お節介
白い空間から戻ってきた雅紀たちは、治療待ちの人の列の並びが変わっていないことから今回も精神を加速させた状態での対話だったと知る。短い時間しか経っていないので話をするにはまだ待つ必要があった。
精神の加速を再び体感したが、周りに比較対象となるものがなかったので確証が持てないが、これを自在に使うことが可能となれば昨日の鍛錬中に浮き彫りとなった高速戦闘での弱点をカバーできると思えた。別に精神を加速するわけでなくとも、思考を加速できればいいのだからハードルは少し下がる。
生物の身体についてのことならば、まずは静に相談してみよう、と静に思い当たることはないかと聞いてみれば、康太も朱莉も静も同じような問題点を気にしていたようで、教会の中でこの世界のほとんどが知らない人間の頭の中の話が始められるのだった。
しばらく相談し、走馬燈や集中時の思考の加速を真似できないか試していると、教会の司祭に声を掛けられる。謝りながら口を閉じようとすると、注意しに来たのではなく司祭の手が空いたので知らせに来てくれていたらしい。お礼を告げて司祭の下へと向かえば、司祭は変わらず治療している他の者たちから見える位置にいた。
「こんにちは。本日はどういったご用件で」
「単刀直入に聞くがこの街の孤児院は空いてるか?」
昨日見た件で最も内心で怒りの嵐が吹き荒れていたのは、医者としての思いを抱いている静ではなく、康太だった。妹と弟の二人をこの上なく可愛がっていた康太にとって子供は守るべき対象であり、痛めつけ虐げ搾取することは断じて許せるものではなかった。地球でも偽善と言われようとも手の届く範囲で守ろうとしていた。
「あなたたちの要件ですが答えは、やりたくてもできない、です。街の獣人の孤児たちのお話でしょう」
孤児院と聞いただけで康太の要件を理解するも、孤児院の現状を思うとこれ以上はどうしようもなく、申し訳なさそうに頭を下げるしかない。康太もその顔を見て、この司祭も精一杯やっているもののどうしようもない壁にぶつかっていることを理解する、その表情は私利私欲を働いている人間にできるものではなかった。
康太たちの肩越しに何かを見つけたのか、康太に一言声を掛けてから教会の入り口に向けて手招きをする。後ろから聞こえる小さな足音に振り返ってみれば、小さな子供が周りの目を気にするようにびくびくと震えながら入ってくる。その頭には、恐怖に耐えように耳がぺたんと閉じられている。
司祭はその子供を優しく招き入れ、まだビクついている子供の頭を撫でてから擦り傷のできている顔と腕に魔法をかけてあげる。軽いものだったのですぐに治り、喜んですぐに外に駆けていこうとするが、出る直前でお礼がまだだったことに気付いたのか勢い良く頭を下げ、また駆け出して外で待っていた友達と共に去っていく。
それを見ながらしばらく手を振っていた司祭。康太も嬉しそうな顔をして入り口の方を見ていた。
「司祭様、治療を無償で行っても大丈夫なのですか?」
静がみんなの心の中で思っていたことを代表して尋ねる。エリンエルの教会で手助けした時は、冒険者にとって怪我は仕事に関わる問題だったので金に糸目をつけない連中が多かったが、そこまででもないにしても無償というのは他の人と摩擦を生み出すように思えた。
「ははっ。あのくらいは大した魔法ではありませんから、お金をとるほどでもありませんよ。といっても最近になってようやく今のようにする余裕が出てきたばかりなのですけれどもね」
「それはどういう?」
「ここ最近ですが、聖王国のポーションが手に入りずらかったのです。あの国の聖属性魔法で高められたポーションは治療のときに手助けとして重宝していたのですが、ここ一か月で急に値上がりしてしまい、値段を上げるわけにもいかず自前の魔法のみで治していまして、魔力がいくらあっても足りない状況だったのです」
聖王国がポーションを特産としていることを初めて知ったが、急な値上がりについては非常に心当たりがあった。勇者の育成において使うことを考え、外に出す分を減らしたのだろう。それも、減らした分値上がりすることも考えて売り捌いたのだろう。雅紀たちの中で聖王国の株が駄々下がりしていく。
「魔力不足のせいで寄付していただける方の治療を優先せざるを得ず、ああしてやってくる子供たちにまで手が回らなかったのですが、一週間ほど前にたまたま効果の高いポーションを手に入れることができたのです。普通のポーションと同じ製法でしたので、恐らく質にいい薬草を使ったのでしょう」
誰だか知らないが、この窮地を抜け出すためのポーションを市場に流してくれた人にお祈りをささげ始める司祭。康太たちもその素晴らしい性格をしたポーションの主に称賛を送る。
一週間前、デュクスの街は効果の高いポーションが流れているのが見つかって商人たちは盛り上がったが、そのポーションを作った本人は至って平凡な腕前の主であり、ギルドに纏めて買えるだけの薬草があったからそのほとんどを買い占めた、と言っておらず心当たりはなさそうだった。ギルドに聞くと、エリンエルの街から大量の薬草が届けられたとしか教えてもらえなかった。暴走があったから質のいい薬草が採れたのだろうと結論付けられ、それを目当てにエリンエルに向かった商人もいた。
司祭は獣人が相手でも気にした様子はなかったが、同じく教会の中で治療待ちしていた人の中には悪感情を漏らしている人もいた。少数だったが街にもそうした人が居たことも合わせて、スラム街の人の偏りについて疑惑が生じる。
「スラムに獣人が多いのは狙ったことか?」
「まさか、我ら聖会教は誰であろうと受け入れる所存です。ただ……」
そこで言葉を区切り、顔を隠すようにしてしばらく溜める。康太たちの不思議そうな視線とその奥に見える怒りの感情に観念したように、再び話し出す。
「皆さんなら気付いているでしょうけれども、残念ながらこの街にも獣人を快く思っていない人間がいます。一部の人がそうしたことをするせいで、この街の人は周りとの軋轢を避けるために獣人との接触をさけるようになってしまったのです。孤児院から引き取られるのもほとんどが人の子供だけです」
「新しく孤児院で獣人の子供を保護するのはダメなのか?」
「情けないですが。スラムに追い込まれた獣人の子供たちは、何かしらのことで人間を怖がるようになってしまっていまして、保護しようとしても拒絶されてしまいます。孤児院としても、拒絶してくる相手よりも頼ってくる相手に時間を割かねばならず、ここまでやってくる人の子供が優先されてしまいます」
商人が集まる街とは思えない事情を聞かされる。商人ならば取引相手が誰であろうと、お互いに利益を追求するものであって相手の種族なんてものは気にしないもののように思えるので、ここの街に住居を構える人の中での話なのだろうか。
「この街に来る商人や長く住んでいる人は気にしていないのですが、若い人の中に残念ながらそういう考えを持つ方がいらっしゃるのです。恐らく聖神教の方々だとは思うのですが、そういう方に限って力に優れていまして違う教会であるここでも威張るのです」
勇者召喚をそそのかした聖神教が原因と聞かされ、さらに株が下がる。あそこは聖属性を扱うことのできる人間が神に選ばれた種族であるといって人間至上主義に染まっているらしい。魔力の扱いに長けているという理由で獣人を虐げるのであれば、他の種族には人間以上の魔法使いが溢れている種族もある。見たくないことは見ないのは、どこの世界でも似たようなものかと呆れるしかない。
「金か?」
「他にもいくつかありますが、詰めていけばそこに行き着きます」
「こんな立派なステンドグラスを持っているのにか?」
「この教会が作られたのはもう昔のことでして、その頃は教会が生活に密着しておりました故」
魔法を使うのに精霊を介しているはずなのに信仰心が失われつつあることに、日本出身の雅紀たちは驚く。精霊という超常的な存在が常に傍にいるにもかかわらず、精霊を含むそれらの存在への信仰が捨てられていくことが不思議でならない。科学が進歩してそちらに傾き始めて離れようとも、日本では今でも神頼みするし新年と年の瀬の各種行事は重要視されている。
「土地は十分にあるのか」
「?ええ、裏が冒険者ギルドで騒がしいと理由でここの周りに好んで店を建てるものはいませんでしたので」
「んじゃ、大丈夫か」
そこで康太と司祭の話を聞いていただけの雅紀たちに康太が話を振る。畑で大丈夫か、と尋ねれば朱莉が魔力を見て頷き、雅紀が魔力マシマシ薬草作れるようにすると答え、静はギルドに高く売りつけてみせると腕を叩いている。その会話を聞いて不思議そうに司祭が尋ねる。
「そこまでしてもらう理由がないのですが……」
「やりたくなったから」
気まぐれだの偽善だのと言葉を重ねていく康太を見て、司祭はこの人たちの申し出ならば受けてもいいのではと思う。あれこれとそれらしい理屈を口にする輩よりは信用でき、その言動からは困っている子供に何かしてあげたいという想いも見て取れる。この人ならば子供に害となることはしないと確信を持てるだけの根拠があった。
もっとも、その最大の根拠は康太たちの見た目が弟や妹を可愛がりたい年代に見えたことだった、ということは司祭の心の中にひっそりと仕舞われるのだった。
治療のために教会を訪れる人を診ているシスターたちに、裏にいるとだけ一言伝えた司祭に連れられて康太たちは教会の裏口をくぐる。その扉の先には広い土地があり、扉のすぐ横に建物があって中からは元気な子供の声が響いてくる。その声に恥ずかしそうだが、嬉しそうな顔を見せる司祭。
この土地を挟む両方の通りに面して大きな店が構えているため、奥行きを確保するためなのか教会の裏には十分な土地があり、建物が両脇すぐにあるわけでもなく日当たりもいい。冒険者ギルドも壁が高くて見ることは敵わない。
予想以上の好条件に康太の願いも叶いそうだった。




