昇格試験3日目
2日目の夜。野営予定の場所に少し予定よりも遅れるものの到着。その空気は護衛中のものとしては最悪のものだった。
縛られたままの冒険者は未だに静と小競り合いをしていた相手を睨み続けている。その様子にどうしようもなく、とりあえず試験官を呼んで続行するのかを問うも、最後までが試験という返事が返ってくる。護衛中にやらかした冒険者の対処も試験の一環と言うことなのだろうか、ならば前例に倣うべきだと受験者たちは考える。
「怪我については街についてから個人間で話し合ってください。小競り合いの方は、もう、距離をおくことくらいしか……」
商人も呆れながらそう答えるので、それに従って翌日の並びを決め、ようやく鎖から解放されて野営に入る。
曇っているせいで昨日よりも暗く、睨み合いのせいで火の番をしながらゆっくりとすることができないなか、絶賛小競り合い中のパーティーのリーダーが雅紀たちに謝罪と感謝するものの、縛られていた当のメンバーは態度を変えることはなく、護衛の最終日を迎える。
魔物の数は昨日よりは減ったものの森が近くにあるのでまだ気を緩めるにはいかない。先頭と最後尾に先走りそうな受験者を分けたというのに、馬車列を挟んでまで睨みあいを続けており、同じパーティーだけでなく他のパーティーに加えて護衛対象の商人からも、空気の読めない奴認定を受けていることに当人たちだけが気付かない。
それだけでなく争いに発展しそうなところを無理やりだが止めた静にまで不躾な視線を向けており、見られている静以上に雅紀の機嫌が悪化の一途を辿っている。睨まれたら睨み返す、しかしそれは試験官をしている冒険者ギルド勤めと先輩冒険者、商人には見られないようにタイミングよく効果的にやる。
若造に気圧されたことに怒るも他にそれを見ている者はおらず、パーティーメンバーを巻き込もうとするも仕事を真面目にする雅紀と他のパーティーと諍いを犯そうとした冒険者では、前者に軍配が上がって白い目で見られるのが加速されるだけである。
そうしてどんどん周りのことが見えなくなっていき、ついに護衛以来の最中だということまでもが頭の中からサヨナラする。功績を求めて魔物が出てきた際には突っ込んでいくのだが、一部魔物が避けるようにして馬車に向かう。零れた分の魔物も戦闘を始めたパーティーの担当になるのだが、他のパーティーとの担当のぎりぎりの境のものだけを残して静たちの馬車へと通す。特に何の問題もなく雅紀の剣が切り刻んでいくが、苛立ちは積もる。
自分たちの担当だと言われればそうだと納得できるが、隣も戦闘しているならばそちらの担当だとも思える曖昧な部分。更に後ろでは、最後尾のソロの寄せ集めが出しゃばってエンスタンスのメンバーが落ち着いて対処しているところに突っ込んでくる。思いっきり邪魔されて危うくメンバーが怪我しそうになったことに温厚そうなジジャも我慢できなくなる。
「どうして、今の攻撃をしたんですか?どう見てもあなたは邪魔にしかなってませんでしたよ!」
「うっせんだよ、鈍間が! 全部倒せりゃ、それでいいだろ!馬車も無事だ、何が問題なんだよ!」
「そういう問題ではありません! あなたのせいで私の仲間が危険にさらされたと言っているんです!」
後ろでは喧嘩が始まり、前では故意に魔物を素通しした奴が舌打ちをする。そうした間も音を聞きつけた魔物が集まってくる。商人たちは進もうとするも護衛がそれを許さない。
ラルフたちのように戦場で見かけた高ランクで仕事に対して真面目だった冒険者を基準にしていた自分が馬鹿だったと、静が表情がすっぽりと抜け落ちたような顔で呟き始め、それを見た朱莉が急ぎでなおも食い掛っているジジャを首根っこを掴んで彼の馬車まで連れ戻す。
「どいつもこいつも。ねえ、仕事中だってこと分かってる?分かってないよね?どうして、真面目に働かないのかな?ねえ?そっか、魔物がいけないんだね、魔物が来るからみんな護衛のお仕事しないんだね。魔物なんていなくなればいいのに」
そこで言葉を区切ったかと思えば、昨日問題を起こした冒険者の横のコボルトの死体を指さし、それに慌てたように雅紀が腕を振り下ろす。
とてつもない破裂音と共に血液が弾け飛ぶ。
雅紀が張った結界のおかげでそれを被るものはいないものの、中の見える結界だったせいで、弾けた肉片や血液がべったりとその壁に張り付いているのが透けて見えてしまう。いきなりの破裂とその結末に頭の処理が追いついていない他の受験者を置いて、静が次々と死体を指さして仕舞いには森の中にも指を向け続け、その度に凄まじい音量の破裂音が森の中からも響いてくる。
雅紀が張ってくれた結界がすべての死体と近づいてくる魔物を覆ってくれたおかげで血みどろは避けられたものの、その衝撃に誰もが腰が引ける。そうして、その指が問題を起こし続ける冒険者に向けられる。
「まだ、やる?」
隣の肉片と自分を重ね合わせたものが想像として頭をよぎり、指が向けられ早鐘のように打ち続ける心臓に胸を抑えて、恐怖で顔を引きつらせながら全速力で首を横に振る。それを確認して「そう、なら良かった」といつもの笑顔を取り戻した静は馬車へと戻り、雅紀も中身を塵に返してから結界を解除してちらりと視線を向けてから静の後を追う。立ち尽くしている受験者も、仲間に引きずられるようにして馬車へと乗り込む。
ようやく全員が乗ったところで馬車が動き出し、問題を起こし続けた受験者の仲間はここまで放っておいたことを後悔するだけの恐怖を味わったのだった。
それからの護衛は極めて順調だった。
視界内に魔物が現れたかと思えば、即座に血と肉片へと変わって結界の壁に張り付く。魔物が現れたことに警戒はすれど、戦闘に入る前に他の誰も手が出せないうちに片づけられる。護衛としての功績もくそもない。誰も役に立てずに商人が進む馬車に乗っているだけの護衛、それは名ばかりであってその存在は必要ともされていない。その虚無感を受験者の心に植え付けた。
ただ静たちだけがその後も会話するだけの余裕を持っていた。というよりも、この現状を作っているのだから、自分までもがそうなるわけもないのだが。商人の方も、初めはその魔法を怖がっていたようだが、高ランク冒険者と同じようなものだと思えば怖くもないという結論と、雅紀が静を抑えようとあれこれしているときに静の振りまいた幸せオーラに毒気を抜かれ、当初のように接するのだった。
恐れを抱くだけの受験者がほとんどであり、静の目に留まるのを恐れて音を極力立てないようにしている。せめてもと斥候役が索敵しようとも索敵範囲に入る前に魔物の命は散らされ、誰も彼もがただ馬車に乗って周りを見渡すだけ。
護衛の不手際で迷惑をかけたことの謝罪と言うことで、雅紀たちが全力で馬に魔法を掛け続け、馬の最高速度で道を爆走している。その速さは荷台を引いている馬の出せるものではなく、試験の予定よりもかなり早めに目的地に辿り着く。
雅紀たちは謝罪と称していたが、本人たちはそのようなことを一切考えておらず、一刻も早くこの居心地の悪い状況から抜け出したいだけであり、本心で言えば転移でさっさと街へと入りたいところであった。いろいろやらかしたが一応は昇格試験中であり、突然それを放り出せば迷宮入りが遠のくかもしれず、とりあえず合格はしなくとも最後まで付き合っておくか、という気分。
手続きは冒険者ギルドのカードの確認だけであり、身分証としての役割を果たすのかと感心し、続いてエリンエルとは違った景観の街に首を回す。街の大きさが小さいため、街中で機能がはっきりと分かれているわけでもなくごちゃごちゃしているようだが、それだから感じられる活気というものがある。
そのまま太い道に沿って進んで冒険者ギルドに着いてそのまま受験者は一室に案内されてそこで1時間弱待たされ、その間に試験官は商人からの意見を最後に聞いて試験の合否を決定しているらしい。この結果を待つ時間と言うのが極めて嫌いな人は多いようでドキドキハラハラしているが、興味が失せていた雅紀たちはどこからともなく取り出した本を読んでいる。この状況でやりたいように動けるのを見て、強者かのように見られる。
やがて試験官が数枚の紙だけを持って部屋に入ってくる。
「試験ご苦労だったな。初めての護衛で疲れてるだろうから手短に済ませるぞ。ほぼ合格だから駄目だった奴呼ぶぞ、つっても分かってるだろ。お前とお前、それとお前な。他の奴は下の受付でカードの更新してこい、それで解散だ」
言葉通りに労いの言葉もほぼすっ飛ばし、駄目だった受験者、ソロでジジャと揉めた人、功績を焦って和を乱した他2人が呼ばれる。本人たちも自分が不合格だろうということは分かっていて悔しそうだが、それでも納得がいかないことがあるようで話すも半ば叫び声になる。
「じゃあ、こいつらは何なんだよ!?俺らに攻撃しようとしたぁ!?」
「黙れ、お前らが居なければ普通にやってたんだよ。お前らがぐずぐずしたからやったんだよ。おめえらと一緒にすんな」
何言ってんだ餓鬼が、と試験官が隠すことなく吐き捨て、合格できたことに不思議そうな顔をしている雅紀たちの肩を叩き、
「見事なもんだった。冒険者っつうのは、時には力で周りを締めなきゃなんねえ時もある。だから気にすんな、あれも仕事の内だ」
とだけ言い残して部屋を出ていく。やり過ぎた気がしていたが、まだ自分たちが地球の頃の感覚を持ち続け冒険者というものに夢を見過ぎだと言われた気がした雅紀。
何かやるせなさを感じずにはいられないが、これから冒険者として過ごしていく以上はそういうものだと割り切っていくしかない。高ランクとして他の冒険者に目を光らせる立場になればこの感じも拭えるのでは、と一般に持たれている目的とはまたかけ離れたことで上を目指すことにする雅紀。相談すれば乗ってくれるんじゃないかと思いながら、一先ずは迷宮に入れるようになるために下に降りることにするのだった。




