昇級試験2日目
今までにも街から街への移動を繰り返してきた商人の顔に比べて、受験者の顔はなかなかに悲惨であった。Eランクの仕事は基本的に日帰りで終わるものが多く、登録した街でずっと仕事をするものだからただでさえ旅に慣れないうえ、護衛で人の命を預かるという重圧、試験官が常に目を光らせているという緊張感から、げっそりとしてクマがくっきりと浮かんでいる。そんな顔で、硬い干し肉とパンを噛み千切っている。
その顔を見て護衛されている商人たちはやはりという顔をしている。初めての護衛の野営で疲れ果てるのは昇級試験の恒例らしい。そのため、受験者の中で最も幼く見える雅紀たちがその顔になっていない理由については、実力があっても若さゆえに物事を軽く考えているのだろう、と担当の商人以外からは低く見られていたりする。
2日目になって隊列の順番も変わり、雅紀たちは最後尾に下がり、先頭になったパーティーは昨日は2番目で出遅れたように感じていたようで、見せ場が増えたと喜んでいる。先頭という索敵仕事で最も責任の大きい場所に割り当てられたことに喜ぶ姿に、Mなのかな、と失礼なことを思ったりしている。
最後尾と言うことで基本的に後ろだけを気にしていればいいということで、朱莉が荷台に移る代わりに康太が御者をしているクロネと話す。雅紀は何か思いついたのかこそこそと作業し、静は朱莉の補助に入っている。康太も話すのに丁寧語は疲れるのか、素の口調でいいかと聞いて許可をもらっている。
「クロネさん、ギルドの昇級試験をやるってことはだいぶ長いこと商人やっているみたいだが、実際はどれくらいだ?」
「人生のほとんど、と言っておきましょうか。父も行商人だったので小さい頃からついて回っていましたから」
「やっぱり、エリンエルと何処かの往復の行商?」
「ええ、私は基本エリンエルのものを他の街に売りにいき、そこで仕入れて帰る。そういう意味では行った先も拠点なんでしょうが、旅していないときはエリンエルにいますからね」
「はぐれのコボルト3、どうしますか?」
「馬車を止めないでできるのならばそれで」
緊急でもないが索敵の報告をし、返事を受けてすぐに朱莉が矢を放つ。その矢の着弾を見届ける前に静が鎖を矢を追うように飛ばし、森の中から脳天に矢の突き刺さったコボルトの死体を縛って引き寄せる。その死体を解体するつもりはないようでそのまま死体用のアイテムボックスにぶち込む。
「コウタさんたちはアイテムボックスを2つも持っているんですねぇ。商人としては羨ましい限りです」
「持ってるって言ってもどっちも大きさとしては微妙だし、クロネさんの持ってる方が大きいはずだが」
「いえいえ、アイテムボックスは持っているだけでステータスですし、小さくてもいくつもあれば、それは大きなものと変わりません」
「師匠にもらっただけだし、追加の当てもないからどうしようも」
雅紀が作った擬装用のアイテムボックスは、大きさこそ手軽に作れる小さめのものだが、機能は出回っているものとは違い、さらに量産可能であるのだが、面倒なことになるのは分かり切っているので、擬装用の話として師匠譲りの品ということにしている。
「クロネさんも今回の目玉はやっぱりオークの肉か?」
「ええ、今回は大規模のスタンピードでしたので大量ですよ。被害を受けた人には申し訳ないのですが、商人としては幸運だったな、と。これだけあればあちこちに売り捌けますからね」
「でもこれだけあると値崩れするように思えるんだが、大丈夫か?」
「オーク肉の旨さを甘く見ちゃいけませんよ。それは……」
街でスーシーやラルフから聞いた覚えのあるような形容がその口から吐き出され続け、再びの朱莉からの声でやっと帰ってくる。昨日に比べて魔物の出現数が明らかに増えている。そう思い、心当たりを聞いてみる。
「普段もこんなに魔物って出るもんか?絶対に昨日よりも多いんだが」
「川沿いよりも森近くのこの道の方が多いのは確かですが、ここまでとなると珍しいです。あ、もしかしたら魔物も荷台のオーク肉の臭いに釣られたりしてるんでしょうか。あとはスタンピードの影響もあるとは思います」
「エリンエルの森から逃げた魔物がこの森に流れたのか。そりゃそうか、全部が草原に来るわけもないか」
「それにしてもアカリさんの弓の腕はすごいですねぇ、今までの護衛のなかでもトップクラスですよ。森の中の敵を打ち抜くとは。それを言ったらそれを引き寄せるシズカさんの鎖捌きは鎖とは思えません」
「あぁ…、変わった武器だと思ってください」
「わかっています、冒険者の手の内を探るのはマナー違反ですから」
「護衛している人にそれを言わせるのは何か違う……」
康太が違和感に苛まれるなか、静と朱莉が再び森の中に矢と鎖を叩き込んで襲い掛かろうとする魔物を未遂で止め、雅紀は作業が終わったのか、できたー、と叫んでいる。馬車列も前から来た魔物を倒しているのか停止する。
普段と違う森の道でその日の夕方に最悪の形で現れるのだった。
日が沈み始め、道の両側を森で囲まれているため、完全に日が沈んでいなくともその道に光が差さなくなる。加えて昼間には無かった雲が流れてきていて赤いはずの夕焼けも灰色がかっている。雨が降る気配がないのが唯一の救いに思えるほどの不気味な空気。
予想以上の敵の数に持ち込んだ弓矢が尽きそうだから温存する。そういう建前で朱莉を索敵に専念させ、その方向の指示に従って静が複数に増やした鎖を立て続けに森の中に叩き込む。血の匂いがオオカミを引き寄せてしまうため素早く引き戻して袋に詰め込み、雅紀が気晴らし程度だが水を撒いて臭いを薄めようとする。
早いところ前に進みたいところだが、先頭の冒険者が手間取っているのか馬車は動きを止まったまま変わらない。後ろからの守りに力を割いているため静と朱莉は動かせず、康太は依頼人の傍で、比較的手の空いている雅紀が魔法で前方の援護、巻き込まないように弱い魔法しか使えない。
前の冒険者たちが競い合うようにしているせいか、大きな一匹の獲物を取り合ってヘイトの稼ぎあいが続いてしまい、なかなか倒せない。倒してからも何か睨みあい、警戒を続けてようやく前に進み始める。しかし、動き始めてすぐに朱莉の索敵に群れを成して近づいてくる魔物が引っかかる。
「クロネさん、今すぐ馬車列止めてください。早く!!」
「えっ、はい、魔物が来てます、止まってください!!」
「うるせえ!!うちの奴はそんなこと言ってねえ!!嘘言ってんじゃねえぞ!!」
朱莉の焦った声も先頭を行く冒険者に無視されてしまい、進み続ける馬車。それに雅紀たちの顔が歪んで舌打ちが出てしまい、今までの態度とはかけ離れたその仕草に戸惑いを隠せない。「雅紀さん」と朱莉に名前を呼ばれただけだが求められたことは理解しているようで、雅紀は昼間いじっていた懐中時計を取り出す。
「朱莉の優しさに感謝して欲しいものだな。よし準備完了、ポチッとな。馬車は中央に、円陣組んで」
ボタンを押すような効果音を口にしているが、実際の動きは懐中時計の横についていたつまみを下におろしただけである。それでもたらされた現象は、馬の動きが止まるという誰にでもわかる形で皆に伝わる。朱莉の忠告を無視した奴がまた噛みついてくるが、雅紀は馬車の上を跳ねるようにして先頭馬車の斥候の隣まで進む。
「何した。邪魔するんなら容赦しねえ、殺すぞ」
「そっちこそ邪魔。あと、10。…5、4、3、2、1、今」
「敵襲!!数は20以上!!」
「敵はオオカミ、数は35」
他の斥候が感知できて他の奴も動き出してから、斥候の報告をすべて朱莉が伝えてきた情報で塗り替え、睨み続けてくる冒険者から気配を消すようにして元の馬車へと戻って懐中時計を元に戻す。馬が動き出すのを横目に、雅紀たちも戦闘に備えて纏う気を入れ替えて馬車を囲む円陣に加わり、朱莉は遠くまで見通せるように康太の肩の上に立つ。
他の斥候のうち感知できる範囲が最大の人を選んだつもりであったが、それでも距離が短かったのか円陣を組み終える前にオオカミが森の中から飛び出してくる。クロネが声に出したときに指示に従うようにしていた1つ前の馬車にいたエンスタンスは、準備も整っていて慌てることなくそれぞれの武器で迫る魔物を倒していく。一匹一匹ではあるが馬車を守ったうえで確実に数を減らしていく。
しかし、忠告を聞かなかっただけでなく功を焦った冒険者は円陣を組むことさえできておらず、目の前に来た魔物に剣を振るっている間に後ろから噛みつかれている。それを倒そうとして噛みつかれた受験者ごと斬りつけさえする他の冒険者。謝罪ではなく怒号が飛び交い、冒険者同士が剣を向け合う始末。
そこからあわや乱闘に、というところでにらみ合っていた輩の身体が宙へと上がり、その身体を幾重にも鎖が縛り付け、空いた空間に雅紀が駆け込んで馬車に飛び掛かろうとしていた魔物を切り捨てる。蹴散らした魔物の死体をすべて仕舞ったところで宙を飛んでいた馬鹿が落ちてくる。その落下を受け止めるものはなく、鈍い音が聞こえる。
中央に集まっていた商人が彼らに向けるのは、護衛のそれではなく害をなすものを見るそれ。商人だけでなく他の受験者からも、その視線を向けられた受験者は鎖を辿った先にいる静へと怒りをぶつける。
「テメエ、仲間に手ぇ出してただですむと思ってんじゃねぇぞ!?」
「他の護衛と殺し合おうとした人がそれ言う?」
正論だが正論故に受け入れず、それでもまだ騒ぎ立てるそれを冷めた目で見ながら、
「とりあえず今日の野営予定だったところまでいきましょう。話はそこで」
と話をぶった切り、自分の馬車へと戻る。その際、馬に触れて馬の疲れを消し去って、ついでにドーピングを施す。朝から続く小競り合いのせいで積み重なった遅れを取り返せるように強化しておく。野営する場所も予定されていた場所が最適なのだろうから、休むのならばそこで休みたいのである。
静のおかげで朝一番のような力強さを見せる馬に引かれて、暴れた連中は縛られたままそれぞれの馬車に乗って進む。




