貴族
「やぁ、犯罪者に捕らわれた麗しき令嬢はここかな?」
取調室の扉をバタンと開けて入って来た男。衛兵のようなむさくるしい姿をしているわけではなく、着ている服は今までにこの世界の中で見てきた中で最高級と言える質を誇っていた。そして、そのデザインは何処かで見たようなことがあるな、と頭を悩ませ、その立ち振る舞いと芝居がかった言葉から思い出す。
エリンエルの街で領主に会う直前に駆け込んだ服屋。そこで見た覚えのあるデザインの似ている。そのデザインよりも洗練された服、より高品質な布地。そしてその店のターゲットとしている人間を考えれば、突然入って来た男の身分は予想できる。
「いや、捕らわれているのは姫君かな」
さらに重ねられる演技、ではなくセリフを聞いていた人はそれに寒さをこらえるようにする。雅紀と康太は変人を見るような目になり、衛兵の下っ端はガチガチに固まり、偉そうな一部は無反応を示す。しかし、静と朱莉はさらにフードを隠すようにし、限界以上にやろうとしたためか服の裾がコートから顔をのぞかせる。
その表情は見ることができないが、気障な男が自分たちに向いているのは把握できたようで、無条件で信頼できる男の背中に身を任せる。その仕草からどういう表情をしていたのかは容易に頭に浮かぶ。
その仕草は、椅子に座っていた雅紀たちを見下ろす形になっていた貴族的な男からは丸見えであり、さらに煽るようにして言葉を続ける。
「おっと、そちらの姫、今すぐその愚物から離れてください。それは殺人鬼ですよ」
「だから、何の「愚物は黙れ。話していいとは言っていない。それともここで殺されたいのか」
「……」
身を限界まで縮こまらせる彼女を庇うように雅紀が口を挟むが、瞬間でかぶせられる。そして何よりも、令嬢やら姫やら話していたときの口調から一変し、路傍の石に話し抱えるように感情も興味も感じられない表情と口調となる。
日本で暮らしていたときは、街中でその関係性を見せつけるようにしていたため、突撃してくる人間はいなかった。偶然にもその関係を見ることなく突撃した奴もいたが、そういう奴に限って話しかけようとした瞬間に街中で見せつけていた以上の関係を目の当たりにする羽目になった。
それでも突撃してくる男は雅紀に敵意をむき出しにするのだが、この男は違った。何も反応を示さない。感情を揺らすことをしない。殺すとは言っているが、そのトーンは一定。
「あなたに興味ないです。お帰りはあちらです」
「将来を約束した方がいますのでお帰り下さい」
「ッフ。それはこの愚物どもかい?なら、気にする必要はない」
「先ほどから何を仰っているので?私たちが毒殺を企むなどと世迷言を」
雅紀が口を挟もうとも切り捨てられてしまって話が進まないので、仕様がなく静が話を繋ぐ。
「私たち?何を言っているのだい。毒殺しようとしていたのは、そこの愚物だけだ」
「だから、毒殺、毒殺って何のことを」
「おっと、皆が皆、私のような明晰な頭脳を持っているわけではないのだった」
自分の頭脳を誇るように語るその言葉は、ただただ事実を述べているだけのようだった。ついでに煽るかのように、雅紀の頭を掴んで机の天板に叩きつけ、子供に教えるように話す。それに逆らうことなく、雅紀は顔を伏せる。
「鉛だよ、鉛。あれは毒になるんだよ。この愚物が大量の鉱石を買ったことの調べはついている」
「鉛、ね。別にそれなら鉛だけじゃない。他の金属も同じようなもんだ」
顔を天板に押し付けられてぐりぐりされている中、雅紀がようやく口を挟む。口を閉ざさせるために物理的に押し付けているわけで、流れを切ることはしなかった。いや、切らないようにしたのかもしれない。
「やはり。お前は鉛が毒になることを知っていた、そして鉛を大量に買った。決まりだ、毒殺の準備だ。おい、これを連れて行け」
「まだまだ言いたいことがあるが、これだけは聞いておこうか。お前の名前は?」
「愚物に名乗る名前などないが、姫に名前を覚えてもらえないのは悲しいもの。私はこのデュクスを納める侯爵次男、エミール。以後宜しく」
予想していたよりも身分が高かったことに驚きだが、手慣れたその様子からは逆にその身分を利用していることに見下げ果てる。
「姫たちには醜いものを見せてしまったね。殺人鬼も見つけたことだし、あちらの部屋で落ち着こうではないか。出来ればあれらについて聞かせてもらえると嬉しい」
侯爵次男エミールに言われた通りに、衛兵が雅紀だけが連れて行かれそうになる。どうにも、領主一族からの覚えを良くしておこうとするかのように、下っ端の衛兵が我先にと動き出す。背中に張り付いているコート姿の女を引きはがし、雅紀の脇に手を通して引きずるように立たせようとする。
言葉上では四人のうち雅紀だけが連れて行かれるという感じではあったが、現実では康太にまで衛兵の手が伸びようという状況になったが、引きはがされた静でさえ動こうとしなかった。なぜなら、動く必要がなかったから。
雅紀が身体から力を抜いたように椅子にもたれかかっているだけだが、衛兵が数人がかりで持ち上げようとしてビクとも動かすことができなかった。椅子の座面と臀部に隙間を生み出すことができない。顔を真っ赤にして雅紀に抱き着いている衛兵。どいつもこいつも男であって、ひどい絵面である。
「何をしているんだい、さっさと連れて行け」
「まあまあ、落ち着けって次男坊。毒殺とは穏やかじゃないな」
「愚物に礼は求めんが、不快だな」
「どうやって鉛を飲ませたと?それが分かってもいないのに有罪とは言うなよ」
貴族からの言葉に反応することも無い。目を閉じたまま背もたれに倒れ、今の証拠を聞き出す。
「粉にしてバラまいたのだろう。バレないうえに、大量殺人だ」
「買った鉱石は50キロ。酸化物でそれだからな、高級品だけあって純度が8割5分ちょい、鉛にして40キロ強だ。あんたほどの頭、まさか鉱石すべて鉛になるわけじゃあないくらい知っているだろう?」
言葉の裏にはいくつもの思惑が隠れていそうな雅紀の話し方。その裏で手を動かし、鞄から鉛のインゴットを一つ取り出して見せる。
「馬鹿にするなよ愚物。だが、それが鉛という保証はあるまい」
「比重」
「なに?」
「比重だよ、比重。体積当たりの重さのことだよ」
「そういう意味ではない。比重でどうしろと」
「鉛は重いってことだ。鉛よりも重い金属はほぼ貴金属だけだ。たかが重さをごまかすために、貴金属を混ぜると思うかって。比重での分類を知らないのか?」
「……」
「黙るなよ、坊ちゃん。おい、衛兵。ここが衛兵の施設なら秤くらいあるだろ、持ってきてくれないか」
侯爵次男坊を相手にする雅紀は、言葉だけを聞けば格好いいのだが、ようやく衛兵の努力が結んで持ち上げ始めていたため、その姿は首筋を掴まれた猫のようにグデンとしていて、知的なことを言っているようには思えない。
面を潰された経験が数少ないのか、どう対応すればいいのかで躊躇が見られる。その間、なにかをぶつぶつ呟いている。雅紀もその姿に多少なりとも溜飲が下がった様子を見せるが、そもそもこの男にされたことに何か思うところがあったわけではなさそうだった。
それよりも気になっていたのは、科学が進んでいないこの世界で鉛が有害だということが一部の人間と言えども広がっていたことに気がひかれる。どこでその事実を知ったのかも知っておきたいところなので、雅紀は観察に走り始めている。
ぶつぶつぶつぶつ、と呟いているその音を全力で拾ってみると、どうやら比重のことで弄られたことに何かを言っているようで、王冠、金、お風呂、裸、と非常に聞き覚えのある単語が耳に入ってくる。そのまま聞いていると、なにかに八つ当たりするかのような言葉へとなっていく。
貴族と言えども具体的な証拠もなく人間を逮捕することは厳しいようで、証拠を示すと言われてしまえばそれを確認しないわけにもいかず、衛兵が秤を運んでくるまでは動かない。秤が運び込まれるまでの短くない時間内で少なくない情報を得ることができ、それを踏まえた上で言葉を引き出そうとする。
「で、鉛が毒になるってことについて聞きたいんだが、どうかこの愚者めに教えてください」
「ッチ。お前如きに教える話ではない、と言いたいところだが姫の命のためでもあるな。いいだろう、心して聞くがよい。鉛を使った化粧品を使うと早死にする。白粉として貴族の間で広まっているのだがな、それを使えば使うほど死ぬのが早かった。それに気づいた私は、学園の縁という縁を使って早死にしてしまった貴族の話を集め、そして見つけたのです。故に、姫、あなたたちはどうかそのようなことをしないでいただきたい。あなた方はそのようなものを使わずとも十分雪のように輝いていますよ」
「あなたのことが嫌いです。話しかけないでください」
初めは嫌そうに、途中からは自身の功績を誇らしげに、最後には口説くように話す。もちろん静の答えは変わらない。
もちろん、それは予断無くぶった切られる。姫、静と朱莉に話しかけている間に手を取るという暴挙に出ようとしたのだが、見てわかるように避けられていた。そして同じく雅紀と康太の背中に隠れようとする。
その光景に舌打ちを隠し切れないエミールが、「惚れ薬でも書いといてくれれば…」とこぼしている。
秤がようやく部屋に持ち込まれたところで、エミールが制裁の時間と言わんばかりに動き出す。顔が歪んでいる。本人は隠しているつもりであったが、雅紀たちもエミールの顔を見たくもないようであった故に見られはしなかった。雅紀たちにとっては、見るまでもない、ということだろう。
秤がのせられた机を挟んで、エミールと雅紀が向かい合う。どちらも睨みつけるようにして向かい合う。不敬な愚者を潰さんとするエミールと、恋人に手を出そうとしたクソ野郎に意趣返ししようとする雅紀。
衛兵に頼んで手首の拘束用魔導具を外してもらって雅紀が鉛に手をかける。




