第二章 エピローグ
「おい、この木材はどこへ持って行けばいい?!」
「そこの疲れてる兄ちゃん、このポーションはどうだい?安くしとくよ」
「どけどけ!!デカい荷車が通るぞ!轢かれんじゃねえぞ」
「空いた小腹に串焼きはどうだい?秘伝のたれを使ってるよ!!」
オークのスタンピードという脅威が取り除かれたから4日が経った今、エリンエルの街は一段と活気づいていた。貴族がこぞって欲しがるオークの肉の買い付けができると、近くの街からわざわざやってきた商人までもが目を燃やして、冒険者と商人の両ギルドとの商談に全力で投球している。
冒険者も討伐への参加の報酬に加えて、はぐれのオークで小金を稼ぐことに成功してウハウハしている。
しかし、このエリンエルは街の中と外の間、門の周りが最も活気づいている。
街の拡張化とそれに伴う防壁の建築。スタンピードの解決で得られた莫大な資金を投入しての領を挙げての事業。この決断に至ったのは何も莫大な資金の目処が立ったからではない。
草原にそびえたつ土の壁。街からでも見えるほどの高さを持つそれは色的に土をただ固めただけのように見えるが、一人の冒険者が酔っ払って「この壁、もういらねえよな?」と勢いで壊そうとして槌で叩くも、罅一つ入らず土の一欠片すら落とさない硬さを持っている。
この外見だけが見整備で機能的に防壁として何の問題もない建築物に目を付けた領主は、かねてより考えていた街の拡張の足掛かりとして利用することにした。魔物の襲撃を警戒して外周部に熟練冒険者を配置し、壁の内側に大量の大工と冒険者を動員して最速で工事を進め、こうして街から南の森へと続く道に大量のものと人が行き交うようになり、同時に露店も姿を見せ始めた。
この今回の大改築に基礎となった壁を作り上げたのが、紫原康太と宮代朱莉と言う少年少女であった。突然森の中から姿を見せ、見た目からは想像もつかない実力で此度の騒動でも大きな活躍を成したパーティーの一員である。絶え間なく来る魔物を相手に単騎で殴り続けて襲われていた他の冒険者を多数助けた少年、屋根の上から上空に向けての矢で寸分の狂いなく頭を打ち抜いた少女。そんな噂がなりたての冒険者の間でものすごい勢いで広がる。
一方で、熟練の冒険者の間で話題になっているのは別の少年少女だった。曰く、光の壁を作れる勇者、Sランク冒険者しか使い手のいない転移の使い手、瀕死の冒険者を救う医者、この上なく効く薬を持つ薬師、バカップル。じゃんけんと言う運ゲーに勝って前線に出ていた彼らを見ることができた冒険者は、是非ともパーティーに誘いたいところではあったが取り付く島もない拒絶に次々と折れていった。
この二人の名は遠坂雅紀と桜井静と言い、康太と朱莉の残りのパーティーメンバーであり、4人合わせて今回のスタンピードでの最大の功労者であり、今街が活気づいている元となるものを作った自重無きなりたて冒険者である。
そして現在。この四人が何をしているのかと言えば…
「いらっしゃいませー、二名様ですね。こちらの席へどうぞ」
「さあさあ、オークの肉のカツを食べられるのはここだけ!それに今日はシチューも登場。是非食べて行ってくれ!」
「はい、四人分上がり。次のもそろそろ上がるよ~」
「パンの方も準備できたぞ。おし、オークカツのサンドウィッチもいかがですかー?持ち帰りもできまーす」
この盛り上がりに乗じてちゃっかりと青空レストランではあるが店を構えて客商売をしていた。
康太は目の前の踏み固められただけの道を行き交う冒険者と商人を相手に客引き、朱莉はウェイトレスとして席の案内も料理の配膳、雅紀は焼き上げられて山積みになっているパンでサンドウィッチやバーガーを作り、静はカツの下ごしらえから揚げる工程に加えてパン焼きまで。
静が1人だけ膨大な仕事に押しつぶされそうに見えるがその手は止まることなく動き続け、一度に大量のパン粉付けして揚げて切り分けている。その隙間の時間でパンを焼いている石窯を覗いて焼き加減を調節している。その動きは何度も繰り返してきたもののようで、非常に手際が良く、一切の無駄が見受けられない。
「取れたてほやほやのオークはどうだい?」などと、持ち前のコミュ力で道行く人に次々と声をかけて店内へと連れ込み、それを聞いて朱莉が青空で壁がない故にできる方法で最短で席へと導き、案内の帰りに注文を取って食器を下げて料金を受け取り、配膳後すぐにまた案内と忙しなく動いている。雅紀も注文を聞きながら注文が終わるころに出来上がるように調理している。
この青空のレストラン、見慣れない顔がやっていることもあって始めは客も少なかったが、静の調理が始まってからは臭いに釣られた客が入り始め、3日目ともなれば口コミもあって店を開けてから常に人が回り続けている。机と椅子を置けばそれだけでフロアを広げられること、メニューが1つとことによって辛うじて回っている。
このときの彼らの服装は、貴族が雇っているような執事服、メイド服、コック姿であり、話していて楽しい少年執事、美少女ビクトリアンメイド、快活な女性の料理姿、その姿は見た人を魅了している。
彼らの姿で先日と違いがあるのは服装だけではなかった。静の髪が日本人らしい黒から抜けるような銀髪へと変わり、朱莉も光の反射で藍や紫にも見える髪色に変わっていた。男どもは髪色なんて気にしないのか、康太が微妙に金髪にしていたが雅紀は大して変わっていなかった。
この変化は初めは予定されていたわけではなく、店も一般的な服の上にエプロンを付けるだけでやるつもりだった。しかし、それに異を唱えたのが……
「異世界なんだから、執事にメイドもコスプレじゃない。プロがいる世界なんだ」
地球にもいるはずのプロを完全に無視した発言の主はもちろん雅紀である。その目が語るには、店をやる以上儲けるつもりであり、客引きとかのことを考えねばならないが、静と朱莉がその美貌を使うことに抵抗を覚えつつも、それでも儲けのために……。
「確かに他のところも制服あるみたいだし、インパクトは必要かもしれないけど……。で、本音は?」
「静の可愛い姿が見たい」
あっさりと前言を撤回し、欲にまみれたことを言ってのける雅紀。何となく予想はしていたが、思った以上に雅紀がどっぷりとそっちに足を踏み入れていたことが分かってしまい顔が曇るも、雅紀はその反応が来るのが分かっていたようで、
「いや、セラーとかメイドとかコックとかを彼女が着たら可愛いんじゃないかと想像するのは、世の彼氏全員に言えることであって、趣味がどうのこうのじゃないから気にするな」
「とのことですが、彼女持ちの康太さん如何ですか?」
「うむ、否定はしない。まあ、当たらずとも遠からずじゃねえか?俺だって家で基本和装の朱莉のいろんな洋服姿は見てみたいと思うしな」
「うむ、ということで、いろんな服の型紙は作ってあるから、是非とも作って着てくれ」
幼馴染で道場と学校で会うのが基本で、そこまで服装に気を配っていなかった、と言うのが実際のところなので、そう頼まれれば引き受けるのもやぶさかではない……。
と、こうして静と朱莉がコック姿とメイド姿のお披露目したところで、ニコニコと執事服を片手に腕を掴まれてしまって雅紀と康太も着飾ることになったのである。その結果はすでに述べたように大繁盛という形で表れている。
このレストラン、営業時間が10時から18時までと朝には遅く夜には早い微妙な時間で営業しており、それは単純に仕入れと朝の仕込みの都合と夜の酔っ払いの相手をしたくないからである。加えて、値段が街の店よりも2割程度張り、メニューもカツと仕入れでの静の気分次第。
それでも、人足が絶えないのは静の料理がこちらの人の胃袋をがっちり掴むことに成功した証だろう。そして、ときどき起こる一悶着を肴にして飯を食っている輩までいる。問題を起こすのは他の街からの出稼ぎ冒険者でその街では評価されるも、エリンエルの冒険者の実力を知らずにイキっている輩だった。
起こったこととしては、食い逃げしようとしたか、酔っ払いが暴れるか、酔っ払って酒の酌をさせようとしたかセクハラしようとしたか、の大抵の食事処で一度は経験があるのではないかという問題である。そういう時は、その場に居合わせた冒険者がシバキ倒し、衛兵に突き出すのが恒例である。しかし、この連中は自身が相応の力を持っていた。
食い逃げしようとする輩には厨房からナイフが飛んできて足元へグサリ、実際に底冷えするほどの笑みが精神にも突き刺さり、酔っ払いに関しても関節を決められて投げ飛ばされた後に引きずられ、懐から料金だけ頂いて街道に放り投げられる。給仕のメイドとコックにセクハラだろうと何だろうとした輩は、背後から現れる鬼に問答無用でフルボッコにされ、十字架に貼り付けにされて街道沿いに立てられる。
客のほとんどが冒険者であり、喧嘩が日常茶飯事で慣れてしまった連中は楽しんでいるが、一般客には心臓に悪いのでそういうことが起きない区画に案内して視覚的に遮っていた。中には助けようとしていた冒険者もいたようだが、それは騒動のときに居合わせなかった者たちだけだった。
1日目、2日目は何回かはこうしたことが起こったが、口コミの中に店内で暴れるべからずとの内容が混じって広がり、3日目は順調に営業できている。接客する中でもいろいろと話しかけ、それとなく情報を集めながらこの日も時間が過ぎていく。
その日の夜、それはその店にやってきた。




