最終戦5
切り刻まれた跡が持ち前の再生力で消えていき、引きちぎられた腕もグロテスクな肉塊を介して生えるも、それに反比例して纏う魔力が弱弱しくなっていく。
雅紀が何気なく一歩踏み出しただけで、オークの王は何かに怯えたように全神経を向けるが、瞬きほどの間で剣の間合いに詰められてしまい、対応が次々に後手へと変わっていく。予想して剣を振るえど自分の血液が飛び散るだけであり、雅紀が意識を向けただけで傷口から血液が沸騰して搾り取られていく。
どれだけ魔力で強化しても、低圧による液体の沸点低下を抑えきるのは不可能だったようで、傷口から血液などの諸々の液体が気化し、他の物体もその体積を膨張させて破裂する。
雅紀の魔剣そのものにも血液を大量に吸われた上のことであり、それはすでに失血死の水準を超えるほど体液を失っている。それでも死なないのは魔力によるものだが、その魔力も今までのように大気中から集めることが突然できなくなってしまったために、一方的に減っていく。それでも、死なないためにも使わざるを得ない。
攻めの姿勢を見せたとしても、駆け出そうとすれば突然増加する自重で地面へと崩れ、ご丁寧に小さな球状に空間に固定された魔力がめり込み、動きが止まったところから白くなってぼろぼろと崩れていく。
外部の魔力が邪魔する形で魔力の流れを乱し、結果として温度が改変されていく。
その間も雅紀は動きを止めることなく、筋を切り、肉を切り、剣を叩き、とめどなく攻撃を加え続ける。時折、意識がオークのその先へと向かい、その隙をどうにかして狙おうとするも、きれいに捌かれた挙句に胴体への衝撃重視の技で宙を飛ばされて、監視役を放置してきた方へと場を移していく。
その一方的な戦闘、ある意味では雅紀の実験成果発表会を眺めていた、雅紀任命の監視役の面々。目を疑うような光景に、話す余裕があるのはそれを既に知っていた者たちだけだった。
「あいつはどれだけの精霊に愛されてんだ?見た限りで火、水、光を使ってたぞ」
「それに氷も、そして恐らく今のは風ですわ。かつて見た風の大精霊と非常に似ていますもの」
「恩人であるはずなのですが、騎士団としては、それほどの力を持ったものが街中にいるということに危機感を抱いてしまいますね」
「でもさ、理性的な少年だったよね。そういえば、突然森の方から現れたんだっけ?」
「ワイバーンに食われた」
「その表現は端折りすぎですわよ、サーシャ」
これにドットはただ頷いているだけで、一言も話そうとせずに雅紀の戦いぶりをひたすらに見つめている。他に連れられてきたパーティーリーダーたちは、響いてくる音と衝撃、溢れかえっている魔力の濃さに歯を食いしばっている。転移させられたとき、今まで広がっていながらも隠されていた雅紀の魔力に全身を覆われていた、つまり自分もオークの王と同じ目に遭っていたかもしれないということに気が付いてしまい、血の気が引いている。
今は表面上和やかに話しているように見えるが、雅紀が隠すことなく殺気をぶちまけたときには咄嗟に切りかかりそうになってしまい、自分を制すのに精いっぱいで、他の連中も自分を抑えるか殺気に食われているかであった。年齢的には一世代ほど小さい癖に、長年冒険者をやってきた自分たちを脅かすほどの殺気を出せることに胆が冷やされ、今までにどんな生活を送ってきたのかこの上なく気になってしまう。
その力の一端、見たことのない魔法について気になり、一つ気になることがラルフの頭をよぎる。
(そういえば、あの時あいつら……)
ラルフの頭の中で、ある仮説が大きな存在感を持ち始める。
何度も何度も切りかかろうとして地面に叩きつけられることを繰り返し、デコボコの地面を広域に展開しつつあった雅紀とオークの王。オークの王はすでに、体のあちらこちらがミイラかのように肌がしわでおおわれている。
地面を見下ろすようにして位置関係を保つ雅紀が、ピクリと何かに反応して顔を上げ、微かに場の支配が弱まり、そこを何とかものにしようとオークが動く。雅紀の剣はぶらりと垂れ下がったままで、そのまま振られたとしても、薄い魔力でも対処できる程度の勢いが出ないと確信して剣を振り下ろす。
落ちてくる剣を見つめながら雅紀の手が動き、指が離れて剣が落ち、剣を避けるように間合いを詰めて両手をオークの王に揃えて添えられ、「吹っ飛べ」と小さく呟かれるとともに、その巨体がここ一番の速度で水平方向に飛んでいく。
そして、その巨体の落下地点からも雅紀と同程度の魔力が溢れだし、雅紀の展開した魔力を押しのけるほどの密度で練られていく。飛び来るものを見据え、腰を落として身体をひねり、拳へと溢れんばかりの魔力を溜め込んだまま殴りつける。空中で動くことができなかったオークはまともに食らうことになり、体感的に倍以上の速さで殴られて元飛んできた方へと返される。
衝撃が大きくなった分、飛距離は落ちて丁度中間あたりに落ちるも、前後から同時に死のイメージが襲い掛かる。前からは衝撃で木っ端微塵へ変えようとする男、康太が、後ろからは魔術で塵へ変えようとする男、雅紀が全力で迫りくる。
クソ爺、もとい師匠の宮代一慶を、いつかフルボッコにするために二人で同時に相手にするときのことは考えており、未だに成し得てはいないが相手がその師匠よりもはるかに格下であるならば、それはこの上なく刺さる。
途中で、雅紀が加速して大振りで正面から振り下ろす。先ほど大怪我を負うことになった時と似た構図になるが、躊躇いなく剣へと魔力を流し込んで剣を消失させようとしする。オークも剣を消し飛ばされては敵わんと言わんばかりに魔力を流すが、それと同時に背中にとてつもない衝撃を受けてまたしても弾き飛ばされる。
康太のチャージは、雅紀の補助で慣性質量増加が掛かっているため、体感では異世界案内用車両と正面衝突したようなものである。弾き飛ばしたものを止まることなく追いかけ、オークが対応できるように一拍置いて、最後の間合いを詰め、一拍のおかげで準備できた横薙ぎの一撃をしゃがみ込んでのアッパーの一撃で弾く。
剣に魔力を込めたせいで弾かれて姿勢が戻せない間に、背後に飛んできた雅紀が両手の剣が柄まで埋まるほどめり込ませて肩から脇腹へと振り切り、蹴飛ばして再び距離を取ったかと思えば、すぐさま駆け出してゆっくりと斬りつける。
二桁に届かない回数だけ交代して攻撃を続け、雅紀が首筋と肩に斬りつけ、そのまま康太と位置を入れ替わるように転移して、剣を持つ右手へと剣を振り下ろす。雅紀は剣の腹へ、康太は背中側から肘へと叩きこむ。
今までとは違い、反対から弾かれて衝撃が逃げるのを抑える形で入ったことにより、遂にオークの王の剣が音を立てて弾き飛ばされていく。多くの冒険者の血で濡れていた凶悪な剣がその寿命を迎えた。
雅紀と康太は獲物を失ったオークの王にも手を緩めず、タッグで攻撃を続け、どちらかが先行して攻撃を受けてもう一方が叩き込み続ける。先行する側がオークの動きが追いついてからの攻撃が続けられ、傍から見ていたラルフたちには奇妙に思えていたが、これはオークが魔力を攻撃か守りに入るときに集めるせいで、部分的に薄い個所を作り出されてタッグの攻撃のサポートになることと、集められた魔力を攻撃で弾き飛ばすことができているからである。
その効果はすぐにはっきりと目に見えるようになった。オークの身体の傷の回復がついに止まったのである。なけなしの集めた魔力は弾き飛ばされ、身体には治さねばどうしようもない傷を叩きこまれた。これだけのことを何度も繰り返されていれば、早々に魔力の底が付くのは自明である。魔力を支配下においていた雅紀たちだけが魔力供給を持ち、簡単に予想できた結果がようやく現実のものとなった。
魔力が無くなった魔物はただの動物度同レベルであり、動こうとする傍から関節と筋を狙われて動きを封殺され、次々に腹や背中の肉がそぎ落とされていき、最後に腕が切り落とされる。ここまで来れば、もうあとは頭を落とすか、心臓を突くか、魔石を抉り出すかで終わりを迎えることになり、見届け役一同はその顔に喜び一杯の表情を浮かべる。
そのままとどめを刺し終えているだろうと考え、近くへ駆け出そうと即席の壁をまわったところで、晴れていたはずなのに影が足元に落ちていることに違和感を感じ、空を見上げれば何かが落ちてくる。「アー、アシガスベッター」という腑抜けた声も聞こえてくる。予想もしていななかったことに避けようとするも、思いのほかデカかったことと背に壁があったために全員が逃げることはできず、なんで討伐が終わってからも剣を振るわなきゃならないのか、と心の内で愚痴りながら魔剣を振り下ろす。
グァ、と潰れた音とともにきれいに半分に割れたオークが地面に落ちる。
「は……?」
「いや~、討伐おめでとう、ラルフく~ん!!」
背中に重さを感じて、耳元で囁かれる。他の人も目の前に転がっているモノの正体に気が付いて声を上げる。
「おまっ、これ、どういうつもりだ?!」
「いや、だからね、アシガスベッタンダヨー」
「なんで俺に締めさせた?お前がやったんだから、普通に考えてお前だろ?!」
自分が斬ったものが何であったのか、そしてそれがどういうことかわかってしまい、慌てふためくラルフ。それをはぐらかすように、嫌にきれいな口笛を吹いて目を合わせようともしない雅紀。ぐぬぬ、と唸り今にも掴みかかってきそうなラルフに腕を突き出して遮る。
「別に俺たちは名声とか要らないの。ただ街が早く元に戻って楽しい日常を送りたいだけだから、そのためにラルフたちの名前を借りるわけ」
確かにそれはエリンエルで活動している人からしてみれば何よりも望んでいることであり、口ごもってしまい、その機を逃さんと言わんばかりにそのまま手をポンと叩いて、メガホンを作るように口に当て声を張り上げる。
「『聞けっ!!たった今、Aランクのラルフがハイオークキングを討ち取った!!後は雑魚の始末だけだ、動ける奴は掛かれっ!!』。イテテ、声大きかったか。まあ、これでラルフがやったということで話が広がるわけだ。何か思うことがあるなら、貸し一つってことにしておいてくれ」
そう一方的に通達し、大きな音でまだ痛む耳を治すように手を当てる雅紀。それはこの後に続くラルフの言葉を聞く気がさらさらないことを表しているようでもあった。
そんなことをおかまないなしに雅紀の腕を引きはがして文句を付けようと大声を上げるラルフ、それを呆れたように眺める康太、日常が戻ってきたことに安心したように見つめるロジックやメルタ。
エリンエルの長い夜も、騒々しさに包まれて幕を引くのであった。




