デュクスの騒動17
広範囲を巻き込むようなそれを前にして康太が思っていたことは、朱莉の前に割り込んでおいて正解だったということであった。突き飛ばすような形になったことへの謝罪は後回しとなったようだ。
何をしたのかわからないが、腹からも圧力を感じてエミールは離れていって黒い波に飲み込まれる。腹の辺りでも突然魔力が膨れ上がり、そこから鋭い牙をよだれで濡らしている口だけが姿を見せ始める。気味の悪い光景だが、噛み千切られそうになっているので近くにあるものからそれを弾く。
何が起点だったのかわからないままだが、次々に現れるそれを弾き、それをすべて丸呑みにしそうな黒い波にも気を配る。黒い波の方はそれほど速くはないようで、エミールを呑んでからそこまで進んでいないが、着実に進んできている。
湧き続ける謎の口だが、数が多すぎて現れた瞬間には倒せなくなったところでその正体がようやく明らかになる。現れた口が伸びるようにして魔力が集まり、顔、首、胴体、足、尻尾まで伸びていく。その姿は誰が見ても魔物のものだとわかる。
もちろん、正体不明の口が魔物だろうと何だろうと危害を加えてくるならば手加減するわけもなく、康太の口から鋭く空気が漏れるのと同時に視界に入っていた魔物がはじけ飛ぶ。近くで発生してしまったせいで足元で現れつつあったのは対象外ではあったが、手も足も動いているので時間の問題でしかない。
そうしたことで後ろに逃すことなくはなかったが、黒い波の奥からも足音や吠える音が聞こえ始める。そして、ここで朱莉の視界内で魔物が発生し、見つめていたことで何が起こったのかを把握できたらしい。声を上げて康太に伝える。
「魔石から魔物が出てきています!ついでに、出てくる前に壊せば出てこないようです」
飛び掛かってくる獣を短刀で捌きながら教えてもらった情報を有り難く受け取った康太は、めいいっぱいに腰を回して息を思い切り吸い込み、一瞬でそれを解放する。
まっすぐに迫りくる黒い波へ進む衝撃波は、何処までも広がって腕の延長線上以外にまで広がっていた魔石を粉々に砕く。これまで気を使っていた天井だが、何処までも広がる衝撃波の影響をもろに受けてしまったようで、ヒビが入るだけでなく一部ではポロポロという音を立て始めてしまう。
衝撃波によって黒い波が散り散りになり、奥まで視界が確保できるようになったのだが、そこにはエミールの姿がない。自爆戦法で波に飲み込まれるように消えたのだから、それから逃げるようにして後ろに回っていると考えていたのだが、と頭を回転させていると、暗闇の奥の方から小さくて硬いものがいくつもばら撒かれる音と、ガシャンガシャンと金属音が響いてくる。
感知範囲内で行われているそれに康太は躊躇いなく追撃をかける。ばら撒いているそれがエミールが隠し持っていた手札だとするならば、その発動を止めることは終わりのときが近づいていることの証となる。
康太は視線を向けて衝撃を加え、朱莉はいつの間にか抱えていた札を豪快にばら撒く。
エミールを引きずり出しに行こうと足を出した康太は、そのまま肘撃ちを繰り出す。それはいつの間にか背後まで迫っていた暗闇をぶち抜く。裏拳を追加で入れようとするも、先ほどとは打って変わって実態がないかのように素通りしてしまい、通った跡だけを残して終わってしまう。謎なもん呼び出しやがって、と毒づいて朱莉にバトンタッチする。
「朱莉ー、俺はこいつやっとくから出てくる魔物と寝てるやつら頼むわー」
「了解です、って答えを聞かないのならば訊かないでくださいな」
お願いを聞くことに否はないのだが、その返答を聞かないのならば命令と変わらないだろうに、と思わずにいられないが、信頼とも受け取れるそれに嬉しそうにし、符から生み出した鳥が爆発した結果を確認する。
微妙に遅かったのか、砕くことに成功した分は少ないようであった。体が構成されつつあった魔物がクッションとなったようで、無事だった魔石が起点となって新しい魔物が生まれ出してしまっている。小さなものを潰すには、康太の魔術では距離がありすぎであり、朱莉の符での爆発は爆風が強すぎて飛ばされて終わりになってしまったようだ。爆発物の取り扱いなど慣れているわけもないのだから、いい塩梅の爆発をされても反応に困る。
生み出された魔物たちは見境なく共食いを始めるものもいるが、大半が周りにいる人間に気が付いたのか駆け出し始める。気絶させた人間と証拠を守り抜くように言われた朱莉が見逃すわけもなく、手に持っていた短刀を右と左に二回振りぬく。
振りぬかれたあとには光る二本の線が残され、構わずに通り過ぎようとした戦闘の魔物がその線を超えたとき、噴き出したそれによって天井に叩きつけられて落下して黒焦げになる。
短刀の跡に沿うように噴出した溶岩は、ばら撒かれた魔石とその奥から出てきた巨大な魔物をこの地下空間から切り離し、朱莉が立っている場所が出口となる。魔物も壁に沿って進んだ先にあるかもしれない他の隙間よりも、目に入っている出口を目指して大行進を始める。
それも見て満足そうにして手を掲げると、背中に何冊もの本が荒れた水面が落ち付いて行くように姿を見せる。そして、その一冊一冊がバラバラという音を立てながらページがひとりでにめくられていき、数秒毎にさらに背後に陽炎が生じては武器としての形へと変化していく。一つ一つが何かしらの伝説を持ち、それに恥じないだけの力が今にも暴れ出しそうになりながら封じ込められているのが分かる。
本が同時に最後のページまでめくられて静かになったところで、手を前へと倒して一言。
「神に代わってお仕置きよ、なんちゃって」
音の壁を容易く超えたそれらは壊れる気配も見せず、衝突する前から被害をバラ撒きながら魔物を貫通する。火を噴くもの、雷鳴を轟かせるもの、空間ごと食い破って進むもの。時にはそれらがぶつかりそうになっては火花を散らし、奥の壁まで達する。壁も貫くかと思ったが、朱莉が本をバタンと閉じれば姿が消え、何枚かの、恐らく今回呼び出した武具が記されていたと思われるページが光る。
これだけぶっ放せば確実に殲滅は完了していそうなものだが、確認していたところ朱莉は面白いものを見つけた。
体が大きいせいか大量の武具に貫通された跡があるが辛うじて息をしているトカゲと、同じような条件で攻撃を受けて耐えきれなかった巨人。
巨人の方をまじまじと見てみると、その角に見覚えがあった。それはこの街を訪れた初日、街に入る以前に森の中で見かけた大鬼と同じものだった。そして、もしやと思って瀕死のトカゲを書き写した資料と照らし合わせてみれば、ヒットが一件。
「地竜、ですか。これがそうなんですね。あれだけの魔術を喰らって即死しないとは、とんでもなく頑丈なんですね。……これがここにいるってそういうことですかね?衛兵に知らせるべきなんでしょうが……。チラ、チラ、…誰も見ていないなら貰ってもいいですかね、…やっぱりダメですか。しょうがありません、残念ですが証拠として持っていたあとで頑張って引き取らせてもらうことにしますか」
面白いものを見つけて独り占めしたいけれど、バレたときが怖い。子供がやんちゃしようかどうか迷っている姿そのものであった。美少女がやるとそれはそれでクリティカルが出そうだった。
康太の目の前には変わらず黒い靄が広がっている。殴れども殴れども消える気配がない。一応は魔力が小さくなっているのが分かるが、死に絶えるには程遠い。
左が唸りながら貫通し、それと同時に黒い波の全身を殴られたようなへこみが余すことなく覆う。肉体である左腕は貫通しているのだが、魔術で生み出した衝撃までは完璧に逃し切れていないようである。殴られたことでできた波の端から少しずつ魔力が散っている。
肉体での攻撃が意味ないので必要ないのだろうが、魔術の発動をイメージで補助するためにはうってつけのようであり、視線を向けているだけのときよりも速いテンポで攻撃している。殴られたことによる表面がおさまる前に次の拳が叩き込まれ、体の表面はいくつものクレーターで覆われてる。
魔術で生まれた衝撃の檻に閉じ込められ動くことも叶わず、余すことなく全方位から襲い掛かる圧により、身体を作っている魔力は一塊に押し込められ、表面から削り取られるだけである。反撃しようにも中途半端な量の魔力では魔術で跡形もなく吹き飛ばされる。
黒い塊となった今までに見たことのないタイプの魔物を見ながら、そろそろ終わりになるかと一息ついたところで、ここ一番会いたくない奴が降ってくる。自身では気配を消しているつもりのようで服装も変わっていて物音が立たなくなっているものの、存在感が隠しきれていない。いや、隠し過ぎていて違和感を与えてしまっている。
これも魔道具か何かで完璧を目指し過ぎたかのか、使い心地くらい確かめとけよ、と思いながら、すぐそばまで近づいて来て、短刀を振り始めたエミールを手刀で切り裂く。いつの間に朱莉が張っていた符によって伸びている魔力の爪がなかなかに格好良い。これなら魔物も斬れるのでは、と考えたところで真っ二つにされたはずの魔力人形が動き出す。
動くにしても大きさがなければ問題名だろうと一振りして爪で切り分けるも、それでも近づいてこようと這いずる腕に恐怖を掻き立てられる。
「なにこれ、怖い」
いきなりのゾンビ映画への転換にドン引きしながら、触れないようにしてすり潰して魔力に返しておく。その行為も傍から見ればスプラッタなのだが、そうまでしてでも抜け出したいらしい。
腕を止めることなく謎の魔物を封じ込めながらの脱出をしたところで、ゾンビ化の主犯を探すと、康太の魔術範囲を判別しているかのぎりぎりのラインに立っている。そして、康太の方へぎらついた目を向ける。
自分の魔術が破られるかと構える康太に対し、エミールは躊躇うことなく腕を衝撃の檻の中に腕を突っ込む。これまたリアルな魔力人形のせいで腕がボキボキになる姿がはっきりと見えてしまう。今まで瞬殺していたため、気にしていなかった部分が刺激されるようで顔を顰める。
何がしたいのかと思ったところで丸められていた魔物が動き出す。




