弁護士(?)の真似事
雅紀は運び込まれた秤の横に、次々に取り出した鉛のインゴットを重ねていく。その表面は酸化しているのか金属光沢は見て取れなかったが、机に置いた時に聞こえる音からそこそこの重量を持っていることはわかった。
大きさは500mlペットボトルより一回り大きい程度。それが次々に重ねられていき、六段のピラミッドを形成する。机も衛兵施設に置かれるだけあって、いざという時に備えてか頑丈そうではあったが、金属のような重いものが狭い箇所に積み上げられてしまえばそうもいかず、ぎしぎしと嫌な音が時折聞こえてくる。
インゴットということで形は統一されており、表面には金塊に刻まれるかのように純度と質量が刻まれている。純度は言うまでもなく最高であり、9が三つ並んでいる。重量についてだが、これについては雅紀がすっきりとしていなかった。というのも、初めはわかりやすいように一つ頭一キログラムで作ろうとしたのだが、密度が高い鉛においては非常に小さいインゴットになってしまい、保存や加工時の観点から使いづらそうだと判断してその倍になった。
そしてそのインゴットが六段ピラミッド、つまり21本も机の上にのせられているのである。重さはそこそこの大きさの子供だが、それを支える面は極めて狭く、机への負担が思いやられる。
雅紀の取り出すインゴットが積み上げられていくのを眺め、雅紀が積み上げ切ったところで向けた視線とそれに応じるように背けられたエミールの視線をもって部屋の中にいた衛兵が動き出す。積み上げれらたもののうち天辺からとっては秤に載せていく。それを眺めていた雅紀が思っていたことは、計測がどうなるか、ではなく、素手でべたべたと金属に触りやがって後で拭くのめんどくさい、といたってマイペースだった。
秤を使っての計測故に時間がかかった。左右に皿を持ち、片方に試料、もう片方に重りをのせてバランスを見ることで質量を計測するタイプの、いわゆる天秤であったために、長い時間を要した。初めはエミールの前ということも表面の刻印も信用ならんということもあり、一つ一つを天秤に載せてこれでもかと時間をかけてバランスを合わせて質量を図っていたが、誤差が刻印の範囲外の桁のレベルでしかなかった。
初めの数本は頑張ったものの刻印通りのもので、時間とともに精神の浪費に思えてきてしまったが、背後で目を光らせているエミールの存在故に手を抜くことは許されない。貴族の反感を買えばどうなるのか考えたくもないが、手に取った次のインゴットも手に来る感覚では変わりなどないのでは、ため息が出てしまいそうになるのをこらえるのに忙しい。
最後の最後まで神経をすり減らすように衛兵が頑張ってくれたおかげで、物凄く細かいところまで知ることができた。計測では重量がきっかりと同じというわけにはいかなかったが、どれも刻まれていた値を上回っており、その差は表面での酸化による増加分だろうと、数値も合わせて雅紀は考えていた。
その計測が終わり、雅紀が取り出した分の鉛が購入した鉛のほとんどであることが示されていくにつれてその橋上は険しくなっていく。険しくなるの何も、雅紀たちは悪いことは何もしていないのだが。行方の分かっていない鉛は、500グラムもない。これはすべて雅紀が鉛蓄電池の電極に利用している。
そうなれば、次にエミールが口にする言葉は、
「ふん。すべてが鉛である保証もあるまい」
である。
もちろん、この言葉を聞いた雅紀たちの顔は、こいつ本当に頭いいのか、と疑問を抱いているようであった。まだ鉛であることの確認が取れていないことはわかっており、これからやろうとしている場面でのこのセリフである。何が何でも粗を探し出そうとしているように思える。
可哀そうな人を診る眼を隠すことも無く、雅紀は机の上を見渡してため息を吐く。これから密度を測ろうというのに、もっとも容易なツールとしての水が用意されていないことに呆れる。雅紀も頼みはしなかったが、それはせずとも大丈夫だろうという考えあってのものだったが、それに連なる考えを捨てた方がいいように思えてくる。
そうなれば自前でようにするのが早く、衛兵に走らせることはさせずに鞄の中の常備品としての水筒を引っ張り出す。この世界では金属の筒は危険視する対象なのか衛兵が身構えるが、気にすることも無く一緒に取り出した金属の桶に中の水を注いでいく。金属の桶も雅紀が買ってから手を加えているようで、内側に何本か線が引かれており、線の横に数字が書かれている。
体積の概念も違いはなく、単位が微妙に特殊なものがあるが、総じて変わりなく使えるので衛兵にやり方を説明する。雅紀が主導で動いているが、エミールも下手に口を挟めばそれだけ失敗を犯すことになりかねないことを理解はしているようで、見張ることしかしてこない。
衛兵も初めは固体を入れても、こぼれてくる水の量がその体積に等しいことを受け入れ難かったようだが、固体を液体として捉えて注いだ分が零れると例えたり、何回かデモンストレーションしてみせたりして理解はともかくやることを教える。比重については難癖付けてきたエミールが理解できればそれでいい。
工作することを考えて買った桶故に大きさはインゴットが十本は入るかという面積と深さを持つ。雅紀はこっそりと魔術を使い、桶に張られた水が減らないように手を回しておく。桶の中の桶にインゴットを入れては、外側の桶に零れだした分を頑張って量っている衛兵を傍目に、空腹感を感じ始める雅紀。朝食だけでなく昼食までも妨害されるとなると苛立ちを覚えてしまう。ようやくの米を使っての料理に待ったがかかっているだけなのだが、それだけで理由は十分だった。
桶に流れ出た分を少しでも零せばエミールから怒りの声が飛んでくることとなり、いつもの訓練以上に精神が削られていくことになってしまい、貴族に良いことろを見せようとしたのが間違いだったのでは、と皆が思い至ったところでようやく作業が終わり、残すところも少なくなって終わりが見えてくる。作業も残りは計算であり、身体を元手とする衛兵には経理担当などの一部を除いて向かない。
衛兵にやらせるには無理がありそうな作業にも関わらず、エミールは衛兵に仕事を振り続ける。もうこの場から逃げて、いつも通りの街の巡回に行きたいと誰もが思う空間に変わっていく。雅紀たちもその数字を写して片っ端から計算していく。衛兵があれこれと唸りながら計算をこなしていく横で、雅紀たちはさっさと終わらせて比較を始めている。
それを見て舌打ちを隠さず、エミールがようやく腰を浮かせる。衛兵がにらめっこしている羊皮紙を掻っ攫い、部屋に備え付けされている羽ペンを動かし始める。雅紀たちは羽ペンを使っている光景を生で見ることになるが、自前のシャープペンシルの方が使いやすそうに思えてしまう。宿屋でも使っていたようではあったが、台の向こうのことで気にしてもいなかった。
羊皮紙と骨のこすれるようなそんな音を聞きながら、止まることのない手元を眺める。衛兵と違ってエミールは複雑な割り算をこなすだけの脳を持っているようだった。そもそもだが、平民の間に少数という概念が存在しているかが怪しい世界だ。お金にしても銀貨1.25枚などではなく、銀貨1枚と小銀板1枚、銀貨1枚と銅貨25枚などでやり取りされている世界である。繰り上げが端から組み込まれているのだから小数が無くても困りはしないのである。
商人にしてみれば、大量購入で単価を比べることになるのだから小数という考え方も計算力も必須となる。貴族についても商人ほどではないが、統治する上で計算能力を問われる場面があるのだろう、教育に組み込まれているようであった。
このような世界であるから、四則演算が十分にできれば苦労はしない。代数学や微分積分学などという数学でも初歩に分類される分野でさえも必要とされないのである。それについては一部の数学学者が細々と勧めている程度である。もちろん例外もあり、幾何学については建築に用いることもあってそれなりに進んではいるが、ベクトルという概念が誕生するまでには至っていない。
そうした情報(朱莉調べ)を踏まえて見てみると、エミールのそれは貴族として要求されている以上の能力を持っているのは見て取れる。重量でそろえているゆえにインゴットそれぞれの体積はきりのいい数値ではないが、その動きに迷いはない。手元を覗き込んでみれば、書き方は違えどやり方の根底にある考えに大きな違いはない。
そうして求めた数字を眺めて苦虫を噛み潰した顔へと変わり、今度は隠す余裕もない。求まった値が日常的に見かける金属のそのどれよりも大きかったのだから。これ以上ともなると、前もって潰された貴金属を混ぜ込むという考えしかないが、この量ともなるとそれにかかる費用がとんでもないことになるので候補からは外される。
そもそもの話、この男がどこで比重というものと金属のそれを知ったかについては、ある本を読んだから、としか言いようがない。その本に従って調べてみれば貴族女性の命を救うこととなり、今のウハウハの生活を送ることが可能となったのであり、この本に書かれていたその数字とも違いはないとなれば信じるしかない。
それでも、ここまで来た以上は何が何でもものにしておきたいと思ってしまうエミール。ならばこそ、それを果たすために最後の手段に出るしかない。これに頼ってしまえば今までの流れをぶち終わしにすることになり、罪状が本物であるかの疑いが今以上になってしまう。だが、それでも……
そうした思いを走らせた後、エミールが口を開く。
「そもそも買ったのはそれだけ「失礼するぞ、馬鹿がここにいると聞いたんだが」
しかし、それも新たな闖入者によって遮られただけでなく、エミールの身体までもが壁に叩きつけられる。
存在は感じ取ることはできるうえに情報を読み取れるが、同じように裏側に広がっている人と人のしがらみまでは読み取れない雅紀たちにとっては、殴り飛ばしてそのまま頭を下げてくるその男を眺めることしかできなかった。




