デュクスの騒動1
ここのところ続いた大雨の影が嘘のような快晴。
カーテンを開けて窓を開け、降り注ぐ日光を部屋の中へ取り入れて欠伸を殺しながら伸びをして頭を起こす。目を閉じていても肌でわかる太陽光。今日は久しぶりにいい日に……
ガタッゴトッガラガラジャリ
バタンッ
何やら聞こえてきたものは夢の音だとばかりに窓を閉め、カーテンまで閉め直す。もう一度、と欠伸を噛み殺すところから始めて窓を解放する。今度は乾いて心地いい風も部屋の中を駆け巡る。
ヒヒンッグワッギャースカ
ドンッ
「なんで、こう、いい朝が来ないんだ……」
窓を開ければ入ってくる音に、膝から崩れ落ちて窓枠に当たってしまうのだった。
「なーんで、爽やかな朝が来ないんだろうか」
「そんなこと言ったら、人の居ない農村くらいしかそんな朝来ないでしょ。そこだって毎日そういうわけじゃないんだし」
「ここよりも爽やかならそれでいい」
「はいはい、そんなこと言ってないで手動かして。止まってるよ」
愚痴らずにはいられなかった朝、起きてきた静の髪を整えるを手伝う雅紀。促されて動き始めたその手は、人よりも長い静の髪をハーフアップで纏める。普段は髪の先の方で纏め、食堂での仕事中は衛生面でお団子に纏めていたため、髪を広げるのは久しぶりのことだった。長い髪をそのままにするのは乾いた日の方が過ごしやすかったこともある。
髪を纏めてもらったことに嬉しそうにし、お返しとばかりに雅紀も座らせて髪を整える。遊び半分で雅紀のいろんな箇所をヘアゴムで止めてみては、「これはこれであり」と不穏なことを肩越しに呟かれることに関しては、素直に外してくれることをお願いするしかなかった。結局はすぐに髪を解いてもらうことができ、寝癖をせっせと直してもらうことになるのだった。
朝一番の程よい温度の風が流れてくる窓からともに流れてくる音をBGMに、朝ごはんを食べる。机に並べられた皿には見慣れた料理が並んでおり、食生活においては困りごとがないかのように見えたが、どうしてもこの世界ではうまくいかないことがあった。
それは食品の生食。流通方法が限られているために、生食しても平気な新鮮な食品がほとんどで回らないのである。街に流れてくるのが周辺の街で採れたてと言っても、運んでくるまでが短時間とはいえ常温が基本となってしまえばそうはいかない。
故に、苦労して醤油を手に入れても、朝食の代表格TKGや生食の代表刺身を口にできていないのである。卵、この際は鶏でなくても構わない、を直接買い付ける農家と港町を探さねばと、白米と醤油を見るたびに思っている。
それは置いといて、外から切羽詰まった声が響いてくる中食事をとるのは、通勤ラッシュ時に駅併設の食事処で飯を食べている気がして何とも落ち着かない。それでも聞こえてくる話にときどきまともな情報も紛れているのだから、シャットアウトしてしまうわけにもいかない。
「やっぱり昨日のあれかね」
「そうじゃねえか。商人も馬車が襲われでもしたら大惨事だからな、そっちを通らない道を選ぶか安全になるまで待つか」
「それに待つと言ってもただ待つだけじゃなくて冒険者を嗾けているみたいだよ」
「どうする?俺たちも冒険者として働くか?」
「とりあえずギルドの方に顔を出して情報を貰わないと何とも言えませんね。聞こえてくるのも、どこに何が出たというほんのわずかな情報だけですから」
「ま、慌てて動いていいことはねえわな。のんびり飯を食べようぜ、慌てて食べるなんて勿体ない」
食事のときは食事に集中。その精神で今日の朝食も美味しくいただき、これまたのんびりと冒険者ギルドに向かう。
流石に緊急時だということを理解しているので、この前のような薄着ではない。今回は積極的にかかわる気にもなれなかったので、戦闘用の服ではなく目立たないローブを着ている。案の定、冒険者ギルドは人であふれかえっている。情報が広まったせいか、昨夜よりも押しかけている人が増えたのだから当たり前と言えば当たり前だが。
この分だと商業ギルドも出入りの商人が詰めかけていそうだと、両ギルド職員に同情したくなるような忙しさだった。我先にと商人が受付に駆け寄り、冒険者たちはギルド内で待機している。地竜が出たことを受けてすぐさま他の依頼の受注を停止したようで、依頼板は空となっており冒険者は待つしかない。
商人は護衛を雇おうと受付に駆け寄ることに躍起になっているが、ギルド職員がそのたびに声を張り上げてその旨を知らせている。商人の中にも街道を塞ぐような問題を経験したことのある者もいるようで、その時の対応を知ってか冒険者と同様に待つ方に回っている。ごくまれにそれを待つのに疲れたのか、ギルドを通さずに冒険者を雇おうとしてギルド職員に止められているのもいた。
ギルドホールが埋め尽くされるかどうか、雅紀たちが来てからはそれほど時間を置かずにギルドマスターが姿を現す。隣にはガタイのいい男が立っており、何かを話しながら階段を降りようとして人の数を見て、諦めたのかそのまま二階から声を響かせる。
優男に見えたギルドマスターだが宣教師たちがギルドが暴れたときのことも思い出す。あの時見せた口調を始めとした片鱗を思えば、あの裏には何かを抱えていいるように思える。声は見た目通りの声質なのだが、それを聞くと流すことができないらしく、詰めかけていた人間の頭が一斉に回るのは見ていて面白かった。
入り口付近で待機していた雅紀たちは、残念ながらギルドマスターの声が途切れ途切れにしか聞こえない。ギルドマスターも声を張り上げているのだろうが、それに反応する声のせいで距離が空けば空くほど聞こえなくなる。
積極的にかかわるつもりもなかったので聞くのに頑張ることはなかったが、この件によって今後の活動に影響があるのはわかっているので最低限の情報が手に入るまでは待つつもりでいた。話が分からない待つのもつまらなかったが、他の冒険者の持つ装備がどれほどなのかをじっくり観察するいい機会ではあったようで、気になった魔道具を見つけていた。
そうして同業者を観察していると商人がギルドから退出し始め、続いて若手の冒険者もその場を離れ始める。残念そうにしていた冒険者の話を盗み聞けば、地竜討伐に関われるのは戦闘力の面からしてCランク以上と指定されてしまったらしい。そうなれば雅紀たちもランクを上げていないので関われるはずもなく、ギルドを後にするしかない。
やるべきことが無くなってしまい、暇を持て余してしまう。仕事をするにしてもギルドがあの状態であり、家で作業するにしても新しい材料を買いに行かねばならないが商店が空いていない。孤児院も昨日顔を出したばかりでなんとなく行きづらい。
どうしたものかと思っていると、ギルド出てすぐの店、雅紀たちがここ三日ほど手伝いをしていた食事処がいつも通り開いていた。手伝いを頼まれなかったということは店員が戻ってきたということなのだろう、気になって顔を出すことにする。地味に、賄いを自分たちで作ってばかりで店の料理は二皿三皿しか口にしていなかったことに気付く。味の調査も目的だったのだから、失敗もいいところである。
まだ開店には早い時間なのだが、中を見たところ準備も終わっているようで既にいくつかの机が埋まっている。ならばお邪魔しても構わないだろうと店に入る。開けた扉が来店を告げる音を鳴らし、店のホールと厨房からの、いらっしゃいませー、という歓迎の声とともに店員がやってくる。
「いらっしゃいませ、お席に案内します」
ここでアルバイトしていたときに見た覚えのない顔だったので、本来の店員なのだろう。給仕服は見慣れたもののはずなのだが、あのはっちゃけたと言える性格のリシィが着ているのとは印象が大きく異なっていた。あの性格だと感じられなかったものが溢れている。
「おー、昨日ぶり、元気してた?今日は客なんだ」
「リシィ、お客さんに失礼よ」
「いいんだって、私はこういう性格って知ってるから。この子たちは昨日までうちに入って貰ってたのよ」
リシィが注文を取りに来るが、そこで成されたやり取りを聞いていた店員が窘める。窘めている店員を見れば、これがいつものことであるのは見てわかる。仲良くなれば気軽に話しかけてくれるリシィの性格も好かれるのだろうが、異性にもてるというよりも友人ポジションに近い。窘める店員とリシィを見ていると、同じ服装なのに印象が違うのがはっきりとする。窘めている側の女性の方が持てるのだろうなぁ、と眺めていると、リシィが反応を見せる。
「何よ、その可哀そうなものを見る目。あ、さては、私よりもこっちの方がモテると思ったね。違う、と言えないのが痛いな。どうやって見つけたものか…、…どうやったの?」
「俺たちに聞かないでくださいよ。幼馴染と言えばわかるでしょう」
「あー、無理無理、そんな奴いないって。…まあ、職業柄そういうわけにはいかないんだけど」
「何か言いました?」
「いんや、何も。で、今日はどうしたんだい。ギルドはバタバタしてるみたいじゃないか、そっちはいいの?」
「今日は客ですよ、ここの料理食べてなかったことを思い出したので」
「彼女の方がうちのコック長より料理が美味しいのに?」
「まあ、たまには。これとこれ、あとこれを大皿でお願いします」
注文を受けて厨房に入ってすぐに一皿持ってくる。仕上げがほとんどいらないものはすぐに出てくる。働いて知っていたので、そういうものを一皿混ぜておく。
「ほい、それでギルドの方は?地竜が出たって大騒ぎになってるみたいだけど」
「ギルドで討伐隊を出すみたいなんですけれども、Cランク以上らしいので俺たちは関係ないです」
「へー、勿体ない。あんたたちそれなりにやるんでしょ」
「そんなことはありませんよ。あっ、ありがとうございます。というか、分からないでしょうそんなこと」
「おっと、ここはギルド前だよ、出てくる奴の服見れば、って呼ばれてる。じゃあ、また後で」
他のテーブルの客の声を拾ったのか、その場を離れていく。気が付けば、料理も全部そろっている。昼食には早いが、この世界の料理研究ということで手を付ける。調理法自体は少ないが、味についてはこの世界の素材に慣れている料理人から学ぶことがあったようで、レシピで材料だけを知ることになってもやもやしていた部分が晴れるのだった。




