昇級試験開始
雅紀がお茶を吹き出したときには変な目で見られたものの、知り合いの名前が出てきたと説明して切り抜け、その後に細かい情報をいくつか追加で貰い、この日の会食は終わりとなった。
ラルフたちとも屋敷の前で別れ、そのまま転移して人目のない街の裏道を通ってそのまま宿に入る。明日は進級試験なので、旅に出かけるのに必要だろうと買い揃えた道具をよく見られるアイテムボックスの袋に詰めていく。雅紀たちのスマホを利用したアイテムボックスでは怪しまれてしまうと、わざわざ偽装するために雅紀の魔術で作った袋である。
とは言ったものの、困ったら魔術でどうにかすればいいかなどと考えているため、買い揃えた者の大半は食料品であったりする。
翌日の朝。朝と言うには、冒険者のほとんどは既に仕事を始めている時間。
エリンエルの街の北門前。普段利用する人はほとんどが商人の、その門の前に若手の冒険者が4組待機していた。彼らの他にも、もう少し貫禄のある組が1組だけ目立たないように立っていた。
「あ、マサキさん。おはようございます。今日からお互いに頑張りましょう」
「おう、ジジャか。合格できるように頑張ろうな、って一人眠そうにしてるのがいるんだがどうしたんだ」
「あはは、どうやら楽しみにしていたようで昨日なかなか寝付けなかったようなんです。そのうちまたいつものように元気になりますよ」
遠足前の子供か、と突っ込みを入れたくなるような話だったが、元気っ子の性格を考えればそうであっても違和感はない。そんな和んだ空気の2組であるが、もう2組はと言えばこれまた緊張がビシビシ伝わってくると同時にここで和む奴に未来はないとでも言いたげな目をしている。
その目のせいもあって和やか組と緊張組の間の溝が時間と共に深まっていく気がするなか、鐘の音が響きわたり、その鐘の音が止んでから冒険者ギルドの指導官と護衛対象と思われる商人を引き連れて門前までやってくる。
「よし、全員集まっているな。では、これよりDランク昇格試験を始める。試験内容はデーニッツ領までの護衛、審査は個別で同行する奴らが行う。想定期間は3日だ。何か質問は?どうした?…無いようだな。ではこれより開始する」
強面のギルド指導員の掛け声でそれぞれのパーティーの担当の馬車へと乗り込み、門で手続をして街の外へと進む。
雅紀たちが他の受験者の顔を見てみれば、誰も彼もが緊張しているのか、街のすぐ近くだというのに忙しなく顔を動かして魔物が襲ってこないか警戒している。それを見ていると、そんなに早くから気を張っていたら最後まで持たないのに、と考えていると担当の商人から声がかかる。
「皆さんは、慣れていますね。とても初めて護衛しているとは思えない落ち着きです。ああ、申し遅れました、私はクロネと申します、これから3日間よろしくお願いします」
「これはご丁寧にありがとうございます。私は朱莉、このパーティーの索敵を担当しております。それで後ろに居りますのが、左から静、雅紀、康太と申します。こちらこそ若輩者ですが3日間宜しくお願いします」
「何処かのご令嬢でいらっしゃいますか?とてもではありませんが冒険者だとは思えません」
「決してそういうわけではありませんので、もっと気軽に接していただければと」
「いやはや、これはこれは、あなたたちは只者ではなさそうだ。長年この昇格試験のお手伝いをしていますが、見たことがないタイプですね、今のうちに縁を結んでおきましょうか。では護衛、お願いします」
「はい、任せてください。目的地まで安全を保障いたします」
同乗していた試験官の冒険者は話に入ってくることはなく、担当の商人と自己紹介を済ませて雅紀たちはこの世界で初めての旅に出発するのだった。
馬車に揺られること数時間、街を出てからずっと川に沿うように続く道を進み続けた。初めの1時間くらいは街が小さくても見ることができ、魔物が出てくることも無かったが、それからの道では1時間に1回か2回、小規模な魔物に遭遇していた。その間暇だったので馬車を引いている馬を見てみると、どうやら魔物の一種のようで馬よりも脚力がある模様。聞けば魔物だが調教することで暴れることも無くなるのだとか。
商人の馬車は列を成しており、先頭の馬車を担当する斥候が魔物を見つけるたびに馬車列が止まり、護衛の冒険者によって脅威が排除されるまで動きが止まる。雅紀たちの馬車は前から3番目であり、数匹の魔物では前の2台の馬車の護衛が動けばそれで蹴りが付き、見ているだけであった。雅紀たちにしてみれば動かないで護衛対象の安全を確保できるので楽していたのだが、他の馬車の護衛は手柄を立てる場面を求めているのか参加できなかった人が焦りを見せていた。
そうして一同は進み、日が沈み進むのが困難となり、川から離れて野宿の準備に入る。商人たちは皆が大きさに違いはあれどアイテムボックスを持っているように見えるのだが、冒険者も商人も誰も彼もが、どこにでも売っていた見るからに硬そうな干し肉とパンをかじっている。中には齧れずにふやかしている冒険者もいる。昼食の時は朝買い込んだ食料があったのだが、夜までともなると気温が高くなり始めてしまい鮮度が厳しくなり、保存食に頼らざるを得ない。
そんな食事だったが、雅紀たちは昼食の時は擬装用の袋の中から、店をしていたときに雅紀が時間を見つけては作っていたサンドウィッチを取り出していた。擬装用とは言えど機能に違いは付けず、そのパンは焼きたてのようにふっくらとしており、挟んだ具は熱かったり冷たかったりと作った時の状態を維持している。それでも、周りの人も似たような食事をとっていた。
夜になり、野宿の準備が済んだ後は日が再び昇るまで進むことはなく、時間は非常に有り余る。そうなれば、どこであろうと食事に妥協するはずもない静がすることは気まりである。擬装用の袋から肉と野菜、そして鍋などの調理器具までも取り出し、竈を作ることなどなく火を出して調理を始める。野宿する場所の端で匂いを抑えてやっていることから周りに気を使っているのだとは思うが、他の受験者からはそんなこと関係なく目を付けられる。
周りの食事風景とは明らかに一線を画す風景。雅紀たちがアイテムボックスを持っていることはわかるのだが、それに対する冒険者の表情が羨ましいものを見るものであるのに対し、商人は大して興味を持たない。これは、商人たちもアイテムボックスを持っているからであり、どちらかと言えばその容量だけ商売ができたのにと悔しがる、といった方が近かったりする。
冒険者の方も羨ましがるものの、その中に入っているものを分けてもらうなんていう度胸を持つ者はおらず、その日の夕飯も終えて残りの仕事も野営だけとなる。星が見えるようになった9時頃には、商人も火の番以外の冒険者も眠りについている。多くのパーティーは寝落ち防止か2人で火の番をし、交代で当たっている。
雅紀たちは4人で他のパーティーよりもメンバーが少ないため、一人頭の負担が大きくなるも、爺のせいで突然山に拉致される経験に加え、現代人の睡眠時間の少なさに適応しているために特に負担にはならない。負担どころか、カップルできれいな星空を眺めてイチャイチャしている。それを眺めさせられる他の冒険者の目つきは言うまでもなくあれである。
普通の護衛ならば、護衛全体から数人出して警戒に当たらせるものだと聞いていたのだが、試験としては全員に役が回るようにか、野営の際だけは各商人が別々の依頼主であることとすると言われた。他の護衛の連中と鉢合わせした時のことも意識してのことらしい。
先に休みをもらったのが雅紀と静で、布を糸で吊るしただけの即席のテントの中で寝袋に入って寝ている。他の冒険者が地面に革を敷いた上で似たような皮を一枚かぶって横になっているだけなので、ここだけ質が違う。貴族ともなれば大きな馬車の中が魔法で見た目の数倍で生活雑貨一式が詰められていたりするのだが、それを除けばテントと寝袋というだけで旅の睡眠の質はほぼ最高のものになる。
朱莉と康太は、朱莉が魔力の球を風に乗せるように飛ばして端末とし、康太が魔力を薄く広げていき索敵範囲を広げている。出てくる魔物が大して強くなく、索敵に引っかかってからでも対応できるとわかっているからこそ、何も反応がないうちはのんびりと空を眺めている。現代の日本では街の光で星が見えなくなって久しく、星を眺める機会と言うのは極めて限られ、その行為がロマンチックな扱いを受けている。
もちろん康太と朱莉も、初めは地球よりも見える星の数の多い夜空に惹かれていたが、朱莉が地球の夜空と比べ始めてからは甘い雰囲気が何処かへ消えてしまう。康太も止めればいいのだが、雅紀たちと一緒にいるからか、そういう話を聞くのは嫌いではなく、それだけでなく、この世界の神話でも星に関わる話ってあるのか、と燃料と投入する始末である。
「神話についても非常に興味が尽きませんが、やはり日本人としてお星さまの話と言えばやはり七夕伝説ですね。こちらの世界にも似たような話があるんでしょうか、そうでしたら二人を分かつあの星々のことを何と呼ぶのでしょうか。魔法のある世界のことです、きっと天の川という名前よりももっと幻想的な名前が付けられているかもしれません。川では魔法を使えば渡りきることができるでしょう。……」
小さい頃、目が原因で物語は読むものではなく聞くものであった朱莉は、夢の溢れる話に惹かれてそちらの道にはまりかけたほどであり、抜け出した後もちょくちょく図書館の逸話、神話の書かれた本を読破していき知識として蓄えていった。中でも各地方の伝承に最も惹かれたらしい。そして、この溢れんばかりの図書館が朱莉の魔術の力の拠り所となっている。
はぐれの魔物が感知範囲に引っかかろうと他の人よりも圧倒的に広いため、静かに処理すれば誰にも気づかれることはない。護衛としては依頼主に伝えなければならないことなのだが、他に気付いている人が居ないのであればわざわざ熟睡している後ろの二人を起こすことも無い。そうして時々やってくる魔物を倒しながら、夜なのに光が絶えることのないなかで二人は楽しそうに話し続け、他の受験者はいつ来るかもわからない魔物に昼間以上に神経をすり減らしていく。
夜も折り返す頃に雅紀と静を起こして交代する。雅紀と静もやはり輝く星々に気を惹かれるが、やがてこの世界の宇宙空間や成り立ちへと興味は移っていき、ロマンチックな空気はこちらもすぐに何処かへ吹き飛ばされたのであった。




