、それからの相棒である。共にF15イーグルのパイロットで、家長・長友のコンビで、日本の空を駆け抜けてきた。
二人は、次回の定時パトロールに備え、休憩室にて時間つぶしていた。
家長は、コーヒーを持つ手を口元に近づけて、一口喉に流し込んだ。
そこへ定時パトロールに動向する年配のベテランパイロット坂本義行と若いパイロットなり立ての新人・田井中勇が入ってきた。
「よっ、お二人さん」
「あっ、坂本さんに勇」
「今日は、俺達とお前さんたちでのフライト定時飛行だからよろしくな」
「こちらこそ」
「よろしくお願いします」
坂本の言葉に対し、それぞれ挨拶を返す。
「おい、勇。お前も挨拶しとけ」
坂本に促された勇は、軽く頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします」
そんな二人の様子を家長と長友はまじまじと見ていた。改めて二人の組み合わせを見るとギャップを強く感じる。
まるで、ボディビルダーのような強靭な肉体で、体格が大きく今までの激務が刻まれたような顔の周囲の皺をもつ坂本。
それとは対照的に168前後の身長にとても体幹が細い体。そして、まだまだ負荷を経験していない小さな腕を持つ勇。
子供と大人の対格差を持つ二人を見ていると、ふと脳裏に大工の棟梁と弟子のような関係性を思い浮かべ、家長は少し表情が緩みそうになった。
しかし、あの手厳しい性格の坂本の前で笑う訳にもいかず、あと一歩のところで顔の筋肉を突っ張らせた。
「おい。家長」
「はひっ?」
坂本が家長に対して、急な言葉を投げかけた。その言葉に対し、家長は先ほどまで笑いをこらえていた筋肉を先ほどよりも強く緊張をしいられた。
額には脂汗が垂れ流れ、血管がうっすらと浮かび上がる。
「表情が強張っているがどうかしたか?」
「いいえ」
坂本には、どうやら笑いを堪えている表情が、まるで体調が悪いという様に見受けられたようだ。
家長は、内心を坂本に悟られないように、坂本の言葉に力一杯に首を左右へと振った。
「そうか?」
「気のせいです。気のせい。気のせい」
それでも怪訝そうな坂本の表情が、晴れそうにはなかった。
「ところで坂本さん。今日は二人みたいですが、どの機体で空を?」
坂本の様子にどういった表情を返せばいいか困り果てる家長。その気持ちを察するかのように長友が言葉を挟んだ。
「ああ。今日はこいつの飛行訓練も兼ねているんでな。F2だ」
長友の言葉に返事をしながらも坂本は、自販機へと体を向ける。そして、自販機の中から、ブラックの缶コーヒーのボタンを押した。
ポケットから電子マネーのカードを取り出し、すっとカードリーダへと翳した。
電子音とともにコーヒーが勝手口に落ち、缶のアルミと自販機の部分が衝突し、重い音を発した。
無骨な男に最新機器。どこか可笑しくなる情景が目の前にあった。
坂本は右腕を伸ばし、コーヒーを掴んだ。
「勇。こっちにこい」
「はい」
何人も歩いたであろう小さな傷が刻まれている床の上を勇は、軽い足取りで坂本の近くに寄ってきた。
「勇。どれを飲むんだ?」
その言葉にきょとんとする顔を勇は見せた。
「だから、奢ってやるといっているんだ。早く好きなものを選べ」
「あっ、すいません」
勇は、おどおどしながらオレンジジュースのボタンを押した。
「これでいいのか?」
「あっ、はい」
手に持っていた電子マネーを、もう一度カードリーダの前へと動かした。
勝手口にから出てきたオレンジジュースを勇はいそいそと掴んだ。
「坂本さん、ありがとうございます」
坂本に声をかける勇だが、坂本はもう休憩室を出ようとしていた。
「勇。早く行くぞ。二人とも先にいくから」
「あっ、まってください」
勇は、坂本の後を小走りで追う。そして、二人は古びた休憩室を出て行った。
完全に二人の姿が消えたとき、家長はふうと一息ついた。長友は、くいくいと軽い動作で肘を使い、家長の脇腹を押した。
「お前、堪えろよ」
「あっ、悪い。悪い」
家長は、脳裏に二人の姿を蘇らせ、噴出しそうになる。
「いやさ、あの二人のコンビ。どうしてもおかしくてさ。まるで大工の師弟みたいだもの」
「確かになぁ」
家長に対して注意したものの長友自身も、あの情景に笑いがこみ上げていた。
「親方! どうした! ……ってな感じでな」
「そうそう」
二人の会話にそれぞれ持っていた缶の中身がゆらゆら揺れていた。
そこへ狙ったかのようなタイミングで、坂本が部屋に入ってきた。
「坂本さん!」
しかし、坂本には先ほどまでの話を聞いていた様子はなかった。
「なあ、二人ともここでジッポライターを見なかったか?」
「ジッポライターですか?」
「ああ、どうもどっかで落としたか、忘れたみたいなんだよなぁ」
周囲を見回しながら坂本は呟いた。
「さあ、自分達は見ていないですよ」
「そうか」
「もしかしたら、坂本さんのロッカーに置き忘れているんじゃあないですか?」
「もしかしたらそうかもしれないな。確かに今日はタバコを一本も吸った覚えがないからなぁ」
「きっとそうですよ」
「かもしれんな。もう一度ロッカーを見てみるわ」
坂本は、一歩後ろに下がり、体を左に動かし、視界から姿を消していった。
坂本の足音も徐々に小さくなっていく。
「いったか?」
「いったよな?」
「聞かれたかな?」
「あの様子だと……」
「聞いてないよな」
「多分」
少し間、休憩室に換気扇の回る音だけが響いていた。
「行くか?」
聞く家長。
「行こうか」
返す長友。
二人は、休憩室を抜け、F15イーグルが納められている格納庫に向かい足を動かし始めた。