突撃、隣の戦闘
いつものような怖くても明るさが感じられた表情は影を潜め、ただただ真剣さだけが伝わってくる顔のスーシーの入場によって机を囲む面々も顔を引き締める。地図を挟んでにらめっこしているギルドマスターのガストと騎士団の総司令官で辺境伯のガナル、机に肘をつきながら地図を覗き込んでいた雅紀たちの纏う雰囲気がギアの入った状態へと入れ替わる。
「さて、最後の戦力が来たことですしこちらから手を打っていきましょう。現在、大半の敵は外から三枚目までで抑えきれてまして、動きの速い一部の魔物だけがここまで来ています。それも待機していた冒険者で捌ききれています」
「騎士団は南の最外壁に配置して居るが、ほとんどがオーク系で職持ちのオークも多いらしくてな。それなりに手古摺っているらしいのう」
「東の森からはオオカミとイノシシがほとんどのようで最外壁で抑えられて、南に流れてきているようです。騎士団もAランクもBランクも南に投入しているため、壁が破壊されたなんてことはないですね」
そこから追加でもたらされた細かい情報に基づいて地図上の駒を動かす。東も南も特に大きな問題が発生しているとかは聞かない。オークは一枚目と二枚目の前にほとんど集められていて、職持ちオークはAランクとBランク、騎士団の隊長格で対応している。流石に、平の騎士団員ではオークと一対一が精一杯で、乱戦での身の安全を確保するために、今回は数人でかかっている。
それだけではなく、紅の獅子が森で危機に陥ったときに見た数から考えると、まだまだオークは出てくるだろうし、その中で職持ちや上位種が登場して来る可能性が非常に高いだろうという嬉しくない予想も伝えられている。オークである以上は壁をよじ登るなんてことはできず、雅紀たちの作品のおかげで、いざという時でも最低限の時間は稼げる。
「出入り用の通路さえ死守すれば籠城戦に持ち込めるとは思うぞい。しかも、籠城用の壁が最悪4枚破られても本命が残っておる」
「あ、いざとなったらまた作りますよ。慣れたんで今度は数分あれば行けます」
「それはありがたいのじゃが、そんな常識外れのこと話言われてものう」
「作ったものは最後まで面倒見るっていうのが、大和の職人魂なんで」
壁が壊れたからと言って、新しく壁を作るのは決して壁を直しているとは言えるものではないのだが、頼まれたこと、今回は街の防壁となるものの製作、を最後まで面倒見ようとするのは、日本人らしいといえるのではないだろうか。疲れた顔と至って平然としている顔の温度差が何とも言えない一同だった。
これから更なる激戦になることを受け、雅紀たちにもエリンエル防衛戦への参加を命じられる。ギルドとしてはEランク冒険者に戦闘の面で頼ることになるのは何とも情けないのだが、無いものは代えられないのでお願いすることになる。
それも、依頼という形ではなく、冒険者の義務を果たしてもらうという形での参加である。他のEランクとFランクの冒険者には街中での避難誘導を頼んでいることを考えると、同じランクのはずであるにも関わらず扱いの差が大きい。頼りにしているといえば聞こえはいいが、常識知らずの遭難者に強気に頼み込んでいるだけである。
頼まれた側は何も文句を言うことはなく必要な情報だけを集めて、さっさと参戦しようとするが、頼んだ側としては、それを見てはさらに申し訳なく思えてしまうのである。
雅紀たちが身に纏っているものの確認を始め、同時に戦闘へと意識を変え始める。今まではぼんやりと魔力を纏っていたのが魔法使いなら分かったが、戦闘態勢に入ってからは誰もがその膨大な魔力が感じられるようになる。それでいて、近づかないと気付かれないように気配と魔力が隠されているのである。今までのノリのいい性格からは想像もつかない圧倒的な戦闘センスに畏敬の念すら覚えてしまう軍事に関わってきた者たち。
それ故に、今まさに紡がれている会話の意味が分からないのだった。
「静はどうする。一緒に来るか?」
「ううん。そうしたいのはやまやまだけど、こういう時こそ本分を生かさないと」
「それでこそ静ですね。守りは私が引き受けるので、二人はご存分にどうぞ」
「少しでも変わりたいと思ったら言えよ?すぐに戻ってくっからよ」
一緒に前線に行くかという質問に否定の言葉を返し、護衛が必要な本分とは何のことだろうか。静たちのいつものやりたい放題の様子しか知らない身からしてみれば、話していることが全く分からないスーシーである。本職をギルドカードに記載された槍使いだと思っているギルドマスターと辺境伯も、同じく不思議そうな顔をしている。
突然向けられる視線に込められた感情の質が変わったことを受けて朱莉が振り返り、その顔を見てその理由を理解する。学校で自分たちを知っている人にとっては当たり前でも、こちらの何も知らない人からしてみれば、教会とかで目の当たりにした人を除いて、姿からは想像もできないだろう。
ちなみにこの感情の知覚は、朱莉でなくても気を張っているならば残りのメンツも可能であるが、いつでもできる朱莉は年季が違うとでもいえばいいのだろうか。
「えっ?シズカさんは戦闘に参加していただけないのですか・・・?」
「それなんですけれども、今回はこちらに来て初めてということで本気でいきたいなあ、と思って」
「今までのあれこれはそうではなかったと・・・?」
スー ピクピクッ
「それで何をするのですか?」
「真面目に医者をやろうと思います、っと。これは東がヤラれたみたいだね」
「だな。というわけでそろそろ動き始めさせてもらいますよ」
そう言い残して、この場から走り去る雅紀と康太。もちろん向かう先は話に出てきたばかりの東である。
またしても突然に行動し始めるパーティーに対して、怒りに任せてあれやこれやを言ってやりたいところだったが、同じ仕事をしていた受付嬢が慌てふためいて駆け込んできたために、またもやその機会を失う。そして、伝えられた情報に驚きを隠せない。
東の最外壁の通用口陥落
急いで送ってきたために情報量が多いわけではないが、重要な情報である。壁を間に三枚も挟んで、距離にして2キロメートル弱。その距離離れた場所をすぐ隣のことのように把握する知覚に、本気になったときのスペックの底が知れない。この情報を送ってきた魔法使いか戦士も決して腕が悪いわけではなく、優れている部類だが、比べる相手が悪い。
この連中が最も得意としていた遊びは何だったのか。
鬼ごっこかサッカー、それとも野球か。確かにこれらの遊びでも周りの子供をコテンパンにしたのは間違いない。もう二度と遊んでやるかと言われたことだって何度もある。もちろんその後も一緒に遊んだのだが。子供は三日もすれば言ったことを忘れてしまうものである。
それよりも得意としていたのはかくれんぼである。それも隠れる側ではなく、見つける鬼側である。朱莉と同じように気を読もうとして練習を重ねたことによって、並みはずれた感覚を手に入れることができたのである。そして年を経るにつれて、そこに観察力までもが加わることになって、その上限はとどまることを知らない。普段は優れた五感で済ませられるようなスペックではあるが、魔力で身体を活性化しているときならば、際限なく強化されていく。
2人が立ち去り、静も仕事をするための準備へと取り掛かる。予想もしていなかったことを言い出し、行動し始める冒険者に完全に置いて行かれる冒険者ギルド上層部。そうしている間にも、静は教会の上の人とも話し合い、治療する場をもっと前線に移動するように説得して動き始める。怪我人はここで治療を続け、治療が終われば司祭が移動先に合流するらしい。教会で手伝いをした時のコネが生きてお願いが受け入れられる形となる。
4枚目の壁が目の前に見えるまで前進し、教会から派遣されてきた司祭たちがより危険な場に引きずり込まれたことを自覚してぶつぶつと神様へのお祈りを始める中、先ほどまで利用していた治療区域にあったベッドや作業台が再現されていく。場が整えられたと思ったら手が振られ、その手の先には東門とみられる光景がぼやけながらも目に飛び込んでくる。
「これで後は怪我人が来るのを待つだけだね」
「静、氷や薬を用意しなくてもいいんですか?」
「そっか、他の人にも手伝ってもらうなら必要か」
瞬く間に用意された小屋ともいえる建物内を歩いて何かを確かめるようにしながら、朱莉に掛けられた声で何やら再び作業を始める。背負っていた背嚢からありふれた水筒を取り出したかと思えば、いきなり水筒を逆さまにして中の水を用意した石の台にぶちまけ始める。先ほど話していたことと結びつかなず、何とももったいないことを見て、誰からか「あっ」という声も聞こえる。この世界では、中世同様に水は井戸から引き上げなければならず、そこそこの重労働なのである。
しばらくしても下へと向かってこぼれ続ける水に疑問を持ち始める中、ふと顔を上げると静の背中に非常に大きな水の球が浮いているのが目に入ってくる。そしてもう1回下を見てみれば、台から流れ落ちた水が地面へと吸い込まれる前に、なにかの流れに乗って静の背中に向かっていることに気付く。
それを成した張本人はニカッと笑い、この女冒険者の腕前を知っている教会在中の司祭たちは苦笑いをこぼしている。彼女なりの緊張をほぐすためのジョークだとわかってくれていたのだろう。そして最後に水筒を仕舞って手を叩くと、目の前にあった水球は氷へと姿を変え、出張組は驚くことしかできない。
もう一度叩けば粉々になり、小屋のそれぞれのベッドの脇の箱の中へと分けられていく。驚いて声も出ない司祭やシスターたが新たに運び込まれ始める怪我人のうめき声で現実に戻ったのを確認し、
「さあ、私たちの戦いを始めようか」
と、カッコつけたようなセリフとともに治療を再開するのだった。
後日、テンションが上がってはいてしまったセリフの恥ずかしさから身もだえることになるのだった。




