雅紀の逆鱗
8月は3日に1本を目指します
予想通りに挑発に乗ってきた下種どもに、ほくそ笑む雅紀。
彼にとって、彼女である静を汚い目で見られることは耐えがたいことなのだ。憧れや嫉妬の目線はそこまででもないのだが、欲望と悪意をはらんだ視線は、向けられた瞬間に彼のリミッターは外れ、その相手を完膚なきまで叩き潰すことを厭わなくなる。静自身もそのような目を向けられるのは嫌うが、これは誰でも同じことだろう。加えて、静自身は相手が実力行使に出たとしても、キレイに全員返り討ちにするだけの力を持っている。
それでも雅紀にとって、静にふさわしい男であるならば、静が手を出さなくても日常を送ることができるようにする程度のことができずにどうするか、と考えている。静のためなら何でもやりかねないようだが、小さな諍いなどには手を出さず、裏での非道徳的行為のみを全力で潰す。
そして、今回の出来事は雅紀の逆鱗に触れたらしい。
振り降ろされた大剣を、横にいなした後に剣の腹を叩く。バランスを崩されてがら空きのみぞおちにキツイ蹴りが入る。身体強化はしないが、魔力を込めることで体の内部に痛みを与える。飛ばす方向も考え、後続の斧持ちにぶつける。アーロンはいなされ叩かれた大剣の面が迫ってきたために、攻撃を中断せざるを得ず、追撃を恐れ下がっていた。
魔法の詠唱が終わり、「ファイアランス」という魔法名とともに魔法が攻撃をやめていない槍使いの後ろから飛んでくる。どうやら、魔法には防御すると信じているのかそのままの勢いで突き進んでくる。これで決まると思ったのか、表情がそれを物語る。
しかし、普通ならそうなるのだろうが、雅紀が相手なら常識が引っ込んで非常識が表に出てくる。
魔力を纏わせた鉄剣をゆっくりと振り上げて、魔法に振り下ろす。剣術レベル3で覚える飛斬。雅紀は森での訓練から斬撃を飛ばすのはできると確信していた。雅紀の技量によって何倍にも凶悪になった一撃が飛ぶ。
思った以上にレベルの高い一撃に一瞬は驚くも、仲間の魔法が勝つと思ったのか、マティもアーロンも再び笑みを浮かべる。伸びる斬撃。突き進む魔法。戦いの全体を見ていた者たちには見えていたが、雅紀の飛斬は地面をえぐりながら突き進んでいた。そんなものがぶつかったらどちらが勝つかは明らかだった。
斬撃が胴体に直撃して、血をまき散らしながら男が一人飛ばされる。流れ出る血の量が少ないのは、雅紀の込めた魔力が少なかったのだろう。斬撃の余波をもろにくらい、顔を手で覆ってしまうアーロンと魔法使い。そんな隙を見せた人間は雅紀の餌食になる。
手で覆った一瞬でアーロンの後ろに回り込み、手足の4本の腱を断ち切ってから、回し蹴りで壁まで吹き飛ばす。目を開けると、顔の横を飛ばされた前衛のアーロンが掠り、自分に掠ったものを見てしまう。後ろを向いた瞬間、ひじに強烈な痛みを感じ、膝から崩れてしまう。ひじに目を向けると左ひじには剣が突き刺さり、右ひじは向いてはいけない方向を向いている。
「あ、ああ、ああああああああああ!」
「さて、あと二人」
雅紀は淡々と呟く。
マティ。エリンエル冒険者ギルドCランク冒険者。大剣を軽々と振り回す膂力を武器に、Bランクにあと少しで手が届くところまで上り詰めた。素行が悪いとギルドから再三にわたり警告が出されるも、Bランク間近の戦力は手放せないのか、追放を逃れてきた。そして、自分の気に入った女を見つけると力で脅してやりたい放題だった。誰も手を出せないことをいいことに、自分の気に入らないものを裏で潰してきた。
そんなマティは、遅くに起きてのんびりと冒険者ギルドにやってきた。そして、カウンターにで話しているパーティーの女に目が釘付けになる。気になった彼は話を立ち聞きし、目を付けた女とその周りの男が駆け出しであることを知り、後をつけるように訓練場に入っていった。
駆け出しの教習をしているギルド役員が、早くいなくならないか待っていた。冒険者の先輩として依頼を手伝うふりをして近づけばいいかなどと考えている。手ぶらの駆け出し四人組が解体倉庫に入っていき、ほくほく顔で出てきたことから、何らかの魔道具を持っているかもしれないと思い、それと金ももらうかと妄想しながら意識を、その女に向けた。
そして、その瞬間、死が彼の頭をよぎった。体に全く力が入らなかった。今までに感じたことのない恐怖だった。視線を動かすと、駆け出しのはずの男が無機質な目を向けていることに気づく。駆け出しに気おされたという、屈辱的な事実を理解し、怒りが湧き上がってくる。それまでに男が何かを言っていたようだが、まったく聞く余裕なんてなかった。
そこからは、相手側から決闘に誘ってきたので、こりゃ楽にものにできそうできそうだとも思った。そんな軽い考えでいたが、解体倉庫内を見たら違う考えが出たかもしれない。
そして・・・
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マティ視点
「さて、あと二人」
なんつう凍えるような声だ。駆け出し相手の楽な仕事だと思ったら、アーロンの野郎、速攻で飛ばされてんじゃねえか。こっちはもう二人しか残ってねえ。
それになんだあの技は。人を切り殺すほどの飛斬だと?駆け出しでそんなんが使えるなんて、聞いたこともねえ。加えてあの残虐性はやばいな。汚い手も全部使ってかねえと本当に死にかねねえ。
「おい、斧の。俺が必殺技で殺すから時間作れ」
「ほんとに大丈夫か?」
「うるせえ。口答えしてんじゃねえぞ」
「ちっ。わあったよ」
俺の大剣の魔道具としての力見せてやるよ。それでおさらばだ。
お、斧のも倒れていい位置だ。さあ、死にさらせ。
「死ねや、餓k」
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突然、斧持ちが突進を仕掛けてくるも、方向を調整して内に誘い込み、内臓に一打を入れる。崩れ落ちる男を後ろに押し戻したところで、大剣から何やら黒い霧が出て、剣を二回りほど大きくしているのが見えた。
雅紀には何やら笑い声のようなものが聞こえた気がしたが、マティは構わずに大剣が振るう。魔法のような剣に対してなら、雅紀も躊躇いなく魔法を使うようで、分子間力緩和と刀身延長を施した剣を大剣にぶつけにいく。
霧に抵抗感を感じるも、大剣はすっぱりと切り落とされ、返す一撃でマティの体にも一撃が入る。流石に人の体をさよならはさせなかった。突進の溜めの状態で、遠くから剣が振られただけで、崩れ落ちていることを理解出来ていなかった。
全員が倒れていることを確認して、倒れている男どもから、懐のお金を拝借し、ついでに魔導で予防策を講じておく。死んでしまっても悪いと思ったのか、しぶしぶ、本当に嫌そうな顔をしながら、最低限の止血だけは施す。
訓練場をあとにしながら、深呼吸を何度も繰り返して昂った感情を落ち着ける。普段なら倒してすぐに収まるのだが、剣と魔法の世界で初めてのことであり、緊張をしていたらしい。
三人はいつものように手を振ってくれて、心が温まるのが感じられた。
それを傍から見ていた大人な冒険者は、まじでやべえ、あの見た目だとほかにもやらかす奴がいそうだと、冷や汗をだらだら流す。雅紀の殺気を浴びるのは、二度と御免被りたいものであったようだ。
戻って来た雅紀と気軽にハイタッチなんかして、静たちはそのまま依頼票を見に行こうと歩き始める。もちろん、静は雅紀の心の癒しのためにずっとそばに寄り添っている、というか腕を抱きかかえて話す気はないようだ。立ち去る音でケイティが復活する。
「とんでもない実力ですね。雅紀さん、Bランクどころかもっと上を目指せるかもしれませんよ」
「いや、それほどでも。でものんびりとやっていきたいですね。直接依頼もめんどくさそうですし」
「やっぱりそう言いますか。いえ、今までの上級冒険者もへんじ、もとい個性的な人が多いんですよ」
カウンターが見える位置まで廊下を進んだあたりで、焦った顔をしたスーシーが走ってくる。廊下に入ってすぐにギルド役員に会えたのに安心したのか、一息ついてからまくし立て始めた。
「ケイティ、今の威圧と殺気は何?!訓練場の方でなんかあったの?!また決闘とかして死人がでたりしてないよね?!」
「えっと、ケガ人は一応いませんが・・・」
「じゃあ、あの殺気は何だったのよう。今まで感じた中でも最高にやばかったよう」
「えっと、それは・・・」
チラッチラッ
プイッ、ヒュッヒュッヒュー
スーシーの口調が乱れ始めてのは流して、ケイティの視線はガン無視し、依頼表に向かおうとする雅紀。普通にうまい口笛を吹いているのが癪に障る。
ケイティの視線の先の人物に気が付いたスーシーが、ほんとに困って今にも泣きだしそうな顔をして説明を求めて、目をウルウルさせている。静センサーは、これはガチ泣き寸前だと判断して、雅紀を突き出す。
雅紀本人も、周りに迷惑を掛けたと思っているのか、居心地悪そうに事情を説明する。しかし、ここで全力を出したことに後悔も反省もしていない。再び同じ状況になれば、その相手を躊躇いなく潰す気でいる。
かくかくしかじかと、説明を終えて今度こそ依頼を受けようとするも、今度はケイティからランクを上げるためにカードの提出を求められる。
依頼なんて受けていないのにどうして?という顔をしている四人に、ため息をつきながら説明をする。
「えっとですね、ウルフ系の依頼は常時出ていまして、討伐証拠である牙さえ持ってきていただければ、依頼達成になるのです。それでですね、今回フォレストウルフ500匹の提出がありまして、フォレストウルフ5匹でDランク依頼一回分です。そして、ランクアップに必要なのが実力と人柄、依頼達成数です」
あとはお判りでしょう?と、手を出してくる。さあ、早くカードをくださいと全身が主張している。
スーシーを見ても、問題ないでしょうと答えるので、ならいいかとポケット(の中のスマホ)からカードを引っ張り出して手渡す。
そんな元気な姿を見て、ギルドは通常営業に戻っていった。




