商人の街デュクス
護衛依頼は門をくぐってそこで終わりではなく、ギルドまで連れて行くところで終わりであるが、ここでは商人の方が地理に詳しく、逆に雅紀たちが最後にギルドまでの道を教えてもらうことになりながら道を進む。この街でも冒険者ギルドはわかりやすいように大きな通りにあるらしい。
門から冒険者ギルドまでの短い距離ではあったが、この街が昇格試験の目的地だった商業都市とは別物だということはわかった。先ず当然のことだが街の大きさが桁違いである。他の領とつながる太い街道のいくつもがこの街につながるように敷かれているのだから、この街に運び込まれてくる品は国の北から南のものであってその種類は桁違いであり、その分だけ商会の数も増えて建物が増える。
大きいといってもエリンエルほどではないが、そもそもこの点についてはエリンエルがおかしいのである。エリンエルは魔の森が傍にあるということで冒険者関係の仕事が盛んであり、特に武器と防具加工の工房と冒険者向けの雑貨屋も多数店を構えている。これを扱う紹介もデュクスほどではないが多い。そして何よりもおかしいのは街の中に畑を抱え込んでいる点である。これはいざという時の避難場所兼食料供給のためであり、街の北側の小さくない部分がこれである。実は魔力が濃いこともあってここで作られる作物は密に人気があったりする。
取り扱う品という面では、一つ前の街はデュクスとエリンエル、それとその間にある小さな村を巡る商人が主に通る街であり、北から南へはエリンエルでは取れない作物などを含む食料と嗜好品、南から北へはエリンエルで加工された魔物由来の品と西から流れてきた品が中心であった。
それに対してこの街は、周辺というには遠い村々の作物までもがそれぞれの交易路を通って集積される場所であり、それだけでなくこの国全土の特産品と呼ばれるものが流れてくる。その特産品には農業だけでなく林業、漁業、畜産業、手工業、鉱業等々の幅広い分野の成果が流れてきており、「この街で手に入らないものはお金と愛だけ」と歌った詩人がいたのだとか。そして、数が多いため住み分けがされておらず隣同士が同じものを取り扱っているところもあれば、欠片も掠らないところも見受けられる。
最後に、この街は人種がごちゃ混ぜになっている点が挙げられる。北の方から来た白っぽい人に南出身の色黒っぽい人。そして、どう見ても人間でないが人間に分類されるだろう人。これは、隣の国から見て最初の商業都市であるために隣の国から流れてきた人たちである。この人たちは獣人と呼ばれ、森で隠遁生活する一部を除いて大抵の場合は人間と同じ生活を送っている。
獣人は身体特徴として耳だったり毛だったりに獣のそれが現れ、その獣の種類で分けられている。狼や犬、猫などが挙げられ、身体能力もその動物のものと似ていて、何もしていない状態では人間が敵わないほどの力を誇る。ただ人の方が魔力で勝っていることが多く、争いになってもどちらかが一方的になることはないらしい。加えて、力を重視する傾向が強いようで、これは帝国の政治の面でも表れている。
こうして再びの商業都市で目新しいものがないかもと思っていた雅紀たちの懸念は何処かへと飛んで行き、街の様子に目を奪われている。人の数に関しては日本の首都の方がごった返しているので大して気にならないが、道を行き交う様々な姿の人と道端で売られているものにキョロキョロとしている。クロネを始めとする商人たちも帰りに積んでいく品を探して似たようなことになっている。
街の中なのでゆっくり走っていたようだが、街に夢中になっているうちに冒険者ギルドに到着し、クロネに連れられて護衛をしていた冒険者がギルドに入っていく。その建物は非常にきれいなものであったので見回しているうちに受付でクロネが依頼達成の手続きを終え、その場で護衛が終わりとなり解散となった。一緒していた冒険者たちは帰りも護衛するようで、商人たちとよくお世話になっている宿へと去っていく。
それをギルドから見送り、改めてギルド内を見て回る。依頼が張り付けられている板を見てみると、そのほとんどが何処かの街までの護衛依頼か荷下ろしと整理の手伝いで、討伐の類はほとんど張られていない。この街で冒険者を始めるのは苦労しそうだなと思う一方で、森の中で大鬼を見かけたのは大丈夫だったのか心配になる。
いざという時は護衛でこの街に立ち寄っている冒険者が出張ることになるのかな、と考えながら護衛の道中で討伐していた分の魔物を売却する。出てきたのは雑魚ばかりで魔石以外は売り物にならない魔物だったので、素材も売ることになるのはオーガだけとなる。クロネもオーガの革はそこそこの人気があるといっていたので、どれくらいで売れるか少し期待していた。
オーガの方をギルド員が見ている間、魔石の売却を済ませると、売ったそばからギルド員が何かの機械に魔石を流し込み、しばらくして出てきた数字をもとにいくつかに分類していく。何を測っていたのか聞いてみれば、魔石の属性と入っている魔力の量を測っていたとのことで、魔道具を取り扱う商人が買いに来る時に含まれる魔力量で指定してくるので導入したらしい。
魔力の数値ができることに驚き、それならばあの魔石はどのくらいなのか、と一般の魔物の例を聞きながらワイバーンの魔石の鑑定を頼む。討伐依頼のランクとほぼ幅が一致しているようで、魔石の差が強さの差だとのこと。
オーガを見かけたのが街からもそこそこの森の中だったことを伝えると、この辺での目撃例は非常に少なく珍しいことのようで不審がる様子を見せたが、これもエリンエルのスタンピードの影響の1つだと判断したようで対策はしないことにしたらしい。
オーガの売却分の金と返ってきた鑑定結果に受付嬢も目を疑われるが、そうなるだろうとは予想できたので気にせずに礼を言ってその場をあとにしようとしたところで、魔石の鑑定をしていたギルド員が思い出したように、
「どうも最近、冒険者から直接魔石を買い取ろうとする人たちがいるようですが、基本的には冒険者ギルドを通してやり取りするようにお願いします」
と声をかけてくるが、その忠告は少し遅かったかな、と思う次第。
宿までの道のりでは、一つ前の街には無かった小物を扱っている露店を冷かしていく。露店なので貴金属で作られたものや宝石のあしらわれたアクセサリーは売られていないが、端材で事足りる大きさの品やきれいな石を使った小物は多く、いつか作ることになった時のためのデザインの参考にさせて貰おうと眺めている。
食料品だけでは姿を見せなかった乙女の買い物精神が小物や服飾品に刺激されたのか、静と朱莉の顔はそれになりつつあり、同時に雅紀と康太の顔から感情が抜け落ちていって悟りの境地が見え隠れし出す。希望が限りなくゼロに近いことを理解してしまい、細々とした雑貨を再び買い揃えて宿に向かうのであった。
デュクスでの滞在する宿はギルドではなく商人に紹介してもらった。ギルドで紹介してもらうと、どうしても冒険者が寝泊まりと食事するだけの宿となってしまい、静のように自分で料理したい人にとってはおすすめできない。そうなればそう考える人向けの宿もできるわけであり、商人だけでなく料理人も買い付けに来るこの街では生活空間という箱を貸し出す形の宿が少なくない。そして、商人の方がギルドよりも詳しいのである。
こうして念願のキッチン付きの宿を取れたわけだが……
「うん、やっぱり設備としては微妙だね」
「やっぱり、そうか…。しょうがない、野宿のときと同じように魔術で何とかしながらやろうか」
と、静の父のカフェほどの調理場を期待していたわけではないが、調理台だけは広く、火力不足のコンロしか置かれていなかった。もうひとランク高い宿にしておけば、貴族のお抱えが使うようなのが期待できたかもと悔しい思いがこみ上げてくる。
残念ながら、静が火力不足と判断したこのコンロだが、この街には物が集まるだけあって一般からしてみれば最新のものであり、これ以上のものを求めるとなるとそれ専門の店へ行くか自分で作るしかない。
「残念だけど、そうしようか。…よし、今日は飽食の国”日本”の料理を作ってあげる。出汁が魚系しかないのが残念だけど……、他の街に期待しよう」
「それじゃ、俺と康太はスパイスっぽいのでもすり潰しておくことにするか。そうすればあれが作れるかもしれない」
「もう、全部使い切らないでよ?そのまま料理に使うのもあるんだから。朱莉、これ捌くの手伝ってー」
雅紀が康太と絨毯の上に腰を下ろし、康太は山盛りになった紙袋をいくつも取り出して種類で分け、雅紀が鉄をうねうねして即席の薬研を作って数回試し、すり合わせを調整する。それから山のように積み上げられた香辛料を潰しながら、嗅いだことがあるような匂いに、あれじゃないか、これじゃないか、これなんだっけ、ときつい臭いで鼻が利かなくなるまでゴリゴリとし続けた。
静と朱莉も和食の肝となる出汁を取ろうと下ごしらえをしているが、こちらの市場で手に入ってかつ出汁になりそうなものが一部の魚とキノコだけだった。その魚もカツオやマグロのような出汁ではなく、どちらかといえば小魚で引く出汁に近く、キノコも雑味が混じってしまっていた。他にも確実に良い出汁が引けそうだった貝や甲殻類は乾物ばかりで、少しばかり手が出せない値段だった。
日本では簡単に使えた出汁の粉末の凄さを改めて実感し、煮干しだしと馴染みかつよく食卓で見かけた料理、そしてキノコ出汁を引き立てる料理を仕上げていく。
その晩食卓に上ったのは、煮干し出汁をこれでもかと効かせたうどんとキノコのいい香りを漂わせる茶わん蒸し、両方で仕上げた煮物。それだけでは足りなかろうと和食以外も作ったが、久しぶりに見る日本の料理に注目もされない。
久しぶりに味わえた出汁の味に外は異国情緒あふれる街並みだが、この部屋の中だけは彼らにとっての”家”が広がっていた。




