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非常識高校生の非勇者生活  作者: kiara
第一章 始まりの物語
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医者の戦い


 オークが大量に草原に現れてしばらく経った頃、治療施設は激務に・・・



 振り回されてはいなかった。




「今来た4人はそれぞれ緑黄赤緑に。あ、今来た奴は、黄だな」

「黄空きましたので緑に入ります」

「赤は早くこちらへ」

「怪我が治っても、しばらくはここの裏で安静にしててくださーい」



 地球では、ほとんどの国で緊急時の医療供給に合わせるために取り入れられているトリアージという患者の怪我の度合いによる分類。この世界でも考えはあったのだが、どれもこれも回復魔法で治そうとしていたため、重症につながる怪我でも軽い扱いや、外的処置でほとんど終わる怪我もすべて治すために重い扱いを受けることが多々あった。


 そんな状況の中、静は何事もなかったかのようにトップと同格の立ち位置を手に入れ、次々と自分のやり易いように改変を加えていった。緑黄赤というのもその1つ。浅い切り傷や軽い打撲等で手当てで容易に治せるものが緑。切り傷のうち多少の出血を伴うが、魔法だけで何とか処置できるものが黄。外的処置で魔法を必要としなくなるものが赤、別の言い方をすれば静の担当。


 主に骨折や出血多量が静の担当になる。この世界の回復魔法は時間を巻き戻すなどといった大層なものではなく、人体の自己回復力を強化し、術者が考える健康体へと近づける魔法である。故に、傷口を塞ぐ程度ならばそこまで魔力は消費しないが、骨折なんかは通常で一か月以上もかかるのが当たり前で、それを自己回復力の強化だけで成そうと思えば、それに要する魔力量は比べ物にならない。


 もちろんこの世界にも外科医に相当するものもいるが、魔力を持ちながらその方面に進むものは少なく、現在この街にはいない。魔力を持たない医者はいるが、前線で自己の保身をしながら活動できるほどの腕を持つものはほとんどいない。


 故に戦場に置いて、静のような者は非常に重宝されるのである。もちろん、静ほどの腕はなくても活躍できる。



 怪我人が多いなりにも手が回らなくなることはなく、それぞれが自分の仕事をこなすことに全力を尽くしている。元からエリンエルの街の教会で仕事をこなしていた司祭たちは、怪我人が日頃から多いために腕前もそれに伴い高く、黄色に分類される怪我人を診ている。多少は魔法以外の治療手段も心得があるものの、難しいことは街の医者に投げていた。派遣されてきた教会関係者は緑を担当しながら、黄色の補佐役に回っている。


 そして、赤を担当しているのは静と朱莉の補佐、そして1人の司祭だけだった。


「麻酔掛けましたけど痛みはありますかー。はい、無さそうなので次いきますよ」


 伝達神経をいじって麻酔を掛けた後、そう声を掛けながら傷口を水で洗い、筋肉や血管をうまく避けて骨を繋げて魔法を掛ける。骨を一瞬で問題なく繋げて骨の破片を取り除き、筋肉と血管、傷口を簡単に縫い合わせ、黄色の怪我人を担当している司祭に診てもらう。盾を持っていたがオークの膂力の前に前腕の半ばで大きく曲がってしまい、絶望的な顔をしていた患者とは対照的に涼しい顔で処置を終える静。


 ついでと言わんばかりに、鎮痛剤を飲ませる。解熱剤は人に合わせて服用させる。鎮痛剤としては、アスピリンとアセトアミノフェンを投与している。


 現代科学ではどちらもフェノールを起点としていて、薬局で簡単に手に入るが、科学の発達していない世界ではフェノールを得るところから始めなければならない。


 アスピリン、物質名アセチルサリチル酸。フェノールを二酸化炭素、水酸化ナトリウムとともに高温高圧で反応させて得られるサリチル酸のナトリウム塩を、硫酸で遊離させてサリチル酸を得る。これに酢酸を加えて加熱すれば手に入る。


 アセトアミノフェン。フェノールをニトロ化、錫や鉄と塩酸で還元してp-ニトロフェノールを得る。これに酢酸を加えて加熱すれば手に入る。


 この世界にも石炭は存在するので、石炭を燃やした残りからベンゼンを手に入れるのは容易い。街には着火用に硫黄が出回っているので硫酸も手に入る。水酸化ナトリウムも塩水の電気分解で手に入る。これより、必要としている薬品は手(魔法付き)を動かせば手に入るのだった。実際、静は怪我人を治療しながら作業を進めて必要量を確保し、時折職員を街まで走らせていた。


 手を洗いながら、次の怪我人の手当の手順を考えていく。病気に比べて対処すべき事項は限られてくるため、処置の方法でそれほど悩む必要はない。筋肉と血管の損傷もしくは骨折のいずれかに分類されるのが9割以上である。ときどき内臓をやられた怪我人も出るが、移植ができない状況では自己回復に頼るしかない。大量出血には、止血しながら傷口を縫い直し、造血器官を活性化させることで対応している。輸血したいがのはやまやまだが、血液型の問題で見送っている。


 こうして対応していく中、重傷で救えない怪我人は運び込まれてこないことに、指揮官の引き際がいいのかな、と感心する静。もちろん、ここに到着するのに間に合わなかった人も大勢いるだろうことは予想できる。しかし、目の前の患者に集中することで1人でも多く救うことが全体から見て最善であると納得させる。こうして現場の手伝いを超えて関わることになり、痛切に感じられるようになった現実に折り合いをつける。


 再び、骨折して治療施設に駆け込んできた冒険者に手当てを施していく。手が少しでも空けば、緑や黄色に分類された怪我人の治療を手伝い、氷と薬を量産し、施設の裏で休んでいる冒険者の患部を冷やすように勧めて回る。こうしているうちに再び怪我人が入ってくるので、そちらの担当に回るという流れに乗って治療を続けていく。



 静が忙しなく手を動かして怪我人を治している中、朱莉の姿は治療施設の中ではなく、施設の上にあった。目を閉じて屋根の上で正座している姿は傍から見れば昼寝しているようにも見えるが、魔法の才あるものからしてみれば、朱莉から何本もの魔力の線が出ていることに気が付くだろう。


 しばらく目を閉じたかと思えば、目を開けて何もつがえていない弓を引いて放す。これを何度も繰り返していたが、それを見ている者は少なく、見ていたものも何かの魔法の準備か、程度にしか考えない。


 朱莉が使っているのは、遠方の視界を手に入れるための魔術と自分の想像した弓の召喚である。召喚とはいうものの、自分の持つ弓に伝説と同じ性質を持たせようとするというのが正しい。


 アーサー伝説より引用。トリスタン卿の弓、フェイルノート。


 自分の放つ矢は必ず狙ったものに命中するという想像を現実化させるために、今回朱莉が選んだ遠距離武器。射程は弓だけにそこまで長くないが、2枚目より内側に届きさえすればいいので気にはしていない。


 朱莉は魔術で苦戦している冒険者や、冒険者に遭遇することなく前進するオークを見つけては対処している。見つけた後は、弓を構えて魔力の矢をつがえて放ち、その矢が目標の群れの上空で落下に入るといくつもの矢に分裂して、朱莉が狙っていた獲物に突き刺さる。魔力でできた矢なのでいろいろ付け加えれば、矢の一撃で頭以外に刺さっても問題なく倒せる。


 初めは一射一射撃っていたが、中に漏れてくる数と場所が増えるにつれて自分らしさのある魔術に手を出しつつあった。



 しばらく経って治療施設に運ばれる怪我人が減り、それに反比例するように壁を破って入ってくるオークが増える中、静も司祭にしばらく任せて、施設の窓などの段差に手を掛けて屋根まで上っていく。怪我人から流れていた血液が付着したままの白衣を着て、壁を登ってくる女というのはかなり恐怖を呼び起こすものだと思う。


 先ほどまでとは逆に忙しそうに顔と弓を動かしてこちらに構う素振りのない朱莉を、キンキンに冷えたスポーツドリンクを首筋に当てて振り向かせる。きゃっ、と可愛らしい悲鳴を上げる朱莉にいたずらが成功した子供のような笑顔を向ける静。


「朱莉ー、少し休憩しよー」


「もう少しマシな方法はなかったのですか」


「えー、それじゃあ朱莉、手止めないじゃん」


 自覚はあるようで何も言い返せずに、飲み物を呷ることで誤魔化そうとする朱莉。分かったことを聞いているために答えが予想と同じで、静は苦笑いになってしまう。飲み終えたと思えば、自分と朱莉の分の水筒とは別に、教会の人を驚かすために使ったのと同じ水筒を取り出して同じように水を周りに撒き、自身の周りに水球をいくつも浮かべさせる。


 朱莉の援護射撃が切れて4枚目の壁をちょうど超えちょうどようとしている個体を見つけ、前腕程度の大きさの氷の礫を作り出して高速で打ち込む。温度を下げることで、魔力を使わなくてもエネルギー保存的にその速度はより大きくなる。


 高速とはいえ、皮下脂肪が厚いオークは首に氷が突き刺さっても即死はせずにそのまま進攻しようとするも、静はもちろんそれを許しはしない。新しく一歩踏み出した途端、首に刺さっていた氷から破裂音が響く。


 氷の手榴弾。水の沸点の低さとその体積変化を利用した静案の魔術。水は液体から気体に変化する際、その体積を1700倍を超える膨張率を誇る。では、もしも何かに刺さった氷がその刺さった部分だけを気体に変化させるとどうなるか。答えは、氷が刺さっていた点を基準に裂ける。そして、急激な膨張によって破裂音が響き渡る。


 数発ほど新しく入ってきたオークにぶちかまし、静は朱莉に抱き着く。もちろん血まみれの服はいつの間にかきれいにされている。唐突だが、これが静が屋根にまで出てきた理由である。もちろん抱き着くことではなく、朱莉の視界を借りることである。


 治療施設を訪れる冒険者や騎士が激減した理由はいくつか考えられる。実力が新たに出てくる敵に追い付かなくなってリタイヤする冒険者がいなくなったこと。これが主だろうと静も考えている。他にも、敵が出てこなくなった、治療するほど怪我を負わない、施設に行くまでに絶える、などがあるが感じられる雰囲気から頭から外していた。


 時間にも余裕ができたので、休憩ついでに確認に来たのである。そうして共有してもらった視界には、草原が別の色に見えるまでの数のオークと魔法。そして、見間違えるはずもない愛する男の背中。


 それを見た静は冷静さを捨て、手元にあるだけの水を前線に飛ばして先ほどの魔法を絶え間なく浴びせる。雅紀が何かを話し終えたのを見て、ラルフとその周辺にいる者たちへと話しかける。


「治療施設の近くまでオークが押し寄せてきたんですけれど、そっちは大丈夫ですか?必要なら手助けしますよ」


「静、前線はこっちに任せとけ。というわけで助っ人に来ましたよ」


 即座に返ってくる返事に頼もしさを感じ、自分で引き受けた仕事に戻ることにする。普段ならば、獲物を雅紀に独り占めすることになって抗議の1つもしようとするのだが、真剣に働いた後に掛けられた言葉だったということもあって、引っかかることなく流されるのだった。


 そんな静を眺めていた朱莉は、康太の姿が雅紀の近くにないことに首を傾げるのだった。

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