その頃の勇者2
「おら!」
「……」
「ふぅん!」
「……」
「ぜりゃあ!」
「…っ!」
大柄の男に一方的に襲われている女の子。周りからは爆発音も響いている。
大柄な男が等身大の斧を振り回し、女の子がそれを必死になって避けている。傍から見ればそうとしか見えないが、女の子の方も一応武器は持っている。持ってはいるものの、男の使っているものに比べてとても小さい。長さは腕よりも短く、幅も指二本分あるかどうかといったもので、振り下ろされている斧に比べれば武器というのも烏滸がましく思えてしまうほどの品である。
少し離れた場所からは無手の女の子を一方的に攻撃しているように見えるが、近くから見れば女の子が頼りない武器で襲い掛かってくる金属の塊を捌いているのがはっきりとわかる。振り下ろされて間もなくのスピードの出ていないうちから武器を添えている。その腕前は、質量で攻める武器を細っこい武器で耐えきっていることから明らかである。
ぶんぶんと振り回されて勢いのついた斧を避け続ける女の子。その呼吸は乱れることなく動き続け、斧を振り回し続けている男も表情に変わりはない。
しかし、すぐに違いが見え始める。斧を振り回している男の呼吸が乱れ始める。重い斧をこれだけ振り続けているのだから熟練者であることはわかるのだが、体力の底がつきかけている。これは、女の子の戦い方によるのだろう。
斧を使っての戦いならば、まず間違いなく一撃一撃の重さを重視して一撃必殺を求める戦い方をするものであり、何度も何度も叩きつけるような戦い方はしないものである。避けられようと距離は取られ、受け止められようと押し飛ばすかその場で動きが止まる。それほど持久力を求められる戦い方はしない。瞬間的な力と両立するのはまずもって不可能である。
しかし、避けるは避けるでも捌かれてしまうとなると、敵は目の前に残り続けて反撃を喰らうことになる可能性が高いので、急いで次の攻撃を繰り出さなければならない。もちろん、体力を考えて全力ではなく力を抑えはするのだが、それでも消耗は速くなる。
そうして、体力が減って攻撃に粗さが出始めると、待ってましたとばかりに捌くだけの剣筋からからめ手を加え始める。更に攻撃に粗さが出て、振り下ろしで体が前のめりになっているところに、武器で斧をひっかけて引っ張り、傾いたところで潜り込む。両手で腕を下へと引けば、巨体が宙へと上がって地面へと叩きつけられる。
巨体を持ち上げるのが大変だったのか、腕を引っ張ていたときは歯を食いしばっていたのだが、引っ張ることに夢中で放り投げられる形で地面に落ちていくことになってしまった男に慌てて近寄って無事を確かめている。投げられた男は鎧で緩和されたようで怪我は特に内容だったが、女の子に投げられたということで恥ずかしそうに頭を掻き、心配されているという状況にデレッとしている。
それでも心配そうにして、魔法を使おうかとしている女の子なのだが、外野はそんな状況ではない。
「お前の筋肉は張りぼてかあ?」
「女の子に投げ飛ばされるとは情けない」
「年下の女の子に鼻の下伸ばしてんじゃねえぞ」
「「あ、そーれ、もう一本!」」
「やっぱ、誰でも投げ飛ばされんのなあ」
外野から雨あられと言葉が飛んでくる。
「うるせぇ!俺だって全力だっての。お前らもやってみろって!」
「「「……」」」
「黙るんじゃねぇ!!」
飛んでくる言葉に、矛先を変えてやれば、示し合わせたようにそれぞれの訓練に戻って顔が合うことはない。敵わないことはわかっているが、誰かがやっていれば煽りたくなるという野次馬精神もろ出しである。
「ったく、しゃあねぇな。いえ、本当に大丈夫なんで、気にしないでください」
「いえ、一応使っておいた方がいいと思うんですが……」
「これでも鍛えてるんで、大丈夫ですって」
まだ心配そうにしている女の子にそう言うが、再び外野から「鍛えて投げられてんのかあ?」と野次が飛んでくるが無視である。これ以上心配そうにされてもどうしようもないのか、「これで失礼します、聖女様」と残してさっさとその場から駆け出して行ってしまう。その向かう先は野次を飛ばしていた人たちであり、これでも喰らえ、と斧を振り回している。
心配しているところを走り出してしまい、「あ、ちょっと…」というしかない女の子。心配ではあったが、あれだけ元気に振り回せるなら大丈夫か、と安心した顔になる。周りを見ればまだ訓練している人がほとんどなので、これからどうしようかな、と立ち上がって周りを見たところで、一人の男が近づいていた。
「そっちは練習しなくていいの?新しい魔法を思いついた、って叫んでたみたいだけど」
「うむ、目処がついたからこちらに来たのである。…無理だという目処が…」
「…それはご愁傷様です。で、どうしたの、ってそういうこと?」
「うむ、そういうことである。ぜひ、迷える子羊に救いを、聖女様」
その呼ばれ方をしたところで野次の一つを思い出し、慌てて訓練場にいる人全員に聞こえる大きさの声を張り上げる。
「僕はぁ、男です!!女の子じゃ、あーりーまーせーんー!!」
それを聞いた人が顔を向けてくるが、その表情は「またまた御冗談を」としか言っていない。少しも女の子だとして疑う気配もない。よく知っているはずの隣の男を向くが、一言。
「うむ、諦めるのである」
うわ~~~~~ん。号泣する姿を見て、ほんわかとする訓練場。
長谷川飛鳥、17歳。ついに男の娘扱いですらなく、聖女扱いへと進化したのだった。
目からは感情を感じさせずに訓練場を見下ろし、ときどき何かを見つけたかのようにフッと笑うその姿は、訓練している騎士たちを駒としか思っていない独裁者のようではあるが、そのようなことはないことは本人たちが一番よく知っている。
「どうして誰も僕のことをわかってくれないのかなぁ……」
このセリフも一人突っ走って周りから何かを言われた人のもののようではあるが、込められた意味合いはかけ離れている。
「とりあえず諦めるのである。今はそれよりも…」
「諦めないでよおおお!?そういう人のことを良く知ってる、って、雅紀から聞いてたのにっ!?」
哀愁を漂わせていることなどお構いなしに小滝尭は話を進めようとして、飛鳥が再び叫び声をあげる。
息が尽きるまで叫んで深呼吸したことで落ち着いたのか、尭が頼もうとしていたことを察して携帯を取り出す。望み通りだったようで待ちきれないとでもいうように手をすり合わせているのを見て、毎回毎回中継するのも無駄だろうから省いてもいいのだろうが、どういうわけかそうはいかないらしい。
雅紀たちの声を聴けるということで気を取り直して電話を掛ける。何度かの練習の後かけられるようになったものの、つながらないことが多かったのだが、今回は何回かの呼び出し音が鳴ってからガチャッという音が耳に入ってくる。繋がったのを確認して声を掛けようとしたが、聞こえてくる音に違和感を覚える。
『もしもし、……かくん?しず……、どうしたの』
電話に雑音が入るのはよくあることだが、今までに聞いたことのあるような音ではなく、回線がやられたのかと心配になる。魔法を介しての通話なのに回線不調なんてあるのかな、と疑問に思って電話に出てみる。ほとんど聴き取れはしなかったが、誰の声かは間違えるはずもない。
「静ちゃん、聞き取りにくいんだけど、洞窟に居たりする?」
『ああ、ちょ……て。……どう?聞こえるようになったかな?』
「うん、大丈夫だよ。直ったみたいだけど、何があったの?あと、どうして静ちゃんが雅紀の携帯を持っているのかについても」
『ごめんごめん、驚かせちゃった?これはドッキリ成功だね。えっとね、それはバイクに乗ってるから』
「バイク?」
『うん、バイク。雅紀と康太が運転してるの』
突然の文明進化に何が何だか分からず、携帯を耳から話して肺の中の空気を入れ替える。尭がまだかまだかと身を乗り出しつつあるが、まるっと無視してもう一度耳に当てる。
「うん、そうだね。バイクを運転してるときに電話に出られるわけもないね。もしかして、今もバイクの上?」
『そうだよ。風の音で聞こえにくかったみたいだから、遮ってみたけど大丈夫みたいだね』
「うん、バイクについてはもういいや。雅紀が自由にやってるのがよく分かったから」
同じことを考えていたようで、クスクスと笑い声が零れ、今日の連絡の理由を聞かれる。バイクの上にいる状態で、しょうもないことを聞くことになりかねないことに気が進まないが、隣の奴がそろそろ鬱陶しくなったので、雅紀との中継を頼む。
「では、ありがたく。して、雅紀よ。はめは〇波はどうすれば撃てると思うのだよ?」
やはり、しょうもないことを聞いた、と頭を抱える。あと、電話の相手は静である。何を聞いていたのか、問いただしたいところである。静がどう答えるのか知らないが、とりあえずは何を聞きたがっていたかは知らなかったことにしておく。怒られるのなら、一人で怒られてほしい、とのこと。
『変態作家、今度会ったらぶちのめす』
「何故!?」
『雅紀に変な知識を埋め込んだくせして、何抜かしてんの、この変態。…うんうん、何処で詰まったのか教えてほしい、って。あと、飛鳥君に手を出したら、処す』
「答えを間に挟まないでほしいのだよ……」
途中に静の底冷えするような声が挟まれていたが、直接巻き込まれたわけではない飛鳥からしてみれば久しぶりに聞いたその声はとても安心できるものだった。雅紀たちが問題なく過ごしていることはわかったが、同時にここまでの長い期間にわたって顔を一度も合わせないという初めての経験から不安に押しつぶされそうにもなる。
クラスメートとは一緒に過ごしているので合宿感覚だったのだが、親友と顔を合わせられない状況に不安になってしまう。ホームシックにはならなかったのに、と何とも言えない表情になっている。雅紀たちはどう過ごしてるんだろう、と勝手にあれこれ想像しては、どれもこれもありえそうだと思わずにはいられない。
師匠相手にあれだけ戦える力と衣食住を補う力を両方持った状態で、何かに悩ませる状況など想像もつかない。どうせ、冒険者にでもなって仕事して生活してるんだろうな、と納得しておく。
「……なるほど、熱を放つのではなく、熱の乗った何かを放出する、と。やはり、流石は親友であるな」
『うん、変態を親友にした覚えはない、だって』
いろいろと想像している間に相談は進み、尭は満足のいく答えを得られたらしい。この際、他の技についても相談を、と言いたかったのだろうが、電話口でさっさと代わるように言われたようで、しぶしぶと携帯を返してくる。
その様子を見せられる身としては、まだ話していていい、と言いたくなるが雅紀たちが変われというのだから仕方がない。携帯を受け取って、久しぶりに話す。他愛のない話もするのだが、どうしてお互いの現状の情報交換の方が多くなってしまう。
なお、この連絡方法は国の方には報告しておらず、何時見つかるのか、漏らしちゃいけないことを話しているのでは、と内心びくびくではある。
「基礎訓練もそろそろ終わらせて、実戦に移るみたい。実戦って言っても、人を相手にするわけじゃないくて魔物を相手にするみたいだけど」
『魔物って冒険者とか騎士たちが狩ってると思うんだけどね。そういや、聖王国は冒険者ギルドがそこまで大きくないって聞いたような気がするから、魔物の間引きっていう側面もあるのかな?』
「どっちでも、同じだよお。生き物を相手にして正気でいられる気がしないんだって」
『それについては何とも言えないね…。向こうでは誰かに任せていた役割を自分でやるようになっただけだから』
「それだけすっぱり割り切れたら困んないんだろうけどさぁ」
『何とかしてあげたいけど、ごめんね。こればかりは自分で何とかするしかないから』
「うん、わかってる、言ってみただけ。こうして話せてるだけでだいぶ楽になってるから」
『ふふっ、そう?助けになれてるならうれしいな。…え?うん、分かった。よいしょ、どう、見えてる?』
「わあ、見えてるよ、久しぶり!!」
その挨拶はとっくに済ませたでしょ、と突っ込まれるが、それを気にしていられる心境ではない。
誰よりも見たかった人たちが画面に映っているのだから。
画面が大きく揺れて大きな音が入るが、すぐに落ち着く。画面にバイクが見えているということは、移動を止めてまで顔を見せてくれているということなのであろう。バイクを背景にヘルメットを抱えている姿は、どこかの山奥の道路わきから掛けてきているようではあるが、ときどき映り込む生物が雅紀たちも飛鳥と同じ世界にいることを保証してくれている。
久しぶりに見たその顔が記憶と重ならない。
ここ一ヶ月会っていないだけで見分けがつかないほど変わるわけもないので、もしかしてたったのこれだけの期間で忘れてしまったのだろうか、と湧き上がってくる恐怖を振り切るようにもう一度目を凝らそうと、顔を拭いた手を見てようやく飛鳥は気が付く。
「あれ?」
それに気が付いてからは、止まらない。どれだけ拭いても目から涙がこぼれ落ちてくる。
自分でも理解できていないが、感情に導かれるがままに飛鳥の口は開く。
「まざぎぃ~」
滲んでよく見えなくても、間違えるはずもなく視線は雅紀に向けられた状態での呼びかけに、雅紀は穏やかな表情のまま、「おう」と応える。続けて、康太、静、朱莉にも声を掛ける。嗚咽しながらで、ほとんど音になっていないところもあったが、しっかりと答えが返ってくる。その安心感にさらに涙が出てくる。
「どうじで、いっじょにいでぐれながっだの……?」
画面に頬ずりしそうなほど顔を近づけて紡がれたその言葉は、ここまで感じてはいたもののみんなから頼られていたために表に出すことができず、言う相手もいなかったことから心の奥底に仕舞われていたのだが、こうして言いたかった人を前にしたことで漏れ出てきたのだろう。飛鳥の心の底からの本心が零れる。
飛鳥がこれまで抱えてきたことを口にする。そして、雅紀たちはそれを画面越しに聞くだけ。
聞くだけで何も言わず、ただ相打ちを打つだけ。飛鳥がしてきたことに助言などはしない。本当に聞くだけである。
家族と切り離されての異国の地での生活。知りもしない人の言うとおりに剣を取らなければならないこと。誰からも崇められるような生活。
初めはどことなく興奮して、滅多に味わえない経験だと思って楽しんでいたようだが、日が経つにつれてそのような感覚は消え去り、代わりに不安や恐怖が襲い掛かってきてどうにかなってしまいそうだったこと。クラスメートと一緒に居られた昼間はいいのだが、夜になると再び顔を見せて眠りが浅いこと。向けられている視線が人を見る眼ではないこと。
抱えていたことをすべてぶちまける。
それを全て受け止めて、一言。
『…そうか。大変だったな、お疲れ様』
「…うん、聞いてくれてありがとう。吐き出したら、すっきりした」
『良い顔になった。これなら大丈夫だな』
雅紀の屈託のない言葉に、つられて飛鳥も笑う。何かをごまかすためではなく、普通に笑うことさえも久しぶりのことのように思えてしまう飛鳥。雅紀たちのお墨付きが出ただけで大丈夫なのではないかと思えてしまう。
「クラスの奴ら要るから大丈夫かと思っていたんだが、その様子を見るともう少しマメに連絡した方がいいか?」
「突然ことに心が追いついてなかっただけで、これからはみんながいれば大丈夫……だと思う」
『心配になる答えだな。実はな……、これを機に飛鳥の自立プログラムを考えていたんだが……』
「えっと、自立プログラム?それってどういう?」
飛鳥を慰めるためにしていた明るい表情が一転、真面目な顔に変わる。もったいぶるように語り出す。
『いや、なに、飛鳥の行動の底には俺たちがいただろ?流石に高億生にもなって、自分がないのはどうかと思ってな。この際、物凄く主体的になってもらおうか、と』
「……それって、話として聞けばものすごくいいことを言いているように聞こえるけど、要はこっちのことは僕に丸投げ、ってことなんじゃないの?何が自立なんだよ!?それに、自立って言うなら、いつでもどこでもずっと一緒にいる雅紀と静ちゃんはどうなのさ!?康太と朱莉ちゃんもそうだけど!」
普段ならこう言えば、「バレたか」と笑うのだが、今回は変わらず真面目な顔のままである雅紀たち。本当にそんなことを考えていたの…、とどこか悲しくなる飛鳥。真面目な表情から一言。
『それはそれ、これはこれ』
ドゴンッ!! ガシャン
『おいおい、スマホに向かって魔法を撃つなって。壊れるだろ?』
「馬鹿としかつながらないスマホなんてスクラップと変わんないじゃん!!!」
今度こそ真面目な表情は消え去り、いつものような笑顔を向けてくれる雅紀。静たちも後ろで笑っている。
『いや、こういうやり取りしないと俺たちらしくないだろ。まあ、自立プログラムうんたらが全部嘘だっていうわけでもないしな』
「えっ、どういうこと!?」
『主体的になってほしいってことは本当だってことだよ、飛鳥君。というわけで、今度会ったら聖王国観光宜しくね?』
「ちょっ、たん…」
『飯でも名所でも何でもいいからよろしく頼むぜ、飛鳥』
『楽しみにしてますね、飛鳥さん』
口を挟む隙を与えず、有無を言わせない。先にお礼を言っておけば反対されない理論、と雅紀が行っていたなと飛鳥が思い出し、受ける馬鹿がいるからやる馬鹿がいるのか、と自分の押しの弱さを恨む。そして、今度こそ、笑い声を声に出してしまう。ようやくいつも通りの飛鳥に戻った。
周りから押されて縮こまっていた様子もなくなり、すっきりしたところで次の用事の時間が迫っていることに気が付く。だいぶ長い時間話していたが、ほとんどが飛鳥の泣き言であったことはさっさと忘れたいところであるらしい。
飛鳥は、雅紀たちの移動を止めさせてしまったこと、一方的に話し込んでしまったことを謝る。
『気にしなくていいって。親友の悩みを聞く以上のことなんてないからな』
「静ちゃんや朱莉ちゃんが関われば飛んでいくんでしょ?」
『『否定はしない』』
返ってくる二人分の答えに頭を押さえる。
「うん、分かってたから。そろそろ切るね」
『え?お土産タイムやらないのか?』
「…あれって、そういう名前なの?」
『要らないなら、別にそれでもいいんだが……』
「そのテンション、絡みづらいなあ……」
画面の向こうの皆の顔を見て、そういわざるを得ない。
お土産を受け取ってくれないことを悲しみながらも、お土産を受け取ってくれた時の反応を楽しみにしているような、それをさらに上位互換にしたような表情。
『受け取ってくれる気になったみたいだな。今回は、ドン!ほい、これ』
声に合わせて、物が転移されてくる。それに応じて大きな魔力が動き、訓練場にいる人に気付かれてしまうのではと飛鳥が大慌てで隠す。雅紀たちはそんな動きなどお構いなしに、お土産を手にした飛鳥の反応待ちをしている。
そんな雅紀たちを丸っと無視して、宅配物を見る。前に送られてきた刀とは違って袋にパンパンに入っている。武器や何かではないではないと考えながら、その袋を摘まんでみる。
パラパラサラサラ
「???」
その音にピンとこないようで、不思議そうな顔を晒す飛鳥だが、何かを楽しみにしている雅紀たちから何かに思い当たったようで、袋の端を破って腕を突っ込む。そして、掴んだその感触に歓喜の声を上げる。
「お米、来たああああああああ!!!!!」
頑張って隠蔽していたことなど彼方へ、訓練場全体に響き渡るほどの大声を上げる。女の子扱いを否定した時よりも大きな声である。騎士たちの注目を集めることになるが、そんなものお構いなしに踊り出す。
「ありがとう、雅紀!!愛してる!!」
『ホームシックのときに渡していいか悩んだんだが、立ち直ったみたいだからな。お代は観光案内で』
ほぼ耳に入っていないことは丸わかりだが、一応伝えておく雅紀。ちゃっかり、断れないようにしておくことも忘れない。今にもお米に頬ずりし出しそうな姿を見て、自分たちもお米を見つけたときは傍から見ればこうだったのかもしれない、と反省する。
待っていてはいつまでかかるかはわからない様子に、雅紀たちから別れを切り出す。
『こっちは元気にやってるから。飛鳥も気をつけてな』
「うん、早く会えるのを待ってる。またね」
通話が切れたところで、騎士たちが飛鳥の元へとかけてくる。先ほどの大声を聞いてのことらしい。
すんでのところで、スマホもお米も国からもらったアイテムポーチに詰め込むことに成功したため、特に問題になっていない。それよりも、飛鳥に向けられている視線が気になる。
「…どうしたんですか、皆さん?私の顔に何かついてますか?」
「あっ、そういうわけではなく……」
何か言いにくいことなのか、飛鳥に聞こえないように話す騎士。そして、何かを決意したかのような表情で尋ねられる。
「聖女様、お疲れでしたらお休みください」
「へ?」
「心がだいぶお疲れのご様子。この後に予定がございましょうが、それよりも御身の方がよほど重要です」
「だから、何を言って…?」
「お隠しになられる必要はございません」
さらに温かい視線を向けられうことになり、考えもまとまらない。
「いもしない存在に声を掛けられるほどです。ここはしっかりと休まれるべきです」
そこで、ようやく合点がいくと同時に、物凄く恥ずかしくなる。物凄い勘違いをされていることに気が付き、慌てて修正しようとするも、取り合ってもらえない。
「雅紀はそういうんじゃなくて…」
「心の支えなのですね」
「ここにいないだけで、いないわけじゃなくて…」
「心の中にいらっしゃるのですね」
宗教国家では存在しないものはそういう扱いをされるらしい。一神教なのにそういうところは緩い。
結局、その場に居合わせた騎士たちの共通認識としてはそういうことになったらしい。その日から、王宮内で「聖女様には雅紀様という恋人がいらっしゃる」とささやかれるようになり、王宮関係者からは興味を向けられ、クラスメートからは慰めを、一部の女子からはものすごく熱い声援を貰うことになる飛鳥だった。
時は少し流れ、昼食の時間。
勇者という勇者が食堂に一堂に会していた。今後の行動についての相談があるとのことで集まって入るが、この世界の情勢など知りもしない勇者たちは言われた通りに動くしかないのだが。一部の勇者が外の情報を仕入れようとしたものの、街に繰り出すこともできずに残念な結果で終わっていた。
そんな勇者たちはこれからのことに不安を感じないわけではないが、今は目の前のものを楽しまずにはいられない状況だった。
白が美しいジャガイモの冷製スープに始まり、白身魚のソテーに香ばしい臭いを漂わせるミートローフ。鳥の丸焼きも遅れて登場。葉野菜が見た目麗しく重ねられた中に色鮮やかな野菜の角切り、絵を描くようにかけられたソース。ここまでの塩味と対比するように、焼き菓子と果物が最後に現れる。果物はやはりというべきか見たことも無いような色をしている。着色料を疑いたくなる色である。
本当のフルコースとは出てくるものに違いがあれども、これほどの料理が続けて出てくるのは、日本の一般家庭で育ってきた人間からしてみればフルコースである。興奮するなという方が無理な話である。
召喚勇者としてこれまでの待遇もよく、食事の量と質ともに素晴らしいものであったが、今日の料理は幾度かの会食のときしか経験していない。これほどの料理が出てくるのは理由があるからであり、その当人であろう人には先ほどから視線が集まっている。
「勇者の皆さま、私の国の料理はお口に合うでしょうか」
長い机の短い辺を一人で占めるその女性。彼女こそ、この国の王女リーナ・メルネシアである。この空間で最も派手な衣装、上座に位置している。勇者の方が高い地位のような気がするのだが、宗教の面でいろいろなことが絡み合って今の状態に落ち着いている。勇者たちから、よくわからないまま上に立ちたくないという言葉が出たことが一番大きいことは確かである。
「味付けは微妙に変わりますが、私たちの国にも似たような料理があったので、美味しくいただいてます」
「似たような料理があるのですね。勇者様の世界とは縁があるのでしょうか」
王女という肩書を持っている女性から声を掛けられても、特に慌てることなく答えるのは伊崎晃平、勇者というスキルを得た勇者である(召喚された人間はすべて勇者ではあるが、神からスキルとして勇者の力を与えられたものは、勇者の中の勇者などと呼ばれる)。
王女から声を掛けられるということからわかる通り、晃平が王女に最も近い席、上座に座っている。その向かいには、疲れた表情を隠そうとしては時々失敗して素の表情が出てしまっている長谷川飛鳥。やはり聖女としての肩書は大きい。
料理を口に運んでは、嬉しそうな表情、何か我慢している表情、疲れた表情、と変わっている。
これを間近で見ていた人は、気に病んでいることがあって、料理を味わう短い時間だけ忘れられるのでは、と心配しており、実際に大枠では当たっている。新しい料理に巡り合えて幸せ、でもお米と一緒に食べたい、雅紀の噂どうしよう、頭の中はそのくらいしかなく、特に難しいことで悩んでいるわけではない。
他に上座に座っているのは、賢者である小滝尭、晃平お目付け役の竹内舞、空山凛と空山鈴。要するに、勇者の中でも飛び抜けて実力のある人たち、つまりは道場関係者であった。勇者たちの中でも、早くも実力による序列のようなものが出来ていたようだが、その序列もあやふやなもので上が飛び抜けて上というだけである。
そして、今回のような会食では、食べている途中に声を掛けられるような上座よりも、のんびりと食べることに集中できる下座の方がいいという考えの持ち主がほとんどである。王女などという国の中でも指折りの権力者に話しかけられるなど、全力で遠慮したいと思うのが普通であった。
そう考えていた人も、食事が終わってそのまま余韻に使っていたいところではあったが、自分たちの今後のことともなれば話を聞かないわけにはいかない。聞かない奴もいて、そういう奴に限って文句を言ってくるのかもしれないが、そういう奴はどうとでもできるので放置されている。
王女がカップをソーサーに戻す。音をたてないこともできたはずなのだが、そうしなかった理由は勇者たちの反応を見れば明らかである。
「では、これからのことについて話したいと思います」
注目を一身に集めたリーナ王女が話し始める。
「皆様には、訓練場で騎士たちとの訓練に参加していただいていましたが、騎士団長の方から基礎が出来上がったという報告を受けました。基礎ができただけで訓練はこれからだということでしたが、この先、どれだけの時間が残されているのか、分からないというしかありません。故に、皆様には次の段階に移っていただこうと思います」
その宣言で喜びを顔に出すものが多い。基礎訓練を苦痛に感じていた連中だろう。しかし、同時に顔を顰めているのもいる。これは、次の訓練の内容を嫌がってなのか、まだ次に移るべきではないと考えているのか、どちらかなのかは、座席の位置で分かれている。上座に座っているのが後者、中ほどから下座にかけて座っているのが前者である。
運動をするにあたって基礎を疎かにするものは大成できない。それは基礎訓練を嫌がっていた人も分かっているのだろうが、なまじ騎士と訓練できるだけの力を得てしまって比較対象がないためだろう。武術を齧っていた上座に座っていた者たちは、自分の身体がどれだけ動くかについて、こちらの世界に来てからというものの確かめてきてはいるが、どうにも把握しきれていない。武術に身体強化、魔法までも同時にやらなければならないとなると、もう少し安全なところでやりたいところである。なお、尭は武術経験があるわけでもなく、小説の中での一般常識という何とも言えないものを基準にしているが。
それぞれがいろいろと考えているように、リーナ王女にも考えていることがあるようでこのまま突き進むと瞳が語っている。自主訓練でどうにかするしかない、と諦める晃平や飛鳥たち。勇者全員に目を向けるようにして続ける。
「次にやっていただくのは、魔物相手の実戦です。騎士たちと訓練できるとは言っても、魔物が相手では勝手が違うでしょうから、初歩からとなります。流石に聖都の周りに弱いとはいえ魔物がいることは容認できないため狩りつくされています」
「それは、つまり、活動拠点を変えるということですか?」
「いえ、ここから馬車で半刻程度の場所で行います」
近くに魔物はいないが、近くで魔物相手で訓練する。
言っていることが矛盾しているような気がして、ざわめきだす勇者たち。ただ、その中にも、どういうことか理解できた人はいるようで、尭はそのうちの一人だった。
「迷宮、であるな?」
「…ええ、その通りです。街から離れたところに、普段は隠されている迷宮があります」
何とか情報を集めようとして、集まった情報が地理的な情報を街で流れる噂程度ではあったが、役に立たないわけでもない。
「冒険者たちが見逃すとは思えないのであるが?」
「神の創りしモノに許しもなく入れるわけもありません。特殊な手続きを踏むことで入れる迷宮です。皆様にはそこで訓練していただきます。明日は準備に当ててもらうことにして、明後日から出発です」
実践と聞き、クラスメートがそれぞれの反応を見せる中、それをすべて見た上でまるっと無視するように決定事項とばかりに宣言し、席を立つ。主催者が先に席を離れるのはあまり褒められたことではないが
、これからのことを話すのに改めて集まるのが大変だから気を使ってのことなのか、それとも自分をとがめられる人間がいないと考えているのか。
そんな王女を見送り、給仕たちによって片づけられた部屋の中には勇者だけになる。聞かれたくないことを話しても大丈夫、ということなのだろうが、間違ってもそれを信じられるわけもない。そうは思っても、いちゃもんをつけるべき場所がなく、自分たちでも対策するしかない。
「集まって話ことも無いだろ。それよりも準備する方がいいんじゃねえか」
「…君はこの訓練に賛成なのか?」
迷宮での訓練をすると通達されたときに喜んでいた一派のトップに晃平が尋ねる。こうした話し合いでは晃平が仕切ることが多い。
「ああ?当たり前だろ。いつまでも同じ奴相手にしてても、面白くもなんともねえ。新しい刺激をくれるってんだから、喜ばない方がおかしいだろ」
「それを望んでいない人もいるみたいだけど?」
まだ先のことだが、もうすでに歯を打ち鳴らして青ざめている人もいる。そちらに視線を向けての質問。
「知らねえよ。やりたくねえならやらなきゃいいだろ。だからどうってんだ」
クラスメートとして、勇者として召喚された者として、同じ環境に身を置く存在であり、仲はそれほど悪くないように思えていたのだが、今回の件を発端として亀裂が入りそうだと確信できてしまうのだった。
その晩。
電気がある世界に生きる身としてはまだまだ寝るには早い時間。しかし、この世界では寝ずの番の人間を除いてほとんどが床についている時間。
晃平を始めとした新しい訓練に気乗りしなかった人たちの姿が一つの部屋の中にあった。その中には飛鳥やその同室の林美奈子たちも含まれており、割合的には女子の方が多かったが、それを当たり前のことだと考えるのは、偏見に分類されるのだろうか。
どちらにせよ、生物を相手に手を下さなければならないという状況となり、それ故の不安に押しつぶされそうになっている人もその部屋にいた。人もいた、というよりはそういう人に交じって晃平たちがいたという方が正しいくらいには、悩んでいる人がいた。その数はクラスの三分の一弱の十人ちょっと。晃平たちを合わせればクラスの半分が集まっていた。
集まっている人を見渡し、飛鳥はふと思う。
(あんなに怖いの苦手って言ってたあの子がいない……)
学校で話しているとき、ホラー映画の話になった時の表情からして自分を可愛らしく見せるためではなく、心の底から苦手としているのが見えたクラスメートがその場には居なかった。そのことに何とも言えない恐怖が湧き上がってくる。が、それを伝えたところでこの先に待っているのは迷宮行で変わらないので、口には出さない。
集めたはいいが、飛鳥たちが何かをするというわけでもない。このクラスにおけるカリスマ的存在に丸投げである。
この場にいないカリスマ、要は静と朱莉に丸投げ、飛鳥が自分にかけてもらった言葉をそのままかけるだけである。顔を突き合わせてではなかったが、突き刺さり、受け入れられた言葉。
「これまでの生活を当たり前と思うのをやめなさい。
ここは地球でも、ましてや日本でもない。これまでと同じ生活を送れるなんて夢のまた夢。
今までは目を逸らしていたことに、向き合わなければならない。誰かに任せきりでは生きていけない。
理解しなさい、自覚しなさい、受け入れなさい。
ここは剣と魔法の世界。人の命がちっぽけな価値しか持たない世界。やらなきゃやられる世界。
人類が君臨している世界とはわけが違う。生きるために動きなさい。誰のためでもなく、自分が生き残れるように動きなさい。
この世界は勝者にしか優しくない。生きたければ勝ち抜きなさい。
とのことです」
社会に甘えていられた世界とは訳が違う。
わかったつもりでいたが、わかっていなかったこと。それを叩きこまれた気分。
勇者の責務として魔物を狩るのではない。自分が生き残るために戦う。
なし崩し的に動くのではなく、信念をもって動く。それも自分自身の命のため。
ここまで言われてしまえば、今まで抱えていたものが、ただの甘えだと気付かない、とは口が裂けても言えない。流石に争いごとを避けようとする平和的精神まで捨て去れとは言わないが、命のやり取りをしなければならない状況においては、甘えは死であり、何もいいことはないことは理解できた。
完全に吹っ切れたわけではないだろうが、これを聞いてしばらくして上げた顔はこの部屋に入って来た時とは見違えたものだった。
晃平や麻衣、鈴や凛は同じような言葉を道場の主である一慶から聞かされていて覚悟が出来ていたため、この言葉が静や朱莉のものだということはすぐにわかった。だからこそ気になる点がある。
「長谷川君、桜井さんや宮代さんもこっちに来ているの?」
静や朱莉の言葉の中に、剣と魔法の世界、という言葉が出てきたとなれば、考えられる選択肢は少ない。それにあの四人の性格を考えれば、この言葉が本当は誰に向けられたものだったかも想像は容易である。
そう尋ねられた飛鳥は、挙動不審になる。突然の質問にドキッ、質問のないようにドキッ、自分の口から洩れたらしいと気付いてドキドキ、四人に知られたらと思うとビクビク。アワアワし出してそれどころではなさそうな飛鳥を見て、尭が口を挟む。
「あの四人も巻き込まれたようで来てはいるが、独自に動いているようであるな」
「どうしてそれを知っているのか聞きたいところですが、聞いてもどうしようもなさそうですね…」
「うむ、そうしてくれると助かる。なにせ、向こうから一方的に連絡が来るだけなのでな」
こちらからも連絡が取れることは内緒にしておく。雅紀たちに連絡がつくとなると、また頼ることになって今しがたの決意がサヨナラしそうであるからである。主に飛鳥が。
それほどのことを聞かされて精神が参らないわけもなく、決意したようではあるが安心しているわけではないことは見て取れる。昼に自分が経験していただけあって、それがどれほどのものなのかを理解している飛鳥はそれのフォローに回る。
フォローといっても、対外的には飛鳥も宮城道場一派に分類されているわけであり、そんな彼が慰めても効果が得られるとは言い難い。実際は、門下生という立場ではなかったため飛鳥が道場の中でも心構えなどの面でずれていたのだが、それは道場によく顔を出してあれこれを見てきた雅紀以下数名しかわからない。
そうなると、出来ることは限られているように思われるが、この場においては何よりも大きな影響力を持つものを飛鳥が所持していることに違いはない。
そう、お米である。
雅紀たちから送られてきたお土産であり、あとでこっそりと食べようかと思っていたのだが、この先に命の危機が待っているとなれば、独り占めするのも躊躇われた。これを食べて元気を取り戻してほしい。それだけのつもりで振る舞った。
部屋の中にガスコンロなど存在するわけもないが、ここは魔法の世界である。代用など容易い。なお、ご飯を炊くのに必要だった飯盒は雅紀たちの好意で一緒に送られてきている。やはり、電化製品に慣れている人間からしてみれば、それを補うのに魔法を使うのは当たり前のことらしい。
何もないが出来るお米のレシピとなれば、おにぎりである。握って塩をかけるだけ。
向こうではありふれた料理で、何か感じるものがあるわけでもなかった料理。しかし、今の飛鳥たちには喉の手が出るほどの品である。そこまでの量を用意できたわけでもないので、一人一つしか回らないが、それで十分だった。がっつくようにして、それでいてちょびちょびと食べるようにして。一口で行く強者もいた。涙が出そうなのをこらえている人も、だらだら流している人もいる。
だが、それで皆の決心が今度こそついたようであった。
何が何でもあの場所に帰る。
飛鳥はただ皆を元気づけてあげられれば、と考えてのことだったが、皆の心を一つにすることに成功する。皆を慰め、皆の思いをまとめるその姿、まさに聖女。
これで迷宮行において気がかりだったことが一つ解決する。
そうなれば、残りはクラス内での分裂の阻止と身体感覚のチューニングだけとなる。前者についてはこれからの出来事でどうなるかわからないので、今はクラス内に気を配る程度のことしかできない。そして、飛鳥や晃平たちが何よりも渋っていた原因である感覚の不一致は、いいことなのか悪いことなのか、これからの迷宮での鍛錬でまた成長してずれてくるだろうから、その場で合わせるようにすればいいのでは、という話になった。
成長が速いというということは何よりもいいことだと思っていたが、行き過ぎれば不調しかもたらさないということを身をもって知る形となった宮代道場一派。まあ、あの感覚一本の師匠はそうはならないだろうが、という結論に皆が行き着くのはご愛敬である。
これからのことに向かい合えるだけの心構えができるようになり、皆が部屋に戻っていく。部屋に残ったのは部屋の本来の持ち主である飛鳥とその同室の美奈子たち、それと道場一派だけが残る。もちろん、その目的は一つ。雅紀たちのことである。
同じ道場に通っていた晃平たちだが、雅紀たちの実力はまだ見えていないところが多い。むしろ、道場に顔を出していた頻度が低い飛鳥の方が知っているといった方が正しいのかもしれない。かなりの実力を持っているという自負を持っていたが、雅紀たちを相手に勝ち越せるという自信はなかった。
そんな彼らがこの世界で独自に動いているとなれば、自分たちよりも情報を持っているのかもしれないと考えるのは当然であり、飛鳥が持っているものを考えれば明らかであった。いつからか使いだした日本刀、被ることのないカラフルなメッシュの運動着、そして城の料理では一度も出てきていないお米。出所不明の品々だったが、雅紀たちと連絡が取れるということは彼らからの贈り物だということは晃平の監督担当の麻衣にはわかる。
だが、それを教えてくれと頼もうにも、先ほど尭からどうしようもないと言われている。知っている範囲の話ならば可能なのではないか、と思う。それは、他に残っていた人も同様であった。
「飛鳥キュン、とーさか君たちは何やって過ごしてるの?」
飛鳥に友達のプライベートを聞くのは躊躇われたが、聞かなければ進まないので、ここ一ヶ月でさらに中を深めた加奈子が尋ねる。
「冒険者として動いてるみたい。それと、世界を超える方法を探してみるって」
「我もこの城の書庫で調べてみたが、召喚は例があったが帰還については前例がほとんどなかったのである」
「…その話は初耳だな」
「皆がこれを知った時のことを考えれば当然のことである。それに、諸君はこのくらいは気づいていたのではないか?」
これまでの召喚勇者について調べれば、そのほとんどがこちらの世界で生を全うしている。その裏で何があったかを知ることはできないが、もしかしたら帰還には大きな制限があるのかもしれないということくらいは予想できる。
「うすうすは、な。そうなると俺たちも帰る方法を並行して探さないと。召喚された以上はこの世界に迫る危機をどうにかしなければならないのに、忙しくなる」
「むしろ、それを雅紀たちにやってもらって、僕たちが帰り道を探した方がいいかも。たぶん、召喚と帰還はこの国が一番実績持ってると思うから」
実績といっても召喚された身からしてみれば負の実績と言えるものではあるが。
飛鳥の言葉が正しいように思えるが、晃平の性格からして見過ごすわけもなく、並行することになるのはわかっているが、自分たちで見つけると口に出さなければ見つからないような気がしてのことである。
これからのことが決まれば、気は緩み、口が軽くなり想像も豊かになる。
街にすら足を一歩も踏み込めていない晃平たちでは想像にも限度はあるが、雅紀たちからの連絡を受けていた飛鳥から断片を聞き出し、妄想を広げる。やはり見知らぬ地に来たならば、その地の料理と景色を楽しみたいと思うのは当然のようであった。城の料理もとても美味しいのだが、どうにも舌に合わないものが含まれていた。
飛鳥がお土産としてお米を貰ったということは、日本の食材は大抵が手に入るということであり、長い期間縛り付けられることになっても多少は故郷の味を楽しめるかと安心する一同。城で出てくる料理はとことん手が加えられていて食材自体がどういったものだったかが分からず、料理の話になってもそこそこで止まってしまう。なにより、そこまで料理をしている高校生があふれかえっているわけではない。
想像できないなら、送ってもらえばいい。そうなるのは通信技術の中で育った故だろう。もちろん、飛鳥から連絡できることは隠すことにしたため、次に連絡が来た時に伝えることにするしかない。できれば他のお土産も送ってほしいね、と話す女子一同。
男子はというと飛鳥が貰った刀を手に取って羨ましそうにしている。飛鳥に合わせて作られた一品であり、体に合うわけでもないが、その性能は感じられる魔力や形状や表面を見れば、訓練で使っている和内のものとは比べ物にならないことくらいはわかる。刀のことをよく知らない尭も、賢者として感じられる魔力に見入っている。
お土産を期待する女子だが、一方的に頼み込むのは気が引ける。これまでの品は飛鳥にとっての必須の品を雅紀たちが融通してくれただけであり、嗜好品としてのお土産を期待するならこちらも用意しなくては、という意識は持ち合わせている。よく顔を合わせていた麻衣は、どんなものを望んでいるかを考えるも、食べ物、食材、料理、お菓子…が浮かぶ。食べ物ばかりである。
街にすら繰り出せない身でそんなものが手に入るわけもなく、額に手を当てて考え込んでしまう。城の厨房にはきっと高級食材があるのだろうが、手が出せるわけもない。他に簡単に手に入りそうなものは無いか。考えるもどうしようもない。やはり、ここは本人に直接聞いた方がいい、と結論付けて待つことにする。
食材がダメならこの国の服なんてどうか、という意見も出たが、与えられている服に余裕もない。
自分たちが何もかもの供給を握られていることを改めて確かめる結果にしかならない。自分たちで手に入れる機会がそもそも巡ってこない。侍女に頼むか、訓練相手の騎士に頼むか。それにしても対価がない。うわぁ、とまだ無事に生きていられることに喜び、本当にどうにかしなければと思う。迷宮に入るようになってからならば、目を盗んで動ける余裕ができることを切に願う。
現実逃避の一環として、観光あるあるその二として、現地での服装に話が移る。日本人の一部の人間はそういった趣味をお持ちの上、世間一般にも”限定”という言葉に弱いものである。この世界にはどんな衣装があるのか。活動範囲が城だけであり、貴族の服、王女のドレス、侍女たちの服、神官服、初めて見たときはあれだけ叫んだというのに今では何の反応も示さなくなった(注.一部の人を除く)。
暑い地域ではやっぱり薄着なのか、どういう布があるのか、アクセサリーにも見たことのないものがあるかも。想像は尽きないが、いざ思い描いてみようとしても。既存の知識にどうしても引っ張られてしまう。
「うがああああああ!!ちがう、そんな芋くさいのなんてあるわけない!!」
想像に失敗した一人が自分のセンスに絶望したように叫ぶ。それを聞いて、他にも視線をスッと逸らす人も。彼らの内心がどういったものか、詳しくは置いておくが、皆が思ったことがある。
(((これこそ、写真がないとどうしようもない)))
料理のとき以上に写真を欲する。料理は地球の頃のをもとにしてもそれほどかけ離れないだろうが、服装についてはどうしようもない。
何を話そうにも、頭の中がこの世界に合わないという状況になり、途方に暮れる。何かほかに話すことがあるかと考えていると、ここで期待のものが届く。
ブルルルルッ!ブルルルルッ!ブルルルルッ!
「「「来たあああああ!!」」」
誰からのものなのかも確認せずに叫ぶ一同。ただ、それの持ち主である飛鳥だけがとろうと手を伸ばしかけていた状態で、後ろから轟いてきた声に、ビクッ、と面白いくらいに反応を示す。
手に取ったそれを覗くように、飛鳥の周りに集まって頭を突き合わせる。こんな状態で電話なんてできるのかな、と思いながら開けば、残念ながらそこにあったのは、着信アリの文字ではなく、新着メール一件の文字だった。雅紀たちが時差を考えての配慮だったのだが、その甲斐なく皆が目をギラギラにきらめかせる。
正面からも後ろからも両隣からも余すところなく囲まれ、びくびくしながら飛鳥がポチポチして開く。
『From:遠坂 雅紀
To:自分
件名:必要なものある?
本文:静が雅紀の携帯を借りて連絡させてもらってるよ。
夜遅くにごめんね。
これから迷宮に潜ることになると聞いてたけど、そこまで心配はしていなかったんだけど、こっちで話を聞く限りではとてもではないけど、前に贈った刀では物足りなくなると思い、連絡してます。
性能としては形は変えず、切れ味や耐久性を改善、それと隠蔽用の機能も付けておこうと思ってる。
皆の中で一人だけ違う武器を持っているのは目立つと思うから、前回と同じように魔法で創ったということで誤魔化してもらうことになるけど、いくつか追加で送るから、それでうまく使って目を逸らしてね。
追加で送る分だけど、誰に渡すかを教えてくれれば、その人に合うように調整してもらうから早めに教えてほしいです。迷宮に潜る前に装備を整えた方がいいのですが、私たちも潜るから作業時間がとれなくて、届けるまでに時間がかかっちゃうかもしれないから、出来るだけ早く連絡お願いね。
PS:魔法使い用装備は作れないので、変態作家は自分でどうにかしてください。』
「ふむ。雅紀たちも迷宮に潜るのであるか。それぞれの迷宮には特徴があるらしいのであるが、果たして我らの行くところはどうなのだろうか」
「「「待て。お前が反応すべきはそこじゃない」」」
皆がメールを最後まで読んだところでの発言に、一同が声を揃える。
その時に誰を見ているかを考えると、このクラスにおいて変態作家という認識は一にしているようだった。本人は面と向かって言われているせいで慣れてしまったようで、気にした様子もない。本日も昼間に予告と共に残されたところである。
いろいろとかなぐり捨てて生きてきた人間には呆れるしかないが、今はそれどころではない。マイ武器をプレゼントしてくれるというのだから、宮代道場に足を踏み入れていた人たちは大喜びである。城の訓練では剣や槍、斧、短剣と多種多様なものが用意されていたが、金属製の武器に触れたことがないうえに使い慣れた竹刀とは似つかないものに馴染めずにいられた道場関係者は、これを機にそれなりに軽い刀を作ってもらおうと考える。
晃平、麻衣、鈴、凛、飛鳥の五人分の希望を書き出して静に返信する。他の同室の女子たちはそこまで気にしているわけでもないようで、死なないために壊れない武器をお願いしていた。
来たメールに返信する。ごく当たり前の行動であったが、それを終えてから気づくことがあった。
「…あ、メール送れてる」
連絡できないことになっていたはずの飛鳥の大失態。飛鳥本人の意識ではそうであったが、幸い、今回の文面では折り返しの連絡が欲しいと書いてあったため送れた、と捉えてくれているようで、飛鳥に根掘り葉掘り聞く人はいない。
雅紀たちもまだ寝ていないようで、すぐさま了承の返事が届き、十分やそこらで物が届く。
12月25日の朝の子供か何かにしか見えない高校生を前に、飛鳥は添付ファイルを開く。飛鳥の前に宙から光が降ってくる。よく見ればそれはただの光ではなく文字列を成しており、0と1の羅列であった。光は床に積もってゆき、徐々に形で構成されていく。見る人が見れば、3Dプリンターだと感じたに違いない。
光が止まったところで、出てきた武器を張られた付箋の通りに配る。飛鳥は変わらず取り回しのよさそうな刀、鈴と凛はそれなりの長さの崑と鉄扇、麻衣は体格からは少し大きく感じられる野太刀が配られる。晃平だけは、脇差一本とメモが渡される。
曰く、あなたは勇者武器があるんだからそれを使いなさい、とのこと。
どうして、勇者専用装備あることを知っているのか、視線で問われるも飛鳥は首を横に振る。そうなれば、自前でその情報を集めたということになり、外では勇者がどのように言われているのか、雅紀たちはどこから情報を仕入れているのか、聞きたいことが次々に膨れ上がっていく。
相変わらずこちらでも謎に交友関係を広げていっている様子に、呆れつつも安心してしまうクラスメートたち。武器を貰ったところで、そろそろ眠気が厳しくなってきたことを自覚する。夜に慣れているといっても訓練で体を動かして疲れているところを、ハイテンションだけで乗り切っていた状態であるので、それが落ち着けば一気に眠気が襲い掛かってくる。
欠伸が連発され始めたところで解散しようとすると、お休みの挨拶のメールが届く。しばらくは連絡が取れなくなると書かれているが、飛鳥たちも時間がとれなくなるような気がしていたため、特に気にはしていない。
自分でも挨拶くらいできるようにメールが遅れるようにならないかな、と思いながらメールを読んでいくと、これまでに送られてきたものよりも長い。不思議に思いながら下に進んで行くと、添付ファイルが本文に張り付けられていた。どうしていつも通りに張り付けなかったのか、首を傾げつつ眠気をこらえ、それを見る。
「ほわっ、え、わ」
零れるのは意味を成さない言葉。もしかしたら、Whatと言いたかったのかもしれない。
「えええええ~~~~~!?!?」
昼間の会話のときに感じた違和感が解けた飛鳥だったが、それを聞きつけて覗きこんだ麻衣たちは同じく大声を上げている。男どもの反応はかなり薄い。
『ようやく捕まえられたよ♪』
その一文と共に送られてきたのは、渋っている男どもを引っ張りつつ、指に嵌められたもそれがはっきりと移りこんでいるツーショット写真二枚。
捕まえた。それがどう意味なのかは、この二組をよく知っている関係者だからこそわかる。その裏も。
(((……親がいない隙に関係進めたのね……)))
おめでとう、とお祝いの言葉を贈るのが正しい対応なのかもしれないが、良く知っている関係からしてみれば、最後の最後で爆弾を落としてくれたせいで、今日は寝不足になるかもしれないと恨み言でも言いたい気分になるのだった。
プリーズ ギブ ミー ア レスト
題名考えるの大変ー>文字数増やせばいいのでは?ー>やばい……なかなか進まない
という状況です。PCも排熱機構の修理もせねばならないので、少しお待ちください。




