判決
予想だにしていなかったカナックの乱入のせいで、エミールは考えていたように物事が進まない状況に歯噛みしていたが、それを見せてしまえば、弱みとして付け込まれることになってしまうため何とかこらえる。こらえながら、一刻も早くこの状況を切り抜けるために頭を回す。
目を付けて考えていた、自分の女として囲うことは諦めるにしても、自分が罪をでっちあげて人を貶めているということが広まってしまうことだけは避けねばならない。エミールはそう考えて頭を回転させる。実際は、確たる証拠がないだけで裏ではやっているのではないかとまことしやかにささやかれてはいるが、証拠不十分という現状と貴族という立場によって問題にならずに済んできた。
しかし、今回は同じ貴族、しかも兄という立場が上の人間が介入してきてしまったため、貴族という立場を利用できず、今後の行動に大きな制限がかかってしまう可能性が出てきてしまった。それを避けるための、冤罪工作の証拠の抹消だけはなさねばならなかった。
「ですが、冒険者を商人と同列に語ることはできないでしょう?信用というものがものをいう世界である商人ならば、ギルドが保証すると言ってもいいでしょうが、冒険者はそうはいかないでしょう。荒くれ者どもですよ」
「確かにそういわれてしまうと言い返せない。が、そう言い切れない部分もある。この者たちの依頼履歴を見せてもらったが、この街への護衛依頼では何の問題もなかったそうだ。依頼者である商人も満足していたらしい」
「仕事中と街中では違うものなんでしょう」
「その商人がエリンエルでも名の知れた商会主だったとしてもか?」
経歴のしっかりとした商会主から保証されるとなると、冒険者として荒くれ者とひとくくりにすることが厳しくなる。もちろん、仕事中とプライベートで言動が正反対の例がないわけでもないので、そこを強く主張していればつつくこともできるが、ならば他の点で考えることにしようと、どちらにせよ新しい証拠を求められることになるだろう。
ほぼ完全に背景と化している雅紀たちではあるが、話を聞いているだけでなかなかに情報が入ってくるのでその整理に回っている。犯罪捜査においてのギルドのもつ影響力や手順を知ることができるのは僥倖だった。機密というわけでもないが、それを記したとしても求める人が居るわけでもなくよくわからない点がいくつかあったのである。そしてその内心は、貴族ともなると依頼の履歴までも開示されてしまうのか、個人情報よさらば、というものだったりする。
「これはごねられりゃそれ以上は言えんからな。他だ、他の証拠を言ってみろ」
エミールの考えていることを的確に刺していく。尋問に慣れている様子のカナック。
「……」
「どうした、黙ってないで言ってみろ。ん?ああ、そういや連れてきたんだったな、何時までも待たせておくのは悪いし入ってもらえ」
入り口付近にいた衛兵に指示を飛ばし、この部屋に入ってくるときに廊下に待たせたままにした男を招き入れる。その男は雅紀には見覚えのある顔だった。店に入った時、購入しようと店員と話したのが雅紀だけだったので静たちには見覚えがなかった。雅紀側はそう思うだけの余裕があったが、連れて来られた商人は顔を真っ青に染めて荷物を抱えて全身をぶるぶる震えさせていて、雅紀たちを見る余裕はない。
「そもそもの話を確認するが、この者たちが大量の鉛を購入したのを知り、鉛が毒だということを知っていたお前はもしやと思って衛兵を差し向けた。これで間違いはないな」
「…ええ、そうですよ」
自分が不利になるような言葉がないことを確かめるようにして、一拍置いてから答える。
「なら、鉛の量については確認したのか?大量殺人したならその分は減っているはずだ。お前の調べだとどれ位なんだ、人を殺すのに必要な鉛は」
「鉛は飲んですぐに死ぬわけではない。飲んでしばらくすると体調を崩し、そのまま死に至る。どれ位かは詳しくは現在調査中です」
「ッチ、使えん。まあ、いい。済まんが今所持している鉛についても聞きたい、ってこの金属か。多いな…」
言葉の途中で雅紀が指さしたインゴットの山に視線を向けて、やはりか、と零す。
ついで傍に置かれていた羊皮紙に書き記された数字を見て、それがそれぞれのインゴットの重さを示すものであることは理解したのだろうが、体積を記したものには首を傾げていた。同じ家で育ったのならば弟のエミールが知っている話を兄のカナックも知っているものだと思ったが、見た目通りに体育会系でそういった方向には興味がないのかもしれない、と雅紀たちは思う。
羊皮紙の下に書かれた数字を見て総重量を把握したところで、ようやく連れてきた商人に話を振る。
「先日、この者たちがそちらの商会で購入した金属の量を教えてもらいたい」
「はっ、はい。そちらのお客様、お名前は……」
「マサキ、だったと思う」
「マサキ様、はい、こちらですね。ハニ火山産の鉛鉱石を50キログラムとニム火山産の鉄鉱石を100キログラム。それと屑鉄を金貨一枚分で、金額の方は…」
「いや、量だけで充分だ。協力感謝する」
帳簿を読んでいる間は忘れられていたのだろう状況に、感謝の言葉で引き戻されて、再び震えだす。自分が捕まったわけではないとわかったのだろうが、衛兵に囲まれるということは心臓によくないことらしい。
「量だけといった手前で悪いんだが、その鉱石から取れる金属の量を知っていたりはしないか?」
「ハニ火山の方は質が良いと有名ですので、上手くすれば8割はいくかと。ただ、ニム火山の鉄鉱石は当たりはずれの差が大きいので、詳しくは何とも…。申し訳ありません」
「いや、気にする必要はない、鉛の方が分かればそれでいいんでな。で、これによるとインゴット21本合わせて42キログラムと飛んで100グラム少し。こりゃもう、買った鉱石分の鉛はここに全部あると言ってもいいだろ。まあ、いつの間に精錬していたのかとか、ここまで腕のいい鍛冶師がいたのかは気になるところだが、そこはこの際は良いだろ」
「で、ですがこれが全部鉛だという保証は…」
「いい加減にしろ、エミール。冤罪で引っ張て来てしまったのを認めたくないのはわかるが、だからといってごねて時間をかける方が迷惑をかけることになるのだから潔くなれ。それにそれを調べるためのこれだろうに」
何をしていたかを見てはいなかったはずのカナックだが、どういう理屈かを理解しているかはわからないが、机の上に置かれているものから何をしていたかの予想はついたらしい。桶を弾いて水面にきれいな波紋を広げる。
「一応、市民から彼らの居た部屋から閃光が見えた、変な音が聞こえてきた、窓がガタガタ動いていたと通報が来ていたんですが、それは?」
「別に被害が出ていないならそれまで、できたとして厳重注意だ。というわけでこれからは周りの迷惑にならないように過ごしてくれ」
「「「「すいませんでした……」」」」
結界を張ってそれで大丈夫だろうと思っていたのだが、街の人からは見られていたらしい。生活内情がだらだら漏れていたことに恥ずかしそうに謝る挑戦好き一行。鉱石商が言うよりも多くの鉛が積み上げられていたことは、質のいい鉱石が当たったか腕のいい鍛冶屋を見つけたのだろうということで済まされた。
カナックが謝罪を受け取ったところで今回の騒動に終止符が打たれたことになり、これ以上はごねることが出来なくなったこともあってエミールも解放されて悔しそうな表情で部屋を出て行こうとするが、カナックから鋭い声が届き、ビクッと体を跳ねさせて体を雅紀たちの方へと向ける。
「この度は私の不手際でお時間をとらせてしまい、申し訳ありませんでした。……礼儀の欠けた態度を謝罪致します」
しぶしぶと頭を下げて一つ目の謝罪をし、それで頭を上げようとしたが兄からの視線に気づいたようでそれまでの貴族らしからぬ態度の謝罪も合わせて済まして、足早に部屋を後にする。その姿を見送る雅紀たち。もちろん静と朱莉の立ち位置は変わらず陰であったが。
いろいろと言いたいことがあったが、最高権力者が問題を冤罪と礼儀のなっていない振る舞いの二つとして場をまとめた以上は、その振る舞いの中に含まれるあれこれに文句をつけるわけにいかない。実際のところ、静も朱莉も取調室で言われたあれこれについてはほとんどを耳に入れていなかった。気にしないという意味の耳に入れないではなく、本当に音を耳に入れていなかったので気にしてはいなかった。いつものナンパと同じように意識に入れることはなかった。
耳に入れていたのは雅紀と康太の方で、二度と会うことがないことを全力で望む。
カナックも雅紀たちを見張っていた衛兵たちを通常業務へと戻し、情報提供ということで連れてきた商人に金一封を持たせるように伝えて衛兵とともに商人も帰らせる。ごく自然にそれに続くように帰ろうとする雅紀たちだったが、当然、カナックに止められてしまう。
「スマンがもう少しだけ時間を貰ってもいいか?」
時間的にも微妙になってしまい、なにかを急いでするというわけでもないので声のかかった方へと向き直る。
「本当に今回は申し訳なかった。弟の暴走を止められなかったのは我々の落ち度だ。その分はしっかりと埋め合わせる、と言いたいのだが、公的な記録としては住民からの苦情への対応としてしまったのでな、俺個人としてしか動けん。何かあるか?」
「いえ、紛らわしいことをしていた私たちにも非はあるので。……できればもう二度と会いたくはないですが」
「まあ、そうだろうな。今まではこんなことなかったんだが、どうも最近変わってきたようでな」
「人の恋人に手を出すのはやめてもらいたいですね」
「婚約者でも作れば違うんだろうが、学園に行ってもどうしてか作らなかったんだよ」
困ったことがあれば力を貸すと言い残してカナックは立ち去って行く。
兄のカナックもエミールの変貌については首を傾げ、雅紀と康太はよく湧いてくるナンパ男にエミールを分類したようで、エミールの願ったように裏でしていたことに気付かれた様子はなかった。そもそも、それを知ろうとするのはこの街に来てすぐの雅紀たちにとっては無理な話なのであるが。もちろんエミールが静と朱莉に覚えられるわけもなく、この朝っぱらから始まった騒動が終わるのだった。




