一週間ぶりの文明圏の入り口
雅紀たちが森の破壊を始めて二時間以上。初めの円形の広場に合わせて結界を張っていたため、その外には被害が出ていないが、その内側には悲惨な光景が広がっていた。
地面は乾燥しひび割れ、直径が50メートルもあるクレーターがいくつも重なり合っている。クレーターには、細い穴が開いているものや誘拐してガラス化しているものもあった。上空は周りの木の枝が広がっていたはずなのだが、その跡すら残っていない。燃やされて炭になったところを落下物によって叩き折られてしまったのである。
そんな世紀末ともいえる円の中央に、それは立っていた。太さが10メートルほどの幹に、いくつものこぶができていて、ぱっと見では15メートルの太さの木。枝も根も、本体に近ければ十分に太いのだが、先っぽに行くにつれて萎びてしわくちゃかつ細くなっていく。何度も攻撃を受け、傷を修復するうちに、傷跡がこぶのようになり、そこに上からまた傷がつけられる。初めの幻想的風景の構成要素であったトレントは、姿を変えて、そこにいた。
そんなトレントと、雅紀たちの戦いに終止符が打たれようとしていた。
「熱量減少、凍って!」
「分子間力減少、崩壊の太刀」
トレントは運動を止められた上に氷漬けにされて、ある方向の守りが綻びる。そこを雅紀が駆け抜け、一太刀入れる。分子間力を緩和させることで、力を加えなくても切ることができ、斥力場を発生させる以前の一撃よりも効果が出る。魔法で生み出された刃はさらに長くなっているが、こぶのせいで一撃で決めるのに必要な長さも伸びてしまっていた。間一髪で助かるトレントだが、間髪入れずに回復に対して妨害が入る。
魔法を撃つだけでなく、空中の魔力を吸収することで、トレントの取り分を減らしていく。吸収した魔力は、効率最低の物質生成に回されていた。
「鉄頂戴!次で決める」
「こっちも鋼で剣を創ってるから、ちょっと待って!」
「静の分は私が作ります」
「じゃあ、俺は妨害に専念させてもらうぜ!!」
魔法で鉄を生成しながらも、一方では環境破壊魔法をポンポン撃っていく。襲い掛かってくる根はもはや力はなく、ただの剣の一撃で落とされていく。
生成しているうちに、トレントが回復を切り上げて、賭けに出てくる。守りに回していた根も合わせて全ての根で、正面から突き、左右から薙ぎ払い、二撃目にも続けて値を繰り出し、雅紀たちを物量で潰しに来る。一撃目を止めても、後ろから二撃目の質量で物理的に押しつぶそうとする。
何度も何度も根を地面に叩きつける。土埃が派手に舞い上がる。しかし一撃ごとに、根の数が減っていく。ついには叩きつける根がなくなり、根を引き上げるしかなくなる。雅紀たちの周りには、根の先っぽと思われる植物の一部がごろごろと転がっていた。雅紀たちの手には、まぶしく光るものが握られていた。自然界の魔力が溢れていても、これほどの量の鉄を生成するには困難が付きまとう。しかし、物質を生成するにあたって、物質について詳しく知っているならハードルは下がる。知識は資本で、力なのである。こうして、危険極まりない森での生活九日目にして金属武器を手に入れた。
「これで決めさせてもらうよ!」
静が威勢の良いセリフとともに、電気抵抗減少の情報の書き換え、電圧、磁場と力場の発生を魔法で実行する。瞬間、静の手の中に合った鉄球が、音の壁を軽々と越えて突き進んでいく。
「では、道の整備は私が」
朱莉は大量の魔法の剣を作り出し、トレントとの間に残っている根を中央に集めながら、次々に地面に縫い付けていく。
「終わりにさせてもらおう。もう腹が減ってしょうがないんだ」
「つうわけで、幕を下ろさせてもらうぜ」
雅紀と康太が、手に新しい武器を手に駆け出す。すぐに最高速に乗り、二人は剣と刀を構えて、左右から回り込むようにする。掛け声もかけずに、同じ魔法を同じ高さ、同じタイミングでトレントに叩き込む。一本の刃で幹の八割を切るのだから、二本の刃でやれば完全に切り倒せる。
振り切った状態の二人が、緊張を解き二人を待つ方へ歩き出すと、木が倒れ始める。大きな敵を倒して誇らしげに歩く二人だった。
誇らしげにゆっくりと歩く二人。映画やテレビのように主人公が敵を倒した後のように悠々と歩く二人。二人は気を読めるが、それは生き物だけの話であり、敵を倒して気を緩めており、木が倒れたのは後ろを向いてからである。これが意味することは・・・
「ムギュッ?!」
潰された。木の下敷きになってしまった。隣を見ると康太がこちらを見下ろしている。
「なんで教えてくれないの?」
「あ、いや、気づいてると思ってよ」
「あ、うん、そうだね。とりあえず助けて」
何とも閉まらない終わりだった。
トレントとの激戦の跡地で、肉体的にも精神的にも疲れた雅紀たちは地面の上に大の字になって肉を齧りながら休んでいた。(のどに詰まらせるのでやめましょう。)
「結界ってもう解いちゃう?しばらく張っとく?」
「休憩終わるまでそのままで」
「少しは体をしっかり休めませんと」
「でもよ、今日中に街に着けるのか?思った以上に時間食っちまったぞ」
「まあ、有意義な時間だったんだし大目に見てくれ。森をあと15キロくらいと草原が10キロくらいだろ。走り抜ければいけるいける」
「今日はもう戦わなくていいかなって思うくらいにはやったからね」
「それでは、もう街に向かって一直線で行きましょうか」
「トレント仕舞ったら行くか」
ゆっくりと体を起こし、ボキボキ鳴らしながら体をほぐす。枝も幹も全部回収して、森の中へと走り出す。
今までとは違い、敵が出てきても、気配を消してその上を飛び越えていく、朱莉を先頭にして、探知しながら先頭になるだろう集団を避け、街へと向かっていく。その速さは、昨日の倍以上は出ていただろう。肉体的に疲れているとは思えない見事な走りだった。
そんなスピードを出していれば、一時間半ほどで草原へと出た。森の端に行けば行くほど森の木の大きさも普通サイズの10メートル以下に収まる。青い空、見渡す限りの草原、後ろには端まで見えない森があり、いろいろななものが見えるポイントだった。そして何よりも、上に何もない状況で太陽の光を直接浴びるのは久しぶりなのである。
雅紀は太陽光を浴びて、森での生活が終わりになったことを実感していた。静はそんな感慨にふける雅紀をニコニコと見つめていた。康太は太陽光が急に強くなったなったので、朱莉の眼のことを心配していて、朱莉もそんな心配がないことを屈託のない笑みで見せていた。
そして町の向かって歩き出す。ここまで来ると、人に見られているかもしれないので、力を一般人の範囲に抑える。この世界の人の基準が、どのようになっているかがわからないがために、そうせざるを得ないのだ。魔法を使っているのがばれて、「魔女だ!そうだ、火あぶりにしよう」なんて言われたら困るのだ。逃げだせる自信はあるも、のんびり観光をしたいので、そのような面倒ごとは避けたい。
30分くらい歩き続けると、視覚強化をしなくても街のぞんざいが確認できた。草原で邪魔になるものがないといっても、5キロメートル以上先にあるものを見ることができる人間は、この世界でも少数である。そんな中、四人はある不思議を感じていた。それは”誰ともすれ違わない”ということである。この魔法世界は実は工業世界でした、なんてことも考えたりしているのだが、街の周りには見たところ草原が広がっていて、街も市町村と張り合う大きさではない。
そんな疑問を持ちながらも進み続ける。例え、現地の人と話すことになっても神様のご厚意によって、きっと大丈夫だろうと信じて歩き進めた。
街まであと5キロメートルを切ったあたりで、実は町は崩壊しているのでは?と怖くなって、朱莉の眼
に頼ることにする。上空に疑似的な目を作り光を吸収、情報として認識する。この世界に来てからというもの、視覚情報を今まで視覚に頼ってこなかった朱莉に頼ることになってしまって、何とも言い難い心情になる一同だった。
「で、どうだ?町は機能しているか?」
「そうですね。街にもしっかりと人がいますし、壊れている様子もありません」
「ただ、なにか慌ただしく人が動いていますね」
「何かあったのかな?」
歩きながら、朱莉から情報をもらう。そこへ、誰かの声が聞こえてくる。言葉はわかるようになっても、何を言っているか聞こえる距離でなければ意味がないのである。朱莉は街に集中し、雅紀たちは聞こえた声に気を取られて、声の聞こえた方へと歩き出した。
そこへ風を鳴らしながら、空から何かが降ってきた。その何かは速く、気づけても構えるくらいしかできず、雅紀は咥えられてしまう。そのまま、上空へと連れ去られてしまう。その何かは、大きな翼と鋭い牙を持つ大きな鳥のような形だった。
遠くから「ああ!やられた!」と聞こえるが、雅紀が連れ去られ、残った三人は、慌てふためいて・・・
「わあ!あの生き物なんだろう。あんなに大きいのに飛んでるよ」
「鳥に咥えられて飛行体験か。面白そうじゃねえか」
「もう少し心配してあげましょうよ。雅紀さーん、やってしまっていいですよー」
そんなことなかった。心配しようといってる朱莉でも、雅紀のことを気遣うことは言っていない。面白がりながら見ていると、「なんてこった、若いのがやられちまった!!」という焦りがにじみ出ている声が地上から聞こえる一方、「あいよー」と気の抜ける声が上から聞こえてくる。
ズパン!!
そんな音とともに、上空から赤い雨が飛び散り、どさりと鳥もどきの胴体が地面に落ち、その上にふわりと雅紀が降りてくる。「うへえ、汚い」とベトベトになった自分の服を見て愚痴りながら歩いてくる。
雅紀に近づくと、血の鉄の臭いと強烈な生ぐさい臭いが鼻につく。魔法を使って服をもとの状態に戻す。臭いに顔を顰める必要が無くなり、息を大きく吸う。寄って集って雅紀を面白おかしく揶揄う。
「ワイバーンを一撃で?!魔法使いか?!」
いつの間にか、声がしっかりと聞こえる距離まで近づいていた男が騒いでいる。そして、そのまま雅紀たちに押しかけてくる。
「ま、街を、助けてくれ!!」
「え、なんで?」
「「・・・」」
「助けてよ!!」
「だが、断る!俺たちは早く普通のもんが食べたいんだよ!」
見知らぬ男に詰め寄られるも平常心で返す。しかしこれが雅紀クオリティー。
街を目前にして、なにやらきな臭くなってしまう。




