最終戦3
迫りくる運命を受け入れるかのような静かな時間に、言葉がぽとりと落とされる。
そして時が止まる。
否、時が止まったわけでも遅くなったわけでもない。単に、それが一瞬の出来事だったということだった。
地面から太陽が昇り、そして太陽が墜ちてくる。
そして、二度も太陽に焼かれて黒く染まり、微かに動きを見せるオブジェも墜ちてくる。
オークたちに相手にされず街を仰ぐしかなかった人も落ちてくる敵を見上げるしかなかった人も、突然の閃光に目を焼かれ、轟く音に耳と脳を揺らされる。
先ほどまでとは全く違う心持ちなれど、それに対する反応は簡単には変わらず、ただ見ることしかできない。そして、時間ととともに現実を理解し始めた、状況判断に優れている冒険者たちが我を取り戻し始め、これでもかと言わんばかりに、持てるすべてをぶつけ始める。
オークの王は、目の前に目標がいるのに、体を動かすことができずにたくさんの人間が待機していた防壁前で無様な姿をさらしてしまう。雨あられと振ってくる色とりどりの礫を甘んじて身体で受けるしかできない。
黒い表面がひび割れ、その亀裂から赤い液体がぽたりぽたりと流れ落ち、その血が黒く焼き固められた表皮をしっとりと湿らせ、剥がれ落ち始める。黒いからの隙間からは、変わらず黒いものだが白いものがある程度に混ざって見て取れる。
もちろん、エリンエルを代表するAランクを誇りに思うからこそ、エリンエルで育ったラルフたちも流れてきたメルタもその顔は真剣そのものとなる。
誰かが致命傷を与えたところに、後追いで袋叩きにするのはなんとも体裁的には非常に悪いように思えるが、そんな油断で難に同僚が返らぬ人になってしまったのだからそんな考えを抱くつもりはさらさらない。命を懸けているときにそんなことをやる奴は無能扱いで、一息付けたときの対応で評判は決まる。
いままでの凶悪なほど纏っていた魔力は鳴りを潜め、剣を振り下ろせば肉を断ち切り、矢を放てばその鏃がその身を隠すほど埋まる。その巨体故になかなか魔物の弱点である頭と魔石までたどり着けないが、防壁側からは絶え間なく魔法が飛び、反対の森側からは剣と槍が隙間なく迫る。
光の奔流が襲い掛かってから数分、我を取り戻した騎士や冒険者たちが思う存分攻撃し、魔力の枯渇が目立つようになり削るペースが落ち、焦りを感じてしまう。
「手前ら、死ぬ気で気ばれーーー!!」
「後で立ち上がれる奴は、その場でもっかい殺すからな!!」
「ここで止まるわけにはいきません!!一同、訓練の成果を見せなさい!!」
それぞれが発破をかけ、気合で何とかしようとするも魔法に比べるとどうしようもない。身体強化がいかに効率がいいとはいえ、長時間の使用によってまた一人また一人と限界に達する者たちが出てきてしまう。
グ ウグッ グガ ウゴ ググゥゥゥ・・・
焼かれたせいでカサカサになった口から漏れ出た腹に響くような低重音に、最後の断末魔かと淡い希望を抱く。パラパラと黒い欠片が崩れ始める。剣でグサグサと突いていたところは顕著に、その身体が壊れていく。
願いの通りに、この戦いの終止符が打たれたかのような光景に歓声が響き渡る。へたり込む人、泣き崩れる人、仲間と抱き合う人。それぞれが死の恐怖からの解放を喜び、各々の反応を示す。
黒い欠片の山を囲み、今にもフォークダンスか何かを踊り出しそうな空気が出来上がる。パラパラ、バラバラと欠片がいまだに崩れ続ける。誰も触れていない腹からも背中からも山へと流れる。
ゥゥゥ グァアァ グァアアァアア!!!!
山が崩れるようにして、二回りも三回りも痩せこけたオークが飛び出す。その姿からは、かつてのオークの王としての威厳は微塵も感じることはできない。飛び出してきたことに驚くも、飛び出してきたものにビビることも無く、戦勝ムードのまま最後の一匹を倒してこの夜を締めようとする。
皆の視線が集める。視線を受けた男も顔を引き締め、今度こそ終わりを迎えん、と精神を昂らせ剣を振りぬく。振りぬかれた剣が炎を巻き込みながら、首筋を半ば引きちぎる。
血しぶきが舞う。それでも、なお手が動き続ける。なにかをまさぐっては口へ、なにかを握っては口へ。おかしな様子にもう一回剣が迫りくるが、構わず動き続ける。
今度は首で止まる。
繋げるようにしてもう一撃。
顔が動き、ギロリ、という効果音がぴったりなほど眼球が動く。睨むようにして、目を見張る。
それが物理的に力を持つかのように、剣も湧き出る炎も止まり、そこを狙うように右手に癒着して辛うじて形のある大剣を薙ぐ。
その一撃は、端の見えないほど草原の地面をめくり、防壁を根底から崩す。土煙の中に草が舞い、岩のように固くなった土塊が飛び交う。
グアァァァアアアア!!!!
勝ち誇るかのような雄たけびが響く。
さも当然というように、目の前にあれほどいたはずのエサの気配が消えてしまったことには何も感じなかった。
突然の景色の反転。数刻前にも襲われた感覚に酷似していた。何かに包まれるような、恐ろしいほどの魔力が動いているはずなのに、何も感じることはできない。目の前にいるはずなのに、力の持ち主であるはずなのに、ただ人が居るようにしか感じられない。
「動けるのは他のを後ろに連れていけ」
指さすのは、街の近くに設置されていたはずの治療施設。
オークを囲んでいた人だけでなく、魔力を使い果たして防壁上にいた魔法使いたちまでもが、いつの間にか一緒になる。意識がもうろうとしている魔法使いは、言われた通りに仲間に肩を借りて休める場所へ向かう。
建物の前で変わった格好の人と二言三言話し、人の流れを遡って何人かの肩に手を置いていく。最後にラルフとロジックのペアの肩にもたれかかるようにして、一瞬で姿を消す。
雅紀の憂さ晴らしが始まった。
遡ること数十分前。
熱を叩きつけたは良いが体勢は崩され、腕の周りにこれでもかというほど纏われた魔力に押されるようにして、空気の急激な膨張も相まって変な回転をしながら最初の防壁まで押し戻されてしまう。押し戻されるなんて言い方は何重にもオブラートに包まれた状態で、叩きつけられるという方が正確の勢いであった。
回転が速すぎて身の回りの把握が一息遅れてしまい、守りの態勢と言えるのは有り余る魔力を纏う程度だった。しかし、人のみに余るようなその魔力でさえも、高速道路を爆走する車を止めようとする綿のクッションにしかならず、魔力は弾け、身体は地面に叩きつけられ、地面に擦られ、折角のワイバーンの一張羅が穴だらけに変わる。
首と頭は全力で死守し、身体を丸めた状態で壁の中へとめり込む。地面よりも固くしたために、土のような柔らかさは皆無で全衝撃が返ってくることとなり、骨という骨が軋み、ヒビと割れが広がる感覚と、穴という穴から流血し、内出血の違和感が全身から、これでもかと言わんばかりに伝わってくる。
(・・・このままだとすぐに気を失ってサヨナラだな)
怪我の裏から感じられる身体の信号に、ぼんやりとし始める頭で対応し始める。ひとまずの応急措置として、魔力を全力で全身の細胞という細胞に回し、活動を絶好調の状態へとシフトさせる。空いた穴は急激に分裂を始めた薄い皮膚に覆いつくされ、骨折もヒビも動かしても耐えられる痛みになるまで埋めていき、骨を治すついでに血液も最低限まで戻す。
それに伴って打ち身や打撲といった外傷も消えていくが、命の危機故の無痛状態が解け、神経を通じてその痛みは脳へとしっかりと伝わることとなり、怪我そのものはほぼ収まったものの痛みだけは響き続ける羽目になる、という悩ましい状態へと陥ってしまう。こうなるとは予想していなかったようで、見た目とはかけ離れた痛みに襲われ、ビクンビクンと痙攣し、何も知らない人からすれば非常に怪しい感じを醸し出している。
呻きつつも体を起こし、しばらくして落ち着き始め、今の自分の状態にこの上ない情けなさを感じる。自分の得意フィールドに相手を引きずり込み、翻弄し、叩き潰す。自分のリスクは最小限に抑えることは当たり前のように行動していた。
それが今はどうだろうか。多数の雑魚相手にやりたい放題し、強敵相手に相手の得意分野で挑む。誰か別人の戦いぶりだと言われても、否定のしようがない。異世界に来て、今までにない力を使えるようになり、その力が人より優れていたから、それに頼るようになってしまったのか、まともに戦い合える奴がいないと傲慢になってしまったのか。
自身の中で高速で思考が行われ、それと共に自己嫌悪が積もりに積もっていく。魔術なんて言うなんでもできる術を手にしてしまったことに加えて、傍にいておかしな兆候を自覚できたかもしれない人たちと離れて単独で突っ走ってしまったからだろうか。
憎らしい爺さんだったが面倒見のいい師匠に、競い合うようにして一緒に育ってきた康太、師匠譲りの優しさで見えないところまで助けてくれた妹のような姉のような朱莉、小さい頃からいつでもどこでも傍にいて半身のように思える最愛の静。
誰も彼も、失敗した程度では苦笑いで済ましてくれるだろうが、知らず知らずのうちに彼らの存在に頼っていたことがはっきりと感じられ、恥ずかしいような気がしてしまう。そして、皆が手に入れた力を使うことには何も言わないどころか、全力でものにして当然と言ってくれる。
ならば、自分らしく全力で魔術を行使することに躊躇うことはもう何もない。
雅紀の纏う魔力が膨れ上がる。




