前線
雅紀と康太の2人が東の最外壁に辿り着いたとき、一枚目と二枚目の間にはうじゃうじゃとオオカミが駆けずり回っていた。一枚目を超えるも再度高い壁に阻まれ、数えきれないほどいる中でも一際大きく、体の色がほかのオオカミとは比べ物にならないほどきれいな個体が鬱陶し気に遠吠えを上げている。
遠吠えを上げている個体に注目すると、以前に森の中で狩ったあの鮮やかな緑のオオカミも含まれていたため、大きな個体は魔石を持った上位種で統率者である可能性が思い浮かべられる。数が多く、東の防衛にあたっていた冒険者たちは、上を除くあらゆる方向に注意を向けなくてはならず苦戦しているようではあったが、コテンパンにやられているパーティーは見当たらず、探しているうちに門の通り口に開かれたゲートを見つけてパートナーの敏腕ぶりに笑みを隠せない雅紀。
せっかく堀もつけて再現してあげた日本のお城が、どうしてこうも素早く攻略されてしまったかを確認しようと雅紀が顔の向きを変えようとすると、壁の外側を覗き込んでいた康太から「あ゛ー、ありゃずりーな」と低い声が聞こえてくる。それだけではなく、壁の上に立っている康太の横を何匹ものオオカミが走り抜けていく。
慌てて壁の上まで駆け付けてみると、壁の向こうにできていたものはひどかった。用意されていた堀のうち、通路に近い部分には冒険者がやったと思われるオオカミの死体が山積みにされ、そこに向かって魔法を打ち込んでいる茶色のオオカミも確認できる。よく見れば、死体の隙間には土が入って崩れにくくされており、死体の山が足場として機能するようになっていた。中には宙を蹴って壁越えするオオカミや、走る先で地面がせりあがっていくイノシシもいる。
堀の深さを十分にとったつもりだったのだが、魔法で埋められることを全く考えていなかった。ギルドで聞いた話では、魔法を使ってくる魔物は少なく、ほとんど強化に回されているとのことだったので、気にしなくてもいいかと放っておいたのである。入り口を守ることを想定していたが、階段を作られて侵入を許すことになるとは恥ずかしい。雅紀は顔を青くしながらも赤くするという器用なことをしている。
雅紀と康太の戦いはやってしまったことの尻拭いから始めることになり、2人は何ともテンションの上がらないまま剣と刀を持って戦場へと走り出すのだった。
東で大量のオオカミが森から出現し雅紀たちが殲滅すること一刻、南門でも同じようにオークの集団が森の中から顔を出す(壁からは見えなかったのだが)。その内訳は今まで以上に苦戦を強いられそうなもので、草原に進出してきたその軍団を一目見て、守りをメインとする騎士団も攻撃をメインにする冒険者もパーティーでは対応できないと判断したのか、即座に隊列を組み始める。もちろんその中心で声を張り上げているのは、”炎剣”のラルフと騎士団のロジックである。
互いのパーティーで背中を任せ合うよりもまとめた方が安心できるようで、落ち着きを取り戻した防人は遠距離のうちから魔法や矢でどんどん攻撃を浴びせていく。森の中では群れでも草原に出るとバラバラになり始め、その群れから外れてきたオークは一匹ずつ確実に始末していく。伝令を飛ばして戦力と資材を回してもらうのも忘れない。
ある程度固まって近づいてくるオークには範囲魔法が直撃して、その命を閉ざすことになり、数匹でいるオークたちは近接職によるスリーマンセルによって仕留められていく。しかし、切っても切っても、焼いても焼いても、際限なく森から湧き続けるオークに冒険者たちは疲れを覚えずにはいられない。
最外壁の外に配置された冒険者は基本的にBランク以上で、昇格試験を待つだけのCランクも混じっている。その戦闘力はギルドのお墨付きで、ただのオークには負けなしではあるが疲労との戦いもあって、なかなか長時間狩り続けることはできない。そのためにどうしても長期戦になだれ込むことになる。
突然鐘が鳴り響き始め、冒険者たちはオークなどにかまっている暇などないといわんばかりに一目散に壁目掛けて走り始める。走り抜ける冒険者の頭の上をいくつもの魔法が飛んでいき、さっきまでいたところに着弾し、その余波を背中に浴びながら死に物狂いで走っている。
前衛が出てきたオークを適度に狩って先頭をそろえ、そこを魔法使いが一掃する。単純だが分かりやすいこともあって今回も採用されていた。魔法使いは撃たれ弱く、安全圏である壁の上に配置されているために、そこそこ壁まで引っ張ってこなければならず大変だが、ローテンションを組むことによってしっかりと機能している。オーク肉が食べ放題なこと、森に近いこともあって魔力の回復もややましになるからできることである。
そして何よりも、紅の獅子の代名詞たるメルタのオリジナル魔法が炸裂する度に、何も残っていない草原とはもう呼べない土地が残されることになり、冒険者たちの心の支えとして働いていた。
それでも、防衛に参加している冒険者と騎士の数の限界の問題で、横幅にも限界が出てしまい、多少は後ろに流れてしまう。後ろに流れてしまうと距離が近すぎることもあって魔法が使えなくなる。そうなれば、通用口からオークの侵入を許してしまう。そうしたオークは多数のCランク冒険者に袋叩きにされるため今までは問題なかったが、数が増えるとさらに中へと進むのを止められなくなる。
そして森から出てきた集団の半分ほどが冒険者と騎士によって処理された辺りで、冒険者の中から悲鳴が上がり始める。冒険者の対峙する魔物の大きさがだんだん大きくなっていくのが、少し離れたところから見下ろしている魔法使いにはわかる。しばらくすると、オークの大きさが大きくなるだけではなく、ハイオークと思われる個体が集団の中で目立たない程度に数が増えていた。
それだけでなく森が徐々に広がって街とに距離が短くなっていたが、距離が距離だけに誰も気付けずにいた。
そのことに気付いた魔法使いが急いで後ろに伝令を飛ばすも、草原から聞こえてくる悲鳴の間隔が徐々に短くなり、今にも壁に激突しようとしている個体が目に入る。もうこの時には、だいぶ多くのオークを防壁の中に招き入れてしまっており、内の冒険者の数も先ほどよりもまばらになっている。前線の冒険者もそれぞれの切り札とも呼べる手を切り始めていた。
魔剣に身体強化、魔道具を惜しみなく使うその光景は平時であれば見ものであっただろうが、緊急時では状況の悪化を示す指標となってしまう。剣から炎が噴き出し、足鎧からは風が吹き荒れ、矢が何物をも貫通して森に消えていく。
予想以上に状況が悪化していることに恐怖を感じずにはいられない魔法使いの指揮担当。こうして考えている間にもまたも悲鳴が聞こえてくる。1人が欠けるだけでその本人の仕事以上の損害を受けることになり、恥を覚悟し一枚放棄して撤退することを戦っている者たちに伝えようと声を上げた瞬間。
ブモーーーーーーーーーーッ
森からとんでもない音が響き渡る。
上位の魔物がよく使う咆哮。大きな声に魔力をのせて放つことで対峙するほかの生き物に対して威圧を食らわせる技である。強い精神を保っていれば持ちこたえることができるが、何度も魔法を使った魔法使いや、自分よりも大きな魔物と打ち合っていた冒険者や騎士は非常に精神を摩耗させていたために、ほとんどの人が抵抗することができずに意識を途切れさせられる。残ったのは何度も修羅場を経験してきたことのある者たちだけだった。
自分の叫び声をかき消され、辛うじて失神だけは避けられたものの、まだ立ち上がれそうな魔法使いはほんの一握りだった。今度こそ指示を伝えようと前を見るも、森の中から無数の魔法が飛んでくる。十やそこらではなく、三桁に乗るほどの魔法が森の中から飛び出してきたことに、絶望を覚えずにはいられない。魔法を使えるオークがこんなにいるならば、全体の数を考えるだけで魔の前が真っ暗になる。
目の前の出来事に頭が追いつかない指揮担当に対し、メルタは残された魔力を振り絞って防御魔法を展開する。しかしその顔にはいつもの余裕の表情はなく、ギリギリの状況を綱渡りして気を振り絞っているのが見てわかる。他の魔法使いもできる限りの防御魔法を展開しているも、大きさが足りない。
草原に魔法が落ちる。
土埃が大きく舞い上がる。
落ちた余波が後ろの壁にまで到達する。
次々に魔法が草原に落ちて、赤、青、緑、茶色に草原の空気を鮮やかに染めていく。そして間もなく壁にも同じ色をした球に槍、弾が高速で近づき、魔法を新しく使うような余裕はなく目を閉じることしかできない。
閃光。
いくつもの魔法がぶつかるのだから、目を閉じていてもわかるくらいに光を放つのはわかる。それだけでなく、続けて防御魔法の破れる音と痛みが全身を襲うのではないかいつ聞こえるかと頭を抱えてうずくまる。
しかし、光って何かの割れた音を聞いてから少ししても爆風も何も届かない。奇妙に思って目を開けると、片手で剣を弄びながら、もう片手を前方に突き出している男が目に入る。この間にも魔法は次々に打ち込まれて閃光を発している。しかし、やはり何も突き出した手の先に広がっている光の膜を超えてこない。
光の城壁
近くにいた人にしか聞こえないように呟くようにこぼされた言葉。その言葉は近くで棒立ちになっているメルタに向けられているようで、挑発するような鼻を明かしてやったとでもいうような表情であった。
メルタの表情は何かに怯えるような、Aランク冒険者がほかの冒険者に見せるようなものではなかったが、顔を真っ赤にして下を向いて動かなくなってしまった。魔法を止めている魔法を展開していると思われる男は魔法使いの指揮担当には見覚えはなく、この作戦に魔法使いとして参加していなかったことはすぐにわかった。メルタを煽るように顔を窺おうとして手で追い払われている様はやはり凄腕には見えない。
魔法の弾幕が途切れ、草原に広がっていた冒険者を探そうとして何も地面から立っているものが見つからず、「そ、そんな・・・」と声が漏れてしまう。あれほどの魔法を打ち込まれて生存が絶望的だとは言え、誰一人として生き残っていないなんてことはゼロに近いがゼロではない程度。そんな状況を作り出してしまった指揮担当として自分の浅慮を悔やみ、何より防壁にいた魔法使いだけが生き残るなんて・・・、と思わずにはいられない。
「そう心配しなくてもいい」
そう声を掛けられ首を回すと、つい先ほどまで草原で戦っていたはずの冒険者たちが呆けた顔をして辺りをキョロキョロ見渡している。
何が起こったのか。それを指揮官が尋ねようとしたとき、草原の上に膨大な魔力が感じられ、次の瞬間にはいくつもの氷のつぶてが草原を進行してくるオークの群れに降り注ぐ。それだけではなく、いくつもの破裂音が草原から響いてくる。
安全圏から見られた突然の出来事に理解が付いてくるものは、援軍によるものだと理解し安心する。それ以外のものは呆けた面を晒す羽目になる。
「治療施設の近くまでオークが押し寄せてきたんですけれど、そっちは大丈夫ですか?必要なら手助けします」
追加で、多数への念話というとんでもな魔法が使われる。その声に聞き覚えのある冒険者は強力な助っ人に喜びを爆発させる。そうした中で、魔法による絨毯爆撃による被害を防いだ男、雅紀がセリフを引き継ぐ。
「静、前線はこっちに任せとけ。というわけで助っ人です」
ヒーローは遅れて登場するという顰蹙を買いそうな登場を実際にやってのけた雅紀であるが、グーとお腹を鳴らして自分でオーク肉を炙りながら食べ、魔力回復に勤しんでいる姿はやはり頼りない。




