先達の教え
一部の冒険者の間抜け面を晒して資料室に籠ること数時間。昼食の時間になったところでようやくロビーに姿を見せる。その姿を確認し、恥辱を受けたと言わんばかりに顔を真っ赤に染めた冒険者たちが詰め寄らんとする。その誰もが、他の冒険者からクスクスと笑いを向けられる度に、さらにイラついて顔色が変わっていく。
そんなに威勢がいいのにもかかわらず、雅紀が顔を動かそうとするとびくついて動きを止めるため、関わるのも時間の無駄だとしてギルド併設の食堂へと進む。だるまさんが転んだかのように、雅紀が背中を向けて座ったのを見て再び動き出そうとするも、先頭にいた冒険者の肩が大柄な男の手で掴まれる。邪魔するなと睨みつけながら振り返れば、そこには見下ろす冷たい目。
「なあ、あいつらになんか用があるのか?俺たち話があるから退いてくれるとありがたいんだが」
「うっせーぞ、俺たちの方が先に目ぇ付けてんだ邪魔すんな」
「ハッ。それじゃあ、おめえは無理だな、諦めな。相手になんねえ」
くだらないことを聞いたと吐き捨て、その肩を押しやって雅紀たちの方へと進む。二ペアの入る隙のない恋人ぶりを思い出して、その場に居合わせた人の多くが憐みの目を向け、それに神経が逆撫でされたのかカッとなって剣に手をかける。その瞬間圧し潰されるような空気に変わる。
「失せろっつてんだよ。その意味わかってんのか?」
同じく手をかけようとしていた数人も同じく気圧されたのか、その場に崩れ落ちる。それを見て一段落としたらしく何も言わず、そのままこの騒ぎの中で昼食をとっている雅紀たちに声をかけも、反応が芳しくない。
「おう、マサキ。って聞こえてるか?」
「ん?この声はラルフか。すまんすまん、今音をシャットアウトしてたからさ。おっと、久しぶり元気してた?」
「ああ、お前のおかげで物凄く元気しなきゃいけなかった」
「ハハッ、そりゃよかった。まあ、お詫びと言っては何だが、これ昼飯にどうだ?」
初っ端から皮肉をぶつけ合いも、雅紀自身が悪いと思っている節があるため早々に打ち切られ、昼食に誘う。その手にあるのはギルドのメニューではなく、昨日多めに作って置いたカツのサンドウィッチで、酒出ない飲み物だけは注文していた。
「おお、そりゃ噂のカツサンドってやつか。いやあ、買いに行こうと思ったんだが時間がどうにも合わなくてな、もしかして今やってたのか」
「イマハ、ヤッテナイトオモイマスヨ?」
「どうしてそちらを見てるんですの?お話ししながら一緒に頂きましょう?」
ラルフたちも買いに行こうと思っていたらしいが、その上ギルドには今日もやっているのではないかとわざわざ門の外まで見に行って肩を落として帰ってくる羽目になった者たちもいて、ラルフの声に目をキュピーンと光らせる。その目は確かに店先で見覚えのある康太と朱莉をロックオンし、音を立てないように近づいてきて頭をぺこぺこさせて康太に耳打ちをする。
その言葉に苦笑いして、康太は雅紀と静に視線を向けて頷くのを確かめて、口止めしながら料金を受け取って新しいのを取り出して渡す。目当てのものが手に入ったことに、大喜びしつつも他の人にばれないようにと平静を装ってカウンター席に座る。その顔はものすごくにやけていた。
そのやり取りを見て何にも思わないわけもなく見つめてくるが、恐る恐るオズがサンドを指さし、ついで雅紀たちを指して首を傾げる。それを見て、他のメンバーも手に持つ料理と雅紀たちの間を何度も視線を往復させる。そして雅紀が苦々しく、静が満面の笑みで頷くのを見て、
「「「「「ええーーーーーーー?!」」」」」
そんな叫び声を遮音し、その後は喧しい昼食の時間を過ごすのだった。
場所は変わってギルドの訓練場。昼食に噂の品を思いがけないところで食べることができ、そのテンションは上りに上がっていた。雅紀たちもその姿を新調した防具に包んでいた。今まで着ていたワイバーンのローブをもとにして、それにオークキングの革を重ねるようにして、重さと耐久性を天秤に乗せて作り上げた。ズボンやインナーはそのままだが、靴や手袋は刷新していた。そのどれにも雅紀がいろいろ手を加え、可能な限りその性能を上げた。
「よし、今日は押し付けてくれやがったことの礼をしようと思ってな。例の情報は領主様と一緒に話と思ったんで、まあその前金つう形だがまだ冒険者に成りたてのお前らに役立つ技術を教えようと思う」
その言葉に何か含ませていることを雅紀たちも感じ取ることができたが、それが何かまではわからないのでとりあえずは置いておくことにする。「まあ、教えなくてもそのうち身に着けるだろうがな」と付け加えてから説明へとと入る。
「とりあえず、全員に身体強化で、他にも役割に応じた技術だな。アカリは斥候として索敵、シズカは魔法技術、マサキとコウタは前衛としてだな」
身体強化を教えると言われて、自分たちでは身体強化を使えているつもりでいたのでこのことは寝耳に水であった。このことは表情から読み取れたようで続けて言葉が繋げられる。
「いや、身体強化出来てはいるんだが、お前らの持ってる魔力を考えると、もっととんでもない効果がでるはずだ」
不思議に思っているだろうことへの答えに納得したようで、とりあえず今までと同じように魔力を流して身体強化を使ってみる。その簡単な作業であるはずなのだが、そこに流される膨大な魔力に顔を顰めたくなる。その状態でしばらく体を動かして確かめたところで視線でアドバイスを求められ、自分たちが使う時の感覚と前置きして説明する。
「身体強化は、体を動かす筋肉の動きを強化するために筋肉に魔力を流すもんだ。メルタが見た魔力の流れではここまでは出来てる。で、ここからは俺たちの感覚になるが、その魔力を筋肉に食わせる」
そう言いながら魔力を全身に流して身体強化を使うと、身体から感じられるものが変わった。それを聞いて倣うようにして試してみる雅紀たちと見守るラルフたち。ちょっと経ってから唐突に静が尋ねる。
「どうして、魔力を食べさせるって感覚に辿り着いたの?」
「んー、そうだな、魔法を使うみたいに外に出すわけじゃない、だけど魔力が減ってるのはわかる。あと、動いた後みたいな疲れを感じたってのもあるな。お前らはどうだ?」
そう返した後、ラルフは他のメンバーにも尋ね、それを聞きながら静が自身の中で腑に落ちたことを雅紀たちに、自身の口元の振動をそのまま相手の耳元の空気伝えることで、周りに聞かれることなく伝える。
『私の考えだけど、魔力を流しただけだと細胞の活性化、この場合はミトコンドリアとかの活性化でエネルギーが得られて通常以上の活動が可能となる。だけど、それだとあくまで普通の人間の範疇に収まる程度しか力は出せない。だから魔力をそれ以上に消費して筋肉と骨を強化し、筋肉の無意識のリミッターをはずす。もちろん、このときも細胞の活性化も忘れないようにしないと、エネルギー不足で動きが変わらない、なんてことになっちゃうかも』
静の解説を聞いてからは早かった。全身に巡らす魔力を増やし強化したい部位の周りも合わせて強化、身体を守るために力を抑えるための制限を気にする必要もなくなり、その動きは先ほどまでとは風を切る音が違う。今までのようにただ魔力を流していただけの状態で同じ動きをすれば、筋か関節を痛めていただろうと自信を持てる動きが可能となった。
静を始めとして動きのキレが変わったのを見て、この短時間で仕上げるか、と苦笑いが抑えきれない。
「ものにできたようだし、後は慣れて行けばいい。では次に移りたいが、アカリ、前のあの黒い球みたいなの出せるか?」
「それでしたら雅紀さんの方がいいですね」
「だな。それなら俺の担当だな」
朱莉に振られた話が雅紀に回され、雅紀は手を合わせて少し気合を入れるように息を吐く。このとき同じ訓練場にいた他の冒険者のほとんどは特に感じることはなかったが、魔力感知に優れていた一部と雅紀の近くにいた人は冷や汗が止まらない。膨れ上がる魔力と全身がそれに包まれる感覚。魔物討伐のときに危険を感じるのと同じ感覚である。
中は以前のように拡張された空間だったが、周りから見ると中にいた人の姿が霞んで見えなくなる程度で、黒い球のように注目を集めることはなかった。
その中では、雅紀までが朱莉と同じ規格外の魔術を使うことに眩暈を覚えていた。暴走のときに見たことから、雅紀はてっきり攻撃を専門としているかと思っていた。
「言いたくなら言わなくていいんだが、ちなみにどんな魔法を使うんだ?」
「えっと、前にサーシャに魔術って伝えたと思うんだけど、それはいい?それが何を意味するのかは秘密にするけど、私が物質・物体への干渉、朱莉が想像の具現化による現実への干渉、康太が運動への干渉、雅紀が力と空間への干渉」
静たちはこの数日で自身に合う魔術を絞り、その訓練を店をやりながらこなしていた。その結果、重なることもあったが大まかな方向が決まった。
静は、ミクロからマクロ関係なく物への干渉。ミクロでは粒子、マクロでは物体の状態変化、操作を主とする。
朱莉は、想像を現実に重ね合わせ、伝説や逸話の類のものを再現する。
康太は、魔力を衝撃などのエネルギーへの変換し感覚で捉えた物体に与える。
雅紀は、空間の位置関係やその中の法則を思うように書き換える。
全員共に情報次元への書き込みがメインとなり、それを読み取って利用する形の魔術は雅紀が使うだけとなった。そして、もちろん普通の魔法でできることの大半は再現可能となっており、それに必要とされる魔力は圧倒的に少ない。雅紀たちは精霊を介さないだけこれほどの差が出るとは思っておらず、熟練の魔法使いならば同じくらいの威力の魔法を使うのではないかと、ぼんやりと考えていたりする。
「ああ、抽象すぎて何ができるのかわからないが、まあ、今日は大丈夫だろ。さあ、続きといこうか」




