騒動
朝一番、のんびり朝食をとりながら本日の予定を決めているとき。
それをぶち壊すように現れた衛兵。
本当に思い当たることがなく、扉を開けた雅紀が腕を組んで首を捻る。そうした雅紀を危険人物を見るように見下す先頭の衛兵が、懐から羊皮紙を取り出して読み上げる。
「貴様らには、毒を用いての大量殺人の容疑が掛かっている。大人しく付いて来てもらおうか」
「え、まじで?」
何とかひねり出して街道を爆走したことでのあれこれを思い浮かべたのだが、それとは真逆をいくような殺人鬼というレッテルを張られかけていたことに顎が外れそうになる。その隙に、衛兵が扉を開けて中へと踏み込み、全員が衛兵に囲まれることになる。
大人しくしろ。そう言いたげな目を見て抵抗をしないように伝え、大人しくお縄につくことにする。もちろん罪を認めたわけでもなく、無罪を主張する以上は公的機関に逆らって良いことなど皆無であるからであった。二つの世界を通じて初めての逮捕案件に、ほんの少しだけ興味があったのだが、実際にあった感想としては二度と経験したくはないものだった。
「では、付いて来てもらおうか」
「少し待って。このご飯はカバンに詰め込んで、これ付けて、よし」
衛兵に囲まれた状態で食べていた途中のご飯をしまうことも忘れない。せっかくの和風の朝ごはん、焼き魚とみそ汁とお浸しと白米、を中断されてしまったことに、地味に根に持つようにのんびりと片づける。その間、一部の若手の衛兵の視線から静と朱莉が身体を隠すように動く。私服というだけあって、外では見せることがない薄着であった。
それを静と朱莉が嫌がらないわけも、雅紀と康太が許すわけもなく、壁にあったコートを羽織るだけでなく、懐から取り出した眼鏡を掛ける。それを掛けた顔の輪郭がぼやけ、衛兵たちの視線が顔から外れる。
そこでようやく容疑者が準備を終えたようで、衛兵に付き従って部屋の外へと出る。しかし、出た先に見た宿の入り口に溜まっていた衛兵の数にドン引きしてしまう。ここの宿が部屋を丸ごと貸すタイプの宿であって受付前のスペースが狭いとは言っても、そこを埋め尽くさんばかりの衛兵にはドン引きだった。
ここまでの数の衛兵を用意して捕まえようとする犯罪者扱いに本当に困惑するしかない。毒物を用いての殺人と言われたものの、思い当たる節がない。この街に持ち込んだ扱いならば街に入った時につかまるはずであり、この街で買ったものとしてはどこでも売っていた食品に買い漁った鉱石だけである。食品も鉱物も使い方によってはいくつか心当たりがある。
コートもいつものワイバーンコートではなく黒い麻布でできたものであり、頭までをすっぽりと隠している。見知った顔がないとはいえ、衛兵に連れられている姿を興味本位で見られるのは不快のようであった。前後左右の四人でとどまることなく、四方八方に二桁の衛兵に囲まれ、逃がすつもりがない配置は歩き辛かった。
衛兵に連れられてどこへ連れて行かれるのかと思えば、まさかの街の中ほどの建物だった。てっきり連れて行かれるのは、衛兵の詰め所が合わせて建てられている街の外壁かと思っており、犯罪者を閉じ込めておく施設が街の中心近くに建てられていることに怖さを覚えてしまう。もしも破られて逃走を許してしまえば、中心部に存在している貴族街が危険にさらしてしまうというのに、だ。
周りの建物とは一つだけ雰囲気が違う衛兵の建物の中へと連行される。建物の中を見れば、衛兵の事務所というだけでなく、騎士団までも出入りする施設でもあることが分かる。そうして建物に連れ込まれたうえで、四人がバラバラにそれぞれの部屋に連れて行かれる。
連れ込まれた部屋で木の椅子に座らせられ、身体を椅子に縛り付けられた上で手錠をかけられる。日本のドラマでよく見るような銀色の軽い音を響かせるようなものではなく、黒光りする金属のごつごつしたもので両手を封じられる。それだけでなく黒光りする上に透き通った石、魔石が嵌められており、つけられら傍から体に違和感を覚える。
四人ともに顔を合わせはしていなかったが、手首から感じるものに同じようにムズムズしていると、扉が乱暴に開けられて対面に強面の衛兵がドカッと座る。そのまま流れるように机を叩く。
「毒で誰を殺すつもりだったんだぁ?」
違う部屋で同じように聞かれたことに、違う部屋でありながら四人同時に答える。
「すいません、まじで心当たりありません」
勢いで動く衛兵に対して、変わることなく答える容疑者の四人。そのギャップが静寂を作り出す。
その後も、衛兵が雅紀たちに同じような質問を投げ受けるが、それに対する答えも変わらず、停滞することになる。
だれをやるつもりだったのか。
いつやるつもりだったのか。
どこでやるつもりだったのか。
どうしてやろうとしたのか。
どのようにやるつもりだったのか。
5W1H。Whatの毒殺するということ以外すべてに対しての質問。
その質問を聞くうちに、雅紀たちは自分たちの身柄を拘束するに至った理由を持っているのかが非常に疑わしくなってくる。毒殺の対象も時間も場所も原因も方法も分かっていないというのに、雅紀たちを連行した衛兵への視線が悪化していく。
衛兵も上から連れて来いと言われただけのようで、自分で質問しているうちに捕まえるに足るだけの証拠がないことを理解してどんどん勢いが失われていき、向けられている視線から逃れようとし始める。客観的に見れば、誰から見ても衛兵側の横暴にしか見えない。
衛兵側も質問を重ねていくうちに、ある思いに辿り着いた。
これだけのことが分かっていないというのに、どうやってこの少年少女が毒殺を目論んでいるという情報を手に入れたのだろうか。
街の秩序を保つことが仕事であり、怪しい行動というだけで検挙してきた経験がないわけではなかったが、そいつらも衛兵の施設でしばらくお話すれば行動の随所に怪しい箇所が見られて捕まえたことに後悔を覚えることは無かった。
しかし、この度引っ張て来た少年少女は、長年の勤務で身に着けた嘘の兆候を見分ける眼に引っかからなかった。そうして思うのが、今回の検挙の原因となった通報の不自然しさであった。普段は街の住民が衛兵の詰め所に顔を出して伝えてくれるのだが、今回は衛兵組織の上から下ってきた情報に基づいてだった。
そうした疑問を抱くことになるのだが、これを話すわけにもいかず、話が続かず無言になるのも居心地が悪く、静かになったかと思えば今度はぽつぽつと雑談をし始める。
「なあ、兄ちゃん、こうして捕まったわけだが、思い当たることはあるのか?ちなみに今何歳だ」
「俺だって香辛料買って鉱石買ってただけなんだがな。もうすぐ17だ」
「香辛料ったぁ、金持ちなんだな。にしても17には見えねぇ。それにその黒髪は珍しいな」
「冒険者業でガッポガッポしたからな。通りで子ども扱いを受けるわけか。出身は遠い場所だ」
「命に見合うだけ稼いでんのか。遠いって、黒ってことは東か?」
「もう働かなくてもいい位は稼いだな。巷では極東と言われたな」
雑談をし始めてすぐに雅紀がカバンの中からボードゲームを出してもらい、対面に座っている衛兵と指し始める。腕は変わらず椅子に縛られているため、駒の指し方は口頭でのマスの指定である。チェスのような駒でありながら、魔法の世界らしく駒ごとの動き方が特殊なだけでなく、駒をとるのではなく攻撃したりする。木製の駒が主流の中、雅紀が作った石製の駒はずしりと来る重さが心地いい。
衛兵も、そこまで疑いのかかっているわけではない容疑者が暴れたり逃げたりしなければ、ことを荒げるつもりもないらしい。コトリ、コトリ、とのんびりと駒を動かす。雅紀は両手を縛られたままで打ち続け、完膚なきまでに衛兵を叩き潰す。衛兵のおっさんも巡回していないときは暇つぶしがてら同僚と打ち合いしていただけに自信があったのだが、一回りも二回りも小さい子供に打ち負かされたことに内心では物凄く落ち込んでいた。
勝った雅紀はここぞとばかりに要求する。
「さて、そろそろあいつらに会わせてもらっても?」
その要求を呑む必要性もないが、疑わしい点も少なく、個別の取り調べを取りやめても構わないか、と思う。どこか勝負に負けたせいで要求を呑んだ感が否めない。
毒殺の容疑者をまとめるのが雅紀だと思っていたのか、雅紀の取り調べをしていたのが衛兵の中でもそこそこの立場にあったのか、他の取調室から容疑者を解放する。もちろん容疑が完全に晴れたわけではないので、手首を縛り付けている魔道具は外されてはおらず、ときどきむず痒そうに腕を動かしている。
一人用の取調室から解放されても、新たに連れ込まれた部屋は変わらず取調室。複数人用の取調室。
康太も雅紀と同じように雑談を楽しんでいたようで仲良さげに衛兵と出てくるが、静と朱莉はその態度が固い。フードを目深に被り、眼鏡型の顔認識阻害用装備を最大に稼働させている。狭い部屋から出ることができたことに非常に安堵しているように見えた。二人してタイミングを計って雅紀と康太の背中に隠れる。
四人が取調室に閉じ込められるが、中に衛兵が入ってくることも無く、中には手を封じられてはいるが気軽そうに寛ぐ。手首に変な魔力が流されてはいるが、その流れを腕で止めることも可能であって、身体強化も魔術の行使も実は問題なかったたりするのだが、公的機関で問題を起こすことに抵抗はある。
体を縛る縄もなくなったため、両手ごとカバンに突っ込んで物を取り出すことも可能となり、取調室の外から衛兵が監視している中で総菜パンを取り出してのんびりと食べ始める。朝ごはんを途中で切り上げさせられたために、小腹を満たすことに躊躇いはない。職務中でどうしようもない人間の前で、食事する容疑者。神経を逆なでする光景である。
そうして小腹を満たしている間、再び扉がぶち破られる。
「やぁ、犯罪者に捕らわれた麗しき令嬢はここかな?」




