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非常識高校生の非勇者生活  作者: kiara
第一章 始まりの物語
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弁護人乱入


 デーニッツ子爵の次男エミール。その男の人生は一冊の本を転機にして大きく変わった。


 ある日、商人の街を治める貴族としての教育の一環として屋敷の図書室の蔵書を漁っていた時のこと。同じことを長く続けてきたため、貴族の所有すると言われて想像するような本はほとんど手を付けてしまい、どうにもそのような本に手を伸ばすのに気が進まなかった。そうして部屋の中を探してみると、部屋の隅に家に似つかわない本が収められている本棚を見つけた。


 その本棚はぎゅうぎゅうに古びた本が詰められており、エミールもまだ小さかったため、下の段のものから手を出していった。そして読み進めていき、身長的に手が届く最も高い段の最後の一冊。エミールに電撃が走った。


 貴族として真面目に勉学に力を入れてきた自負のあったエミールだったが、その本に綴られていた文字のほとんどを理解することはできなかった。本の終わりの数十ページに綴られていた、というには文字に見えない文字をどうにか追うのに精いっぱいだった。


 今までの読んできた本と真っ向からぶつかるその内容だったが、どうしてかエミールがその本に書かれていたことを疑うことはなかった。そうして読むというよりも解読を終えた頃には、貴族として学校に通い始める時期になった。


 辛うじて読み取れる部分を解読し終えたその本を再び初めからパラパラめくってみたとき、あるページで魔力が動き始めてエミールに降りかかった。


 それからのエミールは激変した。今までは親の言いつけ通りに動くだけの子供と思われていたのだが、学校に通うようになってからの彼は浮名を流すようになった。それだけでなく商人を束ねる側としての教育しか受けていなかったはずのエミールが商人として動き出した。浮名を流すなど、信用がものをいう商人の世界では向かい風としかならないはずだった。


 しかし、どういうわけかエミールは商人として成功した。数年という短い時間しか経っていないが、いくつかの分野で名前が広く知れ渡るようになった。もちろん、商人としての腕前だけではなく子爵家という後ろ盾があったということも影響している。


 商人として得た稼ぎを元手にエミールの手はあちこちへと伸びていった。流石に貴族相手に手を出すのは相手の家からの報復を恐れたが、平民と火遊びしたり妾的な立ち位置で囲ったりとやりたい放題し始めた。貴族を恐れたというのもあるが、平民としても玉の輿を狙えるとあって、失敗することはなかった。


 そうして自信を手に入れたエミールはどんどんエスカレートしていった、とはいっても数ではなく質の方面でだが。そうして言動もそれに倣うよりになり、ナンパなものとなる一方で冷めたものにもなっていった。貴族と商人、それだけでなく女性と男性に向ける顔も分かれていった。


 持っていた一つの関係に終止符が打たれた時、街に飛び切りの美少女が現れたという情報を手に入れ、どうしたものかと考えていると、商人としての情報網から雅紀のことをいろいろ仕入れた。


 そうして、いざ、と重い腰を浮かせ……





 壁に埋まっていた。


 衛兵と言われても納得できそうな肉体を誇る男が、短い言葉と共に部屋に入って来るや否や腕を振るってオブジェを作り出す。その後ろから商人が一人びくびくしながら付いてきていたが、連れて来たものの一旦待たせる仕草を見せ、雅紀たちに向かい合う。周りにいた衛兵は初めは戸惑いを見せたが、両者の顔を交互に見て何かに納得したようで、立つという仕事に戻る。


 いきなり腕を振るうという言動を見た直後故に、正面から向かい合うことになれば警戒してしまうのはどうしようもない。両手が封じられたままの康太たちの前に雅紀が割って入る。背中に守るものが存在する状況は経験したことがあるが、目の前の男は力の面では康太に匹敵するように思え、場が場なのだがどうしてか楽しみに思えてしまう。病気が表に出てしまう。


 傍から見れば何故か笑みを隠し切れずに相対している雅紀だったが、新たな乱入者は構わず頭を下げてくる。


「うちの者が失礼した。この詫びはすぐにしたいのだが、やらねばならんことがある故少々お待ちいただきたい」


 それだけ言い残して、ついさっき作ったオブジェに近づき、自力で脱出しようとしているオブジェの一部もといエミールに向かって手を伸ばす。頭を壁から引き抜いてようやく自分が殴られてことを自覚し、それに怒りを覚えるが、それが誰にやられたのか思い出して顔が青ざめる。


 傍から見ていて面白いくらいころころ変わる顔色は見ていて楽しかったが、今はそれどころではない。顔を青ざめているエミールを見下ろすようにして、そのまま胸ぐらを掴んでもう一度右腕を振りぬく。今度は背中を壁にぶつけるだけで埋まることはなかったが、良い音が響く。崩れ落ちたエミールの両腕を連れてきた騎士に確保させる。奇しくも雅紀が見せた格好と酷似していたが、持ち上げられてしまった姿は雅紀のものよりもだらしない。


 殴った拳を手持ちの手巾で念入りにふき取ってから、再び礼儀正しく頭を下げる。


「うちの馬鹿が失礼した。皆様の無実はこの私、デーニッツ=カナックが証明させてもらう」


 この場面の説明が欲しいところであったが、一番欲しいところであった無実が得られたことに一先ず安心する。そして、次に注目が向くのはデーニッツという家名。エミールは自分からは名乗ってはいなかったが振るまいと言葉の端々から読み取れたため、この地のお偉いさんで代官あたりに思っていた。


 そして、目の前の偉丈夫のデーニッツという家名はこの領地のトップであることは容易にわかり、エミールをうちの者といったのだから家族なのだろう。貴族の者が罪をおっ被せようとするなんてことが許されるはずもない、そう言いたいのだろうことは偉丈夫の浮かべている怒りから理解できた。



 二度も殴られて派手にぶつかったため体中が痛いのだろう、貴族らしい端正な顔をゆがませて何とか足を踏ん張って兄に食いかかる。その相対する二人の姿は、肉体を資本とする騎士と頭を使う文官のそれだった。


「勝手に無罪認定するなど、いくら兄上と言えども犯罪者の逮捕に口出ししないで頂きたい。その愚物はこの私の領で大量毒殺を企んでいた。ならば、きっちり落とし前つけさせねばなりません」


「いろいろ言いたいことが増えたが、とりあえず、だ。ここはお前の領じゃねえ、父上の領地だ。増長すんのもいい加減にしろ、馬鹿が」


 二度も殴られたというのに元気なエミールの顔面を掴みながら、吐き捨てられる言葉。その口調は先ほどまでとは何かが違った。話が区切れたところから変わったのだから、親が健在であるにも関わらずその親のものを自分のものだと言い張ったことが、同じ親を持つものとしてカナックの逆鱗に触れたらしい。貴族は当主がほぼ全権限を持っているのだから、それに反抗するような物言いが良くなかったのだろうか。


「あと、興味ない人間を愚物呼ばわりするのも直ってなかったのか。あれは貴族としての品位が疑われるからやめろとあれほど教えたというのに。お前もたまには体を動かして違った視点で見てみろ。この者たちが毒殺なんぞ企むはずもない」


 一切接点のない人間からの無条件の信用というものは、実は気味が悪い。カナックの言葉を聞いた雅紀たちの心情はこれだった。地球で受けて来たものは日頃の実績を知っている者たちからであったために特に思うところもなかったが、今初めてそういうものは裏が無ければ、と知ることになった。


「何を根拠にそう言い切れるんですか」


「それはこっちのセリフだ。何を根拠に毒殺と決めつけて、この者たちを捕らえた?納得できるだけの理由を見せてもらえないならば……俺がお前を捕らえるぞ?」


 言葉だけを追うのであれば怒りを見せるところなのであろうが、カナックが見せていたのは冷徹な一面。その感情を削ぎ落したような一面は、エミールの男へとむけるそれと同じ匂いがして、血のつながりを感じさせるものであった。


 もちろん、ここまで来たエミールが止まるわけもない。


「理由も何も、これは鉛を使ってこの街の住民を殺そうとした、それだけですよ」


「鉛?ああ、お前が学園で調べていたあれか。それで?まさか鉛を持っていた、いや、鍛冶師でもなさそうだから買ったという方が正しいか、買ったということだけで捕らえたわけではあるまい。それだけならば、この地の治安を父上から任されている俺としてははこの街の鍛冶師という鍛冶師、鉱石商という鉱石商に今すぐ衛兵を向けねばならなくなるが」


「この街に入ってくる商人や街の鍛冶師は信頼があるではありませんか。ぽっと出の旅人とはわけが違います」


「ぽっと出というなら、この街を初めて訪れた商人だろうと同じだろうに。何が違う?」


「商人はギルドが保証してくれるではありませんか」


「何が違う?」


「え…?」


 繰り返される質問に抜けた顔で答えてしまうエミール。未だに騎士に量脇を固められているわけで、その姿も合わせてとても貴族だとは思えない。自分の持っている情報が兄の持っている分をカバーできていないことが分かってしまう。自信があっただけに動揺が隠せない。


 雅紀たちも戦闘態勢はとうに解いてはいるものの、徐々に自分たちがここにいる必要性を疑い始め、今となっては自分たちを火種として兄弟喧嘩しているのではと思い始める。


「ならば、この者たちは冒険者ギルドが保証してくれるわけだ」


「それはどういう…?」


「この者たちは冒険者であるのだから、同じようにギルドが保証しているだろう?ならばこの街の商人鍛冶師同様捕まえるには不十分だ。他だ、あるのだろう?言ってみろ」


 まさか治安維持だけをしていると思っていた兄のカナックが出てくるとは予想もしておらず、雅紀たちの貴族だからといって遜った姿勢をするわけでもないことも合わせて今回のことはエミールの手に余ることへと変わっていき、身体が動かせないまま心だけが後ろずさってしまう。


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