デュクスの騒動5
目標は獣人の子供たち。
動いているのがここにいる覆面だけだとは思えない。ならば、他に考えられる場所は何処か。
拉致か抹殺、どちらが目的かはわからないが、目的が分かれば向かうべき場所が分かった。孤児院とスラム街。
一般市民の中にも獣人はいるが、その家族がいるだろうからそちらは任せるとしても、孤児院とスラム街は壁が薄い。孤児院は普段ならば魔法を身に着けている教会関係者がいるのだが、あいにくとそういう人に限って緊急の討伐に向かってしまっている。
スラム街はいつだろうと関係なく周りから見放されてしまい、助けが求められない状況になってしまっている。そこに悪意あるものが入り込んでしまえば、ロクな未来が待っていないだろうことは明らかである。
情報を吐いたところで覆面を放す。放すといっても解放するわけではなく、手から離して意識を飛ばす。バチバチといい音を静が手から鳴らし、雅紀がこれでもかと覆面たちを地面に括り付ける。関節という関節を地面から盛り上がった輪で固定し、動きを封じている。
うずうずとしている康太を見て、雅紀が言う。
「ここは俺が守ってるから行ってこい、康太」
「応、任せた。朱莉、頼む」
何を、とは言わないが、以心伝心である四人にはそれで十分だった。
康太が走り出した後に朱莉も続く。静は雅紀に付いていようかと思っていたのだが、
「一人で大丈夫だって、俺の魔術特性は守りに向いてるしな。それに、スラムの方からの嫌な感じが拭いきれない」
と、雅紀に言われてしまっては朱莉たちのことを放っておくことはできず、う~、と唸りはしたものの、
「もう!帰ってきたら覚悟しててね!!」
と、言い残して先に行った二人を追いかける。
覚悟しろ、と言われた雅紀だったが、そう言っていた時の静の態度からして、どうなるかは予想が付き、こりゃどうしたものかと寝そべっている男たちを前に座りながら思うのだった。
子供を相手にして非合法組織が動いていることを知る。それで、行動が変わるわけでもないが、心のどこかにあった遠慮というものが消え去ったのは確か。次に見えたときが最後だと思え、そういうことである。
街の中央から逃げ惑う人の叫び声や、なにかが崩れるような音、それをどうにかしようとしてあげられている大声が聞こえてくる。煙が上がっているのが多くの人の知るところとなり、パニックはより加速して広まってしまったのだろう、非常に大変なことになっている。
それを耳にしながら教会からスラム街へは街の外周へ向かって進むわけであり、外周部は昼間しかやっていない店が多く暗闇に包まれている。
はずだった。
スラム街の上空も微かに白みがかっている。それが街の中央から流れてきたわけではないのは、中央の上空の風の流れを見れば明らかだった。
白みがかっているということは、中央市街地で煙を吹き出しているものと同じものがスラム街にも置かれているという可能性も否めないが、それではどうして今になって見えるようになったのかが説明できない。
暗い中、光がほとんどない場所で昇る煙など気付きようがない。
どうして見えるようになったか。
簡単なことだった。光源を用意すればいい、下で火を焚けばいい。
そこまで理解すれば何が起こっているかが嫌でもわかってしまう。スラム街が火の海に沈み始めていることが。
スラム街を蔑視している人が助けるわけもなく、そうでない人でもあの入り組んだ場所に助けに入り込むことはできないだろう。助けるには広まりつつある火を抑え込むしかない。
白い煙が上がっているということは、水分を含んだものがしっかりと焼けているということ。つまり木材が完全燃焼している証である。火事が広まってしまえば、広範囲での燃焼のせいで酸素が不足し、煤が出るようになって黒い煙が上がってしまう。白い煙が出始めたばかりならば、火は広がっていない。
今なら間に合う、そう思って急いで街中を走り抜ける。道を走る程度のタイムロスも惜しく、またしても街の人の家の屋根をお借りする。エリンエルの街よりも屋根の高さが揃っていたり、材質的に力を入れても大丈夫だったりと走り易かったのが正直な感想ではあったが、それを誰かに伝えたところで役に立つとは思えないのでお蔵入りにする。
エリンエルの街では関わらなかったスラム街だが、何処の街にも大きさはバラバラだが出来てしまうらしい。この街は一か所に集めているが、それがスラム街内でネットワークを作らせるためなのか、商人の街としての見かけのためなのかは、明らかに後者の目的の方が大きいのだろう。しかしそれでも、この世界の命の重さからしてみれば、魔物を始めとする外敵から街を守るための壁としないだけましなのだろう。
逃げ出す人とすれ違うことなくスラム街の中へと入る康太と朱莉。二人は二つのことに意識を割いていた。朱莉は久しぶりに全力で眼を使い、スラムにいる子供という子供を見つけ出し、それに近づこうとする輩の排除に回る。康太は見ることに意識を集中させている朱莉を抱え、火の元へと向かう。
別のところを見ているためか、朱莉の身体は力なくだらりとなっているが、そこは康太がしっかりと抱えて走っている。女の子ならば誰もが憧れるだろう抱え方なのだが、身長差ゆえに意識の危ない子供を抱えている父親に見えなくもない。
スラムの細道がぎゅうぎゅうになりつつあるのを見下ろしながら、先ほどよりも明るくなった中を走る。下にいる人たちは逃げるのに精一杯のようで、火を消すという意識はないらしい。無いというよりも、それが出てこないほど出火元はやばいのかもしれない。
こんなに人が居たことに驚きながら屋根から屋根へと飛び移り、時には壁走りをする羽目になりながら煙の最も濃い場所までたどり着く。スラム街の中でも中央、外の人間がほとんど足を運ばない領域だろう。この街の役人や衛兵でさえもその現状を知らないような場所。要は、裏組織が根を張るのにちょうどいい場所なのである。
そんな深い場所に上から近づく。非合法組織だけあって人の気配には敏感なのか、康太が地面に足を付ける前に見つけ出して攻撃を加え始める。康太も朱莉も雅紀作の改造コートを着ているわけだが、真剣が当たり前のこの世界で攻撃を受け切って反撃するなどという悠長なことはしていられない。
攻撃を弾き飛ばして、できた隙にぶん殴る。
初めは当たり前のように投げナイフが飛んでくるが、一人を抱えているとは思えないような滑らかな足さばきで一人に近づき、剣を抜こうとかけた手ごと抜け切れていない剣を吹き飛ばし、がら空きの胴に蹴りをかます。いい音を立てて建物の壁にめり込む。一部深く嵌ったのか、間抜けな格好で意識を飛ばす。
一人、二人と壁際に横たわる人間を増やしていくが、放火魔たちもただ見ているわけのはずもなく、仲間を呼び集めて囲み始める。朱莉はまだこちらの戦いに介入するには至ってないようで、康太は変わらず一人で対応しなくてはならない。
康太は静や朱莉のように範囲で攻撃する術が少なく、そうするにしても腕が必要であり、今繰り出すわけにもいかない。脚捌きで敵の攻撃をかわし、一人ずつ沈めていく。敵の攻撃も増え始め、斬りかかろうとしてくるものは避けるのは容易いのだが、飛び道具も増えてしまい、回避に時間がとられて敵を減らすのに時間がかかるようになる。
結果、集まってくる敵の方が上回り始め、どんどん窮地に押し込まれていく。魔術も全力で使っているのだが、思考をそれほど割けるわけでもなく、得意としている魔術だけで対抗している。そして、その魔術が一方向のみに対してならば追随を許さないのだが、現状を打破するには至っていない。
敵の追加も限界を迎えたのか、弾幕も徐々に薄くなる。しかし、ここで初めてそれに交じって魔法が飛来してくる。
いつものように弾こうと体を動かしていたところを無理矢理に次の動きに繋げ、急な体勢変化の負荷を味わい、壁代わりにと敵を蹴り飛ばす。ちらりと見てみれば、レンガのような建材がほとんどだというのに火が広がり始めている。まわりの黒ずくめたちも、親分が来たような反応を示している。
燃えるものがないスラム街を燃やす親分魔法使い。この騒ぎを起こした元凶を見つけたとばかりに、康太の動きが早まっていく。弾幕を避けるのにも朱莉を支えた態勢にも慣れ、攻撃にキレが戻り始める。
当たったらただでは済まない魔法も混ざった底の見えない弾幕の中、同士討ちを誘うようにフェイントも織り交ぜ、翻弄し始める。魔法使いも連射ができない様なので、魔法が撃たれるときに交わした先を乱すように動く。
しかし、速く動き続けてしまい、ここで一つミスを犯す。フェイントで体を捻る際、これまで以上の遠心力のせいで朱莉の腕が固定から外れてしまう。フェイントということで攻撃をかなり引き付けており、外れてしまった腕に攻撃が刺さりかねないことになる。幸いなことに魔法は飛んできていなかったが、雅紀製のコートを突き抜けて傷つけてしまう、というもしもを考えずにはいられず、その対処に回る。
自分に向かってきている剣のほとんどは纏う魔力を分厚くすれば済むが、朱莉は無防備であり、康太がカバーしても何本かが危ない。腕を掴むために前進し、視界内の迫りくる短剣を魔術で弾き飛ばす。
視界内にあった飛びナイフはそれで対処できたが、その後ろに重なっていた飛びナイフ。康太の視界には絶妙な角度で隠れ、魔法使いの杖に気をとられて見逃した一本。前を飛んでいたナイフにぶつかって飛び具合が変わる。
柄に魔石が嵌められた一本のナイフの魔道具。体を前に倒し気味にしているため、後ろには避けられない。体を反らしたところで身体の近くを通ることになり、そこで爆発でもすれば大怪我は免れない。自分をどかすために、最終手段としての自爆を実行しようとしたが、瞬間だが感じた魔力を信じて身体を限界まで反らす。
魔法使いが表情を崩し、お代わりとばかりに魔法を撃とうと杖を振り下ろそうとする。黒ずくめの中には康太の近くを飛んでいる魔道具に覚えがあるのもいるのか、顔を覆い隠そうとしている。何も知らない下っ端は魔法使い同様に喜色を浮かべる。
そして、微かなきらめきを残して何も起こらない。
「おー、世話かけんな」
「まったく、女の子の身体に傷つけるのはダメなんだからね」
スラムの空き地に影が落ちる。




