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河童の親子と気になる黒ずみ②

 河童の親子は、17時ちょうどにやってきた。

 リナの同じ背丈をした河童とその半分ほどしかない河童。


 初めてその異形の姿を見たときは、ギョッとしたが、事前に粟根が見せてくれた妖怪図鑑の絵とほぼほぼ同じだったので、気絶せずに済んだ。


 緑色の肌に、口のところは鳥の嘴のようになっており、そして頭頂部には、何か硬質な白い楕円状のものが乗っている。

 おそらくこれが、頭のお皿というものなのだろう。


 のんきな顔でやってきた河童の子供と、ちょっとセカセカした動きをした河童の母親。


 リナは、元気よく初めていらっしゃったご相談者の名前を確認して受付を済ませると、早速二人の河童を心療室へと案内した。


 粟根は、まだこの部屋にはきていない。

 電話予約時に聞き取った相談内容をカルテに書き起こすといって、別に用意している書斎の方にいる。


 リナは「少々お待ちください」と言って、河童の親子をソファに座ってもらうように促し、お茶を用意した。

 そして、その間に、自然と入ってくる河童の親子の心の中に耳をすませる。


『先生は、龍神様のご相談ごとも承っていると聞いているし、きっと、息子のことだってどうにかしてくれるに違いないわ。今日は先生にどうにかしてもらったら、キュウリを摘みにいかないと。やっぱりとれたてのキュウリじゃないと、息子だって、とれたてのキュウリがいいに決まっているし、私はキュウリを摘まないと。ああ、忙しい。先生はまだいらっしゃらないのかしら。だいたいうちの息子何を考えてるのかしら。……お皿の黒ずみが気になるから学校に行かないだなんて、どうかしてるわ。そんなこと言い出さなければ、今はキュウリを摘みにいけたし、息子にとれたてのキュウリを食べさせてあげられるのに。年を取れば、皿が黒ずむのは当たり前だし、それに息子はまだ子供で全然黒ずんでいないのに、黒ずんでるって言い張るんだもの。ふざけてるに決まってる。龍神様の信頼厚い先生から一言言ってもらえればきっと息子もふざけるのをやめて、黒ずみなんていわずに学校に言ってくれるはず。あーそれにしても先生まだかしら』


 かっぱの母親の方の声が、まるでマシンガントークのようにリナの中に流れてきた。

 息子を心配に思う気持ち、そしてキュウリと摘みたい気持ち、セカセカと心が揺れ動いている。

 そしてリナは子供のかっぱの方へと耳をすませた。


『あー、このお茶うまい。あと、俺、人間って初めてみたけど、本当に肌の色が緑色じゃないんだぁ』

 流れ込んできた二人の思考はまさしく真逆だった。

 焦って、必死な声の母に、ものすごくのんきな息子。


 リナはさり気なく、息子のお玉の皿を覗き見たところ、母親の言うように確かに黒ずみのないきれいなお皿だった。


 心を読む限り、息子の方はのんきだし、母親が言うようにふざけたことを言って学校にいかないだけなのかも知れないと、リナには思えた。


 さっきほど河童の親子から聞き取った心の声は、早めに粟根先生に伝えといた方がいいかもしれないと、思っていたところでいつもの人のよさそうな笑顔で、粟根はやってきた。

 粟根は、河童の親子に簡単に挨拶をして、着席する。

 リナにも座るようにと、自分の隣の席を指差した。


 リナは席に座りながら、いつのタイミングで、お皿に黒ずみなんてないことや子供の河童がふざけているだけのような気がするという、心の声を聞き取った上での見解を粟根に伝えようかとそわそわしているが、粟根はそんなリナには目もくれず、まずは河童の親子の話を聞くことから始まった。


「先生、よろしくおねがいします。事前にお知らせしてましたけれど、この子は、うちの息子で、キュリオといいます。うちの子ったらお皿の黒ずみが気になって学校に3年もいけてないんですよ」

 3年、と言う単語にはリナは目を見開いた。


「なるほど。今キュリオ君は何年生なのかな?」

「26年生です。この子だけなんですよ、学校にいけていないの。他の子はちゃんと通っているのに」

 粟根はキュリオ君に問いかけたが、すごい勢いで答えたのは母親の方だった。

 それにしても、26年生。その単語を聞いたリナはすこしばかり身を引いた。

 小学校低学年ぐらいの背丈しかないこの緑色の河童は、はるかに自分よりも年上のようだ。


 粟根は特にそのことを気にする風もなく、河童の母親に向かって「なるほど、26年生ですか」と言って頷くと、改めてキュリオに視線を合わせて問いかけた。


「学校で何かあったのかな? お友達と喧嘩した?」

「ううん。友達とは仲良くしてるよ」

 キュリオがそう幼い声で言うと、すぐさま母親も同意した。


「特に友達がいないわけじゃないんです。今だって、心配した仲のいい友達が遊びに来てくれて、そのまま遊んだりしてますから」

「なるほど。そうすると、どうしてキュリオ君は学校にいかないのかな?」

「僕、頭のお皿に黒ずみが出来てるんだ」

 そう言って、キュリオ君は、心配そうな顔をして、頭のお皿を触った。


 そして、大きなため息と供に『また黒ずみだなんて言って、この子は……』という母河童の心の声をリナは聞き取っていた。


 今言うべきだろうか。

 この河童の子供はふざけているのかもしれないと粟根に教えなくては、とリナは思っているのだが、粟根はいっこうにリナのほうを見ないので、言うタイミングを逃し続けていた。


 ただ。リナは、河童の親子の心の声を聞きながら、あることに気づいた。


『あー、本当にやだなぁ、黒ずみ。これさえなければ僕イケてる河童なのに。イケ河童なのに』

 河童の息子は、ふざけているわけではなく、本気でお皿の黒ずみを気にしているようだったのだ。


「僕恥ずかしいです。他の河童は、こんなことないのに。僕だけ。こんな黒ずんだお皿で……。僕こんなお皿じゃあ学校なんていけない」

 必死な様子そう語る息子にふざけている様子はない。そして、実際心の声も同じなので、リナから彼は本気で黒ずみを気にしているのだ。


 もしかしたら、頭の上だから、よく見えなくてそう思い込んでいるだけなのかもしれない。

 影の問題もあるし……とリナが考えていると、河童の息子はおもむろに頭の上の皿を取り外し、粟根に見せた。

 皿が取り外し可能であることに驚きながらも、リナは、先ほどまで考えていた『頭の上だから皿が良く見えていない説』がなくなって脱力する。


 河童の子供は本気で黒ずみがあると思っているらしい。

 しかしその皿は真っ白で、黒ずみは見当たらない。


「ね、先生、黒ずんでるでしょ?」

 そう言って、キュリオは、粟根に見やすいように皿の表側を見せる。


「もう、やめなさいキュリオ! 全然黒ずんでなんかいないでしょ!? 本当にもう!」

 母河童は、息子にそう言って、また深いため息をつくと先生の方に顔を向けた。


「先生ごめんなさいね。うちの子、何度も黒ずんでなんかいないって言ってるんですけど、聞いてくれなくて」

 そう先生に言う母親には目もくれず粟根は、皿をマジマジと見つめる。


「なるほど。確かに、キミぐらいの年頃の河童になると、お皿の黒ずみは、気になるよね。分かるよ。それにキュリオ君は、なかなかのイケ河童だし……学校には女の子もいるとなっちゃ、気にならないわけがないよね」


 そう言って、何度も頷く粟根を見て、キュリオ君の表情は明るくなった。


「先生、そうなんです! やっぱり河童たるもの皿には気を使いたいし……でも、周りには、黒ずみで悩んでる友達もいないし、どうすればいいのかわからなくて困ってて……」


「うんうん。そういえば、私はちょうどお皿の黒ずみを取るのにすっごくよく効く特別な磨き薬を知ってるんだ。よかったら、それ、今日帰りに持たせてあげるね。使い方は、お母さんに教えておくから」


 そう粟根に言われて、嬉しそうな顔をする河童の子どもは、大きく頷いた。

 それを見て、満足そうな顔をした粟根は、今度は母河童に向き直る。

 母河童は、磨き薬を処方しようとしている粟根を驚いた顔で見ている。


 心を読むまでもなく、その顔は、『この先生、何を言ってるのかしら、黒ずみなんかないのに……』とでも言いたげだった。


「とりあえず、待合室でお待ちください。薬を用意しますので」

 と粟根が言って、河童の親子の相談は終了した。


 ウキウキとしている子河童に、なんだか不満そうな河童のお母さんが、心療室から去っていくのを見届けてから、リナは恐る恐る粟根に声をかけた。


「あの、先生、子河童さんのお皿に、黒ずみなんてありませんでしたよね?」

「そうだね」

 あまりにもあっさりとそう返されて、自分で聞いたというのにリナの方が面食らった。


「じゃあ、なんで磨き粉なんて……」

「まあ、それは後々」

 と答えながら粟根は、手元の河童の親子のカルテに、今日の面談内容などを書き込みはじめた。


 そしてそれが書き終わったのか、そのカルテの一部をリナにみせる。


「すみません、リナさん、ここに書かれたものをそれっぽい袋に入れて用意しておいてくれませんか? 確か、リナさん、ここの掃除とかでこれ、使ってましたよね?」

 粟根にそう言われたリナは、カルテに書かれた内容の物を見て目をパチクリさせる。


「え、もしかして、特別な磨き薬ってこれですか?」

「そうです。使い方を説明する必要があるので、用意をしてくれたら、受付で私が河童のお母さんに渡しますから」

 そう言って粟根はひと仕事終わったとばかりに伸びをしてから、すこしばかりリラックスしたようなゆるい仕草でカルテを見直しはじめた。


 顔がいいので、なんとなくそんな仕草もかっこいいと思ってしまうリナだったけれども、しかし、あのカルテの内容に書かれたものを用意するというのは、どうにも釈然としない。


 黒ずみのないお皿なのに、こんなものを用意しても、意味ないのではないかという思いがどうしてもよぎる。

 しかし、用意しないわけにもいかない。


 河童の親子には、特別な磨き粉を用意するともう言っているし、それを聞いて子河童は喜んでいた。

 リナはなんだか申し訳ない気持ちになりながら、粟根に言われた特別な磨き薬を、ビニール袋に入れて粟根に渡した。


「先生、あの、これ、例のものです」

 そわそわしながら、白い粉が入ったビニール袋を渡すリナ。

 それをみた粟根が、ぷと吹き出して小さく笑い声をあげた。


「なんだか、危ない薬でもやりとりしている気分になりますね」

 そんなことを言って笑う粟根にリナは思わず口を尖らした。


「だ、だって、こんなもの渡したって、キュリオ君の問題は解決しないと思うんです!」

「さあ、それはどうでしょう」

 粟根が面白そうにそういうと、心療室から待合室へとつながる奥の扉を進む。


 待合室には、河童の親子が座って待っていた。

 お母さんの方は、少しイライラしているようで、眉間にシワがよっている。

 子供の方は、長椅子に座り足をぶらぶらさせて、待合室に置かれた人間界の物を面白そうに見ながら待っていた。


「すみません、お待たせしました」

 粟根先生がそう声をかけると、母河童が、ハッと顔をあげてこちらに来た。

 子河童のほうは気にせず、周りの置物なんかを見ることに夢中のようだ。


「先生! あの、私もね、先生は大妖怪の方々も信頼厚いと聞いて来たんですよ。それなのに……」

「まあ、まあ、お母さん、落ち着いてください。大丈夫ですよ、この薬があれば」

 そう言って、粟根はとっておきのものを渡すかのように両手で白い粉が入った袋を渡した。

「これは……?」

「特別な磨き薬です。息子さんのお皿に振りかけて磨いてください。3日に一回ほどでいいです。ただ、非常に強力です。こする力が強いと逆にお皿を傷つけるかもしれませんので、息子さんじゃなくて、お母さんのほうで、優しく磨いてあげてください。本当に強力な磨き粉なので、不機嫌だったりして妙に力むと傷つけてしまうおそれがあります。優しく磨くためのコツは、暢気にキュリオ君の話を聞きながら、どんな話もまずは心穏やかに受け入れることです。よろしいですね?」


「でも、息子には、黒ずみなんて……」

「大丈夫ですよ。私の言う通りにしてみてください」

 そう言って、粟根は有無を言わせぬような完璧な笑顔で言い切ると、なんだか釈然としない顔のまま河童のお母さんは頷いて、その白い粉を持って、子供と一緒に帰っていった。



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