デュクスの騒動13
「実験開始」
朱莉のつぶやきと共に地下空間が光に包まれる。その光は床や天井に当たってはそこを黒く焦がす。
そんな光が避けようもないほどにあふれる。エミールも投げ飛ばされていた特別製の檻の陰に隠れるも、膨大な熱量によって熱された空気が襲い掛かってくるとともに誘拐した液体の鉄と共に光線が貫通してくる。
体の大半を損傷したエミールはこれまでと同じようにその姿を消し、その傍に即座に戻って来る。そのわずかな時間ではあったが光は撃ち尽くされたようで、出落ちすることにはならずに済んだ。今の無差別攻撃は倒れていたボディガードごと焼き払ったのかと見てみれば、そこだけは焦げ跡が残っていない。
そこに逃げ込めば助かったのかと悔しげな顔になるが、そのようなことに時間を使うことは許されない。朱莉が刀を地面から抜いたかと思えば、康太が握りこぶしを振り下ろす。康太の腕の射線上にいることに危機感を覚えて咄嗟に横へと飛ぶが、無意味だとでもいうように地面に叩きつけられる。
瞬間の出来事ではあったが、頭から始まって肩、背中、脚の順で痛みを感じたということから、上から押さえつけられたということを理解する。しかし残念ながらそれが分かったところで、力の檻から抜け出しようがなく康太の掛け声と共に更なる痛みを覚え、視界が変わる。
今度はこの短い間では解けなかったようで、視界が変わった瞬間から力で押しつぶされそうになる。なんとか耐え抜くものの、それだけで精一杯となる。康太もこの状態を維持するのに集中しているようで動きはなく、朱莉も何かを考えるように目を閉じている。
上からのしかかってくるものを耐え続けるだけの時間が過ぎ、そろそろ限界を迎るかというところで朱莉が何かを伝えたようで襲い掛かるものがきれいさっぱり消え去る。かかった負担を表すようにエミールは膝をつかずにはいられない。
それを見ながら、朱莉が再びあの声で話し出す。
「実験項目その一、地下空間内に逃げ場がないように攻撃。結果、死亡確認できず。考察、魔道具の能力は幻影系ではない」
人を見るのではなく、物を見るような視線と事実を淡々と述べる口調。
圧倒的に有利な立場にいるはずのエミールだが、それを向けられてからというもの冷や汗が止まらない。このままならば、いつか追い詰められてしまうのではないのか、そんな疑惑が現実味を帯びて来るも、そんなことはない、と頭から追い出す。
これからどうしてくるのかと思っていると、朱莉の手元が霞み、またしても視界に映るのが天井だけとなる。
「リセットです。実験は同じ条件で行われなければ意味がありませんから。さあ、次にいきましょう」
刀身が異様に伸びている刀を携え、朱莉が至極真面目な顔をして告げる。
そこからは朱莉主動でことが進められていった。
「実験項目その二、意識外からの攻撃。結果、死亡確認できず。考察、発動条件は自動化されていると思われる」
「実験項目その三、発動条件の確認。結果、命の危機となると発動。考察、生命活動が危ぶまれるレベルに達するとともに発動し、新しい身体が現れて元の身体を廃棄。なお、その際に感覚は残っている模様」
「実験項目その四、魔道具の特定。結果、所持しているものすべてを破壊しても発動。考察、その魔道具は所持していなくとも発動可能」
「実験項目その五、身体の出現位置の特定、及び実験項目その六、発生までのタイムラグ。結果、元の身体を中心として十メートル、時間については特定できず。考察、出現位置は術者の意思により、時間は振れ幅が広かった。訂正、発動条件を満たさずとも意思によっても発動可能」
「実験項目その七、……」
……
…………
「実験項目その二十、……」
………………
……………………
「実験項目その三十六、情報次元からの攻撃。結果、死亡確認できず。考察、攻撃方法で区別しているわけではない」
「実験項目その三十七、情報次元に見られる揺らぎへの干渉」
その実験も回数が重ねられていき、中には気になったから試してみたかっただけのように思える項目もこなし、このままいくと二桁も折り返すことになるのでは、と思うようになった頃。各実験で少なくとも一回、統計的な情報が必要なときにはそれ以上の回数、合わせて三桁を超えるだけの臨死体験することになった。しかも、ご丁寧に毎度毎度攻撃方法に違いを持たせて来るあたりが何とも言えない。
もちろん途中でボディーガードが起き上がって襲い掛かってくることもあったが、同じように躊躇いの無くなった康太に叩き戻される。何度も繰り返していくうちに、このボディーガードもエミールと同じような効果を持つ魔道具を所持していることに気付いてからは、保護するという意識が抜け去って手抜きになり始めた。
繰り返される死の体験の中、意識を保ち続けられるエミールを素直に称賛したくはあるが、ここで意識を失ってくれれば本体探しに行けるのに、と煩わしくもあった。
そして、繰り返されること三十七回目。その回の攻撃で見られた結果は今までのものとは違った。
一つ前の回で情報次元を覗き込んでみたとき、雅紀ほど深くは読み取れずとも見ることにできる部分に違和感を覚えた。とりあえずは宣言通りに魔術で身体に干渉して結果を出し、今回、その揺らぎにだけ注目することにした。
干渉するだけであって攻撃したはずではなかったのだが、エミールの身体がぶれる。それは一瞬の出来事だったが、ぶれた影響かエミールの片腕が消失する。その身体の持ち主であるエミールだが、ほんにっはそれどころではなかったらしい。
周りを何度も何度も見渡している。見渡して内に朱莉と康太を視界に収めたのか、そちらを向いてこれまでに見せたことのないほど感情をあらわにする。
「…何をした」
これまで見せたことのなかった感情を込めて投げかけられた質問だったが、それに対する答えは新しい視点のプレゼントだった。
今日初めての感覚と共に新たな視点を手に入れたエミールにいの一番にお祝いを持ってきたのは康太であり、その手にはこれまでに見たことのない武器が握られている。この世界では平均的な身長のエミールよりも大きい康太、それが担ぐように構える巨大武器。
豪、と風を切りながら迫ってくる巨大な剣を避けるように動くが、その剣はそれを追ってはこない。先ほどまではいやらしいまでに動きを阻害する刀を受けていただけに、康太の力任せの一撃を余裕をもって躱す。むしろ、その動きをあざ笑い、今日溜められたフラストレーションを晴らすために康太の腹目掛けて動く。
この一撃、反撃の狼煙にさーープツン
ここ数年毎日味わっていた感覚で切り替わった視界には、光り輝く刀が迫っている。何が起こったのかわからないまま、初めと同じように光の奔流に飲まれる。
残身を解くとともに、ここのところずっと握っていた光の剣を返還する。真剣を用いての実践は数が少なく、修正が必要な点もいくつか見つかって良かった、と終わったかのように体をほぐしている。
それをエミールも見て取れたようで、忌々し気に睨みつけている。そこには先ほどまでの余裕はなかった。
「…まだ終わってない。何をした」
またも質問に答えることはなく、康太に手を伸ばして太刀を受け取って返還する。
「この太刀、何だ?」
使ってみて手に馴染んだのか、康太が食い気味に尋ねている。
「布都御魂。モノを切るわけではないのでぴったりだと思ったのですが」
「そりゃまた大それたもん呼び出したな。また使いたかったが、やめといたほうがいいな」
「そんな目で見ないでほしいですね。さて、実験項目その三十七、情報次元に見られる揺らぎへの干渉。結果、魔道具の切断に成功、及び追跡の完了。考察、ではないですね。もう纏めましょう」
朱莉がエミールを指さして宣言する。
「あなたのが使っている魔道具のもたらすものは不死身などではありません。ただ遠距離で動かすことにできる魔力人形にすぎません。違いますか?」
突き付けられたエミールの顔色の変化は見事なものだった。
青へ、そして、赤へ。
見破られたことに愕然としたようだが、すぐにその表情は笑いでかき消される。
「ハッハッハ、まさか見破られるとはね。ククッ、ええあなたたちの言う通り、今の私は人形にすぎません。お見事です、これまでに見てきた中で初めてですよ、これに気付くのは。ですが、それがなんだというのですか」
吹っ切れたようで余裕を携えた笑みを取り戻すエミール。
「ここにいる私は魔力人形、消えてしまえば証拠など残らない。そうすれば、私は捕まるはずもありません。まあ、あなたたちが暴れてくれたせいでここはもう駄目でしょうね。そこのボンクラを切り捨てて、また別の方法でやらせてもらいますよ」
「逃がすつもりはないんだが」
「どうやって」
「魔道具を使えなくする」
「どうやって」
同じセリフなのだが、その裏には緊張が走っているように感じられる。
「残り三百。どうでしょう、当たってますか?おや、その顔は当たりですかね、私の勘も冴えてますね」
「いや、どう考えても勘じゃねえだろうが」
「まあ、実験で得られたデータに基づいてますが、それっぽいではないですか。ということで、仕上げといきましょう」
そう言って宙から光る本を取り出して開き、そのページに朱莉が手をかざせば刀が現れる。康太も走りながら魔力を身に纏い、服の上から鎧に身を包む。
正面に構える二人を警戒するも、エミールを襲うのは強烈な頭痛。その痛みに呻き、再び目を開ければ視界が変わっている。毎度のことながら動きを見せないままでの攻撃の多様さに苛立ちが隠しきれない。
そして、このときにエミールの行動が決定づけられた。朱莉のが首根っこを引きずっているのが見え、ボディーガードを盾にでもするつもりかと思えば、力なく運ばれているのがどこからどう見てもエミールそのものであった。
それを見たエミールの顔を見ながら満足そうに言葉を突き付ける。
「はて、証拠がない?何のことでしょうね」
「なっ、どうして」
「何でもかんでも聞いてばかりではどうしようもありませんね。まあ、これがあれば後はどうにでもなるでしょう。どうしようもないとわかった時に逃げればよかったものを。私たちを排除すればどうにかできるとでも考えましたかね」
「つぎ込んだ金が勿体ないっていうタイプか、失敗する奴の典型か。てか、逃げたとしてもそのときの身体を確保するつもりだったがな」
「どちらにせよ、原理がばれた時点でおじゃん、でしたね」
その言葉を皮切りに動き出す。どちらも冷静に終わらせようとしているようで、その攻撃は一撃でエミールの魔力人形を停止に追い込むか次の動きを封殺する。どちらも一人で相手にしていたときよりも速さは落ちているのだが、重さと技が輝いている。
確実に残機を削られ続け、新しい魔力人形に移る際のタイムラグや発生位置を調整して撒こうとするのだが、確実に回り込まれてしまう。さらには、意識外からの攻撃で自動発動した時には再び確実に意識外からの攻撃で決めてくる。どうにかして自動発動をずらさなければ、嵌め続けられることになる。
それを可能となるのは、これまでの実験で得られた結果があってこそ。一見、それぞれの回の目的しか調べていないようだが、それに影響を与えない点でのデータも集めていた。
自動発動。それは人の負担を減らす方法ではあるが、それと同時に必ずどこかの局面で弱さが姿を見せるのである。
自動発動の封殺に加えて、駆け引きで追い詰められたエミールはどうすることもできず、絶え間なく襲い掛かってくる拳と斬撃の嵐の中に身を置くしかなかった。




