デュクスの騒動14
朱莉がやりたい放題に検証実験している頃。
スラム街でろくでなしを片っ端から狙撃し、見える範囲には液体窒素ばら撒きで火も消えた。静は街の高い建物の上をぴょんぴょんと飛び跳ねながら歌っていた。その声は騒がしく人が行き来している中にはほとんど広がらないが、その声を聴いたものはついつい立ち止まって耳を傾けてしまうほどだった。
聞いたことのない旋律に、聞いたことのない歌詞。よくわからないことだらけではあったが、聞いたものは落ち着きを取り戻してそこを離れる。
静にとってそれは狙ったことではなく、口ずさんでいたのは単に気分であったからである。火を消したためこれ以上は火事での被害は出ないだろうが、液体窒素をばらまくまでに怪我していた人に変わりは出ない。気温が上昇したこともあって過ごしづらくなり、それを改善でもするかと気温調整のために雨乞いをしていた。
雨乞いと言っても怪しい儀式をしているわけではなく、強引に雲を生み出しているだけであり、静が神様の立ち位置に相当する。雨を降らせようとしているうちに、何となく頭に浮かんできた歌を口ずさんでいた。日本の小学校で歌われているようなものから他の国の民謡までもが混ざってきているのは、親の影響なのだろう。
そんな通り雨レベルの突然の異常気象を避難している人には迷惑が掛からないように調整し、誰もいない夜の街で一人歌うという他にできそうもない体験をしていた。
一方で雅紀は教会から動いてはいなかったが、その教会は様変わりしていた。
そこら中に積み上げられていた人の山は崩れ、椅子のほとんどが壊され、教会のシンボルであるはずの祭壇近くには鋭いものがいくつも刺さった跡が見受けられる。
そんな中に雅紀は聖神教の使節団と向かい合っている。いや、まだ立っていられる人数を考えると”団”というには数がどう見ても足りない。地面に寝転がっている人間の中を探してみれば、黒一色の中に銀色が交ざっている。暗殺者だけではなく鎧を身に着けていたもの、使節団にいた騎士たちまでもが加わっている。
もちろん何もかもが原形をとどめていないというわけではなく、扉や壁は傷が付いてはいるものの外まで貫通してはいない。また、椅子の中にも無事なものがあり、それはある範囲、雅紀が陣取っている周りに固まっている。崩れ具合と寝ている騎士からして、雅紀に近づこうとした騎士が弾かれたときの影響で椅子が壊れているようだ。
その雅紀は無事な椅子に腰かけたまま、正面に使節団を見ている。扉の方を向いている椅子は初めはなく、椅子の形状は保っているが地面から引きはがして向きを変えているとなると、無事な椅子と言えるのかはわからない。その椅子には隠すように康太から預かった子供が寝かされている。
緊迫感が溢れる光景ではあったが、雅紀の話声を聞いているとそのようには感じられない。
「『…と供述していたが、時間が経って何かが変わったようで証言が変わり出した。どうやらこの騒動は聖神教だけでなくいくつかの商会を巻き込んで行われていたようだ。そして、そのうちの一つが康太と朱莉が見たというスラム街の黒ずくめの後ろ盾なのだろう。思っていた以上に大きな計画だったらしいので、他の線からも情報を回収するべきだと思われる。』…ふう、ん?どうした、聞きたいことがありげな顔をしているが」
独り言をつぶやくようにして手を動かしていた雅紀を見て宣教師たちは顔を顰めている。
「…あなたは何をしているのですか、宙に手を彷徨わせて。見えない何かが見えているのですか、良いお医者様を紹介しましょうか?」
「何気にひどいこと言ってくれるなあ。まあ、知らない人が見たらそういうのかもしれないけどさ」
雅紀も自覚があったようで苦笑いしている。その口は、「知り合いにいい腕した先生がいるから遠慮する」と動いている。
勢い良く何かを押す動作を最後に、今まで手を置いていた光る板から手を離す。一瞬でそれは消え、それに照らされていた雅紀の顔が見づらくなる。雅紀からしてみればそれほどおかしなことをしたつもりもなかったが、この世界からしてみればキーを叩く動きは怪しい動きに分類されるらしい。
見えない何かを見える可哀そうな子に思われるのは遠慮したいことなので、雅紀もすんなりとその動きをやめることにした。雅紀が叩いていたのは投影型のキーボード。魔術で指の位置に応じてスマホに信号に流し、スマホを取り出さずとも文字を打つ出来るようにしていた。聞いた話を覚えておくのもつかれてきた雅紀がスマホをメモ代わりにする際、スマホを見せるのは控えることにしたためである。紙とペンもアイテムボックスの中にあるのだが、出すのを面倒くさがった結果でもある。
魔術の発動過程をプログラム言語のように組むことができたことに雅紀は心の底から感謝し、空いた両手を組んで顎に添える。そこまでして机があれば完璧じゃないかと思ったが、首を回してみてもどうしてか高さの合う無事な机は見当たらなかった。
どうでもいいことに気を落としながら顔を上げる。
「それにしてもどうして攻撃してこないんだ。両手だけでなく口を動かすのにも忙しかったんだが」
「無抵抗の人間を攻撃するのは信条に悖りますので」
「ほう、面白いこと言うじゃないか。今までにあれだけのことをしておいて何が信条なんだか。正直言うべきだと思うが」
「……」
「そこまで現状を受け入れるのが嫌なのか?どんなに頑張っても俺に指一本触れられていない状況」
「どういうことか説明してもらおうか」と、この使節団を前にいっちょ前に挑発した雅紀だが、自分からは動くことはなかった。変わらず椅子に座ったままで相手を前にしている。時折体をほぐすためか立つことはあれど、脚を動かすことはない。しかし、ただ動いただけでもその度に騎士たちは恐怖に駆られるように急いで構える。
騎士たちをそこまでの恐怖に陥れたのはもちろん雅紀の魔術である。
大量の魔力によって広範囲を囲い、そこを自分の領域として自由自在にする。その領域の中ではあらゆる物質の座標、運動情報、理を変えることが可能となる。多くの情報を変更するとなるとそれだけの魔力に加えて、外部からの妨害、つまり他の人間の存在は邪魔になる。他の人間がいない間に展開し、その領域で相手を迎え撃つ。たしかに、防衛に向いた魔術である。
いろいろと手を加えることにより、想像できることのほとんどは実現可能であるという夢のような魔術ではあるが、強さは弱さと表裏一体というべきか、いくつかの制約は出てきてしまっている。
その一つ目は、魔術の発動の速さは分野に特化した魔術師たちには敵わないこと。静のように物質の状態変化と運動操作、康太のような強烈な一撃、朱莉のような複雑な性質の再現。そのどれもできるという点では手札が多いのだが、どうしても真似するのに遠回りしなければならず、速さで劣ってしまう。
二つ目は、大きな魔術ほど離れた場所でしか使えないこと。魔術で攻撃するために情報に手を加えようにも、相手に近い場所では相手の魔力やいくつかの要因で弱められてしまう。書き加えることがいくつかだけに決まっている特化型の魔術であれば無理やりでもいけるのだが、複数の情報に手を出すとなるとしっかりと刻み込めない。
この二つが大きな欠点だが、これを問題にしないための方法が待ち伏せなのである。他にも、外で発生させた事象の影響であれば特に問題もない。例えば、相手の隣の空間の空気をどかしてから解放すれば、鎌鼬に次いで低気圧に襲われることとなり、具合によっては爆殺できる。外で稼いだ運動エネルギーをぶつける分にも問題はない。
そして、その欠点をバラさないようにする状況設定。今回は近づいてくる人を拒む状況。近づいてくる人間だけを相手にすればいい。今回はそれにぴったりなものを見つけた。ダルマさんが転んだ、である。鬼に動いているところを見られたら負けで、元の位置まで戻されるという遊び。
不自然にならないように俯くことにより、鬼が背中を向けている状況を作り、顔を上げたときに動いている相手に対してその領域の性質を変な方向に跳ね上げる。発動に制限を付けることで威力を上げるなんて、いろいろな漫画で見てきたようなシチュエーションだな、と苦笑いしてしまうが。
一人だけルールを知っているダルマさんが転んだのゲーム世界を魔術で作り、座ったまま相手を撃墜してきた雅紀。それが直接自分の身に向けられたらと想像するだけで怖がらないわけがない。その魔術が直接的に襲ってくるわけではないことを知らないのだから、その姿勢は間違っていたとは言えない。顔を上げるというアクションがあるだけに、そのような思い込みに拍車がかかる。空間に張られた罠よりは威力が落ちるとはいえ、軽く人を吹き飛ばすだけの魔術は飛び出すかもしれないのだから、やはり正しいのかもしれない。
雅紀がここでようやく立ち上がる。同じように緊張が走るが、一歩足を前に出すだけで簡単にそれは塗り直される。あからさまに煽るように手をパタパタと動かす。
「正確に言うべきだと思うぞ。攻撃しなかった?どうして能動形にしてんだかな。出来なかった、の間違いだろうが。いざ突撃してみるも、ぶっ飛ぶことになって理解できないからって何度も繰り返した馬鹿が。で、気が付いたら何も分からないまま数だけが減っていた、と」
そんな魔術を使い、襲い掛かってきた騎士たちを魔術の罠に嵌め、外へとはじき出した隙に新しく張り巡らせる。同時に突撃するという数にものを言わせる方法しかないような陣地を組み上げていた。教会内をいくつもの小さな領域に区分してそれぞれを別の世界観で成立させる。真空の隣は静電気力のない世界、重力が明後日の方向を向いている世界。
同時にいくつもの方法で傷をつけられる。突撃したら傷を受けることだけは理解できたようで、雅紀を前に立つことになったのだが、それ以上はわからずじまいだった。遠距離攻撃を始めるも、突撃したのと同じように近づくことが許されない。
説明を要求された傍から攻撃を仕掛けた手前どうしようもなかったが、雅紀が対話を持ちかけたため、これ幸いと思って乗ったのだが、どうしてか隠していたことが次々と暴かれていく。口を滑らせたわけでもないのだが、確信を突くような質問が投げかけられ、完璧な社交用の笑みなどものともせずに反応から真実を見つけてしまう。
情報を吐きだすだけの状況を逃れようとして、逆に聞き返したところ、結果として戦闘態勢に入られてしまい、どちらに転んでもどうしようもなかったと後悔する。初めからこの場を後にしておけば良かったと今更に思う。
雅紀が動き出した以上、対話で穏便に済ませるという選択肢が無くなったわけであり、ここを切り抜けるのに力を温存しておくのは意味がないことを理解する。この後の宗教活動に取っておきたかったというのが本音ではあったが、仕方がなかった。
杖を構えたことで、騎士たちの表情は多少とはいえ明るくなる。こちらも今まで隙を見せていたのに攻撃無かったのは、相手の攻撃方法が遠距離では大したことはないことの証だととらえる。たとえ多少の威力があろうとも、宣教師として選ばれるだけの実力を持つ魔法使いの障壁を超えられるとは思えない。この街の冒険者ギルドでは相手にならなかったのだから、実力者のほとんどが出払っているこの街にいるのだから大したことはないという情報も説得力を持たせる。
小手調べしてもどうしようもないと、実力者であった冒険者を治療施設送りにした工房一体の技を繰り出す。
手を出したことを運のツキだと思え、とでも言いたげな顔が障壁越しに雅紀の視界に入り、どいつもこいつも本音と建前だらけでイライラする、とまで吐き出す。
煽るために振っていた手を上に掲げ、騎士たちの視線を集める。
「詳しい話は後で」
そのつぶやきと同時に、いつの間にか握られていた剣が振り下ろされる。




