後始末
せっかく作った堀を摩訶不思議な力で攻略されることになり、地球で育ててきた戦いの美学に反するように感じたのか、雅紀の纏う空気は殺気立つ。今にも、手当たり次第に魔物に襲い掛かってストレス発散しそうな空気を纏い、血管も浮き出ている。自信作がコケにされたようなものだから、分からなくもないのだが。
「八つ当たりしてきていいか?」
「おいおい、俺の分も残しとけっつうの」
「東からの分を一枚向こうにすべて誘導して、そっちにやるから」
雅紀が見下ろしながら森を指さし、康太は今も出てくるオオカミやイノシシを眺めてしばらく考え、十分な数を確保できると思ったのか了承の意を返す。そして、雅紀はその返事に獰猛な笑みを返す。
壁から堀を超えて跳ねて草原にまで足を延ばし、手を一振りすれば、山積みにされているオオカミが爆散して、爆音とともに辺りへ土と血液がまき散らされる。それだけでなく、東の森に面する壁が砂のように風に乗って見る見るうちに消えていく。もちろん堀も埋まり、左右に逃げないように横に壁が築き上げられる。
それを目で確認することも無く、雅紀はトレント材の剣を握って東から南へと外壁に沿って走り出していく。康太はそれを手を振りながら、いってらー、と間延びした言葉で見送り、自身は普段着の上にワイバーンジャケットを着た状態で刀を構えて、新しく作られた通路のど真ん中に構える。
トラブルメーカーたちの戦場でのやりたい放題が始まる。
東の森からの獲物で買収された康太は、地球での自分の戦い方と同じように、自分の力を生かすような刀術を使ってオオカミをバッサバッサと切り倒していく。通路は一方方向で、森からは絶えなく追加の分が湧き出てくる。そうなれば森から出てきたのは留まることはできず、壁のせいで前に進む以外の選択肢はない。
どうあがいても刀を構えている康太の方へと進まざるを得ない。これは、康太の自分の力を生かしたカウンター気味の戦法にはありがたいことだった。自分の方へと敵が近づいてくるとところを切り捨てる。
ふんっ、はっ、っらあ、といろいろな掛け声と共に腕が振り回され、その刀身上の敵が体をいくつにも分けられる。力を生かした戦いをしたいものの、魔力を使える体になってからは体が活性化され、加えて魔力を刀に纏わせれば大した力を入れなくても魔物を両断できる。身体強化しなくても、活性化した体と武器、技量で大抵の敵性生物を屠れる。
そういう事情により、今までの戦い方ではうまくかみ合わない部分が生じてきてしまった。そもそもの話だが、今までの刀術は竹刀を使うことを前提にして、相手も竹刀と決められた防具をしていることを考えての武術だったのだから、力がそのままでも真剣を用いてうまくいくことはなかっただろう。
森の中でのサバイバルでは竹刀ではないが木刀だったため、切れ味の違いや攻撃性の違いに悩ませることはなかったが、こうして刀をメインの武器として扱っていくことになり壁にぶつかっていた。新しく金属製の刀に合わせて刀術を修正するか、木刀に戻してもらうか、そもそも使うのをやめてしまうか。
そうした悩みを抱えながら、刀を何百もの迫りくる魔物を相手取る。雅紀は叩き切るという面で変わらない剣で、朱莉は弓、静は突くという槍で、そこまで違いに悩んでいる様子もなく、一人で抱えこむことになってしまった。
こうしていろいろな悩みながら刀を振るっていると、数故に何匹かが脇をすり抜けていく。もちろんすり抜けを許すわけもなく、強く踏み込んだかと思えば大きな揺れを引き起こして足を止めさせて、そこを刈り取る。もちろん、少しずつ後退することになるが逃がすことになるよりはましだと考え、必要となれば場をリセットする。
(あー終わらん、飽きてきたし何かするか。あ、やべっ、いつもん癖でやっちまった。抜けた分刺すの面倒くせえ)
だんだん出てきたオオカミが入り口で詰まり始めたのか、数が減りも増えもしないようになって硬直状態に陥り、ルーチン化されたことで心の余裕はできる。力をのせる型が染みついているせいか、ときどきその癖が出てしまって手数が足りなくなって後ろに流れてしまう個体が出る。一撃で攻撃できる相手の数を増やしても、後ろから湧き続けるためその穴はすぐに埋められてしまい、身体的な余裕は生じない。
日も沈みだし、空が赤みを帯び始める。
何度目かになる取りこぼしに、康太は耐えきれなくなる。零れ出るのは、辛うじて笑い声に分類されるものの決して笑い声とは認められない声。乾いたような、それでいてへばりつくような、そんな声。普段の性格からは想像もつかないような声。
「はは、ははは。もういい、ちまちま削んのはもうやめだ。ツブス」
呪い殺す、といわんばかりの声をぼそぼそと吐き捨て、大きく後ろに跳ぶ。その顔からは表情が読み取れない。刀を上段に構え、刀が耐えるだけの魔力をつぎ込んでいく。つぎ込まれた魔力は刀の外にまであふれ出て、刀の周りを何重にも囲って長い刀と化す。
手を揺らしているわけでもないのに、刀がガタガタと嫌な音を上げる。
障害がなくなったことで、食い止められていた分がなだれ込むようにして近づいてくる。左右の壁の間いっぱいいっぱいに広がりながら、草原を駆ける。地球なら動物大移動と称してテレビに出てきそうな風景。
それに対峙する康太は、感情のこそぎ落とされた笑みを浮かべ、何気ない動きで、しかし華麗に瞬間で振り下ろす。
膨大な魔力が集まったとき、その魔力の塊は疑似的に物質と同じように振る舞う、というエネルギーとは思えない性質を持つ。そして今回、康太がキレて作り出した魔力の塊は、優に十メートルオーダーを超え、百メートルオーダーにかかっている。それが瞬間のうちに振り下ろされるのだ。切っ先の速度は音速を超え、魔力によって長さだけでなく厚さも嵩増しされるため、壁の間は魔力で逃げ場なく押しつぶされ、衝撃波で壁の続く果ての森まで届こうとする。
吹き荒れる暴風で土煙がおさまらずとも、手ごたえで仕留めたことを確信する。たったの一振りでイライラの原因を完全に排除することができ、満足そうにする。
ようやく遠くが見えるまで空気がきれいになり、目に入ってきたのは、自分の足元から草原のかなり遠くまで続いている地割れ、衝撃に耐えきれず粉々に砕けた刀、そしてそれでも無傷な雅紀作の壁。
親友作の呆れるほど頑丈な防壁に呆れながら、魔力の使い過ぎで疲労を感じてその場に座り込む。こうして休むまでにそこそこの時間が経ったが、今までのようにオオカミは湧かないようで、壁の間には溝だけがあって何の音も聞こえてこない。
それでも、魔の森と言われるだけあってその中に抱えていた魔物の数は尋常でなかったのか、しばらくすると再びあの足音が溝の下から聞こえ始める。溝は康太に近づけ近づくほど浅く細くなるのだから、今までのように数で襲ってくることはなくなる。
短い休息ではあったが、精神的に安定したのか元の顔つきを取り戻す。刀を構えようとして刀身部分が消えていることに気が付く。そこで、アイテムボックスからお馴染みの竹刀を取り出そうとして止まる。
敵が近づいているのに、顎に手を置いて考え出すという体勢をとる。ついには目も閉じる。
そんなことをしていれば、オオカミが噛みつこうとするのは必然。何匹ものオオカミが噛みつこうと飛びつく。
ヒュン、ヒュヒュヒュン。
風切り音。それが聞こえるたびに生々しい音も聞こえてくる。片手を顎に置いたままで片手を振り回しながら、なにか名案が浮かんだかのように顔を明るくする。
「うし、全部殴るか」
そんなつぶやきが成されるや否や、オオカミたちの視界は迫りくる拳で埋め尽くされ、それが視界に入るとすぐにその意識を途切れさす。
康太は運動は得意だが、スポーツは得意とは言えなかった。いや、上手いと言われるレベルだが、身体能力からすればいまいち発揮しきれていない感じである。なにか道具を挟むとロスが生じるのである。道具が1つだけならばそれほどでもないのだが、2つ3つそれ以上となるとそのロスが指数関数的ともいえるほどに大きくなっていく。
それならば陸上などの競技を嗜めばいいように思えるのだが、康太曰く、
「ぶつかり合いがないと、なにか物足りない」
とのことで、慣れ親しんでいた剣道やボール1つのサッカーに精を出していた。
そんな康太が、剣を放り出して拳で語り合いを始めようとするのだ。いかに慣れているといっても剣は体の一部ではない。武器を拳という体にした康太は、もう誰にも止められないほど速くなっていく。
「はは。やっぱ自分の体ってのは最高だな」
両手で拳を握り、迫りくる生き物の壁に何度も何度も叩きつける。一撃当たりは軽くなるが、両手が使えるだけで手数は倍、脚も使えるようになってさらに倍、加えて慣性だのといった法則も影響が薄くなり速さはそれ以上になる。拳にも魔力を纏わせれば、問題なく刀を使っていた時と同じ結果をもたらすことができた。むしろ、打ち抜くのは獲物だけになって環境への被害は減り、良いこと尽くめかもしれない。
拳をぶち込めば、その拳が飛んでいくかのように、数匹を巻き込んで壁に染みを作る。脚を振れば、何匹ものオオカミを宙へと吹き飛ばす。刀を振るっていた時とは打って変わって、縦横無尽に体を動かして動かして動かしまわる。
今までは、迫りくる立体を線でバラバラになるまで切り刻んでいたのに対して、刀を捨ててからは面で押し潰し始める。
今までのように後ろに流すことも無くなり、刀を振るっていたときよりも体を動かす感覚が鮮明で、何やら充実していく感覚を得ながら、終わりの見えなくもないオオカミの行進に向き合うのだった。




