朱莉マジ切れ
ふふふ、と優雅に笑っている朱莉に対し、上から目線をやめない女。
「あらあら、思っていることがそのまま口に出てしまうなんて子供ですね」
「何かしら?雑魚が、ルイス伯爵家三女でありAランク冒険者である私に文句でも?」
「次は身分に頼るんですか。それで何かできるんですか?」
「貴族舐めんじゃないわよ」
「権力ですか。あらあらまあまあ、切り捨てんぞ」
突然口調と纏う雰囲気が変わった朱莉を見て、紅の獅子のリーダーが自分のパーティーの女を止めるから、もう一人の方を止めるように頼もうと顔を雅紀たちに向けると、揃って青い顔をして小刻みに震えている。そんなパーティーを見て、顔が引き攣ってしまうラルフ。
そんな中でも喧嘩はさらに空気を悪くしながらも進んでいく。
「そんなに言うなら力で潰してやるわ、来なさい」
「あら、自分が弱いとは思わないのですか?」
「雑魚がうるさいわね」
「ええ、本当に雑魚が五月蠅いですね」
朱莉が手を一振りすると、突如周りの風景が変わる。
頭上には輝く太陽、周囲には見渡す限り草原が広がっている。樹木の類は一切なく、高さ数センチの草しか生えていない。
突然の変化に、紅の獅子のパーティーメンバーも戸惑いを隠せない。転移魔法は時空間魔法を極めた魔法士しか使えないもので、世界に百人にも満たない。見栄を張ったメルタは、相手が思いがけない力の持ち主であることを認められず、どうせ魔道具でも使ったに違いないと思い込む。自尊心故にここで引き下がることを認められず、そう思うことで恐怖を振り払う。
雅紀たちも朱莉が大規模な魔術を発動したことに気づき、そちらに注目することで多少は正気を取り戻す。舞台が整ったことに笑みをさらに深める朱莉は、背中から弓を外して構える。会話の流れを自分に引き寄せ、ルールを決めていく。
「では、なんでもありでいきましょう。降参はどうしてもというのであれば認めますけど、いかがですか?」
「ふん、そっちが必要になるんじゃないの」
「では、ラルフさんでしたか?合図をお願いします」
挑発をさらりと躱して、目を白黒させているラルフに振る。ラルフは突然巻き込まれるも、取り乱すことなく合図役を生き受ける。魔法使いの決闘スタイルに合わせるので、そこそこの距離を取る。10メートル程度では足で詰めた方が速く、魔法使いには向かない。故に数十メートル開けるのが基本である。今回は50メートルほど開けるようだ。
両者が準備できたことを確認して、掛け声と共に手を振り下ろす。このときにはすでに雅紀たちも復活して、観戦ムードに入っていた。浮き沈みの激しいパーティーに、獅子の面々は思うところがあるようだった。
腕が振り降ろされてすぐに、メルタが詠唱を始めようとしたところで危機感を感じ、それに従って杖を右わき腹の守りに回す。腕を動かし始めて、なにがあるのかと首を右に回すと、そこには朱莉が移動してきていて、無造作に手が振られる。辛うじて杖の先を拳と体の間に差し込むことに成功するも、その腕によって数十メートル飛ばされて、地面を転がる羽目になる。
わざわざ、倒れているメルタが起き上がるのを待ってから朱莉が話しかける。
「あの攻撃に辛うじて反応しますか」
「Aランク舐めんじゃないわよ。今のも魔道具頼りの一発かしら。倒せると思ってたのかもしんないけど、その予想外れて残念だったわね」
転がったことでついた土埃を払いながら、メルタは煽る。しかし、メルタの体は今の一撃を避けた際の無理が祟っていろいろなところを痛める。痛みをこらえつつ煽り、メルタは呼吸を整え、顔に垂れてきた血を拭って回復魔法を掛ける。同じ攻撃はそう使えないだろうと、メルタは距離を取って魔法を打ち続ければいいと考えている。
すぐさま、メルタは簡単な魔法を連射し、その隙にさっき使おうとしてた魔法の詠唱を始める。パーティーの象徴たるオリジナル魔法を使う。
この世界の普通の魔法使いは、スキルレベルごとに使える魔法が増え、そこに少しアレンジを加えることでオリジナル魔法と言われている魔法を作り出す。強い魔法と思われているオリジナル魔法だが、単に想像しやすく魔力が威力に回されるから強くなったように思えるだけである。
オリジナル魔法、豪炎の獅子。火属性魔法レベル5で使えるようになったフレイムで、炎を5メートル越の獅子の形にして相手にぶつける魔法である。もちろんレベル5の魔法にふさわしいだけの威力を持つ。
大抵の魔物なら炭も残らない魔法を使い始めたメルタに、慌て始めるラルフ以下3名。それに対して、でっかい魔法だなあ、とか言いながらサンドイッチを食べている雅紀、餌付けしている静、冷たいお茶を探している康太、と焦る様子が全くない。
ときどき飛んでくる魔法をその場で小さく動いて避けながら、大きな魔法に対して同じように焦りもしない朱莉。その場で初めて弓を構えて、弦に手を掛ける。
ゆっくりと優雅に弦を引いていき、最後まで引き切ったところで、炎の獅子が吠えながら突撃してくる。それを見て外野が何か叫んでいるが、止まることなく朱莉に向かっていく獅子。獅子に向かって矢をつがえずに引いた弓を向ける。
朱莉と獅子の距離が10メートルを切る辺りで、外野が悲鳴を上げるが、本人は気負った様子もなく弦を押さえていた手を放す。矢も何もなかったはずなのに、弓の射線上にいた炎の獅子が爆散する。周りに炎が広がる中、メルタは爆散を不思議に思うも朱莉に攻撃が入ったと確信したが、薄くなった炎の奥に立ち姿の影を見ると、顔を青ざめる。
「静まりなさい」
朱莉の一言ですべて鎮火される。朱莉の周りだけ草が青々と生えたままで、その周りの草原は焼き払われていた。朱莉が一言で魔法を発動させたことに、もう驚き疲れる外野。大魔法を使っても、立ち続けることができるくらいには魔力は残っているメルタは、さすがはAランク冒険者だけあって優秀みたいだが、今回は絶望を顔に張り付けている。
そんな悪夢みたいな存在が近づいてくるのが怖いのか、後先考えずに魔法で弾幕を張って近づいてこないようにする。
そんな魔法の雨の中、何もしないまま数歩歩いたところで止まり、思い出したかのように朱莉はメルタに話しかける。
「そうそう、先ほどの私の言葉ですが、あれは称賛なんかではありませんよ。単に期待外れだっただけですから」
その言葉がメルタの耳に届いた時には、メルタは吹き飛ばされ、いつの間にか作られていた土壁にめり込んでいて、最後まで聞こえていたのかはわからない。Aランク冒険者の前衛として数多くの場数を踏み、メルタよりも動体視力がよく、離れた場所から見ていたにもかかわらず、ラルフでさえも踏み込みの瞬間と速度を緩めた終着地点でしか捉えられなかった。
「あの程度の速さに辛うじて反応するのか、ということですから。さて、すっきりしたところで元に戻すとしましょう」
言い捨てるよう言うと、一本締めのようにポンっと手を叩く。何気ない動作で、ついさっきまで居たギルドの部屋に戻され、サブマスターのスーシーと筋骨隆々の爺さんが興味深そうに見ていた。
1名を除いて無事に戻ってきた2組を待っていたのは、お偉いさん2人による質問攻めだった。
ラルフからは今の魔法は何なのか、ギルドマスターからはあの黒い球体は何なのか、と質問攻めに遭う。
特殊な結界を張った、その結界を外から見たらそう見えるんだね、そうなんだ、と日常会話かのように話し、それよりも呼び出された本題を早く聞きたい雅紀。それを止めるラルフ。どうやらメンバーの不始末を早いうちに片付けたいらしい。
「今、なんでもするって言ったか・・・」
「え、ああ、そう言ったけど、なんか怖いんだが」
「いや、まさかこちらの世界に来てもこれを聞くとは・・・。で、朱莉、なんか要るか?」
「いえ、特には。あ、じゃあ、前に静が欲しいと言っていたものはどうでしょう?」
「ん、あれか。じゃあそれにするか。よし、ということでラルフさん、お覚悟を」
何か気迫迫る表情で、雅紀がラルフの肩に手を置く。雅紀の後ろには、目をギラギラさせた静と康太が並んでいる。何やら早まったことを言ってしまったかもしれない、と後悔するラルフ。パーティーメンバーも、唾をごくりと飲む込む。
「あ、できれば手加減してくれると嬉しいかなって思っちゃったり」
「情け無用。ラルフさんたちの・・・、今まで食べた中で美味しかったもの教えてくれ」
「へ・・・?おいしかったもの?食べ物?」
「そうだ。この国で旨いもんを教えてくれ。これは俺たちにとって、とても重要な情報なんだよ」
思っていたものとは真逆を行く答えに戸惑いを隠せないラルフ。魔道具やら武器やら金を要求されるのかと思っていたのに、まさかの情報。それも 美食についてのである。全身から力が抜けて、ソファーの上に崩れ落ちる。ギルドマスターも呆れた目をしている。そんなもん、別の機会に聞きゃ良いじゃねえかと思っている目をしている。
空気がしらける中、雅紀たちはあくまで真剣な目をし続けていた。その要求物は、きれいな部屋の床上にぼろぼろの格好で捨てられているメルタ並みに、場の空気を壊すものだった。
情報の受け渡しは後でするように言われ、ようやく集められた目的の詳細を知ることができる。どうやら魔物の暴走の本陣の準備が整い、そう遠くないうちに街に来るらしい。具体的には2、3日しか時間がないらしい。
この情報は、魔物の暴走時にのみ見られる種類の魔物が見られたことによりした調査の結果らしい。
そこで、今までの斥候による情報に加えて、更なる情報を仕入れてきてほしいとのことだった。既に斥候からもたらされた情報には、南の森ではオークが中心に、東の森ではオオカミ系、イノシシ型の魔物に加えて、植物系の魔物が活発化しているらしい。極めつけに、魔の山脈からはワイバーンが出てくるようになったらしい。なんでも3日前の夕方前、草原で男性がワイバーンに連れ去られそうになるも撃退できたらしい。
後半の情報を聞いて、紅の獅子の面々が、強者がいるのか、と頷く一方で、雅紀たちは、今回の暴走は自分たちのトレント討伐が原因でないとわかるも、確実に戦力としてカウントされると確信する。グッバイ、穏やかな旅行生活。
そして今回の依頼は、森の奥まで行って、魔物の本体の魔物の情報収集かつ間引き。公式に力量を認められているAランクパーティーと、他の冒険者の前でワイバーンを一撃で沈めたEランクパーティーに依頼することは、サブマスターが独断で決めたようだ。指名依頼はCランク以上でなければならないので、ラルフたちの手伝いという名目での参加となる。
ワイバーンを一撃と聞き、先ほどの朱莉の力量を考慮するとそれくらいは当然かと、あっさりと納得してしまうラルフ。いまだ寝転がっている魔法使い以外、みんなも既に納得している。
ああ、俺たちがやったとは一言も言ってないのに、こうして噂は広がっていくのだなあ、と自分たちがせっかく隠そうとしていた事実がばらされていき、死んだ目になってしまう高校生たちであった。




