街の明暗
エリンエルの街で短い時間だが生活してきた中で、取り合えず魔術を使うことで何とかしてきたが、街の人たちが魔道具を用いるのを数多く目撃してきた。それからというもの、4人に中にある悪癖ともいえるあれを抑えるのに苦労してきた。街中にそこまでの数があるわけではなかったからこそ抑えられていたといえる。
そこにデュクスという、何でも手に入ると豪語する交易都市が来てしまえば、もうその性格を抑えておくつもりもなくなる。
金貨数百枚を魔道具につぎ込んだが、得られたものに満足して街の裏道には見えない裏道を歩いている。清算を済ませて外に出てから、今の買い物で費やした金額を思い浮かべ、後悔はしないが恐ろしさを感じて街の外周目指して歩いていた。
スタンピードの際のオークの売却価格が1体当たり平均して金貨10枚で、倒した数が多かったため通常報酬とは別途報酬が払われ、その報酬が無ければこのような爆買いはしなかっただろう。金貨にして数千枚にも上るその資産は、ちょっとくらいは趣味に走るのはいいよね、といきなりオークの報酬の1割弱を使い果たした。
働いて手に入れたお金ではあったが、その金額故にどうしても宝くじにでも当たって手に入れたようにしか思えないという弊害はあったが、これから世界を旅するという時にこの資産が役に立つのは明らかであった。このお金のおかげで食事も宿も不自由なく過ごせている。
一度に金貨で数百枚の買い物で疲れたのか、ぶらぶらと歩いて辿り着いた店では何も買うことはなかった。歩いて街の外周に近づくというよりは街道から離れていくにつれ、店の扱うものに共通点が見えてくる。どの店も野菜や肉といった生鮮食料ではなく、干した果物や怪しげな薬草、装飾品と加工品が主になっていく。
商品から目を離して店の奥を見てみれば家のようなものが見えるので、それぞれの店が売っているものは家の中で作ったものなのだろう。店構えも店というよりも家の前でフリーマーケットをしているといった方が近い。その道は馬車が通れるほどの幅はないが日の光は差し込んでおり明るく、人も気を付けなければぶつかるくらいには行き交っている。
表の街道とは違って母親や子供が店にいるのが多い。ものを売るというより手間を売るタイプの店が軒を連ねている。ちょっとしたコツのいる作業や処理をされた品が並び、その中には日本では迷信じみた話だったものが真剣に受け入れらているのか、売られているのを見てぎょっとするものもあった。
恰好が少し浮いていて注目を集めてはいたが気にせずに歩き、この店の並びの終わりも見えてきた辺りでどこからか小さいが短い悲鳴が聞こえる。周りの人は聞こえていないのかいつものことなのか、誰もその悲鳴に反応を示すことはない、いや、活気が先ほどより落ちている。
不気味に思っていると路地から、この通りに買い物に来たとは思えない服装の二人組が出てくる。下品な笑い声を響かせながら周りの店を見渡し、その反応に満足したように何かを指にかけて振り回しながら歩き出す。雅紀も静を背中に庇うようにして気配を殺し、目を付けられないようにして歩き、すれ違う時にその振り回している袋を見る。
その二人の気配がある程度離れてから、静が雅紀の手を引っ張って路地へと入っていく。両側がすすけた家の細い道を走り抜け、1回曲がったその突き当りにうずくまった子供がいた。痛みをこらえるようにお腹に手を当てている仕草から、先ほどの悲鳴の主だと判断する。その姿はとても服とは呼べない布切れを纏っているだけであった。
慌てて静が近寄ろうとすると、その子供はそれ以上近づくなと射殺さんとばかりの目をするが、静は構わずに近づいていく。その子供が近づいてくる静を恐れるように手を振り回すが、静は左腕で受け止めてそのまま子供の傍にしゃがみ込む。ここまで近づいて来るとは思っていなかったようで、一拍置いて暴れるように静に噛みつこうとし、静も今度は避けずに肩を噛まれる。
「そのままでいいから、じっとしてて」
噛みつかれても動じることはなく、お腹に当てられる手の動きは変わらない。肩を噛みつかれて血を流しているのに、何もしてこない相手に戸惑うような顔になるが、突然の身体が温まるような感覚に静から離れる。そしてついさっきまでの痛みが消えていることに気付く。静の顔を見て、これをしてくれた人だとわかり、自分のしたことに青ざめる。
「ご、ごめんなさい」
青ざめた顔のままの謝罪に、気にしないで、と返してから体のことを尋ねる。数回言葉を交わして問題が無いとわかったところで静がその子の頭を撫で、今まで見ていただけだった雅紀がその子供に何かを渡す。手のひらに乗せられたものに顔を上げると、雅紀が手のひらの上の小物入れ、子供の順で指をさし、それに答えるようにコクコクと頭を動かす。
「ど、どうしてこれを」
「んー、そこで拾った」
正直に答える気のない雅紀にはぐらかされて頬を膨らませるが、静が撫でるとその膨らんだ頬も引っ込む。静に撫でられて癒されていると、忘れていたことを思い出したように何処かへ向かおうとする。
「すいません、私行かないといけないところがあって、あの、その…」
「大丈夫よ。痛まないんだったらいってらっしゃい」
「はい!本当にありがとうございました」
慌ててその場を立ち去ろうとする子供に雅紀が布をかぶせる。
「その格好で行くつもりか?」
上着の代わりらしい布にお礼を言って、そのまま路地のさらに奥の方まで入り込んでいく。すぐに見えなくなったがその子が十分に離れるまで待って、静と雅紀も帰ろうとする。雅紀が静の肩に手を置いてそのままスライドさせれば、白かったブラウスにくっきりと付いていた歯型の穴と血が消えて元のブラウスに戻る。
「ありがと。それにしても雅紀~、いつあの袋盗ったの?手癖が悪くなった?」
「静に手を引かれているときにちょっと。どう見てもあいつらのじゃなかったからな」
そうだね、と気分悪そうに答える静。見えないところであんなに小さな子供に手を出すろくでもない輩が、街の中で我が物顔でいることに気分が悪くなる。元の通りに戻ると、そこらじゅうの店から視線を見られるが、それに込められたのが悪意ではなかったので、ここの住人ものっぴきならない状況に巻き込まれているだけだとしておく。
その日はもう買い物を続ける気分でもなくなって宿に戻ると、康太と朱莉が先に戻っていた。街で見かけたものについて情報交換をするも、その声には何か影が見える。
話すことも無くなって買い物を切り上げて来たものだから時間ができてしまうと、誰ともなく日課の鍛錬をしようと言い出す。普段ならば街の外の草原でピクニック気分でやっていたのだが、この日は雅紀の作った空間の中へと入っていく。
全員が声には出さないが、お互いの抱えているもやもやとした暗い思いに気付いていた。それを晴らすように、その日の組手は普段のように技を体に慣らすものとは思えないような破壊工作であった。イライラやもやもやを吐き出すように繰り出された拳は地を割る一撃となって相手を吹き飛ばす。
それをお互いに繰り返していく。
しばらくすれば落ち着いてきたのかその顔からは陰りが消えたが、繰り出される一撃はより苛烈で狙いを澄ましたものへ変わっていく。風を切る音が相変わらずだが受ける方も飛ばされずにその場で持ちこたえ、お返しにいいものを打つ。逸らし、受け止め、躱し、死を予感させる拳の応酬は途切れることがなかったが、康太の力が雅紀を上回り始めてついに雅紀が胸に一撃をも貰ってしまう。
宙に浮かんで地面に背中から落ち、土埃が立ち込める中にそのまま横になる。康太が手を合わせてメンゴといいながら傍まで近寄り、手を貸して立ち上がらせる。立ち上がって背中の土を落とす雅紀は一撃を貰ったが痛がる様子はなく、その顔は康太も合わせてすっきりしていた。
今日の動きはどうだったと組手の話へと移り、昼間見かけた胸糞悪いことに自分の中では蹴りを付けられたらしい。初めは憂さ晴らしの全力だった組手は、途中から全力の力で技を使うための感覚の調整へと変わっていたらしい。体が速く動く分今まで以上に動きが単調になりやすくなってしまい、今までのように全体を俯瞰するのが難しくなってしまった、と二人とも同じことで悩んでいる。
同じように火花を飛ばしまくっていた静と朱莉は既にのんびりとお茶を始めていたが、その斬られた跡と土が残る服は状況にはあっていなかった。隣でドンパチしていたのが終わって帰ってきたのを見て、元の部屋に戻ってすぐに風呂へと直行する。宿についている風呂は当然一つなので女性たちの風呂を待つことになるのだが、ドロドロのままでいたくもないのでもう一度先ほどの空間へと戻って自家製の風呂に入ることにする。
台所から聞こえてくる弾ける音に何かが煮立つ音、漂ってくる油の匂いに耳と鼻が刺激される。まどろみの中ぼんやりとしていると頭を誰かに撫でられるのを感じ、目を開けてみれば静が顔を覗き込んでいる。寝起きで脳が働かない中、背中の感じから横になっていること、後頭部に感じる柔らかさから膝枕をされていることに気付き、目を見開けばにっこりと微笑まれる。
ソファに寄り掛かるように目を閉じていたところまでは覚えているが、どうしてソファに体を横たえているのかに覚えがない。寝やすいように動かしてくれたのならばありがたいのだが、こうして膝枕されているということはばっちりと寝顔を見られていたということで……。それに気づいて顔を赤くして顔を動かせば、台所から音がするのに誰も人はおらず、ひとりでに物が動いている。
朱莉の姿もないので、もしやと思ってもう一つのソファを見れば康太も同じ状況下に置かれているのが見える。康太はまだ目を覚ましていないようで、見られていないことに安心して上体を起こそうとしても体が起きない。もしやと思ってみれば先ほどと変わらない笑みが向けられる。それを見てどうしようもなくなった雅紀にできることは、ただ康太が起きないことを祈るだけだった。
雅紀の願い虚しく康太が起きてからのその日の夕飯は、本人曰く、幸せの味がしたんだそうな。




